表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/27

第21話『囚人選抜、“再教育チーム”始動!

 朝の点呼が終わると、まだ霧の残る中庭を抜けて、俺は雑用室へと向かった。湿った石畳を踏みしめながら、今日は新たな一歩を踏み出す日だと気を引き締める。既に先に到着していたジリア、メルク、ベルン、そしてナナが待っていた。


 石造りの部屋は湿気がこもり、古びた木の机と椅子が軋む音が響く。


「皆を集めたのは、次の改革に協力してもらいたいからだ」


 俺は卓上に広げた、手書きの計画書を見せる。インクのにじんだ文字が、まだ不格好な理想を浮かび上がらせていた。


「それぞれの特技や過去の経験を活かして、配膳、整備、清掃、記録管理などの訓練を受け持つ“再教育チーム”を組む。仕事をただ与えるだけじゃない。責任と裁量を持たせ、未来に繋がる力を育てたい」


「再教育を通して囚人たちが身につけるのは、単なる労働能力じゃない。人と協力する術、与えられた仕事に責任を持つこと、日常の中に目的を見出すこと。小さな自信や成功体験を積み重ねることで、“二度と戻りたくない”と思わせることが、俺の目指す更生なんだ」


 ジリアが無言で計画書に目を通した後、低い声で言った。

「つまり……再教育班の“班長”を、俺たちにやらせたいってことか」


「そうだ」


 ベルンが腕を組み、目を細める。

「悪くねぇ話だが、選ばれなかった連中がどう出るか……特にD棟は一触即発だ」


「その点も考えてる。今後ローテーションで補助役を加えていく。ただ、まずは信頼できる人間で基礎を作りたい」


 メルクがおどおどと手を挙げた。

「ぼ、僕で大丈夫なんですか……? パン屋の経験しか……」


「その経験が必要なんだ。食事班の責任者は、君に任せたい」


 ナナがメルクを見て微笑む。

「真面目にやれば、周りの見る目も変わるわ。あなたが変われば、きっと他の囚人たちにも伝わる」


「でも……失敗したら?」メルクは心配そうに視線を落とした。


「その時は俺が責任を取る。だから、信じてやってみてくれ」


 全員が真剣な眼差しで頷き合った。その時は、確かに前向きな空気が部屋を満たしていた。


 ──だが午後、広場でその空気が一変した。


 中庭で作業を終えた囚人たちが集うなか、一人の男が大声を上げた。筋張った体に鋭い目つきの囚人、タゴスだ。


「ふざけるなよ! 結局は、隼人のお気に入りだけが得してるってことじゃねぇか!」


 広場の喧騒がぴたりと止まり、周囲の視線が俺に集まる。空気が凍るのを感じながら、俺はタゴスの前へと歩み出た。


「タゴス。君が今後、班に加わる可能性を排除したわけじゃない。だが今はまだ、信頼関係が築けていない。それが理由だ」


「信頼だぁ? どこの上から目線だよ。あんた、どこまで本気で俺ら見てんだよ」


「……本気だ。今、こうして面と向かって話してる。それが証拠だ」


「口先だけの“更生”なんて、誰が信じるかよ!」


 その言葉に、かつての俺──エリート官僚時代の傲慢な自分がよぎる。書類と数字で人を裁き、現場を知らぬまま、正義を語っていた。


「……すまない。俺の伝え方が足りなかった。誤解させたのは、俺の責任だ」


 頭を下げると、周囲からざわつきが広がった。


「……え、マジで頭下げた?」

「あの“下っ端看守”が……?」


 その時、ジリアが前に出て、タゴスをじっと見据えた。

「聞け、タゴス。隼人は言葉足らずなところがあるが──本気でやろうとしてるのは確かだ。俺は、こいつの“目”を信じてみたいと思った」


 ベルンもあくびをかみ殺しながら呟いた。

「選ばれて面倒だが……まぁ、続けてりゃそのうち回ってくるだろ。焦るな」


「俺は……ただ、納得いかねぇだけだ」タゴスはうつむいた。

「昔もそうだった。“選ばれた奴”だけが生き残るって社会だった。俺は、そういうのが嫌だったんだ」


「わかる。だからこそ、選ばれる意味を作りたい。特権じゃない、“信頼”の証としてな」


 タゴスは睨み返しながらも、口を噤んだ。やがて、小さく呟いた。

「……次のチャンス、待ってるぜ」


 小さな火種は、まだ燻っていたかもしれない。しかし、今は沈静化できた。


 俺は雑用室に戻り、改めて名簿を見下ろす。


「再教育チーム、始動だ」


 紙の上の文字は未完成なままだが、現実に動き出したその一歩が、確かな温度を持っていた。


 ガランツァ監獄の片隅に、確かな変革の灯火が灯った。

 更生とは、一朝一夕では叶わない。

 だが、俺は信じている。この手で“再出発”の場所を築くことを。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ