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完結『元エリート刑務官、転移先は異世界のブラック監獄!? 下っ端スタートから囚人たちと更生改革します!』  作者: カトラス


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第18話 D棟暴動計画!? “更生派”を潰せ

 その夜の中庭は、まるで息を潜めた野獣のように、異様な静けさと緊張に包まれていた。


 ──ナナが戻ったのは、ちょうど俺が記録帳を閉じたタイミングだった。


 乱れた呼吸。肩で息をしながら、右腕からは赤黒く擦れた痕が広がっていた。制服の袖は破れており、手の甲にも泥がついていた。


「ナナ!? その怪我──どうしたんだっ」


 思わず立ち上がった俺に、ナナは手を上げて制した。


「大丈夫……ほんの少し足を滑らせて、壁際の鉄網で擦っただけ。見つかりかけて、逃げるときに転んだの」


 その言葉に、俺は胸が締めつけられるような気持ちになった。ナナのような細身の体で、D棟裏の荒れた地形を潜り抜けたのか。


「座れ。すぐ手当てをする」


「ありがとう。でも……今すぐ伝えなきゃいけないことがあるの」


 俺は彼女を更生準備室の長椅子に座らせ、水を渡した。数秒の沈黙の後、彼女の言葉が空気を凍らせた。


「……D棟で、暴動の計画が進んでる。更生派を潰すために、看守と囚人の一部が結託してるの」


「……結託?」


「リーダー格にいたのは“カイル”って男。元軍人風だった。彼がまとめてるグループに、ロトさんからの伝言が届いてた」


「ロトが……?」


「“俺に従えば、自由が手に入る”って言ってたそうよ。彼が密かにD棟の規律を崩し、不満分子を焚きつけてる。『改革』を否定するために」


「奴は……更生の芽を潰す気か」


「物資の横流し、厨房からの薬品盗難……全部、暴動の準備。騒動の混乱に紛れて、“更生派”を一掃する気よ」


 そのとき、扉をノックする音が響いた。


「入るぞ」


 重たい声と共に現れたのはベルン、そしてジリアだった。


「ナナの報告は聞いた。厨房の物資が減ってる件──やっぱり、奴らが暴動準備に使ってる可能性が高い」


「証拠はまだ薄いが、構成は緻密だ。配膳時間を狙い、物資倉庫と洗濯場を封鎖。見張りの目をそらし、中央通路で暴動を起こす計画だ」


「配膳中は人数が足りない。各区画に人が散る。狙うならそこ……」


 俺は思わず拳を握りしめた。


「ロトの狙いは明白だ。混乱に乗じて“改革派”を潰す。俺を潰し、ジリアを再隔離し、ナナを左遷させる」


「動くのか、隼人」


 ジリアの鋭い問いに、俺は頷いた。


「……だが正面からぶつかれば、ただの反乱になる。まずは、ロトの指示を受けた囚人に揺さぶりをかける」


「ナナ、無理はするなよ」


「でも……私がやらなきゃ誰がやるのよ」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


「ジリア、お前の判断に任せるが……万一のときは止めてくれ」


「ふん、仕方ない。こっちも動くさ。血を流す前に終わらせるためにな」


 音もなく忍び寄る暴動の影。しかし、俺たちはそれに立ち向かう覚悟を、この部屋で確かに共有した。



 暴動計画と並行して密告をしていた人物も判明した。


 それは巡回中の出来事。


 俺の目の前で、ひとりの囚人が顔を伏せていた。


 雑用室の一角、埃の舞う陽の差さない窓辺。その男の名は──マクス。


 マクスは、最初はただの厄介者としてしか知られていなかった。無口で、誰とも深く関わらず、どこか距離を置いたような目をしていた男だった。


 だがある日、彼がボロ布を片手に配膳場の床を黙々と磨いていたのを見て、俺は声をかけた。


『何してる? 指示は出してないぞ』


『……床、汚れてるから』


 それが彼との最初のまともな会話だった。


 以来、彼は少しずつ俺たち更生派の活動に加わるようになり、言葉こそ少ないが、真面目に任務をこなしていた。


 そのマクスが──密告文の筆跡と一致した人物だった。


「……マクス、お前だったのか」


 言葉に棘を含める気はなかった。だが、それでも彼は肩を震わせた。


「……すまねぇ……すまねぇ……俺……やれって、言われて……」


「誰に? ロトか? カイルか?」


 マクスは顔を上げた。涙に濡れたその目は、罪の意識に満ちていた。


「カイルだ……あの野郎……裏で指示を出してた。奴の仲間が、外で俺の娘を──人質に取ったんだ」


「娘……?」


「俺がここに入ったのも、あいつらのせいだ。薬の運び屋をやらされて……抜けようとしたら、捕まった……でも、娘だけは……娘だけは……」


 ナナが小さく息を呑む音が聞こえた。


「じゃあ、あの密告文は……更生派を壊すために……」


「そうだ……すべて、俺がやった……でも、俺は……更生したかったんだ、本当は……」


 その言葉を、俺は信じた。いや、信じたかった。


「……ありがとう、正直に話してくれて」


 マクスは、ぎゅっと拳を握りしめた。


「どうすれば……償えるんだ……?」


 その問いに、俺は静かに答えた。


「ここから先の行動で、証明するしかない。今ここで逃げなかったその勇気……それが、第一歩だ」


 ジリアが静かに歩み寄り、肩に手を置いた。


「裏切りは許されない。だが、理由を持って口を開いたお前は──まだ、やり直せる」


 ナナも頷いた。


「娘さん、きっとお父さんの勇気を信じてるわ」


 カイル──暴動計画の中心人物。ロトと通じているとされる元軍属の囚人。計画立案の冷静さと、暴力的な支配力を併せ持ち、密かに囚人を掌握していた男。


 まさか、そこまで手が回っていたとは。


 裏切り。それは確かに苦い現実だった。


 だが──それでも、信じることをやめてはいけない。信じることが、俺たち更生派の核だからだ。


 俺の信念は揺るがなかった。

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