第二十三話 ドラゴン
煙が晴れると、当然のことながら教会の者は全員姿を消していた。
魔物に対しては非情なエイナルだが、相手が人間であれば勝手が違い腰が引ける。アルたち四人の殲滅を長老から命じられていたのだが、結局聖魔法による攻撃しかできずに教会へ撤退することになってしまった。
残された僧侶たちも、指揮官であるエイナルと一緒に敗走した。
四人は穴の底へ降り、アルが削り残した階段を使い地下へ降りる。そこは広い地下室で、北の小屋にあったのとそっくりの魔法陣が残されていた。
「誰も残っていなくて良かった。では魔法陣をまた一度そっくり収納して、先に地下の水脈を戻します」
アルがセシリアに向けそう言うと、地面が十メートルの球形に切り取られて魔法陣が消え失せた。
更にアルは地下へ魔法の手を伸ばし、歪んでしまった水脈を元の流れへ戻す作業に取り掛かる。
教会へ戻ったエイナルは、長老たちに叱られることになる。エイナルのたちを追って来るであろうアルたちとの最終対決を前に、僧侶たちは憤っていた。
ここまで長い年月をかけて準備した計画がほぼ全て破綻し、貴少な水晶玉も失われた。ここまで追い込まれて、一矢を報いないことには帝都へ戻ることもできない。
教会の存続にかかわる重要な局面を迎えているが、だからといってこれ以上教会で何をするというのか?
手ぶらで帝都へ帰る事だけはできない。
僧侶たちは知らぬが、エイナルたちが教会を出て小屋へ向かったのと入れ違いに、何人かの冒険者たちがティリアの教会へ来て密かに見張っていた。
彼らは敗走して来た僧侶たちが教会へ逃げ込むのを確認し、彼らの逃げて来た方向を探るために何人かが北方の河原へ向かう。
残った者は、その後も引き続き教会の監視を続けた。
アルが一旦収納していた魔法陣を地上の荒れ地に実体化させ、北の魔法陣と同じように無力化してから水晶玉を全て回収した。
ひと仕事終わり果実水を飲んで一服していると、教会を見張る冒険者が送り出した斥候が、セシリアの姿を見つけて報告にやって来た。
「エイナルが率いていた三十人を超える僧侶が怪我人を多数抱えたまま撤退し、教会に入りました」
想定内の行動ではあるが、教会の中へ逃げ込まれては迂闊な手出しは難しい。
さすがに衰えたと言えども帝都に本部を置く正教会を相手に、冒険者ギルドが喧嘩を売ることは難しい。地下の魔法陣についても、知らぬ存ぜぬで通されれば厄介だ。
教会の建物ごと吹き飛ばすのはアルとヒカリの火力なら難しくないが、無駄に大きな被害が出ることになろう。
事前にセシリアが手配した冒険者たちの調査によれば、最近は教会に六十人近い信徒が集まっていて、その半分以上がエイナルのような若い聖魔法使いだという。
普段この教会には、周辺に暮らす地元の信徒数家族がひっそりと守っていたにすぎない。
その家族たちの姿は見えず、今教会にいるのは帝都周辺から集まった戦闘部隊らしい。
「敵が戦闘員だけならば、我の魔法を遠慮なくお見舞いしてやるか?」
「こら、馬鹿者、どんな大虐殺をする気だ。少し脅かすくらいにしておけよ」
「もう、なんだか面倒なことになったわね。どうするの、アル?」
セシリアはこの争いに、これ以上ティリアの冒険者たちを巻き込みたくはないと言うが、元よりこれはアルたち迷宮の魔物対正教会の争いだ。
情報提供してくれた冒険者には礼を言って口止めをして、監視を解くようにお願いする。
できればここから先は、普通の冒険者には見られたくない。
「ここから先は、俺たちに任せてくれ」
そうセシリアに伝えれば納得して、何度も冒険者に説明して言い含めてくれた。
周辺への監視も不要、教会の周囲二キロ以内には近寄るなと伝え、四人だけで教会へ向かった。
アルたち四人が、教会の正面に向かって歩く。教会の前には三十人ほどの教徒が並んで待ち構える。
「この計画に、我らが何十年を費やしたと思っているのだ!」
長老の一人が怒りをぶつける。
「百年の年月を費やして、百個の魔水晶を作った。それに魔力を集めるのには、大陸中の教会を挙げても更に十年の月日が費やされた。それを僅かこの数日で全て失うとは……」
「何なら全部、返してやろうか?」
「なっ、ど、どこにあるのだ?」
長老は激しく動揺した。
「残念ながら、この世界にはないな。だが、あの水晶の半分は、エイナルたち若い僧侶が最近になってチャージしたと聞いたが……」
「もちろん、それも厳しい修行に耐えて努力した正しき若者たちの力だ」
「だが、お前たちの信ずる神は、それでいったい何を企んだ?」
「ふん、神の御心は貴様たち魔物には永遠にわからんだろう」
「迷宮の魔物を操り、街へ暴走させるつもりだったのだろう?」
「貴様がなぜそれを知っている?」
「今回の騒ぎで、迷宮にいた冒険者が何人死んだと思う?」
「まだまだ足りぬ。魔物が街に溢れて初めて、民衆は思い知るのだ。冒険者ギルドの未熟さと我が教会の正しき道を示すのは、その時だ!」
「やはり、スタンピードを起こすつもりだったか」
「まだだ。ここで貴様らを葬れば、我らの道は続く。エイナルを中心とした若き僧侶の力があれば、この道は決して消えぬ」
「ふざけるな。奴らはお前たち古い頭の連中の道具ではないぞ」
「こちらこそ言わせてもらう。無能な帝国の治世による貧困で人知れず失われようとしていた才能を各地で掘り起こし、掬い上げ、ここまで育てたのはこの私だ。我らの夢の実現に協力するのは、当然であろう?」
不敵に笑う司祭と、その取り巻きの老人たちに四人は呆れ果てた。だが左右に控えた護衛の若き僧侶たちは、老人たちの声に大きく頷いている。
「我らは皆、司祭様に救われた命。すべての力は神のため、教会のために」
そして、戦端は開かれる。
最前列の僧侶が強烈な聖なる光を放ったが、それはアルの障壁が全て反射して周囲は煌く光に包まれた。
その強烈な反射光にはアルの光線魔法が加えられて、通常よりも派手なエフェクトを振りまいて周囲の目を眩ませる。
その後方で、ヒカリがあの黒い巨大なドラゴンに変化した。
「な、何だ、それは!」
障壁の放った輝きの向こう側に突然現れた黒い巨大な姿を見て、僧侶たちが驚愕する。いや、僧侶たちだけでなく、セシリアも後ろを振り向いて腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「ヒ、ヒカリか、これは?」
「あれ、知りませんでしたか。これがヒカリの本当の姿ですよ」
「な、なにーぃ!」
「あ、セシリアさん、嘘ですよ~。アルの言うことを簡単に信じないでくださいね」
「馬鹿者!」
セシリアは真っ赤な顔でアルの後頭部を思い切り叩いた。
そんな茶番を無視したヒカリは一声大きな咆哮を上げると、近くに転がる大猪ほどもある石を足で掴んで、上空へ駆け上った。
慌てて聖魔法士が空へ向かって魔法を放つが、巨体に似合わぬ素早い動きで飛び上がったヒカリには届かない。
そのまま教会の上空を大きく旋回していたヒカリは、教会の正面に回るとゆっくりと高度を下げながら真っすぐ降下して来る。
それを目にすると、僧侶たちは大騒ぎとなった。
ヒカリは魔法の射程外で石を離すと、再び上空へ離脱する。ゆっくりと落下した石は教会の尖塔の上部へ命中し、塔を半分崩して残骸と一緒に教会の裏庭へと落下した。
塔の崩れる衝撃音と、塔の先端が大石と共に地面に叩きつけられた地響きが足元を揺らす。
上空を旋回しながら見ていたヒカリが再び大きく叫んで、北の方角へ飛び去った。
「な、何なのだ、今のは」
長老が震えながら独り言のように呟いたのを、アルは捉える。
「ドラゴンですよ。知りませんでしたか?」
「そ、そんな馬鹿な……」
「あなたたちは、ブラックドラゴンを怒らせた。その責任は取ってもらいますよ」
北へ向かったヒカリはティリア川の河原へ降り立ち、先ほどの数倍もある巨岩を両足で掴んで再び空へ舞い上がった。
上空で、再び巨竜の咆哮が響く。
見上げる方角には、巨大な岩を両足で掴んだ黒龍、真っすぐこちらへ向かって飛んでくるところであった。
「今度は外さない、と言っていますが、逃げなくて大丈夫ですか?」
「ま、まさか……」
「あなたはいいけど、早く中にいる人を避難させた方がいいですよ」
アルの言葉に我に返った長老が教会を振り向くと、既に入口から大勢の僧侶が我先にと駆け出て来るところだった。
「馬鹿者、逃げるな、迎え撃て!」
「いや、こりゃ無理でしょ」
リサも呆れるほどに禍々しい黒龍の姿が、上空に迫っていた。
教会の上空を舞うドラゴン。これはそのまま、リサが子供のころに絵本で見た世界の終焉の図である。
今度も教会の高空を何度か旋回した後、もう中から逃げ出す人の姿の消えたのを確認したヒカリは急降下して、巨岩を教会の本堂の中心にぶち当てた。
「おおっ、ドラゴンのこの技は!」
空を見上げて走り去る男が大声で叫んでいる。
「いや、ただ岩を落としているだけだが」
呆れたアルの声をかき消し、大音響とともに地響きと土煙が巻き起こり、一帯の空が掻き曇った。
顔を伏せて咳込む人々を前に、アルたちは防御結界の内側でのんびり立っている。
「おい、こんなに派手に暴れおって、人払いをした意味がなかろう。後でどう取り繕う気だ!」
セシリアが怒鳴るが、もう完全に手遅れであった。
「あとはセシリアさんに任せます。うまくごまかしてくださいね……」
「勘弁してくれ……」
セシリアは崩れ落ちる。
黒い煙が晴れると、そこにあった教会の建物もドラゴンの姿も、何もかも無くなっていた。
ただ顔を上気させた小柄な少女がアルに駆け寄るとそのまま抱き着いて、頭を何度も撫でてもらって満足げに笑い声をあげている姿が場違いに見えた。
アルはヒカリの頭を撫でながら、失った魔力の補給をしている。
ヒカリは満足気に笑う。
教会のあった場所を遠巻きにして、呆然と立ちすくんでいる正教徒たち。その数は五十人ほどで、そのうち四十人は若者たちだった。
「ああ、この地で二百五十年栄えた我が教会が……」
「貴重な歴史的建造物が一瞬で瓦礫の山に……」
などと涙ぐんでいるのは年寄りたちで、若者たちは建物と共に潰されなくてよかったと安堵のため息を漏らしている。
「こうなれば貴様らを生きて返すわけにはいかぬ!」
長老の言葉で、茫然としていた僧侶たちが我に返った。
教会を取り巻いていた僧侶たちは、正門のあった場所にいる長老の元に集結し、四人と対峙する。
「いや、皆さんには無事生きて帰ってほしくて、こっちは苦労しているんですけどね……」
だがアルの呟きは、僧侶たちが唱え始めた魔法の詠唱にかき消される。




