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第3話 配膳任務でまさかの死線!? この島の飯は命懸けです

 翌朝。

 俺──眞嶋隼人の担当任務は、食堂での“配膳”だった。


 看守詰所でロト・ギャンベルに命じられた瞬間、周囲の空気がピリついた。

 理由はすぐにわかった。


 囚人同士の派閥抗争。それは配膳にも影を落としていた。


 食事を“どの房に先に持っていくか”“誰の皿が多いか”──それが、派閥の力関係の象徴になっていたのだ。


「新入り。お前は今日から『D棟』を任せる。行ってこい」


 ロトのニヤリとした笑み。

 まるで俺が死地に向かうのを楽しんでいるようだった。


 D棟──それはガランツァ監獄の中でも最悪と名高い区域。


 脱獄未遂犯、看守暴行者、果ては殺人未遂を犯した者までが集められている。

 中でも危険度の高い囚人たちは、派閥を作り、日常的に睨み合いと抗争を繰り返していた。


 鉄格子には血痕がこびりつき、独房の扉には凹みや焼け跡が残る。

 深夜に何かを叩くような音や、誰かの悲鳴が響くことも珍しくない。


 看守ですら足を踏み入れるのを嫌がる区域。

 新人が割り当てられるのは、“失敗しても問題にならない”という前提に過ぎない。


 腰に警棒ひとつをぶら下げ、俺は配膳用のワゴンを押しながら、重い鉄扉をくぐった。


 鼻を突く異臭。錆びた鉄と糞尿、血とカビが入り混じった腐臭。

 目の端に映るのは、壁に彫られた謎の印や、意味不明な落書き。

 監獄というより、まるで異界の廃墟だ。


 ガランツァの食事は、パンとスープ、干し肉、日によっては青い果実が加わる程度の粗末なものだ。

 だがそれでも──命より価値があると信じている者がいる。


「おいコラ! 昨日よりパンが小せぇぞ!」

「なんであいつの皿の方がスープ多いんだよ、ナメてんのか!?」


 案の定、罵声と怒号の嵐。

 ワゴンを押す手が震える。


 俺の目の前に立ちはだかったのは、筋骨隆々の大男──“斧のゼラン”と呼ばれる元山賊だった。


 ゼランは、喧嘩と暴力がすべてを解決すると信じて疑わない男だった。

 配膳が気に食わないと見るや否や、怒鳴りつけ、気に入らない囚人の皿を叩き落とすのは日常茶飯事。

 かつて気弱な老人囚人が小さく文句を言っただけで、顔面を壁に叩きつけて昏倒させたという噂もある。

 荒々しい拳だけでなく、目つきも殺気立っており、威圧だけで他の囚人を黙らせる力を持っていた。


「テメェ、新入りだろ。ルール知らねぇのか?」


「……食事の配分は均等に、だ。規則にはそう書いてあった」


「バカが! ここじゃ“規則”より“慣習”が上なんだよォ!」


 ゼランの拳が振り上げられた。

 その瞬間──


「待ってくださいッ!!」


 背後から声が響いた。

 メルクだった。


 彼は俺の横に駆け寄り、囚人たちの前に立った。


「この人は、ルールに従ってるだけです! 配分は俺が確認しました。……文句があるなら、俺に言ってください!」


 一瞬、空気が凍りついた。

 ゼランが鼻息荒くメルクに詰め寄る。


「てめぇ……パン屋が調子に乗るなよ……」


 その刹那。


「ゼラン。やめとけ」


 奥の暗がりから低く響いた声。

 長身で目の鋭い男がゆっくりと現れた。


 囚人番号“1079”。ジリア──この棟の“実質的なボス”だ。


 鋭く通るその声に、空気が一変する。

 ゼランの肩がビクリと揺れた。


「ここで騒ぎ起こせば、今度は俺たち全員の食事が抜かれる。……損な取引だろ?」


 ゼランは舌打ちしながらも後退した。


 ゼランがジリアに逆らえない理由。それは単なる暴力ではない。

 ジリアはこのD棟で最も古株であり、数多くの囚人を“救った”とも“黙らせた”とも言われている。

 情報網と人脈、知恵と冷徹さを併せ持つジリアには、ゼランのような力任せの男すら頭が上がらない。


 ジリアの視線が、まっすぐ俺に向けられた。

 冷たいのに、どこか温度を感じさせるその目は、まるで俺を値踏みしているようだった。


「……新入り、名は?」


「……眞嶋隼人です」


「ルールを守るのは悪くねえ。だが、ここでは“空気”も読め」


 そう言い残し、ジリアは背を向けて去っていった。


 俺は、深く息を吐いた。


「……助かった。ありがとう、メルク」


「い、いえ……俺、何かしたわけじゃ……」


「いや、したよ。俺にとっては、すごく大きなことだった」


 俺は静かに、彼の肩に手を置いた。


「怖かったろう? なのに、俺のために前に出てくれた。その勇気は、簡単に真似できるもんじゃない」


「……ほんとに、そう思いますか?」


 メルクは目を伏せ、かすれた声で言った。


「ああ。ここでそういう行動を取れるやつは、滅多にいない。俺は、お前を信頼できると思ってる」


 メルクはしばらく黙っていたが、やがてポツリと呟いた。


「……ぼく、本当は震えてました。足がすくんで、逃げたかった。でも……隼人さんが、目を背けずに立っていたから」


 彼はうつむきながらも、まっすぐ言葉を続けた。


「僕、怖かったんです。……また理不尽に潰されるんじゃないかって。でも、隼人さんが正しいって思って動いてたから……僕も、少しくらいは、強くなりたいって思えたんです」


「そうか。……それが、お前の勇気の理由なんだな」


「はい。……隼人さんの背中を見て、ぼくも何かを変えたくなったんです」


「じゃあ、これからはお互いに背中を押し合うってことで、どうだ?」


 メルクは目を見開き、そして小さく笑った。


「はい。よろしくお願いします!」


「明日も俺が配膳担当だそうだ。また手伝ってくれるか?」


「……もちろんです!」


 その笑顔に、俺も自然と口元が緩んだ。


 命懸けの配膳任務。だが、この出会いもまた──ここに来た意味の一つなのかもしれない。



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