第9話 囚人たちと更生作戦スタート! 雑用室が更生拠点になりました
提案した“俺流監獄ルール”は、思いのほか好意的に受け止められた。
だが、それを実行に移すには場所が必要だった。どこか、囚人たちと看守が顔を突き合わせて、真剣に話し合える場所。さすがに食堂では無理があるし、房の中でやれば逆に警戒される。
そこで目をつけたのが、使われていない古びた雑用室だった。
──雑用室の使用許可を得るため、俺は所長室に足を運んだ。
「所長、この資料室の件ですが……少し使わせてもらえませんか?」
ガルバ・ドラン所長は椅子にふんぞり返ったまま、ぐいっと鼻を鳴らした。
「雑用室? ああ、あのボロ屋か。どうせ誰も使っちゃいねえし、ネズミの巣になっとるくらいだ。……勝手に使え」
「ありがとうございます。ただ、これはD棟内での生活改善の一環として活用したくて……」
「改善だぁ? まあ、好きにやりゃあいい。だが報告なんぞいらんからな。余計な書類が増えると俺が迷惑する」
「もちろんです。ただ、問題が起きた場合は責任を持ちます」
所長は一瞬だけ顔をしかめた。
「おい、まさかクルスの耳に入るようなことじゃねぇだろうな?」
「……ええ。査察官が来る前に、少しでも状況を整えておきたいだけです」
「ふん、クルス……あいつが来ると面倒なんだよな。全部数字で斬って捨てやがるからな……ま、やれ。ただし、勝手な真似はするなよ」
ドラン所長が口にした“クルス”──帝国査察官クルス・ミラージュの名は、この監獄では忌避の対象だ。冷酷無比な数値主義で知られ、現場の情や事情には一切耳を貸さない。『矯正など幻想』『人材も施設も効率と成果がすべて』と豪語し、容赦なく改革を断行してきた。
監獄島ガランツァにも過去何度か視察に現れ、そのたびに複数の看守と囚人が左遷・移送されたという噂すらある。
「アイツに睨まれたら、看守人生終わりって話もあるくらいだぞ……」
所長がぼそりと吐き捨てた。
「心得ています」
礼を述べてその場を後にし、すぐさま雑用室へと向かった。
「ここ……使っていいんですか?」
メルクが埃を払いながら、ぽつりとつぶやいた。
「ああ。所長に申請して許可はもらった。というか、放置されてる場所だから誰も気にしちゃいないさ」
「俺も知らなかったな、ここ。こんな場所、まだ残ってたのか」
ジリアが古びた棚を指でなぞりながら呟いた。
「もともとは記録室だったらしい。古い書類とか、壊れた備品とかが山積みでさ。とりあえず、掃除から始めよう」
「掃除? ならオレの出番だな!」
ベルンが意気揚々と袖をまくり、モップを構えた。
「それじゃあ、俺はこの棚を整理してみるよ」
メルクがそろそろと手を動かし始める。
「じゃ、俺は……休憩係でもやるか?」
ジリアが肩をすくめる。
「サボる気満々だな」
俺は苦笑しながらも、どこかその空気に救われていた。
「この部屋を“更生拠点”にしよう。正式には“D棟協力室”……とか名付けて、ここを中立地にする」
「協力室? それ、意外と悪くないネーミングじゃん」
「“D棟改革委員会”よりは親しみあるな」
ジリアがからかい気味に笑う。
「俺たちは、ただ反抗するためにいるんじゃない。何かを“築く”ために、ここにいるんだと……そういう場所にしたい」
そのとき、控えめに拍手の音が響いた。それはナナだった。
「本気で、変えようとしてるんですね。……隼人さんが、来てくれてよかった」
「ナナ……ありがとう」
ナナは、どこか照れくさそうに微笑んでいた。
雑用室──いや、“協力室”には、少しずつ椅子と机が集まり、小さな掲示板が立てられた。
「これ、貼っておきますね」
メルクが持ってきた紙には、こう書かれていた。
【今週の取り決め:洗濯係ベルン、掃除係メルク、見回り支援ジリア】
担当を決めた理由は単純だった。それぞれの得意分野を活かし、無理なく始められるようにするためだ。
ベルンはもともと囚人時代から几帳面で、衣類の整頓にうるさいことで有名だった。
「洗濯係なんて、俺の趣味みたいなもんだ。干し方にはこだわりがあるからな」
彼のこの一言で、皆がどっと笑った。
メルクは素直で丁寧な性格。細かな掃除作業にはぴったりだった。
「こういうの、僕……昔の店でも毎朝やってたから、慣れてます」
ジリアは──本人が渋い顔をしていたが、機転が利き、場を読むのが得意だった。見回り支援は、最初は補助役としての位置づけだ。
「まあ……どうせやるなら、楽しくやらせてもらうさ」
「……なんか、すげぇちゃんとしてる」
ジリアが半ば呆れたように言った。
「始めたばかりだ。これからだよ」
「ま、どこまで続くか見物だな」
「見てろよ、ちゃんと形にするから」
俺は、胸の中で小さく拳を握った。
こうして、D棟に小さな“秩序”の種がまかれた。
それは、まだ誰にも気づかれていない小さな希望。
でも、俺たちは確かにその一歩を踏み出したのだった。




