第21話『囚人選抜、“再教育チーム”始動!
朝の点呼が終わると、まだ霧の残る中庭を抜けて、俺は雑用室へと向かった。湿った石畳を踏みしめながら、今日は新たな一歩を踏み出す日だと気を引き締める。既に先に到着していたジリア、メルク、ベルン、そしてナナが待っていた。
石造りの部屋は湿気がこもり、古びた木の机と椅子が軋む音が響く。
「皆を集めたのは、次の改革に協力してもらいたいからだ」
俺は卓上に広げた、手書きの計画書を見せる。インクのにじんだ文字が、まだ不格好な理想を浮かび上がらせていた。
「それぞれの特技や過去の経験を活かして、配膳、整備、清掃、記録管理などの訓練を受け持つ“再教育チーム”を組む。仕事をただ与えるだけじゃない。責任と裁量を持たせ、未来に繋がる力を育てたい」
「再教育を通して囚人たちが身につけるのは、単なる労働能力じゃない。人と協力する術、与えられた仕事に責任を持つこと、日常の中に目的を見出すこと。小さな自信や成功体験を積み重ねることで、“二度と戻りたくない”と思わせることが、俺の目指す更生なんだ」
ジリアが無言で計画書に目を通した後、低い声で言った。
「つまり……再教育班の“班長”を、俺たちにやらせたいってことか」
「そうだ」
ベルンが腕を組み、目を細める。
「悪くねぇ話だが、選ばれなかった連中がどう出るか……特にD棟は一触即発だ」
「その点も考えてる。今後ローテーションで補助役を加えていく。ただ、まずは信頼できる人間で基礎を作りたい」
メルクがおどおどと手を挙げた。
「ぼ、僕で大丈夫なんですか……? パン屋の経験しか……」
「その経験が必要なんだ。食事班の責任者は、君に任せたい」
ナナがメルクを見て微笑む。
「真面目にやれば、周りの見る目も変わるわ。あなたが変われば、きっと他の囚人たちにも伝わる」
「でも……失敗したら?」メルクは心配そうに視線を落とした。
「その時は俺が責任を取る。だから、信じてやってみてくれ」
全員が真剣な眼差しで頷き合った。その時は、確かに前向きな空気が部屋を満たしていた。
──だが午後、広場でその空気が一変した。
中庭で作業を終えた囚人たちが集うなか、一人の男が大声を上げた。筋張った体に鋭い目つきの囚人、タゴスだ。
「ふざけるなよ! 結局は、隼人のお気に入りだけが得してるってことじゃねぇか!」
広場の喧騒がぴたりと止まり、周囲の視線が俺に集まる。空気が凍るのを感じながら、俺はタゴスの前へと歩み出た。
「タゴス。君が今後、班に加わる可能性を排除したわけじゃない。だが今はまだ、信頼関係が築けていない。それが理由だ」
「信頼だぁ? どこの上から目線だよ。あんた、どこまで本気で俺ら見てんだよ」
「……本気だ。今、こうして面と向かって話してる。それが証拠だ」
「口先だけの“更生”なんて、誰が信じるかよ!」
その言葉に、かつての俺──エリート官僚時代の傲慢な自分がよぎる。書類と数字で人を裁き、現場を知らぬまま、正義を語っていた。
「……すまない。俺の伝え方が足りなかった。誤解させたのは、俺の責任だ」
頭を下げると、周囲からざわつきが広がった。
「……え、マジで頭下げた?」
「あの“下っ端看守”が……?」
その時、ジリアが前に出て、タゴスをじっと見据えた。
「聞け、タゴス。隼人は言葉足らずなところがあるが──本気でやろうとしてるのは確かだ。俺は、こいつの“目”を信じてみたいと思った」
ベルンもあくびをかみ殺しながら呟いた。
「選ばれて面倒だが……まぁ、続けてりゃそのうち回ってくるだろ。焦るな」
「俺は……ただ、納得いかねぇだけだ」タゴスはうつむいた。
「昔もそうだった。“選ばれた奴”だけが生き残るって社会だった。俺は、そういうのが嫌だったんだ」
「わかる。だからこそ、選ばれる意味を作りたい。特権じゃない、“信頼”の証としてな」
タゴスは睨み返しながらも、口を噤んだ。やがて、小さく呟いた。
「……次のチャンス、待ってるぜ」
小さな火種は、まだ燻っていたかもしれない。しかし、今は沈静化できた。
俺は雑用室に戻り、改めて名簿を見下ろす。
「再教育チーム、始動だ」
紙の上の文字は未完成なままだが、現実に動き出したその一歩が、確かな温度を持っていた。
ガランツァ監獄の片隅に、確かな変革の灯火が灯った。
更生とは、一朝一夕では叶わない。
だが、俺は信じている。この手で“再出発”の場所を築くことを。