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第八話 選抜試験

 


 百人を超える受験生全員が、集合地点から同時に走り始める。


 広場から新市街のメインストリートに出て、石畳の広い道を南へ真っ直ぐに走る。

 南門から街を出たら常に左手に外壁を見ながらひたすら走って、街の外側を一周。

 また南門から街へ入り、広場へ戻って来る。

 ただそれだけのルートだ。


 しかしこの街の全貌を実感していないアルには、それがどの程度の距離でどのくらいの時間がかかるのか、難易度の見当がつかない。


 先着六十名がこの試験で生き残る。負ければ脱落だ。要するに、三時間以内にゴールして、その六十名の中に残ればいいだけだ。途中のペースとかタイムとかは関係ない。

 受験生の集団は、一斉にスタートした。


 アルは集団の後方にいて、ざっと人数を数える。

 およそ百名の集団が、次第に縦長になっていた。


 自分は前から七、八十番目辺りなので、人目に付かない壁の外に出たら三十人ほど追い越せば、ほど良い位置となるだろう。アルはそう思って、壁の外に出るまでは密集した集団の中で走った。


 街の外へ出ると道はきれいな石畳から乾いた土の道に変わり、深い轍や固い土の上に浮いた砂利が、足場を悪くしている。

 参加者は一様に革や布のサンダル程度の軽い履物で、決して楽な試験ではなかった。


 しかし、アルにはこの程度の道など苦にならない。そのまま口笛を吹くような気持ちで汗もかかずに流していると、早くも道端に倒れこんでいる若者をちらほら見かけるようになった。


 オーバーペースで先へ行った連中だろう。そうしてあっという間に三十人は追い抜いて、アルはペースを落とす。


 やがて東門の前まで来た。

 救護所と給水所を兼ねたようなテントが設営されていて、竹のカップで冷たい水を配っている。

「現在五十位である」

 門前に立つ試験官が、水を飲むアルに告げた。


「よし、大丈夫だな」

 つい呟いてから照れ隠しに試験官へ大きく頭を下げて、そのままのんびりと先へ進む。


 次の北門までの間に、更に五人の若者がへたり込んでいた。

 そのうちの一人を追い越しざまに、偶然目と目が合った。


「何見てんだよ!」

 上半身裸で分厚い筋肉を見せつけるような男が座ったままアルを威嚇するが、相手をするまでもなく黙って通り過ぎて行った。


「四十五!」

 北門の試験官がアルに告げる。


 これで外周のちょうど半分である。意外と長い距離を走ることになりそうだ。やっと全体の距離感が掴めたし、残り時間もたっぷりある。アルは無理に前へ行かずに同じペースを保って流していた。


 気付くと、アルの前を今にも倒れそうな赤い髪の少女が走っていた。

 細身で体力には自信のなさそうな、重い動きだ。きっとここまでかなりの無理をして走って来たのだろう。


 そっと隣を追い越そうとした時に、後ろから勢いよく走り寄ってアルに体当たりをする者がいた。先ほど道端に座り込んでいた、半裸の若者である。


 咄嗟にアルは避けたのだが、男は勢い余って赤い髪の少女へ思い切り体をぶつけてしまった。

 悲鳴を上げて少女は吹き飛び、道に転がった。


「ぼやぼやしてんじゃねえぞ!」

 そう言い残して、男は駆け抜けて行く。


 アルは、突き飛ばされた少女の元へ駆け寄る。

「大丈夫か?」

 そう声をかけてみたものの、どう見ても大丈夫ではない。


 露出した手足は擦り傷だらけで血が滲み、特に右腕を強く打ったように見える。倒れたまま動かないが、意識はあるようだ。ただ、痛みと精神的な衝撃で動けないのだろう。


 アルは持っていた布を水魔法で湿らせて傷ついた手足を手早く拭い、腰のポーチから取り出した魔法薬で応急手当てをする。特に腫れの酷い右肘には魔法で作った氷を当てて冷やしながら、治癒魔法をかけた。


「応急処置だが少し休めば、この程度の傷はほぼ癒えるだろう。もうすぐ西門だと思うから、無理せず歩けばそこに救護所がある筈だ」


「あ、ありがとうございます」

「どうだ、一人で行けそうか?」


「はい、大丈夫です。先に行ってください。私も必ずゴールしますから!」

 少女の力強い言葉に安堵して、アルは再び走り始める。


 今度は、少々足を速めた。西門へ行くまでに、五人の若者を追い抜く。

 西門を過ぎて少し行ったところで、上半身裸のあの男の姿を捕えた。その背には、さすがに疲れが見える。


「あんな奴と一緒に一年も暮らすのは御免だな。悪いがここで終わりにしてもらおう」

 アルは気配を消して、背後から若者に近付いた。


「おい、背中にでかい毒グモがいるぞ」

 背後から適当に声をかけた。男が驚いて振り向いた瞬間を狙い、幻惑魔法を使って姿を消す。念のために死角となった反対側から、軽くその背中を押してやった。


 丸太で殴られたような勢いで若者は吹き飛んで、道端をバウンドしながら十数メートル転がり道の脇の茂みへ消えた。


 念のため草をかき分けて近寄り息をしていることを確認したアルは、そのまま男を茂みに放置して再びペースを落としてのんびりと走り去る。

「試験が終わるまで、そこで寝ていろ」


 そこから更に最後の南門へ着くまでにも数人の若者が倒れていて、結局南門へ戻って来た時には三十三位まで順位が上がっていた。そこから広場までの僅かな間にも、足を引きずりながらやっと歩いている数名の集団を仕方なく追い越して、アルはゴールした。


 一応周囲を見て皆の姿に合わせて肩で息をしながら、水を飲んだついでに顔を濡らして汗をかいたように見せた。アルがゴールしたタイムは二時間半近かったのだが、順位は二十五位だった。決して早いとは言えないが、恐らくこれだけの長い距離を走った経験がある者は少ないのだろう。


 設定の三時間以内で完走できたのは受験者の半分の五十人少々に過ぎず、最後に赤い髪の少女が無事時間内にゴールすると、大きな拍手が送られた。


 最下位でゴールしても一次試験が合格とわかっていれば、途中で疲れたふりをして休んでいればよかったのだ。結果論に過ぎないが、やや目立ってしまった。

 体は全く疲れていないが、神経が凄く疲れたアルだった。



 固いパンと果物だけの簡単な昼食が支給された後、二科目目の試験が行われる。

 次も、実技の試験だった。


 試験会場にはあの禿げ頭の老人がいて、テネレの冒険者ギルド長であると紹介された。

「なるほど。ギルド長ともなれば、少しはやれるのか」

 アルは、その老人を興味無さそうに見つめる。


 今度は、試験官を相手に一人ずつ模擬戦闘を行うことになる。

 人によって得意な武器は異なるだろうから、受験者は何を使っても良い、ということになっている。


 自前の武器を持たぬ受験者には、木刀や木の槍、木の盾など様々な練習用の武器や防具が学園側で用意されている。


 魔法や弓矢のような遠距離攻撃が得意な者には、距離や形の違う的が幾つか用意されていて、そこで試技が行われる場合もある。その他支援魔法や回復系の魔法が得意な者は、事前申告により個別に試技の場が与えられる。


 長距離走でゴールした順に、Sランク冒険者の試験官と対する。早い順位でゴールした者は比較的体力に余裕があるが、終盤にやっとゴールした受験者は力尽きてまだ横になっている者も多い。


 それでも、ほとんどの受験者は自分の武器を持って来ている。

 それだけ皆真剣に、冒険者の道を目指しているのだろう。


 順に試験官へ挑むが、攻撃は空回りして簡単にあしらわれている。

 取り巻く教官が採点して、次の座学の試験と合わせて上位三十人が合格する。


 アルは愛用しているオルセン王家のナイフを使わずに、会場に用意されている中で一番小さな木の短剣を手に取った。


 アルが武器を選んでいる間に、アルの相手をする試験官をギルド長が手招きして呼び寄せた。


 ギルド長が試験官の耳元で何か囁くと、彼は驚愕の表情を浮かべてギルド長の顔を見る。

 躊躇する試験官の肩を叩いて、ギルド長が真剣な顔で送り出した。


 アルの試験が始まる。


 試験官の妙に強張った顔が周囲に伝わり、異様な緊張感が試験場を支配する。

 アルは真剣な表情で短い木剣を構え、ゆっくりと教官へ切りかかる。力が抜けた、無駄のないきれいなフォームだった。


 それを華麗に避けながら、教官はもう一度ギルド長をちらりと見る。


 ギルド長が腕を組んだまま黙って頷くのを確認して、教官は魔物素材の自分の剣に魔力を流して、鋭い一撃をアルの上半身に向けて放った。


 突然スピードアップした目にも止まらぬ斬撃は、木の短剣しか持たぬ少年には受けることも躱すこともできぬ必殺の一撃に見えた。


 しかしアルは動揺も見せず、咄嗟に自らの魔力で木の短剣の表面だけを覆い、一歩踏み込んでその一撃を軽く受け流すと、逆に返す刀で教官の胸元を大きく薙ぎ払った。


 アルの放った返しの一撃は、教官が避け易いようにわざと大振りで無駄に派手なモーションの入った斬撃だった。


 そのまま教官が後ろへ下がって躱してくれれば、ただの大振りの一撃が空振りになっただけに見えただろう。アルもそのつもりだった。


 しかし渾身の一撃を躱されて慌てた教官は、アルの一撃を自分の剣でまともに受けてしまった。


 かん高い金属音と共に教官の剣が根元から折れて、長い刃が回転しながら宙へ舞う。試験官は腰を抜かして、地面に座り込んだ。


 Sランク冒険者の持つ高価な魔物素材の剣が、ギルドが用意した安い練習用の木剣で簡単に折られたのだ。


 取り囲んでいた群衆が、静まりかえった

「…………」


 沈黙を破ったのは、ギルド長だった。

「ちょっと待て、その武器をよく見せろ」


 ギルド長はやらかしてしまった顔で棒立ちになって目を見開くアルの手から、木の短剣を奪い取り、よく見る。


「こいつは巧妙に偽装されているが、高価な魔剣の一つに違いないな」

 そう言って足元に落ちた教官の折れた剣先を指でつまんで拾い上げると宙へ投げ上げ、木剣を二度三度と素早く振るった。


 折れた剣先はギルド長の鋭い斬撃に音を立てて空中で細かく折れて、粉砕された。

 周囲からは歓声が上がる。


「何かの手違いでこんな危険な武器が紛れ込んでしまったようだ、すまない」

 ギルド長は大切そうに木剣を抱えると、そのまま席に戻りながらアルを振り返る。


「もしかしてお前は、これが魔剣だと見抜いて選んだのか?」

 問われてアルは、慌てて首を横に振る。


「そうか。それにしても、試験官の剣を折った一撃は見事だった」

 ギルド長が拍手を送ると、他の教官も同調する。


 木剣をギルドの事務員に手渡したギルド長は再び中央に戻り、手を貸して試験官を起こすと、耳元で何か囁いた。

 真っ赤な顔をした試験官は、しきりとギルド長へ頭を下げて、謝っていた。


 例えそれが魔剣と呼ばれる何らかの特殊な剣であろうとも、初見で教官の剣を折るなどありえない芸当だと、その場にいたベテランの冒険者たちは慄く。


 受験に来ている大多数の若者たちには、そこまで理解できる者は少ないだろう。ただ何かとんでもないことが起きた、という程度の認識で興奮している。


 アルは黙って顔を赤く染めたまま、深く頭を下げた。

 同時に周囲から、大歓声が上がった。


 それから先、アルは受験者からも教官からも注目を浴びて試験を受けることになった。

 模擬戦闘試験と最後の座学を合わせて、合否の判定が行われる。

 広場の隅に立つレンガ造りの校舎で、アルは最後まで試験を受けた。


 アルが心配していた座学の試験、つまりペーパーテストでは、冒険者が使う薬草や魔法薬に関して出題されていた。アルにとっては常識的な内容だが、その他の迷宮の魔物についての問いと同じで、うっかり誰も知らないようなことまで書かないように気を配るのが大変だった。


 最終的な合否判定は翌日の正午にこの校舎前で発表する、と告げられて解散になった。

 疲れ切った顔で、アルはとぼとぼと宿屋へ帰った。



 


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


明日までは、このまま投稿予定です。

その後は一日二日空くかもしれませんが、このまま第一部終了までこんなペースで行きたいと思います。

第二部もすぐに続けられそうな目途が、やっと立ちつつあります。

第一部はプロローグですが、二部ではもう少し話が動き始める予定です。

気長にお付き合いください。

よろしければ

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