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第九話 ギルド長

 


 その夜、アルが宿の食堂で食事をして二階の自分の部屋へ戻ると、既に先客があった。

 その気配と、髪のない丸い頭には覚えがある。


 この街の冒険者ギルド長アントン・オズバーンは、アルのベッドにゆったりと腰かけている。

 後ろ手にドアを閉めたアルへ向け、アントンが手に持った物を投げつける。

 それは、昼間アルが使った木剣だった。


「まさか、こんなガラクタで高価な魔物素材の大剣をまっぷたつにする子供がいるとはな。あの剣はシルバーファングの牙を削り出した、奴の自慢の剣だったというのによ」

 アントンは楽しそうな顔で、アルを見上げる。


「あの試験官には、お前のことを魔物の化身だから、全力で切り捨てよと指示した。奴は嫌がっていたがな。その結果が、これだ。ただの木剣であんなことができるお前は、何者だ?」

 だが、アルはその言葉を聞くと気の毒なくらいに困った表情を浮かべ、弱々しく立ちす


 それを見て、アントンは笑う。

「そうしていると本当に十五歳に見えるが、お前からは人間というより魔物に近い気配を感じる。それも、飛びきり強い魔物だ。魔人、といったところか」


 アルの眉間に少し皴が寄る。何をどこで間違ったのだろうかと振り返るが、自分ではよくわからない。


「お前の目的は何だ?」

 ギルド長はそう言って、鋭い目でアルを睨む。


 小説の続きが読みたかった、と言っても信じてもらえないだろう。

 しかしアルは、アントンに魔物に近い気配と言われたことに衝撃を受けていた。


「俺は魔物じゃない、ただの人間だ。俺は、この街で普通に暮らしたいだけだ」


「その言葉を、そのまま信じろと?」


「俺に害意があるのなら、この街は今頃大騒ぎになっているだろう。そもそも、あんたに俺が止められるのか?」


「それは、やってみなければわからんな。何しろワシは伝説のSSSランクだから」

 だが、アルには目の前の老人の実力がある程度わかる。

 確かに、街の人間としては破格の強さだろう。だが、それでも……


「笑わせるな。今のあんたに、それほどの力は無い。迷宮の三十層も突破できないような弱小ギルドの長が、何を言うか」

「ほう。そう言うお前は、どこまで深く潜った?」


 本当の事を言っていいのだろうか。アルは躊躇いながらも、結局は真実を話す。

「……俺は三か月前、最下層の九十三層にいた迷宮主を単独で倒した」

「で、デタラメを言うな!」


 虚勢を張っていた老人の顔に、初めて動揺が浮かぶ。


 アルは眉をひそめ、木剣をアントンへ投げ返す。

「今日の試験官を務めていたのは、あれでもSランクなのだな。あんなに弱いのに」

「ほう」


「あんたはあのランクの冒険者を百人相手にして勝てるか?」

「うむ、全盛期のワシでもちとキツイかも知れんな」


「俺はあの程度なら、何百人いようとも負ける気はしない」

「何と」


 ギルド長の目が再び力を持って、アルの全身を値踏みするように眺めまわす。


「あんたが直接、試してみるか?」

「よかろう。ついて来い」


 二人は開いた窓から外に跳び出して、昼間試験の行われた広場までやって来た。

 空には星が出ているが、月のない暗い夜だった。


 アルは、ギルド長アントンに対面して言い放つ。

「俺は攻撃せずここに立っている。気が済むまで打って来い」

「判った。後悔するなよ」


 それからアントンは懐から出したナイフを手に、アルへ切りかかる。

 しかしその刃は全てアルの武器を持たない両手で簡単に払い落とされて、傷つけることはできない。


 昼間はあの剣先を空中で粉々に砕いたギルド長の鋭い斬撃が、素手のアルに一切通用しなかった。


「なるほど、言うだけのことはある……」

 アントンはもう一本のナイフを取り出して、両手に構えた。


 左右の刃が薄いピンクと薄いブルーに輝いて、アルの急所を的確に襲う。

 軽くそれを払うアルの腕に負けじと斬撃の速度が上がり、トリッキーな動きで足を払おうとするのを片足で軽く止めて見せた。


「くそ、全く通用せんか」

 最後に魔力をたっぷり乗せた渾身の六連撃を放つが、それも手を使わずに胸でまともに受けて弾かれ、アントンは驚愕した。


「まさか、これほどとは……」

 アントンの動きが止まる。


「これ以上ワシが何をしても意味がない。Sランク百人どころか、千人いても何もできないだろう」

 アルは、無表情で聞いている。


「確かにお前がその気になれば、明日にでもこの街は地図から消え去りかねん」

 アントンは力を抜いて、放心したように息を吐く。


「そうなると、迷宮主を倒したというお前の話は、真実なのか……」

 老人は清々しく笑い、優しい眼でアルを見る。


「良ければ、お前のことをもっと色々知りたいのだが、話してくれるか?」


 ここまでの経緯を見て、アルはこの男なら信用できるのではないか、と感じていた。

 多くの荷を老いた両肩に背負いつつも、それを苦にする素振りを見せず堂々と立っている。その姿は、迷宮の村を率いていた祖父に重なる。


 今、この男は街の命運を賭けて、自分の強さを計った。

 そしてその想像以上の力を前に混乱し、心底から怯えている筈だ。だが、この男からはそういった葛藤や絶望を、全く感じない。


 薄笑いを浮かべながらも、冷静に、最善の手を打とうと必死で何かを考えているのだろう。その不安を少しでも顔に出すことなく。その胆力には、舌を巻くしかない。


 今、自分はこの男の試験に合格したのだろうか。もしこの男が裏切るのであれば、ここで斬るしかない。だが、できればそんな事はしたくなかった。


「人の世で暮らすには、強さだけでは生きていけない」

 祖父からは、何度も聞かされた。

「人と人との絆を大切にして、知恵と勇気で戦うのが人間だ。いつかどこかで巡り合う人との縁を大切にして、その機会を見逃すな」と。


 そして、アルは己の瞳を信じて、アントンに全てを語った。



 アントンは、本当に迷宮が九十三層まである特大のダンジョンであると知り驚愕したが、アルが既に一人で攻略済みであることも再確認して、更に腰を抜かした。


 伝説のダンジョンマスター、迷宮の王がこんなに若い少年で、それが実際に目の前にいるとは、さすがに老人の想像を遥かに超えていた。


 アルの話は壮大で、なんとまあ凄まじい話だ。

 確かに、ファロスト王国というのは聞いたことがある。

 豊かな国であったが、百年近く前に滅んだと。

 今はこの大陸を統一した帝国の代官が、かつてのファロストの城を治めている筈だ。


「王家を再興する気はないのか?」

 アントンは、真剣な顔で問う。

「お前ならいずれ帝国を倒し、この大陸を支配することも可能かもしれん」


 それには、アルも真面目な顔で答える。

「俺は、そんなことには全く興味がない。ただ地上に出て、好きな本を読みながらのんびり暮らせればそれで良い。無駄な争いは、一切望まない」


「本気で、冒険者養成学園へ入りたいのか?」


「当然だ。もう迷宮へ戻るのは御免だが、俺には他にできることがないし、人間のことをもっと学ばねばならない」


 そこで、やっとアントンの顔が緩んだ。


「ではお前は、今日からワシの孫になれ」

「……?」


「そういうことにして、学園に入学しろ」

「!」


「ワシが、できる限りの手助けをしてやる」

 アルの顔が輝く。

「本当か、それは助かる」


「その前に、お前のその話し方は何とかならんのか?」

 アントンは、呆れたように言い放つ。


「いくら王家の末裔とはいえ、その年齢でその話し方では、周りが引くぞ」

 その言葉は、今夜のどんな斬撃よりも鋭くアルの心を切り裂いた。

「ど、どうすればいいんだ?」


「お前は来週から同じ年ごろの若者と学園の寮に入り、共同生活を送る。そこでしっかり周囲を観察し、少しずつ真似すればよいだろう」

「そうか」


「それまでは、あまりしゃべるな」

「承知した。努力しよう」


「だから、それがダメなんだ!」

「……」


「しかしお前、本当に十五歳なのか?」

「本当だ、嘘は言わない。よろしく頼む。ところで、あんたはいったい幾つなんだ?」


「ワシは六十五歳だ」

「なんだ、意外と若いんだな。俺の本当の祖父は八十歳で亡くなったが、もっと髪の毛がたくさんあったぞ」


「失礼な奴だな、お前はもうしゃべるな!」

 アントンは頭を真っ赤に染めて、アルを睨んだ。


 翌日、合格者三十名の発表があった。


 その場でアルはギルドと学園のスタッフへ正式にギルド長の孫である旨紹介されて、試験に不正が生じないようにこれまで黙っていたのだと釈明された。


 アルの存在が十分特別だと知ったギルドのメンバーは、なるほどあのじじいの孫であれば仕方があるまいと諦めて、妙に納得したのだった。


 アルは、これで晴れて学生の身分を手に入れた。

 多少の誤算はあったが、結果は上々だ。


 投宿していた安宿のオヤジもおかみさんも、我が子のことように喜び祝ってくれた。


 アントンの助言に従い辺境暮らしで身についた言葉の訛りが激しいことにして、アルはなるべく余計なことをしゃべらぬようにしていた。その後は街の人から変な目で見られることは減ったので、やはり話し方が悪かったのだろうと自分も気付いた。


 確かに、ベテラン冒険者のマット・レザクであればそれほど違和感のない話し方であったのだ。だが十五歳の冒険者見習いとしては、違和感しかない。


 気付いていなかったのはアル本人だけで、前途はやや暗い。

 自分では、その言葉のどの辺りに違和感があるのか、アルにはまだよく分かっていなかった。


 こうして、無口なアルの新生活が始まる。


 寮は一部屋にベッドが六つ並ぶドミトリーだった。

 男女別に合計六部屋あって、今年の生徒は男子が二十人、女子は十人である。

 これで、全体が五人ずつの六部屋構成となった。


 一年間のカリキュラムを終えて卒業すれば、晴れてDランク冒険者として認められるという破格の待遇である。


 だがそれは、それだけ厳しい訓練が待っているということでもある。



 


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