第44話『地下からの呼び声──魔導士の気配』
帝都の廃墟を抜けた俺たちは、崩れた城壁を回り込むようにして、帝城前の広場にたどり着いた。
かつての王宮は静まり返り、空気には灰と魔素が入り混じった瘴気が立ち込めていた
帝都に足を踏み入れた瞬間、何かがおかしいと感じた。街の静けさが異常だ。かつての賑わいは一切なく、瓦礫が積み重なる広場を通り過ぎるたび、背筋が凍るような感覚に襲われた。
「……この空気、何かおかしいな」レオンが静かに言った。その声には警戒の色が浮かんでいる。
「魔物の気配を感じる」とヴェルが呟き、魔導書を広げる。その顔には明らかな緊張感が漂っていた。
「何かが俺たちを狙っている……」俺はふと立ち止まり、周囲を見回す。その時、急に地面が揺れ、広場の中心から巨大な影が現れた。
「来るぞ!」レオンがすぐに剣を抜き、俺も同様に構えた。
それは、キマイラ──三つの頭を持つ恐ろしい魔獣だった。ライオンの顔、猛牛の角、そして蛇の顔。全身が魔力で包まれ、空気が震えている。
キマイラが咆哮と共にその巨大な爪を振りかざし、俺たちに向かって突進してきた。ライオンの顔が、凶暴な咆哮を上げながら、我々を追い詰める。
「くっ!」レオンが一歩踏み出し、キマイラの攻撃をかわす。その動きは一瞬で、まるで空間を切り裂くかのようだったが、キマイラの反撃が予想以上に素早く、牛の角がレオンの足元に迫る。
「くっ、こいつ……!」レオンが身をかわすが、足元が崩れ、地面に転倒する。
「レオン!」美優が叫び、すぐに駆け寄る。
「大丈夫だ、問題ない」とレオンは答えながら立ち上がるが、次の瞬間、キマイラが再び突進してきた。今度は蛇の顔が鋭い毒牙を放ちながら、俺たちに向かって襲いかかってくる。
「隼人、気をつけろ!」レオンが叫び、俺は身をかわしながらキマイラの爪をかわす。だがその動きはスムーズにいかず、キマイラの爪が俺の肩を掠めた。
「くそっ!」俺はすぐに反撃に転じるが、キマイラはその強靭な体で反撃してきた。
「俺が行く!」ベルンが叫び、大斧を持ってキマイラに突進した。ベルンの一撃がキマイラの脇腹に当たるが、魔獣は驚くほどの耐久力を見せ、その攻撃を軽く受け流した。
「こいつ、ただの魔物じゃない……」俺は歯を食いしばりながら言った。
「隼人、行け!」レオンの声が俺の耳に届く。すぐに俺は短剣を投げつけ、キマイラの背中に命中させる。キマイラが一瞬よろけ、その隙を見逃さずにヴェルが呪文を詠唱する。
「風の刃!」
ヴェルの魔法が風を切り裂き、キマイラの体を傷つける。しかし、キマイラは全く怯む様子もなく、逆にその怒りを増して俺たちに襲いかかる。
「うおおおおおお!」ベルンが再び力強く進み、大斧でキマイラの顔を狙う。
その隙にレオンがキマイラの巨体を引きつけ、俺はベルンと連携し、キマイラの頭に致命的な一撃を加える。
「今だ!」レオンが叫び、俺たちは一斉に攻撃を仕掛ける。キマイラのライオンの顔をレオンが切り裂き、俺が残りの顔を攻撃する。
「倒したか?」ヴェルが息を切らして言う。
その時、キマイラが崩れ落ち、やがて静けさが広場を包み込んだ。
「やったな。みんな、お疲れ様だ」レオンが息を整えながら言った。
「しばらく休ませてくれ」ベルンが肩を回し、笑顔を見せる。
「油断はしないで、次の戦いに備えなきゃ」美優が静かに言う。その眼差しは、次の戦いを見据えている。
俺たちはそのまま、キマイラの死体のそばに立ち、再び歩みを進めた。冒険の道は、まだ終わっていない。"
苦戦をしいられたが何とか勝つことが出来た。
しかし、広場には戦闘の余韻が残っていた。
鼻にかすかに刺さるような鉄の匂い。湿ったような重さが、肺の奥にへばりつく感覚。
そんな折、勇者が口を開く。
「何かが、俺たちを呼んでいる……そんな気がする」
レオンの低く鋭い声が静寂に響いた。
帝城の正門は破壊され、瓦礫と崩れた石材が積み重なっていたが、俺たちは横の通用門から慎重に侵入した。
かつては壮麗だった玉座の間も、今は焼け焦げ、床に無数のひびが走っていた。
「ここから、地下への通路がある」
レオンが立ち止まり、石柱の裏に隠された階段の扉を指差す。
「ここだ……アルセリスが研究室を構えていた、地下区画だ」
地下への階段は深く、冷たい石の壁に魔素の残滓がべっとりと張り付いていた。
「アルセリスって、どんな人物だったんだ?」
俺が問いかけると、レオンはしばし黙り込んだ。
「……頭が良くて冷静で、でもどこか純粋だった。人を殺すことを嫌ってた。魔法も、敵を眠らせる術ばかり使ってた」
「それが、魔王戦でどうして……?」
美優が静かに問いかけた。
「魔王が死ぬ直前、アルセリスは奴の断末魔を受け止めた。“悪の根”みたいなもんが、精神に取り込まれた。あの瞬間から、奴は変わった」
レオンの拳が、握られたまま震えている。
「奴は言ったんだ。『この力を使えば争いはなくなる』って。でもそれは、操る力だ。自由じゃねぇ」
「力で平和を作ろうとした……」
ヴェルが低く呟いた。
「だから俺は奴を止めようとした。でも止めきれなかった。あいつは姿を消して……そして今、またこうして……」
その時、美優が、地下通路の先に向けて手を伸ばした。
「……感じる。深い悲しみと、濁った叫びがこの下にある」
「美優……」
「完全に悪に染まったわけじゃない。少しでも人の心が残っているなら、私は……救いたい」
その言葉に、俺も強く頷いた。
「行こう。戦うにしても、見極めなきゃならない。あいつが今、何者なのかを」
ベルンが大斧を肩に担ぎ直し、ヴェルが魔導書を開いた。
「どんな真実があろうと、覚悟はできてる」
レオンは剣を引き抜き、ゆっくりと地下への階段に足を踏み入れた。
闇が濃くなるごとに、空気はさらに重くなっていく。
かつての戦友であり、今は敵かもしれない者が待つ場所へ──俺たちは静かに進む決意を固めた。




