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第二十話 報復

 


「どうだ、わかるか?」

 魔法陣を凝視するアルに、セシリアが待ちきれずに迫る。


「なるほど、想像した通りだ。地下の聖なる水を分岐して、一部を南の迷宮側へ流すこと。その水には更に聖なる力を付加すること。そして本流の聖なる水の流れからも魔力を取り出して魔法陣の維持に使っている。足りない分の魔力は配置した水晶玉から補う。そんなところだ」


 リサには本当にそんな事が可能なのか実感が湧かないが、原理は理解した。

「つまり障壁を解いてあの水晶玉を取り去れば、魔法陣も力を失うんだね」


「そう簡単にはいかないぞ。強引に結界を破れば、魔法陣も水晶玉も消し飛ぶ。できればあの水晶玉は回収したいしなぁ」

「こら、アルよ。欲張るとろくなことにはならぬぞ」


「まさかアル様、あれをまた我の魔力回復に使おうなどと言わないでしょうね?」

 ヒカリがアルに縋りつきながら、怯えた声を出す。


「大丈夫だ。変な服従魔法みたいなものが無ければ、あの水晶玉は誰も見たことのない超高性能の魔力貯蔵アイテムでしかない」


「……本当にそうなのでしょうか?」

 ヒカリはアルに抱き着いて、恐怖に顔を引きつらせている。


「大丈夫だよ。今度はアルに頼んでもっといい子になるような魔法を仕込んでもらうからさ」

「うう、覚えていろよ、この小虫め~」

 リサに向かって毒づく言葉も、いつものような力がなかった。



「ではちょっと慎重に結界を削り取るので、少し離れてほしい」

「わかった」

 アルは自分の結界を狭くして、魔法陣を覆う障壁を削り取る。結界の消費する魔力が多くなったのか、白い光が強くなった。


 そうして五分ほど強い光を発してせめぎ合ううちに、不意に防御障壁の力が消えた。

 障壁への過重負荷に、出力回路が耐えられなかったのだろう。内部の魔法陣自体には損傷はなく、魔法は稼働したままだった。


 アルは魔法陣の上に散らばる水晶玉を確認する。全部で三十六個の玉が等間隔で並んでいた。

 一度自身の結界を消して、その玉全てを空間魔法で回収する。魔力の供給源を失った魔法陣は輝きを失い、完全に停止した。


 アルは元の地面ごと魔法陣を再び亜空間に収納して、代わりに先に削り取った床を元に戻す。

「はい、これでおしまい!」

 そう言って、片手に水晶玉を一つ出して観察した。


 ヒカリ以外の二人が寄って来て、興味深く覗き込んでいる。ヒカリはアルの背後に隠れる。



「これ一つで、どのくらいの魔力が入っているの?」

 リサには見当もつかない。

「あの小さな玉三つでヒカリの魔力が全回復するんだから、これだとその数倍はあるだろうな」


 リサは目を丸くして、水晶玉を凝視する。

「これ、魔道具に使ったら大革命だよね」

「ああ、魔石として使えばすさまじい威力だろう」


「ひょっとしてとんでもなく高価なもの?」

「ああ。おそらく本物の水晶よりも遥かに高価なものでは?」


「もしかして、正教会の秘宝かな?」

「ギルドでも聞いたことはないが、繰り返し何度も使えないのかもしれぬぞ」

「俺ならともかく、普通の人間がこれ一つに魔力を充填していたら何日も、下手をすれば何年もかかるだろう」

「なるほど。これは、そういう貴重な宝物なのではなかろうか」


「もしかして、南側にもこれと同じものがあるとか?」

「だとすれば、教会は今度こそ必死で守ろうとするだろうな」


「じゃ、早く全部貰いに行こうよ」

「いや、その前にやることがある」


「何をするの?」

「迷宮を救いに行く」


「だから早く南の小屋へ」

「違う。教会に操られていたあの魔王と、封じられている本物の迷宮王を開放することが先決だ」



「それはどういうことじゃ?」

「いや、あれからよく考えたんだけど、迷宮王はきっと別にいるのだろうと思って」

「エイナルが新しい迷宮王じゃないってこと?」


「ああ。もしエイナルが迷宮王なら、迷宮の記憶を通じてもっと色々な情報を得ているはずだ。だが教会はこの間の闘いで、俺たちのことを知らな過ぎた」


「そうだね。わたしとセシリアさんのことも最初は魔物だと思っていたくらいだからね」

「ああ、そうだ。きっと本物の迷宮王は既に教会に倒されているのだろう」


 だが、魔王もエイナルも、新たな迷宮の王になることはできなかったのだろう。


 アルは以前、祖父から聞いたことがあった。迷宮王とは、卓越した個体が継承するものだと。

 その卑劣な手段と長年にわたる集団での攻略により、エイナル個人としての能力は迷宮主に評価されず、彼が新しい迷宮主になることはなかった。


 教会は傀儡の魔王からテネレの迷宮王アルの存在を知り、罠にはめ利用しようと魔王を最下層に置き、待ち構えていた。

 本当の迷宮主は、教会により既に封じられたのだろう。


 優れた個人が迷宮の主に認められぬ限り、迷宮王の交代はない。卑劣な手段で力を封じられた迷宮の主を倒しても、時間が経ればまた復活するだけだ。

 迷宮の主が不在なおかげで、迷宮の力はますます弱っている。



「なるほど。迷宮王は教会に倒され、代わりに操られた魔王がその代理を演じていたってことだな」


「同じ迷宮の王として、放ってはおけない、か」

「これは、俺一人で行けばいいんだぞ」


「何言ってるの。そりゃ、わたしたちがいても足手纏いかもしれないけど、ここまで来たんだから最後までお供させてよ」

「当然です。アル様の行くところ、どこへでもヒカリは同行いたします」

「ティリアの迷宮に関しては、私が責任をもって最後まで見届けなくてはな」



「……そうか。では皆で行くか」

「うん、早く行こう」


「これはギルドの冒険者たちに聞いた話だが、この春あたりから教会の関係者らしき連中が迷宮へ出入りしていたらしい」

「正教会の連中ですか?」


「ああ。若い連中が何パーティかに分かれて、頻繁に出入りしていたということだ。普通の冒険者に偽装はしていたが、連中が武器を使って戦う場面を見た者がいないらしい」

「つまり全員が純粋な魔法使いだった、と」


「恐らくその頃から、迷宮下層への道を切り開いていたのだろう」

「ヒカリが貰ったあの小さな玉なら、エイナル級の魔法使いなら一発で魔力の回復ができるのだろう」


「聖魔法は、本当に魔物の天敵だな」


「ああ、ヒカリは悔しいだろうが、報復など考えず無理をするな」

「承知」


「本当か?」

「我がアル様の命令に従うのは当然」


「余計なことは考えるなよ」

「ほらアル、それ以上言うとまた泣くから~」

「うるさい、小虫……」



 迷宮最下層に残してきた転移魔法陣は、さすがに街にとって危険過ぎると思い直接迷宮の外へは繋げていない。前回は迷宮上層の魔法陣と繋げて帰還している。


 迷宮の外から下層へ向かうには、別のいいルートがある。

 四人は屋敷の庭から四十九層の岩穴へ移動した。


「おい、こんな事が出来たのか?」

 セシリアは少々お怒りである。

「まあまあ」


 そこからいよいよ最下層へ転移しようとして、異変に気付いた。

「転移できない。これは、最下層の魔法陣が消されているな」

「どういうこと?」


「やはりか。アルが魔法陣を残したいと言ったときに、あの魔王は嫌な顔をしておったからな」


「ふん、ならばまた強引に進むまでのこと」

 ヒカリは戦う気満々で言う。


「大丈夫だ。今なら魔法陣なしでもあそこへ転移できると思う」

「うそ~」


「俺は空間魔法であの巨大な魔法陣を亜空間に収納していたんだぞ。それくらいできるだろう」

「あー、もうアルったらますます人間離れしていくんだからぁ」


「ふん、我が主なら当然のこと」

「私はもう何も言えんぞ」


「では魔王に謁見といきましょうか。少し集中させてください。まだこの魔法は慣れないもので

 アルが目を閉じると、アルの周囲に魔力が集まる。


「こ、これはアル様、すさまじき魔力の流れ……」

 ヒカリも慌てるような強力な魔法で、四人は最下層へ転移した。



 だがもっと慌てたのは、転移先の方だ。

 アルの残した転移魔法陣を消去して簡単に再訪できなくしたつもりだったが、いとも簡単に四人が突然転移して目前に現れたのだ。


「ど、どうしてここへっ!」

 魔王取り巻きの魔女たちが慌てて騒ぐ。


「こっちが聞きたい。何故魔法陣を消した?」

「……」


 魔女たちの騒ぎを聞きつけ、後方から赤い目の魔王が現れた。

「お前には聞きたいことがある」

 アルの言葉に、魔王は驚きを隠せない。


「な、なぜ揃ってここへ……」

「地上でお前の仲間の僧侶たちを追い払ったからに決まっているだろう」


「おかげで我はひどい目に会ったぞ。覚悟はできているだろうな」

 ヒカリの挑発に前に出ようとする魔女たちを見て、魔王が前に出る。


「ふん、魔女どもでは相手になるまい。魔王自ら相手をしてやる。死にたい者からかかって来い」

 だが、魔王の挑発に冷静さを失うヒカリをリサが片手で制する。


「待って、ここはわたしにやらせて」

「おい、魔女ども。我が弟子リサが魔王を屠るところをよく見ていろ」

 歯を食いしばって言うヒカリが、リサの肩をぽんと叩く。


 そうして、リサと魔王の一騎打ちが始まる。



 巨体から強力な魔法を連発する魔王に比べて、非力なリサは分が悪そうに見える。


 魔王は最初から近寄ることもさせずに、魔力で押し切る作戦だ。恐らく魔力回復用の水晶玉を持っている余裕なのだろう。


 対してリサは攻撃魔法を素早く躱しながら、魔力を纏った短剣の一撃を確実に当てて離脱する。

 次第に魔王の単調な攻撃に慣れて、リサの剣が当たる回数が増える。


 残存魔力が減った魔王が水晶玉を使おうと手にした瞬間、それまで使っていなかったリサの風魔法がその手を襲う。

 慌てた魔王の手から、水晶玉がこぼれた。


 その隙を逃さずリサの刃が接近し、魔王の右腕を斬り飛ばした。そこから先は一方的にリサの連撃が当たり、傷だらけの魔王は膝をついた。


「本物の迷宮の王はどこにいる?」

 短剣を構えて歩み寄ったリサの言葉に、魔王は顔をゆがめる。


 それを見た魔女たちが、前に立ちはだかっているヒカリに一斉に飛び掛かる。

「魔王様!」

「うるさい!」

 ヒカリの魔法で一掃されて、魔女たちは無残に吹き飛んだ。


 リサに問い詰められた魔王は突然苦悶の顔を浮かべ、赤い目を見開いたまま動きを止めた。


「えっ、こんな簡単に魔王が……」

 リサの問いも空しく、魔王は苦悶の表情のまま崩れ落ちて動きを止めた。



 


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