第10話 ロト激怒!? 初めて俺に味方ができた日
朝から強い日差しが監獄島の空気を重くしていた。
石畳の通路を通り抜けて、俺たちはいつもの協力室で今日も作業を始めていた。古びた机に資料、掲示板に張った今週の役割分担表。それを整えるだけでも、皆が少しずつ前に進んでいる気がしていた。
だが、その静寂を破ったのは、雷鳴のような怒号だった。
「おい、眞嶋ァ! 何勝手なことやってやがるッ!」
バンッ、と扉が乱暴に開かれ、ロト・ギャンベル上級看守が怒りのオーラを全身から放ちながら飛び込んできた。
その目は血走り、唾を飛ばしながら俺に詰め寄る。
「これは……所長の許可を得て――」
「知るか! 俺の管轄の囚人共に好き勝手やらせてんじゃねぇ!」
ロトは俺の説明など聞く耳も持たず、掲示板の紙をバリバリと破り捨て、机を足で蹴り飛ばした。物が床に散らばり、メルクが思わず飛び退く。
……所長の許可を得ているのに、なぜロトはここまで怒るのか? その理由は単純だった。
俺が“成果”を出し始めていることが、ロトにとっては面白くなかったのだ。
この監獄では、誰もが現状維持を望んでいる。特にロトのような無能な中間管理職は、変化そのものを恐れていた。俺のような下っ端の新人が、囚人たちをまとめ始めている。その事実が、彼の保身と面子を傷つけていた。
「俺は……囚人たちが少しでもまともな生活を取り戻せるようにと思って――」
「お前は何様のつもりだッ! ここは帝国監獄、看守は命令する側だ! 囚人なんざ反抗しなきゃ犬以下でいいんだよ!」
その言葉に、俺の中で何かが軋んだ。だが先に反応したのは、ジリアだった。
「その“犬以下”が雑用室掃除してんだ。てめぇの足元よりずっとマシかもな」
ロトがギロリとジリアを睨む。
「……なんだと? 貴様……生意気な口を利くなよ」
その気配に、メルクが震える声で前に出た。
「ぼ、僕たちは……隼人さんと協力してるだけです。勝手なことは、してません……あの、お願いです、怒らないで……」
メルクの小さな声には、勇気が込められていた。
「……ハッ、冤罪面しやがって」
ロトは鼻を鳴らして吐き捨てるように言い、今度はベルンに目を向けた。
「てめぇは何だ。看守の分際で、囚人とつるむつもりか?」
ベルンはふっと息を吐き、静かにロトを見つめる。
「違います。隼人さんのやり方、最初は驚きました。でも、見ていて分かるんです。囚人が“人”として扱われると、少しずつでも変わる。その姿を見て、俺も変わりたくなったんです」
その一言に、部屋の空気が確かに揺れた。
そして、ナナが静かに口を開いた。
「……ロトさん。私は、現場で見て感じました。隼人さんの提案には意義があります。最初に“囚人に関わるな”って教えられましたけど、それだけじゃ何も変わらない……私は、変えていくべきだと思います」
「ハァ!? お前まで何言ってやがる!」
ロトの怒鳴り声が響く。だが、それ以上は言葉を続けられなかった。
彼は俺を睨みつけ、忌々しげに唇を噛むと、吐き捨てた。
「……てめぇみてぇな偽善者が、現場をかき回すんだよ。せいぜい、次の査察まで“夢”でも見てな」
そして、怒気を背中にまとったまま、ロトは出て行った。
ドアがバタンと閉まった瞬間、室内は静寂に包まれた。落ちた紙と割れたマグカップの破片、散乱した書類。それでも、俺の心は不思議と冷静だった。
いや、むしろ……あたたかかった。
「……皆、ありがとう」
心からそう呟くと、ジリアが肩をすくめた。
「礼はいいさ。別にアンタのためってわけでもねぇし。……まあ、ちょっとはカッコつけたかもな」
メルクが小さく笑ってうなずく。
「ぼ、僕も……あの、ずっと怖かったけど。でも……隼人さんのやり方、僕は好きです」
ベルンが両腕を組んだまま、柔らかな微笑を浮かべる。
「ここは、俺たちで作る“場所”ですからね。隼人さんが、そのきっかけをくれたんです」
ナナも、ほんの少し頬を赤らめながら静かに言った。
「これが……きっと、始まりになるんですね」
散らばった部屋の中、俺たちは立ち尽くしたまま、でも確かに一つの“絆”を得た。
小さな、更生の火種。
それが、この監獄島で初めて灯った瞬間だった。
登場人物紹介(第一章)
◆眞嶋 隼人
元・日本国のエリート刑務官。異世界転移者。
現代日本で矯正局の若きエースとして期待されていたが、職場の嫉妬と陰謀により刺され命を落とす。気づけば、異世界の監獄島の最下級看守として再出発することに。
「更生とは何か?」という理想を胸に、囚人や看守たちと少しずつ信頼を築きながら、“ブラック監獄”の改革を志す。
地道に、まっすぐに、不器用なまでに正義感を貫く青年。
◆メルク
人間の若き囚人。元パン職人。
気弱で内気、しかし心優しい青年。かつては小さなパン屋を営んでいたが、貴族の理不尽な告発により冤罪で収監されてしまう。
最初に隼人と心を通わせた存在であり、彼の“更生計画”に協力を申し出る。努力家で、人一倍「普通の日常」を求めている。
◆ジリア
謎多き囚人。冷静沈着で洞察力に優れる。
自らの過去を語らず、収監理由も不明な男。房内ではリーダー格であり、囚人たちから一目置かれている。
隼人の誠意に興味を抱き、徐々に協力の姿勢を見せ始める。常に冷静な視線を持ち、何か大きな秘密を抱えている様子。
◆ベルン・タルカ
オーガ族の中年看守。見た目は怖いが中身はお人好し。
巨体と強面から囚人に恐れられていたが、実は手芸や家事が得意な家庭派。
看守の立場ながら、隼人の姿勢に感銘を受け、協力者となる。通称“癒し系看守”。
◆ナナ・ユリエル
若き女性看守。ハーフエルフ。
数少ない“常識人”であり、看守として真面目で誠実。理不尽な監獄制度に疑問を抱きながらも、上司の圧に耐えつつ日々を送っている。
隼人の更生思想に共鳴し、徐々に心を開いていく。表情は硬いが、根はとても優しい。
◆ロト・ギャンベル
上級看守。現場の権力者であり、横暴な男。
強面と暴力で囚人たちをねじ伏せる典型的な“ブラック職場上司”。
隼人の更生改革に強く反発し、ことあるごとに妨害してくる。無能な保身型中間管理職の象徴。
◆ガルバ・ドラン
監獄島の所長。ドワーフ族。
58歳。元は有能だったが今は隠居気味で現場放棄型。基本的に部下任せだが、“結果”が出れば黙認するタイプ。
隼人に活動を許可した理由は「面倒を避けたいだけ」か、それとも……?
◆クルス・ミラージュ
帝国直属の監察官。“鉄面の処刑官”の異名を持つ男。
異常なまでの合理主義者。人間関係や情よりも「数値」「成果」「コスト」を重視する冷酷な評価者。
なぜか隼人が転移者であることを知っており、強い関心を持っている。更生そのものを「幻想」と切り捨てる立場で、今後の障壁となる予感。