第6話 見た目は極悪! 実は癒し系なベルンとの出会い
朝の配膳が終わった後、ナナから言い渡されたのは、雑務補佐。雑務といっても、実態は壊れた配管の確認や倉庫の片付け、工具室の鍵当番といった、いわば誰もやりたがらない地味で骨の折れる作業だった。
その日、俺──眞嶋隼人が任されたのは、C棟の洗濯場の点検だった。
洗濯場といっても、古びた石造りの空間に水道が数本、壁に並び、巨大な洗濯桶がいくつか転がっているだけ。湿気とカビ臭が鼻を刺す。
「……あれが、今日の担当か?」
壁際で黙々と作業していた大男の背中を見て、俺は少し身構えた。
全身に筋肉の鎧を纏ったような体躯。背丈は俺の倍近く、肩幅も異常に広い。剃り上げた頭に、鬼のような皺。目つきも鋭く、まるで即死級のボスキャラだ。
だが、その男はふとこちらに気づくと、驚くほど柔らかな声で言った。
「おぉ、今日の手伝いさんかい? 無理しないでいいからねぇ、洗剤はそこにあるよ」
──えっ?
一瞬、耳を疑った。見た目と声のギャップがありすぎる。
男は手を止めて、にこにこと笑顔を向けた。口元の牙のような犬歯が妙に可愛らしく見えるのは気のせいじゃない。
「俺、ベルン・タルカ。ここで洗濯とアイロンがけ担当してる看守さ。オーガの血が入ってるけど、怖がらないでね。囚人上がりの転籍組だけど、いまはれっきとした正規の看守なんだ」
「お、おう……眞嶋隼人。新人看守……だ」
完全に拍子抜けだった。いや、むしろ和んだと言っていい。
「てっきり、囚人だと思ったよ。見た目だけじゃ人はわからないな……」
「へへっ、そりゃそうさ。昔はよく“鬼のベルン”なんて呼ばれてたけど、中身はこう見えておかん気質なんだよ。はっはっはっ!」
ベルンは俺に雑巾の絞り方を丁寧に教えてくれ、干し方のコツまで親切に指導してくれた。
「タオルはね、こうやって風通しよく干してあげると、ふわっと仕上がるんだよ。こっちの囚人たち、皆ガサツだからねぇ、少しでも気持ち良く過ごせるようにってさ」
「……前の職業は仕立て屋って聞いたけど、本当に器用なんだな」
「ありがとう。縫い物も洗濯も料理も、全部好きでねぇ。あ、今度囚人たちに蒸しパン作ってやるんだけど、隼人くんも食べるかい?」
「マジか、ぜひ頼むよ。俺、甘いの好きなんだ」
「おうおう、それは嬉しいねぇ! じゃあ、ほんのりハチミツ入りのやつにしとくよ」
筋骨隆々の大男が、笑顔で蒸しパンの話をする──なんて絵面だ。
だが、不思議と心が軽くなっていた。
「ベルン、ここに来て後悔はしてないのか?」
「うーん、後悔かぁ……最初はもちろん嫌だったさ。でもな、ここで働いて、ちゃんと人と向き合って、生き直すって決めたんだ。看守ってのは、力で押さえつけるだけじゃない。支えてやるのも仕事さ」
「……そうだな。俺もまだ迷ってる。何が正しくて、どうすればいいのか……。でも、こういう出会いがあるなら、やれるかもしれないって思えるよ」
「その気持ち、忘れなさんなよ。隼人くんみたいな若いのがしっかりしてくれると、おっちゃん嬉しくて涙出そうだよ」
俺は思わず吹き出した。
「誰が“おっちゃん”だよ。まだ若いだろ、ベルン」
「はっはっはっ! 言ってくれるねぇ。ま、気が向いたらまた洗濯手伝ってくれな」
ここにも、人のために動ける“強さ”がある。
それを知っただけでも、今日一日は価値があった。