第43話『焦土の都──魔物に支配された帝都』
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夜明けとともに、俺たちは帝都を目指して出発した。
帝都へ向かうには、監獄島ガランツァから本土に渡る必要があった。かつてこの島に物資を運ぶために使われていた輸送船を、俺たちは修復して利用することにした。
船の名は《シルバー・クロウ》。老朽化していたが、ベルンの力強い腕とナナの細やかな補修、ヴェルの魔力による風力強化術で、どうにか航行できるまでに仕上げた。
「……まさか自分が船の修理をすることになるとは思わなかった」
ナナが工具を片手に、甲板の隅で息を吐いた。
「俺もだ。まさか脱走じゃなく“正規の任務”でこの船に乗る日が来るなんてな」
ベルンが笑う。彼のかつての仲間も、この港で死んだことを思うと、冗談に含まれる哀しさが滲んでいた。
甲板には大きな帆がはためき、レオンがその様子を眺めていた。
「久しぶりだな。こうして海風を感じるのも」
「レオン。……船は大丈夫そうか?」
「ああ。俺の目でも、十分航行可能に見える。……それにしても、こうも順調だと逆に不安になるな」
夜、波音だけが響く甲板で、美優が静かに語った。
「この海の向こうに、本当に……希望があるのかな」
「あるさ。希望がなきゃ、戦う意味も、命を懸ける意味もない」
俺はそう言いながら、遠くに見え始めた陸地の灯りを見つめた。
「でも、覚悟はしてる。帝都はもう、私たちが知っている世界とは違う。だからこそ──私たちが行く意味があるんだと思う」
船は数日の航海を経て、帝都のある本土の南端──かつては交易港として栄えた港町の近海に到達した。
しかし、港町にはすでに人気がなかった。朽ちた桟橋、倒れた灯台、焼け焦げた家並み。そこには、人の気配が完全に途絶えていたかに思われた。
だが、探索をしているうちに、かろうじて生き延びた人々が俺たちの気配を感じて姿を現してくれた。
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ガランツァを後にし、交易港として栄えた港町の近海に到達した俺達は何とか生き残っていた人々の協力により馬車を調達出来た。
岩肌むき出しの山岳地帯を越えて進む馬車の車輪が、砕けた石を擦る音だけを響かせている。
構成メンバーは俺──隼人。勇者レオン、魔導士ヴェル・カーティス。筋骨隆々なオーガ看守ベルン。そして、白銀の衣を纏う聖女・綾瀬美優。
「……あれが、帝都?」
馬車の窓から顔を出した美優が、息を飲むように言った。
視界の先、帝都ルベルグは黒煙に包まれ、外壁の一部が無惨に崩れていた。まるで巨大な魔物の爪で引き裂かれたかのような傷痕。
「まるで戦場だな……」
ベルンが低く唸るように言い、ヴェルは魔素を感じ取ろうと指先を宙に滑らせていた。
「魔素濃度……極めて高い。この状態で生き残っている者がいたとすれば、それは奇跡だ」
レオンは馬車から飛び降り、腰の剣に手を添えながら辺りを見渡す。
「奴らは統制を持ち始めている。偶発的な侵攻じゃねぇ。誰かが、連中を指揮してる」
帝都正門──否、もはやそれと呼ぶにはあまりにも惨状だった。
崩れかけた門の陰から、よろめく影が現れる。
「来るぞ、アンデッドだ」
ヴェルの声と同時、レオンが一閃。乾いた骨が砕ける音と共に、アンデッド兵士は光の粒子になって霧散した。
「お出迎えがこれかよ……つくづく歓迎されねぇな」
レオンが剣を納め、皮肉を呟いた。
街へと足を踏み入れる。
そこはすでに“人の街”ではなかった。
建物は焼け落ち、道には血と灰が混じった瓦礫が散乱している。
死体は運び出されることもなく放置され、一部は魔物に喰われた痕跡すらあった。
「……こんな、地獄みたいな……」
美優が震える手で口元を覆う。その手が俺の袖を握った。
「美優、大丈夫か」
「……助けられる命があるなら、全部救いたい。私は、それだけ……」
「わかった。だが、無理はするな」
俺は頷き、美優の手を握り返した。
「……無理はしない。でも、歩き続けるよ。私には……やらなきゃいけないことがある」
街の一角、焼け落ちた聖堂跡。
その前で、レオンが立ち止まり、かすかに表情を歪めた。
「ここで……アイツと別れた。アルセリスだ」
俺たちが今、追おうとしている存在。
かつてレオンと共に魔王を倒した魔導士。だが、その死と引き換えに魔王の“悪”が憑依し、行方不明となった男──アルセリス。
「この都のどこかにいる……いや、潜んでいるはずだ」
レオンが帝城の方角を睨む。
そのとき、焦げた瓦礫の影から人影が現れた。
それは、やつれた顔の中年男と、小さな子供を抱いた女性だった。
「お前たちは……帝国の兵か……?」
男が弱々しく尋ねる。
「違う。だが、救いに来た」
俺がそう言い、美優が膝をついて男の傍に寄った。
「動かないでください。すぐ、楽にしてあげます」
彼女の手から光が溢れ、男の荒い呼吸が整っていく。
「……聖女、様……」
女性が涙を流し、地面に額を擦りつけた。
その様子を見た周囲の生存者たちも、次々と集まってくる。
「聖女様が来たぞ……!」「本当に……聖女だ……」
廃墟と化した帝都に、微かだが確かな“希望”が戻ってきた。
「美優……」
「私がやるべきこと、分かってるから。だから……」
彼女の視線は、遠く帝城の尖塔へと向けられていた。
炎と魔素の渦巻くその先に──真の敵がいる。
俺たちは、歩き出す。
焦土と化した都の奥で待ち受ける、さらなる闇へ。
これはまだ、序章に過ぎない。




