第十七話 祭りの後
セシリアがギルドに呼び出されていた間に、アルは小屋の地下で見た魔法陣を思い出していた。
巨大な魔法陣の全てを読み解き記憶することは不可能だが、多くは汎用の記述の繰り返しだ。見たことのない術式の部分だけを、幾つか記憶に焼き付けて来た。
その一部を再現して、実際に弱い魔力を流してチェックする作業を繰り返す。
祭りを楽しみたい気持ちは勿論あるのだが、その間何もせずに手放しで遊んでいる事は出来そうにない。
同時に秋祭りとギルドや教会との関係についても、もう少し知っておきたいと思った。
自由商業都市だったテネレは元々王侯貴族の影響の外にいたので、今も旧教会の影響は少ない。
テネレの教会は周囲の農村や山村に広く信じられていた地霊信仰と深く結びついて、テネレ高原中で新教の教会が広く信仰されている。
教会は冒険者ギルドからの寄付を元に親を迷宮で失った孤児を引き取って育てたり、商業ギルドや農業ギルドの仲介役として日常的なもめごとの仲裁や相談役を担い、加えて冠婚葬祭の中心を担ったりと、庶民の暮らしに密着している。
そうしてテネレの教会は、行政機能の一部を補う重要な機関としての地位と信頼を得ていた。
アルがリサと初めてのデートをしたテネレの収穫祭も、新教の豊穣の神を讃える祭りだ。
基本的にティリアの秋祭りも同じようなものだが、テネレでは高原台地全体を統括する農業ギルドと街の商業のギルドが中心だったの対し、ティリアでは町の商業ギルドと教会が中心になっている。
雪が降るまでは忙しいこの地域の農民よりも、街の住民と商人たちのお祭りの意味あいが強い。
雪が降って出稼ぎの農民が街へやって来ると、今度は暇になった農民中心の冬祭りが行われることになる。彼らが故郷の村へ帰る早春には、各地の農村で春の訪れを祝う前祝的な祭りが行われる。
北国の人にとっても、祭りは重要な季節のイベントだった。
それから三日間、アルたちは何もかも忘れて祭りを楽しんだ。
屋台の買い食いをして歩き、珍しい料理もたくさん食べた。リサの大好きな芝居小屋の行列に並んで、新作のミュージカルを観た。
広場ではこの街独特の民族舞踊を踊り、大食いコンテストに出場したシュピーゲルを彼の家族やギルド医のヒューバートたちと一緒に応援した。
夜にはティリアの冒険者たちと一緒に慣れない酒を飲んで、語り合った。
ギルドの若い冒険者たちが姐さん姐さんと泣きながらセシリアに殺到し、収拾がつかない。
逆にセシリアと苦楽を共にして来たベテランの冒険者たちは、その功績を讃えながら晴れ晴れと送り出してやりたいと願っている。
冒険者の他にも、地元の商店主や露天商、果ては周辺に住む農民までが集まり、祭りの広場は大騒ぎとなった。
結局盛大に酔っ払ったセシリアが、何度も繰り返しギルドへ戻るように言い続けるティリアの冒険者相手に大暴れをして、大顰蹙を買うことになったのだが、それも愛嬌の内。
ティリアからテネレにやって来た冒険者たちがセシリアについて、行けばわかるといった意味がアルたちには身に沁みて実感できた。
セシリアはずっとこの街の冒険者たちを牽引してきた精神的支柱であり、街のアイドルだった。こんなにも多くの人に愛されている冒険者を、アルたち三人の若者は他に知らない。
そのセシリアが、ティリアのギルドに別れを告げているのだ。彼らが黙っていられるわけがない。
その影響のあまりの大きさに、アルたち三人は圧倒される。
「迷宮に隠れて生きている俺たちも、いつかこんな風にテネレの人々と交流できるようになるのだろうか……」
アルがそう呟くと、酔ったセシリアが馬鹿者、とアルを叱りつける。
「ほら周りをよく見ろ。既にお前はこれだけ皆に歓迎されて、充分に交流しているではないか」
そうして気が付けばアルの周りには“姐さんを攫って行く色男”のアルと一杯やろうと多くの男たちが集まり、取り囲んで騒いでいるのだった。
三日間の祭りを楽しんでいる間に、アルの考えもまとまった。
祭りの終わりの物悲しい気分を振り切り、アルは決意する。
「早速明日、北の山の小屋へ行こうと思う」
祭りの終わった翌朝、深酒のダメージに苦しみながらもアルはそう宣言した。
「小屋へ行って、どうするの?」
「魔法陣を無効化する方法を考えた」
「そうか。では後はアルに任せる」
セシリアは多くを聞かず、アルに全てを委ねるつもりである。
「ああ。俺が地下へ行っている間、皆は地上で支援してくれ。恐らく先日会った教会の連中が邪魔をするだろうから」
「また夜に行くの?」
「いや、今度は昼間堂々と乗り込もう」
「確かにその方が、教会は動きにくいのかもしれんな」
リサとセシリアが納得したようなので、アルは大きく頷いた。
「では、明日の朝出発するつもりで準備しておいてくれ」
「承知」
さわやかな秋晴れの中、四人は山道を登り小屋を目指す。
先日と同じように小屋へ至る道には人の気配がなく、邪魔する者もなく小屋の前へと到達した。
三人に周辺の警戒を任せて、アルは再び一人で小屋の中へ潜入した。
部屋の中では床に描かれた巨大な魔法陣が、半球形の結界に守られて光っている。
アルは、ティリアへ来てから研究を重ねた空間魔法を使用する。
床の魔法陣ごと、直径十メートルの球形の空間が一瞬にして消えた。
明かりの無くなった暗闇の中には、半球形に抉られた岩盤が現れる。
アルは土魔法をその球形の部分から地下へと使い、その部分で捻じ曲げられて迷宮へ向かっている地下水の流れを、強引に元へと戻した。
そのまま作業を進めることおよそ十五分、地下水の流れはあっけなく元に戻り、アルは満足げに地上へ戻った。
一方地上では、リサとセシリアが思いもかけない事態に陥っていた。
アルが小屋の中へ姿を消してから、残る三人は大勢の僧侶に囲まれていた。
今日はあのエイナルという少年の姿はなく、より年配で高位の僧侶たちが揃っている。
僧侶たちは間隔を取りながら、遠距離から聖魔法を放った。
ティリアでは有名人のセシリアは深いフードで顔を隠し、認識疎外の魔法を使用しながら攻撃をせずに隠れている。
ヒカリが放った強力な広域魔法が僧侶たちをなぎ倒して突破口を見つけたかに見えたが、アルを置いたまま逃げるわけにはいかない。
何とかして、小屋の前で僧侶を食い止めておかねばならなかった。
再び、ヒカリの魔法が僧侶を襲う。
二度目の攻撃なので、僧侶は直撃を避けて後退する。しかし追撃ができないヒカリは、結局再び小屋の前まで戻るという膠着状態になった。
僧侶の放つ攻撃魔法は聖魔法で、魔物を滅ぼす聖なる力はリサとセシリアには効果がない。
聖属性と相性の良い人間に対しては、ただの弱い攻撃魔法のレベルでしかなかった。
しかしアルから護衛を任されているヒカリは前に出て、一人で聖魔法のダメージを受け続けている。
後方にいるセシリアとリサを、ヒカリが聖なる力から庇っているのだろうと考えた僧侶たちは、より純度の高い聖なる魔法でヒカリを集中攻撃した。
アンデッドを滅ぼす聖なる光は、逆に人間の二人にダメージが及ばない。場合によっては、回復魔法に近い効果があったりもする。
あくまでも、僧侶たちは魔物を相手に戦っているつもりである。
仕方なくリサもヒカリと共に前に出て、教会の僧侶たちを攻撃する。しかし、リサも人間を相手に本気で攻撃することには抵抗がある。
リサにはヒカリのような広範囲を攻撃する魔法が使えない。短刀を振るって風魔法の刃を飛ばすのだが、距離を保っている僧侶には牽制にしかならない。
しかし攻勢に出ようとする僧侶の出鼻を叩くには効果的で、風の刃に手足を刻まれる者が増えて、迂闊に前へは出られない。
だがヒカリ自身も、様子がおかしい。
単に聖魔法に怯えているだけでなく、自分の魔法で傷つき血を流して倒れる僧侶たちを見て、ヒカリは怯えているように見えた。
魔物であるヒカリが人に襲われるのは当然のことと捉えている。しかし、ヒカリ自身がそれに反撃することに対して、動揺を隠せないでいた。
「ヒカリ、大丈夫なの?」
その時、青い顔で怯えるヒカリの頭の中には、ヒカリの手を握ったまま息絶えたクリスティンの顔が鮮明に蘇っていた。
「ヒカリ、もしかしてあんた……」
「うるさい、我は魔物だぞ。これくらいの攻撃など平気だ!」
しかし強がるヒカリとの連携も今の状態では望めず、リサの焦りが募る。
いよいよとなればリサが単身で飛び込んで個別に撃破していくつもりだったが、自分を魔物と勘違いしている人間を傷つけることに大きな躊躇いが出ていた。
それよりも、予想以上にヒカリのダメージが大きく心配で、傍を離れる気になれない。
それでも時折放つ二人の攻撃力は僧侶たちを牽制し、膠着状態が続く。
リサのことも魔物だと思っている教会の人間にとっては、聖魔法のダメージを受けず衰えないリサの攻撃を、悪夢のように感じ始めているようだ。
次第に力が弱まり始めた教会の包囲網に、リサは安堵の息を漏らす。
しかし魔力が残り少なくなったヒカリが、ついに魔王から貰った例の水晶玉を使うと最大の危機が訪れた。
三つの水晶玉をヒカリが手に握り、内部の強力な魔力に触れた。ヒカリの全身が白い輝きに包まれて、予想通りに魔力が完全に回復している。
しかもテネレの迷宮にいた時のような、大人の女の姿に戻っていた。
しかしその顔を見て、リサは悲鳴を上げた。
ヒカリの目は赤く怪しく光り、近くにいるリサを睨むといきなり強力な魔力弾を放った。
「なっ、何を……」
思わぬ至近距離の攻撃でリサは避け切れず、直撃した左腕は大きく傷ついた。
それでもリサは怯むことなくセシリアを庇いながら、ヒカリから精一杯の距離を取った。
「……」
ヒカリは黙って赤い目で二人を追う。
「どうしたの、ヒカリ!」
リサは絶叫した。




