第12話 囚人による裁き!? 独自ルール裁判開廷
翌朝の雑用室。薄曇りの天窓から差し込む淡い光の下、囚人たちが雑多に並ぶベンチに腰かけていた。
埃っぽい空気と漂う飯の残り香の中、俺はその中央に立ち、深呼吸して口を開いた。
「軽い規律違反に関して、囚人同士で処遇を決める“内部裁判”を導入しようと思う」
一瞬の沈黙。その後、部屋がざわつき始めた。
「はぁ? 囚人に裁きさせるなんて、バカじゃねぇの?」
「それって……密告とかで潰し合いになるんじゃ……?」
「そもそも公平に裁けるやつなんか、ここにいねぇだろ」
反対の声がいくつも飛ぶ。
その中でも、片目に刀傷のある中年の囚人──元盗賊団の副頭領・マクスが重い口を開いた。
「看守、お前は理想を語ってるがな。裁く立場ってのは、恨まれるんだ。中立ぶっても、どっちかに肩入れしてると思われりゃ、それで終わりだ」
マクスはかつて荒野を根城にしていた盗賊団の頭脳役だった男だ。冷静で寡黙、だが発言すれば一同を黙らせるだけの説得力がある。
裁判制度に対する不信感は、彼の長い裏稼業での経験に裏打ちされたものだった。
「確かに……」
俺はマクスの言葉を受け止め、うなずいた。
「だが、逆に言えば“自分たちで裁いた”という実感が、抑止力にもなる。俺はその可能性に賭けたい」
別の囚人が口を挟む。
「でもさ、仲間同士の“なぁなぁ裁判”になったら? 仲良しなら無罪、嫌いなら有罪。そんなの、更生でもなんでもねぇ」
そのとき、フライが煙草を指先で弾きながら、ぼそりと補足する。
「おまけに、仕切るやつに権力が集まりすぎるってのもある。判事役が絶対、なんて空気になったら、そいつが次の独裁者だぜ」
フライの煙草は違法持ち込み品だ。看守の誰かが小遣い稼ぎに流しているらしい。だが彼はそれを派手に吹かすことはない。まるで自分の身分をわきまえるように、煙をくゆらせる。
元宿屋の主人だったフライは、かつて貴族の不興を買って全てを失った男だ。知略に富み、物静かに周囲の空気を読む能力に長けている。
緊張と懐疑の視線を一身に浴びながら、俺は深く息を吸った。
「それでも、俺はやってみたい。失敗するかもしれない。でも、今のままじゃ誰も変わらない。命令と罰だけじゃ、人は育たない」
そのとき、背後からジリアの低い声が飛んだ。
「……バカじゃねぇの、マジで」
呆れたように肩をすくめるジリアに、他の囚人たちがクスクスと笑う。だがその笑いも、次の言葉で止まった。
「……まあ、面白そうっちゃ面白そうだが。で、判事役はどうすんだよ」
俺は、真正面から彼を見て答えた。
「君に頼みたい」
ざわり、と空気が変わる。ジリアの眉がぴくりと動いた。
「はあ?」
「君は公平に物事を見る力がある。囚人たちも君には逆らいづらい。それに──」
「“それに”?」
「……もし俺が判事やったら、今後ずっと“看守の裁き”だと疑われる。それじゃ意味がない」
短い沈黙の後、ジリアは口の端を吊り上げた。
「ハッ、上手ぇこと言いやがる。……面白ぇ、やってやるよ。俺様裁判、開廷だ」
こうして始まった“第一回 更生裁判”。記念すべき初回の“被告”は、配膳中にベルンを突き飛ばした若い囚人・ガイだった。
「俺は、ちょっと肩がぶつかっただけだって言ってんだよ!」
小柄なガイが立ち上がって反論する。
「テメェ、熱いスープこぼしてテオに火傷負わせたろ」
傍らの年長囚人が怒鳴り返す。
「それはアイツがよろけたから……っ」
証言は錯綜し、視線は交錯する。椅子に座るジリアは腕を組み、鋭い目で一人ひとりを見ていた。
しばしの沈黙のあと、彼はゆっくりと口を開く。
「よし、証言は出揃ったな。……俺の判断を聞きてぇか?」
部屋の空気が一気に張り詰める。誰もが言葉を飲み込んだ。
「ガイ、お前は今週いっぱい皿洗い担当だ。もちろん配膳も手伝え。怪我させた分は、労働で払え。異論あるか?」
俯いたガイが、唇を噛みながらうなずく。
「……わかったよ」
拍手は起きなかった。ただ、部屋の空気がわずかに和らいだように思えた。
ジリアは低くつぶやく。
「“裁く”ってのは、案外、気分悪ぃもんだな……」
俺はその背中を見ながら、小さくつぶやいた。
「でも、その痛みを知るからこそ、人は変われる……はずだ」
更生とは、自分の過ちを知ること。そしてそのうえで、自分にできる責任の取り方を学ぶことだ。
それを“演じさせる”のではなく、自分で選ばせる仕組み。
たとえ最初は形だけでもいい。繰り返す中で、心が少しずつ変わっていくことを俺は信じている。
傍らでは、フライがふうっと煙を吐くように息をついた。
「へっ、裁判ごっこねぇ……。まあ、誰かに決められるよりはマシか」
実際の作業では几帳面で、配膳や清掃では新人にも的確な指示を出してくれる。
裁判中も証言が行き過ぎないよう、時折咳払いをして注意を促していた。
一方、ガイは十代半ばの少年兵上がり。無断離脱後、盗みを働いたことでこの島に収監された。
小柄な体格に似合わぬ生意気な態度。しかしその強がりの奥には、どこか“居場所を確かめたい”という必死さが見え隠れしていた。
ジリアの裁きのあと、彼が皿を手に静かに立ち上がったとき——
俺は確信した。
ここから始まる。小さな一歩が、やがて大きな波になると。




