第二十六話 エイナル(第三章最終話)
数分後、ヒカリの回復魔法で目を覚ましたエイナルの目は、少し潤んでいた。
「で、何でお前がこんなところを一人歩いていたんだ?」
「やっと僕の話を聞く気になったか……全く君たちは……」
「気取っている場合ではない。こちらの気が変わらぬうちに、さっさと話せ」
「セシリアさんて、こんなに厳しい人でしたっけ?」
何でも、教会の若い僧侶たちの間でもセシリアはアイドル的な人気を誇る、憧れの存在だったらしい。
「だから、僕らは迷宮をセシルなどと呼んでいたんですから」
「ああ、俺たちも最近は面白がってその呼び名を使っていたな」
エイナルは他の若い僧侶たちと共にギルドに拘束された後、身柄をティリアの治安警察へ引き渡された。その後の取り調べで首謀者である長老たち五人が責任を取る形で帝都へ送られ、他の者は放免となった。
基本的にエイナルたち若者は、迷宮で魔物相手に戦っていた。迷宮の異変が収束すれば、特に人的被害はない。
僧侶を辞めてティリアのギルドで冒険者を続けることにした若者がほとんどで、今後の活躍が期待されているらしい。
だがエイナルは、こうして四人の後を追って来た。
「で、お前もテネレへ一緒に行きたいと?」
「お願いします」
「私に頼んでも、仕方がないだろう。魔物の王たるアルに頭を下げられるのか?」
「アルさん、お願いします。僕も、皆さんの仲間に入れてください!」
「へっ?」
「仲間だと?」
「あんた、テネレへ行きたいだけじゃないの?」
「我は絶対に嫌である!」
「そんなことを言わないで、僕は役に立ちますよ」
エイナルが必死にアルに手を伸ばすが、ヒカリの怒りは収まらない。
「嘘に決まっておる。我の電撃で簡単にやられる弱虫などいらん。虫は一匹いるので十分間に合っているしな」
「だから、わたしは虫じゃないからね!」
「僕はもう教会を辞めました。一人の冒険者として、もっと強くなりたいんです」
エイナルは真剣だった。
「まあ、こ奴には私たちの秘密を随分見られているからな。確かにこのまま放置しておくと危ないかもしれんぞ、アル」
「そ、そうです。アルさんが二つの迷宮の主であることは、教会の中でも僕しか知りません。まあ、他の人は誰も信じちゃいなかった、というだけですけど。それに、ヒカリがドラゴンに変化したのも、たぶん僕以外には気付いた者はいないと思います」
「仕方ないよねー。そこまで知っているんなら、連れて行くしかないんじゃないかな。後はテネレの迷宮に連れ込んでから、こっそり始末をすれば……」
「な、何を言っているんですかこの人は!」
「ああ、この人は可愛い顔をしているけど、剣を抜くと切り裂き魔に変わるリサっていう怖い人だから。なるべく怒らせない方がいいぞ」
「アル、その呼び名は本当にもう勘弁して……」
「我らが皆、魔物の血を引く仲間であると知っているのだろう?」
「い、いや知りませんよ。魔物の血って、ちょっと怖いんだけど……」
「わからんのか?」
「我らはアル様の女。男は不要……」
「そ、そんな……」
「では、お前も俺の女になるか?」
「……」
「アル、本気で引いて怖がってるよ。その冗談は全然面白くないからっ!」
「そんなことだから、アントンにそっくりだと言われるのじゃ」
「やめてくれ、じじいのことは思い出させるな!」
「エイナルよ、本当に一緒に来たいのか?」
「い、いや、もう少し考えてみたいかなー、なんて……」
エイナルは、危険な臭いを感じ始めている。
「今夜までに決めろよ」
「今夜ですか?」
「ああ、俺たちは今夜遅くにヒカリの変化したドラゴンに乗り、一息にアゼリックへ飛ぶ。それに乗り遅れれば、そこでお別れだ」
「行きます。行くから、仲間に入れてください!」
考えている余裕は無さそうだった。
「迷宮王であるアル様の配下に加わりたいというのか。そういうことであれば、我も歓迎しよう」
「お前、ヒカリの弟子になれるのか?」
「我の修業は辛いぞ」
「ぼ、僕の聖魔法だって、魔物には辛いぞ!」
「ほほう、いい度胸じゃないか。今すぐここで勝負するか?」
「こら、調子に乗るな!」
アルに叱られると、ヒカリはすぐに涙目になる。
だが悲しげに見上げる潤んだ瞳を見れば、今度はアルが激しく動揺する。
「ああ、わかった。ヒカリにはまた面倒をかけるが、こいつのことを頼むよ」
アルが涙を浮かべたヒカリを抱き寄せ、頭を撫でている。
「なんですか、これは?」
「気にするな。いつもの茶番じゃ」
「そうそう、親子のじゃれ合いってやつだから」
「親子?」
「エイナル、この先も一々気にしていると、ハゲるぞ」
その夜、ヒカリに乗った四人はアゼリック近くの森に無事着地し、明るくなるのを待って街道を南へ歩いていた。
アゼリックは西の高原台地から流れる川とリサの故郷であるエジェレから流れる川とが合流する地で、水運で栄えている。
周囲は開けた穀倉地帯でしばしば水害に見舞われるが、最近は治水工事も進んで住民も増えている。
アルたち一行はそこから西へ川を遡行して、のんびりテネレへ帰る計画だった。
しかし船着き場でテネレへ向かう船を見て、がっかりする。
アルたちが筏で下った時に同行していた小型の貨物船と同じ型の船に、乗客も詰め込まれる。乗合馬車のような狭い船室に押し込まれ、寝るときは貨物室に吊るしたハンモックに横になるという。
行きに体験した開放的な筏の旅とは対極にあった。
「おい、なに贅沢を言っているのだ。船旅とはそういうものだろう」
大陸に散らばる迷宮を全て見て回ったセシリアは、何度か船旅も経験している。
「いや、俺たちはこれではダメだな」
「贅沢を言いおって……」
「でも、ヒカリがストレスを溜めて暴れたら船が沈むし」
「我はそんなことはしません」
「リサはお嬢様だから、こんな狭い乗り物には耐えられない」
「わたしは大丈夫だよ~」
「エイナルが嫌だと言っている」
「僕も大丈夫です」
「……」
「……俺が嫌なんだよ。それに、狭い船の中でヒカリの正体がバレたら大変なことになるし!」
「……で、アルはどうしたいのじゃ?」
「もう一度、筏の旅をする」
「?」
「上流から着いたばかりの筏を一つ購入して、それで川を遡行する」
「あの、長く繋がっている筏の一部を買い取るというのか?」
「そうです。それを俺の魔法で走らせます」
「どうやって?」
「何もない筏が川の流れに逆らって進んでいたら、皆驚くぞ」
「偽の帆を張ります。で、俺の風魔法で動かす」
「そんなにうまくいくか?」
「いいんですよ、そんな風に見えれば。実際には魔法で直接筏を動かしますから。その上に仮小屋を建てて、みんなでのんびり川遊びといきましょう」
「それいいね!」
「リサが大丈夫というのなら、私も賛成じゃ」
「承知」
「僕も忘れずに乗せてくださいね……」
「お前は遊んでないで魔法で筏を動かす手伝いをしろよ」
「はい……」
「では決まりだな」
そして五人が乗った筏が、不思議な風を受けて川を遡行する。
秋になって川の水位は下がり、場所によって川幅はかなり狭くなっている。そういうところでは目立つので、なるべく夜のうちに通過するように調整した。
地形や他の船の動向は、ヒカリが放った偵察用の小虫たちが先行して確認している。
「こっちの小虫もこのくらい我の役に立てばいいのに……」
ヒカリはリサを見ながら呟くが、リサは聞こえないふりをしている。
アルはのんびり川に釣り糸を垂れて、飽きればティリアで入手した小説を読んでいた。
エイナルは魔法の修業と称して、ほとんど一人でずっと船を動かしている。
汗まみれの足元には、アルの作った魔力回復薬の空瓶が山のように転がっていた。
「こら、偽装の風が止まっているぞ。風もないのに船が動いていたら、怪しまれるではないか。サボるでないぞ!」
ヒカリの厳しい叱責が、エイナルを容赦なく追い詰める。
「ヒー、これが毎日続くんですか?」
「まだまだ、ヒカリの修業はこんな可愛いものではないぞ」
「これから、あんたは地獄を見ることになるよ」
「ふ、それはお前ら二人も同じだがな。まあ、テネレへ着くまでは笑っておけ」
「「ひーっ!」」
容赦のないヒカリの言葉に、リサとセシリアも引きつった笑いを浮かべる。
第三章 終
おまけの後日譚
「セシリアさん、エイナルが俺たちを追って来ることを知っていたんでしょ?」
船の中で二人になった時、アルは声を掛けた。
「ほう、何故そう思う?」
「あれだけのことを仕出かして若い僧侶が全員無罪放免とは、幾らなんでも甘過ぎる裁定ですよね」
「そうだな、ギルドも連中には大迷惑を被った。予想外の魔物に襲われ深手を負い、命を落とした者も多くいた」
セシリアは、大きくため息をつく。
「そりゃギルドだって、黙っていませんよね」
「ああ、その通りだ」
「それでも若い連中を守ったのは、大したものです」
「大変だったのだぞ。ただ、魔物の暴走についてはあの程度であれば冒険者の自己責任の範疇との見解でギルドの意見は一致し、特に問題視しておらん」
「それくらいの覚悟がないと、迷宮へは入れませんよね」
「ああ。だがこれからは違う」
「他の若い僧侶たちは、恐らくギルド預かりになっているのでしょ?」
「その通りじゃ。そして一番力のあるエイナルについては、私が預かることになった」
「そうだと思いましたよ」
「ティリアのギルドで預かった連中は、これから迷宮低層の再開発のために働いて貰うことになる」
「なるほど。一番面倒なエイナルを押し付けられたのですね?」
「そういうことだ。これから面倒かけるが、よろしく頼む」
「ヒカリには、よく言い含めておきますよ」
「言っておくが、私の面倒をアルが見てくれる前提でギルドが下した判断だぞ」
「へっ、俺は知りませんよ」
「この薄情者め」
「あ、じゃテネレに着いたらじじいに頼んでみたらどうですか?」
「ふざけるな。あのクソじじいに下げる頭はない!」
だが結果的に、セシリアはそのじじいから頭を下げられることになるのだった。
第四章へ続く
物語も一段落したので、ひとまずはここで一旦休止したいと思います。
もう少ししっかり描くと長い話になるのですが、大急ぎで掲載優先として進めたため、ほぼあらすじみたいな駆け足の物語となってしました。
登場人物たちには申し訳なく、不満の声が頭に響いています。
それでも、この不完全な世界を少しでも楽しんで戴けると嬉しいです。
ちなみに、この作品と同一世界線の短編「変人の師匠に貰った加護がちょっと重たい」を「小説家になろう」で公開しています。そちらはカクヨムでは掲載していません。




