第三章:封印されし勇者と“魔の地下迷宮”編 第31話『封印された伝説──地下ダンジョンの噂』
その日、俺は雑用室の整理整頓をしていた。
再教育チーム用に物資を管理する棚を一つ増やすついでに、長らく手つかずだった古文書の木箱を片付けていたのだ。
「隼人さん、こっちの箱、中身ちょっと変ですよ……」
メルクがそう言って、埃まみれの木箱を差し出した。
中には、巻物や冊子のようなものが雑然と詰め込まれていた。紙はどれも古び、端が焼けているものや、湿気でぼろぼろになったものもある。
俺がそっと一冊を開くと、見覚えのない筆記体でびっしりと書かれていた。それは監獄島ガランツァ創設当初の記録のようだった。
「この地図……?」
メルクが巻物を一つ広げると、そこにはガランツァ監獄の見取り図が描かれていた。ただし、俺たちが使っている棟とは異なる構造。
「これ……地下?」
確かに図面には、現在使用されていない“地下層”と思しき構造が描かれていた。
『特別収容区画』──その名が、赤いインクで記されていた。
「聞いたことないな。こんな区域……」
「ボクもです。でも、この辺の地形、D棟の地下に似てる気がします」
俺たちは顔を見合わせた。
「ナナに聞いてみよう」
俺たちはそのままナナ・ユリエルのもとへ向かった。彼は当直室で記録台帳を整理していた。
「地下の『特別収容区画』?……それ、本当に見たの?」
「この巻物です」
ナナは巻物をじっと見つめた後、静かに頷いた。
「確かに、この監獄には『地下層』があるって話は、古い看守の間で噂されてた。ただ……最近は誰も近づかない。理由は“魔物が出る”からだって」
「魔物……」
その言葉に、思わず背筋がぞくりとした。
「それに、数十年前に行方不明になった看守がいるって噂も。公式記録には残ってないけど、非公式に“封印された空間”って呼ばれてる」
封印──
まるでファンタジーの世界の話だが、ここは異世界の監獄。何があってもおかしくない。
「所長やクルス査察官は知ってるのか?」
「所長は……たぶん。でも敢えて触れてないんだと思う」
この監獄島ガランツァは、過去の遺産と闇を多く抱えている。D棟の問題児たちの収容もそうだし、勇者の話も──
いや、勇者?
俺は以前耳にした『かつてこの島に封印された、異世界の勇者』という囁きを思い出していた。
「……もしかして、特別収容区画に封印されてるのは、その“勇者”じゃないか?」
ナナは眉をひそめたが、完全には否定しなかった。
「ありえなくはないわね。ただ、もし本当にそんな存在が封じられているとしたら──封印を解いたら、どうなるか分からないわよ」
メルクが小さく呟く。
「……でも、何も知らないまま放っておくのも危ないですよね」
俺は静かに頷いた。
何かが、この監獄の底で眠っている。そう確信した瞬間だった。
その夜、俺はそっと地図を持ち帰り、自室で何度も見返した。
見えないものの気配が、地の底でじっと息を潜めている。
──この監獄にはまだ、隠された“真実”がある。
そして俺たちは、それを無視して生き延びられるほど、甘い場所にはいないのだ。
地下ダンジョンの封印。
それは、俺たちの更生改革を、想像を超えた試練へと導く序章にすぎなかった──。
──そして翌日、クルス・ミラージュ査察官が俺を部屋に呼び出した。
「隼人。お前に頼みがある」
彼の顔は、帝都襲撃の混乱から回復しきれておらず、眉間には深い皺が刻まれていた。
「帝都の混乱は、想像以上だ。人員も指揮系統も崩壊しかけている。……そこで、お前たち、更生派の“団結力”を貸してほしい」
「つまり──帝都を取り戻すために、俺たちに協力してほしいってことか?」
「正確には、“かつての勇者”の力が必要だ。地下の伝説──レオン=グレイアッシュ。剣と魔法を自在に操り、かつて魔王を倒した男。もし彼が今も生きているのなら、状況を一変させられる」
クルスの目が鋭く光る。
「お前はこの島で最も囚人たちに影響力を持つ存在だ。頼む、協力してくれ」
俺はゆっくりと頷いたが、同時にこう言った。
「だが、魔物が出るという地下ダンジョンに行くとなれば、人選は慎重に行わなきゃならない。囚人でも看守でも、信頼と戦闘力のある者でなければ……」
クルスは静かに頷いた。
「……それについても、お前の判断に任せる。選抜メンバーを提出してくれ。俺はそれを帝国の正式な探索部隊として承認しよう」
その日の午後、俺は選抜メンバーの選定に取り掛かった。
まず声をかけたのは、ベルン。屈強で信頼も厚く、力仕事や戦闘も任せられる。次に、ジリア。冷静な判断力と知識が必要だ。彼がいれば、何が起きても対応できる。
看守では、ナナに加え、もう一人若手の実直な男──ルークを推薦した。彼はまだ名は知られていないが、誠実で判断力もある。
そして、メルクの代わりに選んだのは、新たに再配属された魔導士の囚人──リヴェル・カーティス。
かつて王立魔術学院で教鞭を執っていた異才であり、現在は誤解による罪で投獄されているという経歴を持つ男だ。
魔力の制御装具はついているが、知識と実力は確か。何より、静かに本を読む姿に、俺はメルクと似た誠実さを感じた。
「これが……俺の選抜チームか」
俺は彼らの名を書いた紙を手に、クルスのもとへ向かった。
地下への扉は、今まさに開かれようとしていた。