表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完結『元エリート刑務官、転移先は異世界のブラック監獄!? 下っ端スタートから囚人たちと更生改革します!』  作者: カトラス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/62

第五章:終焉なき災厄と、始まりの空へ 第51話『揺れる理性──アルセリス最後の叫び』

 瓦礫の散らばる帝都の地下──魔導工房の最奥。

 俺たちはついに、その中心に辿り着いた。


 そこで横たわっていたのは、かつての英雄にして裏切り者。

 ――アルセリス・エイデルハイト。


 彼の肉体は、まるで数百年の時を経た彫像のように静止していた。

 けれど、その目だけが、微かに揺れていた。


「……俺は……まだ、喰われて……いないのか……?」


 かすれた声が、かろうじて漏れる。


 俺は一歩、彼に近づいた。


「アルセリス……」


 その名を呼ぶだけで、喉が締めつけられるような痛みが走った。


 彼の身体からは、魔王の意志は去ったはずだった。

 でも……そう、完全じゃなかった。


「……根が……残ってる……奴は、俺の核に……巣くってやがる……魂そのものを、喰い破ろうとしてる」


 レオンが目を細めた。

「つまり、まだ……完全には自由じゃないってことか」


 アルセリスはこくりと頷く。その表情は、どこか悲しげだった。


「頼む……俺を、ここで……終わらせてくれ……。意識が保てるうちに……お前らの手で」


「やめてくださいッ!」


 叫んだのは、美優だった。彼女は祈りを捧げるように、アルセリスへと手を伸ばす。


「まだ間に合います。あなたの魂が完全に蝕まれていないなら、癒しの光で──」


「やめろ!」


 アルセリスが吠えた。

 その瞬間、工房の空気が震える。


「……そんな目で俺を見るな……! 仲間なんかじゃ、もうない……!」


 ヴェルが震えながら口を開く。

「でも僕は……君を師として、尊敬してきた。君が築いてくれた理想を、僕は……!」


「その理想に殺されるぞ。今度こそ……俺は、本当に“お前らを殺す”!」


 足が、動かなくなった。


 目の前にいるのは、かつての英雄。

 だが今は、命の炎と闇の瘴気がせめぎ合う、“境界の存在”だった。


 レオンが静かに剣を抜く。


「それでも……俺は、お前を見捨てたくない。たとえこの手で終わらせるとしても、それは“敵”としてじゃねぇ。“友”としてだ」


 その言葉に、アルセリスの目が大きく見開かれる。


 そして──ぽろり、と。


 一粒の涙が、彼の頬を流れ落ちた。


「……お前らは、変わらねぇな……。本当に……変わらねぇ」


 彼は苦笑する。その笑みには、安堵と恐怖が入り混じっていた。


 俺は、前に進んだ。


 震える彼の手を、そっと握る。


「大丈夫だ、アルセリス。まだ、お前は人間だ。……俺たちは、お前を仲間として見ている。ずっとな」


 そのとき、不意にアルセリスが呟いた。

「……不思議だった。お前たちの記憶が、夢に現れることがあった。……あの、青い空や、高層ビル……。海に沈む夕日……。見たこともないはずの光景が、脳裏に焼き付いて……」


 俺の心臓が一瞬止まったような気がした。


「……それ、日本だよ。俺と美優がいた、元の世界の……」


 アルセリスの顔に驚きが走る。


「そうか……俺の中の“魔王”が、お前たちの記憶を覗いていたんだな……皮肉だ。おかげで、最後の最後で……少しだけ正気を取り戻せた気がする」


 彼の目は、穏やかだった。


 そして、俺は心の中で強く誓った。


 たとえこの先、どれほどの選択を迫られようとも、

 “友”を見捨てるような戦い方だけは──絶対に、しないと。


 貴族たちは財を抱えて逃亡を始めている。

 中央政府の連絡線は寸断され、街の各地では暴徒と化した者たちが略奪を繰り返していた。


 ……帝国という巨大な機構は、魔王に倒されたのではない。

 “信頼”という土台が崩れ、自然に瓦解していったのだ。


「市民の避難ルートはどうする?」

 帝都──かつて栄華を誇ったこの都市は、今や瓦礫と灰に包まれていた。

 魔王の意志は討たれた。けれど、すべてが終わったわけじゃない。


 廃墟の中、俺たちは燃え残る建物の影を縫いながら、慎重に歩を進めていた。


 崩れた石畳の上を、避難民たちがよろよろと歩いていく。

 飢え、恐怖、絶望。表情に刻まれたそれは、戦いの後遺症──まさに今、帝都は生き延びる者たちにとって“試練の地”だった。


「……これが、勝利のあとってやつか」

 レオンが呟くように言う。

 目の前にあるのは、敵のいない戦場。だけど、それでも痛ましい。


 俺は頷いた。

「魔王は倒した。だけど、俺たちは“国”を救ったわけじゃない」


 崩れかけた建物の隙間から、立ち上る煙。遠くで赤子の泣き声がかすかに響き、それに混じって市民たちのすすり泣く声が聞こえる。


「周囲では、軍を失った貴族たちが指揮権を巡って衝突してるようです」

 ベルンが地図を広げて眉をひそめながら言う。


「北西の港がまだ機能してるらしい。難民船が数隻、海路を使って避難させてるって情報があった」

 ヴェルが、魔導式通信端末の端を指で叩きながら答える。


「なら、そこを拠点にしたほうがよさそうですね」

 美優がうなずき、傷ついた市民たちの手当てに奔走していた。


 彼女の手から放たれる癒しの光が、疲弊しきった民の顔をやさしく包み込む。


 俺たちはすでに、戦うだけの存在じゃない。

 生き残る者を導く“責任”がある。


 ──そのとき、クルスが現れた。

 傷一つない黒衣のまま、沈痛な面持ちで近づいてくる。


「……君たちに確認しなければならない。アルセリスを操っていた“真なる黒幕”の存在について、報告を受けた」


「黒幕……?」


「アルセリスの意識に残された断片によれば、“あの魔王”すらも、“誰か”によって導かれていた可能性が高い。これは一連の災厄の“終わり”ではなく、“序章”だったということだ」


 その言葉に、場の空気が凍りついた。


「まだ、いるってのか……? アルセリスより上の存在が」

 レオンが目を細める。


「詳細はまだ不明だが、アルセリスが見たという“影の王”──おそらくは異界より来た存在。あるいは……この世界そのものの“内側”に潜む、原初の災いかもしれん」


 俺は拳を握った。

「……なら、戦いは終わってない。まだ、俺たちがやるべきことがある」


 魔導工房の奥底で、アルセリスが遺した言葉──“止められるのは、仲間である君たちだけだ”。

 それは、俺たちへの最期の願いだったのかもしれない。


「民の避難と、帝都再建の計画。そして……残された“敵”を見つけ出す」


 誰ともなく、うなずく気配があった。

 魔王は去った。

 だが、この国の未来は──まだ、俺たちの手の中にある。


「これからが、本当の始まりなんだな……」


 俺は、崩れかけた帝都の空を見上げた。

 その先には、灰色の雲が広がっていた。

 けれど、その先にわずかでも“希望”があるなら。


 俺は、どこまでも進み続ける。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ