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完結『元エリート刑務官、転移先は異世界のブラック監獄!? 下っ端スタートから囚人たちと更生改革します!』  作者: カトラス


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第19話 裏切りを越えて──新たなる結束へ

 朝の空気は湿っていて、雑用室の石床を歩く足音がくぐもって響いていた。


 俺は囚人たちの前に立ち、深呼吸をひとつする。今日は、密告事件の決着を告げる日だ。


「……まずは、謝罪しよう。俺は──仲間を疑っていた」


 囚人たちは静まり返る。その視線の奥に、まだわずかな警戒と不安が混ざっているのを、俺は見逃さなかった。


「だが、それでもマクスは……正直に話してくれた。誰も、完璧じゃない。過ちもある。だけど、だからこそ──赦すことが、ここでは必要だと思う」


 沈黙の中、一歩前に出たのはメルクだった。まだどこか怯えた様子はあったが、それでも目を逸らさなかった。


「……俺、怖かった。でも……隼人さんが、信じるって言ったから……もう、疑うのはやめたいです」


「俺もだ」


 ジリアの低く静かな声が続く。


「“赦し”は安くはない。だが、与えられた者は、次に与える者になる。そういう連鎖を……ここで作ろう」


 ベルンが大きく頷いた。


「マクス、俺ぁまだ許してねぇ。でもな、これからのお前見て決める。……だから、今はそばにいてやる」


 その言葉に、マクスの肩がわずかに震えた。


 ナナが一歩前に出て、俺に視線を向ける。


「隼人さん。あなたが“赦す”と言ったその勇気が、皆を変えてる。……私も、信じたい」


 俺は小さく頷いた。


「この場所で、俺たちはもう一度やり直す。罪を赦すんじゃない──変わろうとする意思を認めるんだ」


 そのとき、珍しく雑用室の扉が音を立てて開いた。


「ほぉ、説教くせぇが……いい雰囲気じゃねぇか」


 入ってきたのは──ガルバ・ドラン所長。


 ドワーフらしいずんぐりとした体を揺らしながら、彼は酒瓶を片手にのっそりと歩いてきた。


 だが、その顔にはいつものふざけた緩みはなかった。


「……何のご用件ですか、所長」


「いや? ただ見物に来ただけだ。……だがな、隼人」


 彼は少しだけ真面目な顔をした。


「お前さんがやってること、……面白ぇ。もうちょい見ててやる価値はありそうだ」


 そう言った彼の目に、ふと過去の影が差した気がした。


 ──かつて、ガルバ・ドランは帝都近衛監獄の副所長だった。

 だが、冤罪事件を告発しようとしたことで左遷され、酒に溺れた。

 現職のガランツァ所長に抜擢されたのは、その「腐敗を知り尽くした目」が役立つと見込まれたからだと、ナナがかつて語っていた。


 彼の酒好きや無関心に見える態度は、かつて正義に破れた者の「諦観」の裏返しだったのかもしれない。


 俺は、彼が立ち去る直前、思い切って声をかけた。


「所長……ひとつ、話しておきたいことがあります」


「ん? なんだ、また演説か?」


「……ロト・ギャンベルが、裏で囚人たちと結託して暴動を起こそうとしている形跡があります。ナナも、命懸けで情報を持ち帰ってくれました」


 ガルバの目が、わずかに細くなる。酔いが覚めたような気配だった。


「……それで? 俺にどうしろってんだ」


「監獄の秩序を守るには、まずあなたが目を背けないことが必要です」


 数秒の沈黙のあと、ガルバはふっと笑った。


「らしくなってきたな、隼人。ま、そいつは俺のほうでもちょっと気になってたところだ。……うまく立ち回ってみろ。背中くらいは預かってやらぁ」


 数日後──。


 暴動の火種となる物資の受け渡しが、D棟の倉庫で行われるという情報を得た俺たちは、ナナ、ジリア、ベルンと共に密かに現場を監視した。


 深夜、ロトの手先と見られる看守と、複数の囚人たちがこそこそと集まり始めた。


「今だ」


 俺の合図で、ジリアが隠れていた通路から飛び出し、ナナが警報を鳴らす。驚いた彼らは逃げようとしたが、ベルンの巨体が立ちはだかった。


「解散だ、クソども」


 数分後には、現場は制圧され、証拠の品とともにロト派の数名が拘束された。


 その翌日、俺は中庭でロト・ギャンベルと対峙した。


「ロト。もう逃げられないぞ。お前の手の者が物資を運んでいた。証拠も──証人もいる」


 だが、ロトはいつもの不機嫌そうな顔を崩さず、鼻を鳴らした。


「へぇ。そりゃ大変だな。だが、俺は何も知らん。お前さん、証拠って言ってるが……“俺が関わった”って直接示すもん、あんのか?」


「……っ」


 憎らしいほど冷静な態度。ロトの口ぶりは、まるで全ての責任を部下に押し付けて済ませるつもりだった。


「ま、せいぜい“頑張って更生”とやらに勤しめよ。俺は……いつでも、ここで見ててやるぜ?」


 言い放ち、ロトは悠然と背を向けて歩き去った。その背中に怒りをぶつけたくなる衝動を、俺は噛み殺すしかなかった。


 だが──負けない。


 ガルバ所長は現場を視察し、煙草をふかしながら一言だけ呟いた。


「……やるじゃねぇか、隼人。まだまだ腐ってもガランツァだが、お前さんのやり方、ちっとは希望に見えたぜ」


 こうして、暴動は未然に防がれた。


 裏切りを越えて、俺たちはまたひとつ、絆を深めた。


 この監獄に、希望はある。そう信じて、俺は前を向く。

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