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第二十五話 帰路

 


 一人現場に残ったセシリアが雑事を終えて屋敷に戻ったのは、すっかり日が暮れてからだった。


「アルよ、エイナルに言った言葉は本当か?」

 居間にいたアルの顔を見るなり、セシリアが問い詰める。


 言われてみれば、セシリアは事件の後始末に困り怒りに震えながらも、最後までアルの近くで一部始終を見ていたのだった。


「えっと、どれのことなのか……」

 アルはエイナルに対して言わなくても良いような話をしてしまった気がして、笑うしかない。


「馬鹿者、人と魔物の共存という話だ」


 そういえばそんな話をしたか、とアルは苦笑いを浮かべた。

「あれは、セシリアさんがここでやっていた事業を見てから考えたんですよ」


「うん、わかるわ。ここの上層でやっている農園のことよね。あれはすごいことよ」

 アルがエイナルに何を言ったのかは知らぬが、ティリアの迷宮内での農園事業にはリサも感心していたのだった。


「だが、あんなことは他の迷宮でもやっておるだろう?」


「いや、少し違うんじゃないかな。俺が知る限り、他の迷宮で行われているのは迷宮攻略の片手間に冒険者がやっているだけの事。ここのように低層だけで働く農民たちが積極的に魔物と関わろうという場所など、他にないと思いますよ」


「それは、この街の特殊な事情があって……」



 ティリアの長い冬を乗り越えるためにセシリアが考えて始めた事業なのは、アルも聞いている。


「でもまあ理由は何にせよ、一般市民に近い人が直接魔物と触れ合う場所があるのは、この街だけでしょう。テネレでは考えられません。それが、俺の目を開かせてくれた」


「それが、アルの言う共存なの?」

 リサも、その先を知りたいと思う。


「いや、まだだ。俺が迷宮の王となったテネレとティリアであれば、魔物と人間の共存がもっと深いレベルで可能になる。無駄に人が死なない迷宮のエリアを増やす。そして迷宮の生み出す宝にもっと近付きたい者だけが、命がけでより深く迷宮へ進行すればいい。そこでは今と同じ殺伐とした迷宮の姿を見ることができるだろう。だが低層部にはもっと安全地帯が増えてもいいと思わないか?」


「そうだね。迷宮内部に冒険者養成学園があるなんて、テネレでは考えられなかったけど……それがもっと広がれば、普通の人が仕事をしに迷宮へ入れるようになる。それはすごいことだよね」

「アル、お主はとんでもないことを考えるな」


「何を言うんですか。元はと言えば、セシリアさんが考えたことですよ」

 そう言われて、セシリアは腕を組んで考える。



 だがリサの放った一言で、再び目を丸くすることになった。

「アルの考えていることと、ワイバーンが持ってきたメッセージとは関係があるのかな?」


「な、なんじゃ。そのワイバーンのメッセージとは?」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」


「アル様、それはここのギルドには言えないので隠しておけと……」

「あっ!」


「こら、アル。何を隠しておった?」

 仕方なく、アルはこの街へ来た頃の出来事を話した。


「なるほど。あれもやはりお前が絡んでおったのか。そんなことだろうとは思っていたが、本当にお主らはトラブルメーカーだな」


「いや、あなたも今や立派にその一員ですからね」


「それでは、次はジメールへ向かうということか」

「そうです」


「当然、私も一緒に行くぞ」

「本当にいいんですかぁ? シュピーゲルさんが可哀そう」

 リサがからかうが、セシリアは動じない。


「ところで、正教会の連中はどうなるんです?」

「まだわからん。ただ、組織の上にいた年寄り連中は帝都へ連行されて厳しく罰せられるだろうな」


「エイナルや他の若い人たちは?」

「さあ、そんなに悪いことにならぬようシュピーゲルには頼んでおいたが、どうなるか」


「ああ、必要なら俺も話をしたい。あの若い連中は腐った年寄りに利用されただけだから」

 アルには、それが一番悔しかった。



「これから、ティリアの迷宮はどうなるの?」


 翌日、さすがにゆっくり休んだ四人は、いつもよりやや遅い朝食を食べていた。


「これからギルドへ行って私も説明をするが、お前たちのことは詳しく話すつもりはない」

「ありがとうございます」


「で、アルよ。昨夜の話は本当なのだな」


「はい。とりあえずティリアの迷宮八層までを、人と魔物が共存する場所として開放します」

 具体的には、その階層にいる魔物は人を襲わない。


 勿論、魔物を狩ろうとすれば反撃する。戦闘になれば、冒険者を殺すつもりで戦うだろう。だが、敵意のない者を襲うことはない。


「あくまでも、基本的には、だな」


 人に襲われて興奮した魔物に近寄れば、命の保証はできない。そして九層と十層を緩衝地帯としてレベルの低い魔物を配置し、十一層より下へ行けば今までと全く同じだ。


 だが、テネレで起きたことを考えると今後魔物はより賢くなり、その強さを増すかもしれない。それだけは、ギルドには警告しておいてほしい。


 そしてセシリアは再びギルドへ行き、昨日の後始末の打ち合わせに向かうのだった。



 セシリアを見送り、ティリアの迷宮最下層へ戻ったアルは今後の迷宮の運用について、魔人と魔王を相手に色々と打ち合わせを始める。


 全体の管理については、既にテネレでオレオンに伝えた内容と似たようなことなので、特に問題はない。


 ただ十層までの上層部分の運用については、実際に面倒が起きないよう慎重を期する必要がある。

 アルが不在でも大きな問題が起きぬよう細かい運用ルールを決め、指示を伝えておく。


 そしてアルはテネレと同じように、迷宮王の間の奥に自分の居室を作る作業に没頭した。


 その間にリサとヒカリは街へ出て、新たな居住区画に必要な物を片端から買い集めている。

 必要な家具や日用品、最下層の保管庫へ備蓄する食材など大量の買い物をして、全て後で屋敷へ配達してもらうことにする。


 一つだけ、アルが迷宮王の力を振り絞って行った迷宮の改変があった。


 それは陰鬱な霧が常に立ち込め有毒のガスが湧く毒の沼と、食人植物に覆われていた迷宮七層の大変革であった。



 幸い上層部とあって、ここでしか生きられないような魔物はいない。六層までの魔物と同様に、小分けにして様々な別の階層へ転移させた。


 変革後の七層はリサの故郷で見た天上の楽園、クリスティンのお花畑を再現した場所になった。

 ヒカリを驚かせてやりたいという、アルの思いが込められている。


「この階層は、ヒカリのために造った」

 その場所を一目見てヒカリは衝撃を受け、やがて足の力が抜けてしゃがみ込むと、両手で顔を覆っていつまでも涙を流していた。


「アル様、ありがとうございます……いつか、クラウディアをここへ連れて来ましょう」

「うん、そうだな」



 ティリアからの帰路は、リサの実家へ寄らずに楽なルートでテネレへ帰ることにした。


 ティリアへ乗ってきた馬は売って、徒歩で山道を下る。

 頃合いを見て、ヒカリの変化したドラゴンに乗り一息にアゼリックを目指し、そこからはのんびりと船で川を上って行くルートだ。


 セシリアを加えた四人で、のんびり歩いている。

 帰りはアルの空間魔法により野営道具が全て収納されていて、衣食住に困ることは何もない。


 初日は早めに森の中へ入り適当な空き地を見つけると、アルが土魔法で整地した上に、小さな小屋を出した。


「これって、あの堤防の上にあった小屋じゃないの?」

 それは、正教会がカモフラージュに使っていた南の小屋である。


「うん、外から見るとぼろいけど、中は丁寧に手が入っているんだ。勿体ないから使わせてもらおうと思って」

 そして四人は小屋の中へ入る。


 新しい材料できちんと補強された小屋は、そのまま普通の暮らしができそうな設備が整っていた。実際に人が常駐していたのだろう。


「これはいい家が手に入ったのう……」

 セシリアも満足だった。


 しかし、これは既に野営と呼べるものではない。



 翌朝も、ゆっくり朝食を取ってからのんびりと歩く。


「というわけで、旧教会、懐古派の連中が今回の事件を起こしたのだが、まさかこの間テネレにちょっかいを出したアムンゼウスの軍部と裏で繋がっていたりしないだろうな?」

 アルが心配するのは、今後の展開であった。


「私も最近はティリアから動いていないので多くは知らぬが、旧教会の総本山は今でも帝都にある。それは今回のように、帝都から離れた場所でよからぬことをせぬよう監視の目を光らせるためと聞いていた」


「わたしも良く知らないけど、旧教会の支部は各地にあるのでしょ?」

「ああ、特に今回の舞台となったティリアの教会は古くから力を持っていたので厳重な監視下に置かれていたはずなのだが……」


「その監視は何の役にも立たなかったようだな」

「確かに」


「だが、裏で軍と手を組んでいたのなら、あんな簡単に教会が落ちなかったとは思わんか?」

「でもあんな目立つ場所で、軍が人を動かすはずないでしょ?」


「制服組だけが軍ではないぞ?」

「ヒカリみたいな諜報員が紛れているかも」

「ちょっと考えにくいな」


「そもそも昔から正教会と軍は仲が悪かったからな」



「ヒカリがやられたあの魔水晶は、本当に教会が用意した物なのだろうか?」

 セシリアの不安は、ヒカリですら操られた水晶の出所であった。


「確かに、教会に近い何か別の存在を疑った方がいいな。あのクリスタルは聖魔法の匂いがしなかった。もっと魔物に近い気配だ。だから俺たちも騙された。恐らく軍とも別の組織だろう。この先は、テネレでじじいの意見を聞いてみることにするか」


 だがそこで、思わぬ声が割って入った。

「教えてやろうか?」

「何者だ?」

 アルもすっかり油断をしていた。


「お前、教会のガキか」

 セシリアが、まだ若い旅姿の少年を見て眉をひそめた。


「僕の名はエイナルだ」

「おいガキ、お前は帝都へ送られて牢屋にぶち込まれたんじゃないのか?」

 セシリアは冷たく言い放つ。


「だからエイナルって呼べと……」

「うるさい、坊主。何でお前がこんなところで偉そうにしている?」


「だから、あの水晶について教えてやろうと……」

「何で教会のガキがこんなところをうろついているんだ? さては、逃げ出して来やがったな」

 セシリアは、エイナルの話など聞く耳を持たない。



「我がとどめを刺しておけば、こんな面倒なことには……」

「こらケダモノ、人殺しはダメだと言ってるでしょ」


「うるさい小虫め。このような悪党を野放しにするから、人はダメなのだ」

「いやだから僕は……」

「今度こそ捕えてちゃんと豚箱に入れてやらないと」


「今回はヒカリも教会の連中と一緒に暴れたんだから、一緒に罪を償いなさい」

「それは我の知らぬこと、小虫こそアル様をお守りできずに醜態を晒して」

「何だと!」


「お、お前ら、いいから人の話を聞け!」

「うるさい、邪魔するな!」


 ヒカリの放った軽い電撃がエイナルを直撃し、エイナルは白目をむいて気を失い倒れた。


「あーあ、やっちまった……」



 


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