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第26話 囚人たちの“昇格”制度!? 新たなステージへ

 朝の空気はひどく湿っていた。

 雑用室の板張りの床を、俺──眞嶋隼人は雑巾で磨きながら、昨日から考えていた案を頭の中で反芻していた。


 ――更生の成果が見える形で報われる仕組みが必要だ。


 人間というものは、誰しも心のどこかで“評価”や“見返り”を求めている。それがたとえ善意や奉仕から出た行動であっても、まったくの無償では続かない。誰かに認められたい。自分の努力が正しく意味を持ってほしい。そう願うのは、ごく自然な感情だ。

 正義感だけで人は動き続けられない。人は、自分が“必要とされている”という実感のもとで、生きる意義を見出すのだ。


「……というわけで、『昇格制度』ってのを提案してみたいと思う」


 昼休憩中、食堂の片隅に集まった囚人たちと看守のナナ、ベルン、ジリアを前に、俺は口を開いた。


「昇格制度?」

 ジリアが眉をひそめた。「どういう基準で?」


「更生プログラムに積極的に参加し、成果を挙げた者に対して、労働の軽減や物資の拡充といった報酬を用意する。希望を与える制度だ」


「報酬って……たとえば何を?」と、メルクがそわそわしながら訊く。


「たとえば、図書室の本の自由利用、持ち時間の延長、あるいは軽作業への異動。もちろん基準は明確に定める」


「ほう……それは悪くないな」とベルンがうなる。「ご褒美があれば、やる気も出る」


 しかし、ジリアは渋い顔のままだった。「だが“格差”を生む。扱いの差が、逆に分断を招く」


「もちろん、それも想定してる」俺は言った。「だから“推薦制度”を設ける。選ぶのは俺じゃない。仲間の信任で決まるんだ」


 ナナが笑顔で手を叩いた。「それなら公平性も保てますね。隼人さんらしい考えです」


「俺が推薦するとしたら──」

 ベルンがメルクの方を見て言った。「あいつのパンはうまかった。ちゃんと汗をかいて成した成果だ。文句なしだな」


 メルクは目を丸くしていた。「え、ぼ、僕ですか……?」


「お前には向いてるさ、技術班とか。食堂管理にも適性ある」ベルンが言う。


 そのやりとりを聞いていた青年囚ガイが手を挙げた。「でも、選ばれなかったやつの気持ちはどうするんです?」


「だから推薦制なんだ。皆で支え合う形にしたい。リーダーというより、“役割を担う人間”ってだけだ」


「でも、それでも妬む奴は出る」

 ジリアが静かに吐き出した。「俺は経験で知ってる。人間は、他人の成功を許せない生き物だ」


「それでも、俺は進めたい」

 俺はジリアと正面から目を合わせた。「この制度が希望になると信じてる。人を信じる仕組みをつくりたいんだ」


 部屋の片隅でフライが下を向いていた。彼の過去を思えば、この制度は彼にとっても痛みを伴うかもしれない。


「……希望か」ジリアが目を閉じて呟いた。「……ならば見せてもらおう、その“仕組み”の行方を」


 俺は頷いた。ここが新たな一歩だ。


 ──囚人たちの“昇格”制度。それは彼らの明日を照らす灯になるか、それとも新たな争いの火種となるか──


 問われているのは、俺たち“看守”自身の覚悟でもあった。


 ※具体的な昇格事例※

 最初に昇格が認められたのは、メルクだった。彼は食堂でのパン製造を一手に引き受け、焼き上げたパンが全囚人に提供された初めての日、その貢献は誰の目にも明らかだった。

 メルクには食材の選別権限と保管庫への立ち入り許可、調理中の音楽再生時間の延長という、ささやかだが意味ある特典が与えられた。


 「まさか、俺が選ばれるなんて……」

 メルクは配られた証明バッジを胸に、涙ぐんだ表情で呟いた。「……うれしいです。がんばってきて、よかった」


 「お前の努力はちゃんと見てたよ」

 ベルンが肩をぽんと叩く。「パンもうまかったしな」


 次に昇格したのはガイ。彼は修繕作業班で廃材を再利用してベッドの脚を補強する仕組みを編み出し、寝台事故を防いだ功績が評価された。彼には工具管理の責任と、週に一度の自由書写時間が与えられた。


 「責任ある立場って緊張するな……でも、俺、やってみたいです」

 ガイは照れたように笑い、周囲の仲間たちが拍手で背中を押した。


 そして三人目に推薦されたのはフライ。彼は当初反発気味だったが、雑用室の在庫管理を綿密に仕組み直し、物資の紛失を大幅に減らした。彼には記録用の個人ノートが支給され、“信頼係”として正式に任命された。


 「……これ、本当に俺がもらっていいのか?」

 フライはノートを手にしながら、呆然とした表情を浮かべた。「……俺が誰かの“信頼”を得られるなんてな」


 さらに、主人公と距離のある囚人たちにも昇格の波は広がっていた。

 D棟第3房のモラン──喧嘩っ早いことで有名だったが、最近では掃除班の班長として新人の面倒を見ている。彼には掃除道具の選定権限と、週一回の余暇活動への参加権が付与された。


 「クソ、照れるな……。でも、ありがとな」

 照れ隠しに頭をかくモランに、周囲から笑いが起きた。


 第2房のラギも昇格対象となった。口数は少ないが植物の扱いに長けており、雑草処理や庭の整備に貢献。彼には種子の選定と植栽エリアの設計補助の役割が与えられた。


 「……ありがとう」

 小声でそう言ってラギは深く頭を下げた。その頬はうっすらと赤らんでいた。


 これらの事例は、制度が一部の“取り巻き”だけでなく、努力する者すべてに開かれていることを証明していた。昇格を目指す動きは広がり、囚人たちの目にも微かな光が灯りはじめていた。



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