第二十四話 治癒
何人かの男たちが長老を守るように前へ出ながら、長い呪文を唱え始めている。
だが魔力の補給が終わり顔を上げたヒカリが掌を空に向けて開き力を込めると、空高くで弾けた雷が僧侶たちの足元に三発、横に並んで同時に落ちた。
最前列の数人がその場で気絶し、その後ろの十数人は弾け飛んだ地面の石礫と感電なのか高熱なのか、倒れて呻き声を上げている。
一瞬で半数近くを失った僧侶が後退する。
雷撃魔法とは、通常静電気の火花を強烈にしたようなもので、強力な使い手ならば数メートルの距離で発雷して電撃により敵を行動不能にすることが可能だ。
迷宮のサンダーウルフなどが代表的な魔物だが、一撃で命を奪うような威力はない。
だから自然界の落雷のような強烈な雷撃魔法など、誰も見たことも聞いたこともなかった。
しかも、それが同時に三発降って来た。僧侶たちの手前に落ちたのは明らかな警告で、まともに集団の頭上へ炸裂していれば今の三発だけで僧侶たちは全滅しただろう。
実際僧侶たちは倒れた仲間を助けることに必死で、これ以上の戦闘どころではなくなっている。
まだ立っている若者が前へ出て、傷ついた者は後方へ運ばれた。
一瞬の惨劇に、僧侶たちに恐怖と絶望が広がる。
「動ける者は治癒に専念せい!」
気を取り直した長老の命で茫然としていた者も動き始めて、遅れて治癒魔法がかけられるが簡単に回復できるような状態ではないのは明らかだった。
それでも強気の長老は、声を上げる。
「相手は僅か四人だ。ドラゴンが戻って来る前に、早く片付けてしまえ!」
その声が終わらぬうちに、前線へ出た僧侶から魔法攻撃がアルたちに届く。
今度は通常の無属性の魔法攻撃であった。
物理的な打撃に近い衝撃波がアルたちの周囲の地面をえぐり、再び大きな土埃を上げる。
だが魔法障壁が全てを防ぎ、アルたちには攻撃が届かない。
それでも魔法と弓矢による散発的な攻撃が続き、あくまでも最後まで戦うつもりのようだ。
時折数人の魔力の高い僧侶が放つ凶悪な火球が正面の防御障壁を回り込み、上空からアルたちに向けて襲来する。しかしそれは、リサとセシリアが水魔法と冷却魔法のコンビネーションで消滅させた。
仕方なく、もう一度ヒカリが同じ三連発の雷撃を足元へ落とすと、再び周囲にいた十数人が吹き飛んだ。
それでも、残ったエイナルを中心にした数人の若者が執拗に魔法攻撃の手を止めない。
「教会の馬鹿どもは、本当に死者が出るまで止めないつもりか!」
セシリアが苛立ったように叫ぶ。
「仕方がない」
アルは空を見上げると、失われた教会跡の上空に特大の炎熱魔法を爆裂させた。
まばゆい光と熱と鼓膜が破れるような轟音と同時に凄まじい爆風が襲い掛かり、まだ立っていた者は皆数メートル以上も吹き飛ばされて、地面に叩きつけられて転がった。
爆風が去った後には、動く者もいない。
仲間に必死の治癒魔法をかけていた僧侶も含めて、誰もが地に伏せたまま動かない。
「いや、これは戦意喪失というレベルじゃないでしょ、アル!」
「アル様、これは何人か死んだかも……」
「知らんぞ、私は」
「ちょっとやり過ぎだったか?」
「ちょっとじゃない、馬鹿者!」
「お、おい、ヒカリ。早く全員に治癒魔法を掛けてやってくれ!」
「我にこの者どもの手当てをしろと?」
「まあ、気は進まないだろうけど、頼むよ」
「……承知」
「わたしも手伝うよ」
リサも、アルから貰った魔法の鞄に大量の回復薬を入れているので、ヒカリに同行する。
「俺も治療に……」
というアルをセシリアが引き留める。
「いや、それはあの二人に任せておけば大丈夫じゃろう。それよりも、お前はこの場をどう納める気じゃ?」
アルが振り向くと、セシリアは怒りで震えていた。
教会での戦闘が終わった。
傷つき倒れた正教徒は、教会の周囲に散らばっている。
回復魔法、治癒魔法は彼らの得意技なので、余程の重症者でない限りは一刻を争うようなことにはならないだろうと思っていたが、治癒魔法を掛ける余裕のあるものが残っていないようだ。
ヒカリはアルに頼まれたので嫌々ながらも、リサと共に彼らを治癒して回っている。
ヒカリは自分を操りアルに敵対させ、今も殺意をむき出しに向かい合った敵の治療をするなど理解の範囲を超えていた。
以前のヒカリなら、逆にとどめを刺して回りましょうと提案していたところだ。
だが今は、アルにそう言われてほっとしている自分がいる。気が進まないまでも、アルの命に逆らうつもりはない。
嫌な仕事はさっさと済ませようと、有無を言わさずに正教徒たちの傷の治療をして回った。
「自分の魔法で負わせた傷を、自分の魔法で治療する。それで満足か?」
最後まで抵抗を続けていたエイナルが、地に伏したまま呟いた。
「そんなわけないだろ。お前らの傷を治療しても、こちらには何の利点もない」
近寄り、エイナルを見下ろしているアルがそれに答えた。
「利点はあるぞ。これでは魔物の好感度が上がってしまう」
呟いて、エイナルは小さく笑った。
「それならお前らこそ、こっそり迷宮の下層に行って悪さをするより最初からギルドに恩を売っておけばよかったものを。何故無駄な事をする?」
アルの足元に横たわるエイナルは大の字になって、アルを見上げる。
「もういい。僕の負けだ。殺せ」
「何を言っている。お前の得意な聖魔法とやらで自分の傷くらいさっさと治してしまえ」
アルは不思議そうにエイナルを見降ろした。
「残念ながら、もうそんな魔力は残っていない」
確かにエイナルの言葉には、力がない。
「ふん、おしゃべりする元気があるなら死にはしないだろう。おい、ヒカリ。そっちが終わったらこいつも治療してやってくれ」
「な、何をする……」
エイナルは必死に逃げようとするが、体は動かない。
「お前の大嫌いな魔物に治療してもらう気分はどうだ?」
「うるさい、早く殺せ!」
「ちなみに、俺も治癒魔法が使えるぞ。俺とヒカリと、どっちを選ぶ? それとも、俺の作った魔法薬を試してみるか?」
「ふざけるな、魔物の施しなど受けん!」
「俺は人間だぞ。俺の治療を希望するのなら、早く言えよ。もうすぐヒカリが戻って来る」
「……何故だ。お前らを殺そうとした俺たちを、どうして治癒する」
「それは、俺が普通の人間だからかな。お前ら正教会の連中は魔物より醜悪な獣だった。それでも、最悪の事態を引き起こす前に止められてよかった。まあ、教会の何人かには責任を取ってもらうことになると思うが、それはセシリアさんに任せるとしよう」
「ぼ、僕は間違ってなどいない!」
「お前は正教会で誰にも負けない力を持っていた。残念だがそれを利用されただけだ」
「ち、違うぞ。僕は自分でこれが一番正しいやり方だと思って選んだ」
「では正教会は、何のためにあるのだ?」
「それは、人の世を神の力によって救うため」
「で、今回の事件で誰が救われるはずだったのだ?」
「……」
「お前が起こした魔物の暴走で、何人の冒険者が命を落としたか知っているか?」
「……」
「お前はそれを喜べるのか? 喜ぶのは、お前を利用した正教会の誰か偉い人だけではないのか?」
畳みかけるアルの言葉は、容赦ない。
「……そんなことはない。僕ら僧侶はこの街の住人と、大陸の全ての人のために……」
「それは嘘だな。力の使い方を誤れば、過ちもまた大きくなる。お前の力は何のためにある?」
「僕の力は人のためにある。お、お前は人間の敵。魔物の王ではないか……」
「俺は魔物の王になる前に、旧ファロスト王国の王位継承者として厳格な教育を受けた。王として力を持つ者には、それに伴う責任が生ずる。力はその責任遂行のために使うものであると。俺は王国を再興しようなどとは思わないが、迷宮の王となった今は魔物たちに対する責任と義務を負う。だから、俺の力は迷宮のために使うのが当然だ」
「つまり、人間と敵対するということなのだな」
だが、アルは悲し気にエイナルを見た。
「そんな単純な話ではない。俺はこの街へ来て、人間である自分が迷宮の王になった意味をずっと考えていた。今なら少しはわかる。俺は常に魔物とだけ戦っていたので、人間同士が争うということを知らずに育った。だが今回、教会と戦ってみてよくわかった。人間同士、そして人と魔物とが争う愚かさを。俺が迷宮の王となったのは、こういう不毛な対立を終わらせて、人間と魔物が共存する世の中を作るためではないかと思う。そのためにまず、お前の命は魔物であるヒカリが救う」
アルの言葉と同時に、ヒカリの治癒魔法がエイナルの傷を癒した。
「ヒカリは魔物だが、命の大切さを知った。そう簡単にお前らを死なせてたまるか。お前が他の僧侶たちと違って人間に手を下していないことは知っている。だが人間同士で争う愚かさを知っていながら、この闘いを止められなかった罪は重い。それも力を持った者の責任の一つだからな。その先は、自分で考えろ」
アルは背を向け、去って行く。
騒ぎを聞きつけてやって来た冒険者ギルドと街の治安軍の代表に、セシリアが事情を説明していた。
ふらふらと立ち上がったエイナルがセシリアに歩み寄り、彼らの事情聴取を受ける。
エイナル以外の教会の首謀者たちは誰一人声を上げず、縄をかけられて黙って連行されて行った。




