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第十六話 移籍

 


 アルが無事に小屋から戻ったので三人は安堵したが、その話を聞くと素直に喜べない。

 ただ、聖魔法を扱う教会の関与は確実になった。


「今夜はひとまず、戻るしかないな」

 四人が暗い山道を引き返すために森の中を歩き始めると、遠くに人の気配を感じた。


「アル様」

 先頭にいたヒカリが前方を見据える。


「ここへ向かって来るようだ」

「では、こちらからも迎えに行ってやるか」

 四人はそのまま歩き続けた。


「向こうも気付いたようです」

「気付かぬふりをして、このまま歩き続けよう」

「はい」


 獣道のような山中の踏み跡を明かりも持たぬ二つの集団が歩き、互いに近付いている。

 やがて気配が濃厚になり、先頭のヒカリが身構える。


 足元で鳴いていた虫たちが、ただならぬ気配に怯えてピタリと静まる。波紋が広がるように、彼らの周囲の森が静寂に包まれた。



 明らかにヒカリの苦手な、聖なる波動を感じる。

「私が前に出よう」

 ヒカリを押しのけて、セシリアが先頭に立つ。


 そして二つの集団が向き合った。


「これはこれは、こんな時間に誰かと思えば、冒険者ギルドの副長様ではりませんか。まさかこの街一番の有名人とこんな場所でお会いできるとは思いませんでした」

 先頭にいた少年が、大仰な態度で先に口を開いた。


「貴様は見たことがあるぞ。最近迷宮に潜っている教会のガキだな」

「僕にはエイナルという名があります。覚えていただけると嬉しいのですが」


「ふん、それならば私はもう副ギルド長ではない。覚えておけ」

「それならついでに、僕らはここの迷宮をセシルと呼んでいるので、ついでに覚えておいてほしいものですな」


「セシルだと?」

「そう。せっかくあなたの名を貰ったのに、残念です。でもここの迷宮も長くはないと判断して逃げ出すのならば、先見の明がありますね」


「貴様がこの水遊びを仕組んだのか?」

「迷宮の魔物を外に連れ出すような、いかれた連中にはこれ以上任せておけないものでね」

「後悔するぞ」


「はは、あなたはまさに今後悔しているところでしょうね。でももう遅い、とだけ言っておきましょう。さあ皆さん、先を急ぎますよ」

 エイナルと名乗った若者を先頭に、正教会の僧侶姿をした男たち五人がセシリアの横を通り抜けて山を登って行った。


 アルたちも、振り返りもせずにそのまま山を下って行く。

 秋の虫が、再び合唱を始めた。



 翌朝早く、ギルドからの使いがセシリアに手紙を届けに来た。シュピーゲルからの呼び出しだった。

 午後、セシリアは久しぶりにギルド長の部屋を訪れた。


「ああ、よく来てくれた。面倒な話は秋祭りの前に片付けておこうと思ってな」

「面倒な話、ですか?」


「ああ、お前にはもっとギルドの仕事をしてもらわねばならん」

 セシリアは表情を曇らせる。


「私が副ギルド長の座を退くことには、許可をもらいましたよね」


「ああ、そうだ。それは間違いない。副ギルド長の任命権は私にあるから、確かにお前の副ギルド長の任は解いた。だが冒険者ギルドを辞めたわけではないよな」


「だから、こうして呼び出しに応じてやって来たのだが……」



 だがその場でシュピーゲルから渡された書類を見て、セシリアは激昂する。

「いったい何ですかこれは!」


「見ての通り。私はギルド長を辞めて妻の実家の商売を手伝うことにするのでな」

「こんな物は受け取れません」


「それは私ではなく、ギルド本部に言ってくれ」

「なんだと?」


「ギルド長も副ギルド長も不在というわけにはいかんだろう。ちょうどお前は副ギルド長を解任されたばかりなので、本部より新しいギルド長に任命されたのだ」

「ふざけるな!」

 セシリアは書類を叩き返した。


「真面目に考え抜いた末の結論だ。私が引退してもギルドは大して変わらんだろう。だがお前を失えば、この街は混乱に陥る」

「知ったことではない。私はもうティリア所属の冒険者ではないからな」


「なんだって?」



「そもそも、私が副ギルド長を辞めてまだ十日だろう。あの時には既に本部からこの書類が届く事を、あんたは知っていたのだろう。騙したな!」

 今更ギルド長への就任など、制度的にもありえないのだ。


「お前こそ、他のギルドの所属となるには先方へ実際に行かねばならぬだろうに」

「ふん、これを見ろ」


 セシリアは、三年前にテネレへ行ったときに入手した書類をちらりと見せる。それはセシリア名義の、テネレの冒険者ギルド登録証だった。


「ま、まさか、既に登録変更済みだったのか?」

 登録証の裏書にはテネレのギルド長のサインと共に、他の支部の登録を抹消すればいつでも効力を発生する旨が記されている。二重登録は許されないので、ティリアの登録を外した瞬間、自動的にテネレの所属になるという書類だった。


 通常、冒険者の登録変更はその所在地のギルドへ転籍するのであれば、いつでも受け付けてもらえる。例えどこの所属であろうと、当該ギルドへそう申請すればその場で受理される。後からその旨の書簡が旧登録地のギルドへ送られるだけだ。


 しかしこの書類は裏書により、本人がテネレを離れて後、ティリアのギルドで登録を抹消した瞬間に効力を発生するという逆の手順を認める書面であった。


 本来冒険者の所属地など、重要視されてはいない。

 例えばテネレであれば、テネレ所属の冒険者はBランク以上になると迷宮攻略の依頼を断れないなどのローカルルールに縛られることはあるが、それも基本的には本拠地にいるときだけだ。   ティリアのギルドへ登録したまま、テネレで冒険者を続けている者も多い。



「これは以前テネレへ行ったときに入手した。正式にはこれを持ってティリアのギルドで登録変更の手続きを取れば良いだけだったが決心がつかず、それをしないまま放置していた。まあ、副ギルド長になってからは所属の変更もできなかったがな」


「ま、まさか……」


「そうさ。で、危ないと思ってそれを今さっきそこで終わらせて来たところだ。だから本日付で私は正式にテネレの冒険者になっているのさ。他所のギルドに所属している冒険者を、ティリアの冒険者ギルド長には任命できないだろ。当然、副ギルド長にも、だ」


「だが、ギルド本部の任命書が発行された時にはまだお前はここの副ギルド長だったはず……だからお前が再度ティリアの冒険者ギルドに登録し直せば……」


 だが、セシリアはその言葉を笑い飛ばす。

「私がそんな面倒な事をする理由がどこにあるのだ? そもそも、この手の一方的な任命書など何の効力も持たない。本来は本人の同意をもって発出し、更に本人に書類が到達した日時をもって発効するものだ……そう記載されていないか? つまり、こんな書類は無効。ただの紙屑だ」



「くそ、どうしてこんな事に……そうか。アントンの奴だな」

 シュピーゲルが、目を大きく見開く。


「ああ。Sランクになった三年前のあの時、私は色々と悩んでいてな。テネレでアントンに相談したら、これを持って行けと帰りに渡された。いつでも歓迎すると言われたよ。それでその時は心が軽くなって、今まで頑張って来られたのさ。だが、まさか本当にこれを使う時が来るとはな」


「そんな馬鹿な話が……」


「シュピーゲルさん。あんたがいなけりゃこのギルドは回らないだろ。今更、じたばたするな。あんたのことを慕っているギルド職員は大勢いるぞ。まあ、今後はもう少し冒険者の面倒も見てやるといい」


 当てが外れたシュピーゲルは、天を仰いだ。


「済まないが、ティリアの将来は任せた。あんたさえその気になれば、この街はずっと良くなるさ」

 セシリアは、軽い足取りでギルド長の事務室から出て行く。



「というわけで、私もテネレ所属の冒険者となったので、一緒にテネレへ行くぞ!」

 晴れ晴れと宣言するセシリアだが、アルは冷静に告げる。

「俺たちがテネレへ戻れるのは、ここの問題が無事に片付いてからになると思いますけどね」


「そうだな、簡単に片付くような問題じゃない。だが、その前に秋祭りが始まる」

 セシリアの言う秋祭りに何の関係があるのか、テネレから来た三人には分からない。


「まあ連中も秋祭りの間に何かを起こすとは思えん。長い年月をかけて計画されたもののようだから、慌てて失敗をするような真似はしないだろう」


「そういうものなのですか?」

「ああ、この地で秋祭りに水を差すようなことをしたがる奴は、誰もおらんだろう」


「へえ」

「そういうものですか」


「ということで、明日から三日間は祭りを楽しむぞ」

「おーっ!」



「本当にいいのかな?」

「いいんじゃないの?」

 アルは懐疑的だが、リサとセシリアはもうその気だ。


「そうだ。美味いものが沢山食えるぞ」

「うむ、それは楽しみ。アル様、行きましょう」

「そうか」

 ヒカリも丸め込まれた。


「そういやぁ、今夜は前夜祭だな」

「やった! みんなで行こう」


「ところで、セシリアさんをこの街に引き留めようという気骨のある男はいないのですか?」

「そりゃあ男も女も大勢に引き留められているぞ」


「そういう意味じゃなくてだよ」

 アルの言葉を理解していないセシリアに向け、リサは親指を立てて見せる。


「なんだ、そういう意味か。ううむ、昔はもっといい男もいたのだが、自分より弱い男には興味がないのでな……」


「やだなぁ、女性の冒険者が技を磨き過ぎるとストイックな戦闘マニアに行き着くと言われているけど」

 リサも他人事ではないと思っている。


「セシリアさんは大丈夫ですよ。テネレのなんちゃらの誓いの二人はこのままいくと怪しいけどね」

 アルはそう言いながらも、ストイックとは程遠い二人を思い出す。


「それは、ナタリアとケイティのことか?」

「あれ、二人を知っているんですか?」

 言われてみれば、二人がセシリアについて何か言っていたような気もする。


「ああ、アントンの所にいた可愛い小童たちだろ」

「小童って……!」


「……まさかアルの第二夫人ってのは、あの子たちのことなのか?」

「あのね。その小童たちは俺よりも年上の、怖い姉ちゃんたちなんですけどねぇ……」

 アルは久しぶりに二人を思い出したことを後悔し、ため息をつく。



「そうだったのか。私も歳を取ったのう……」


「うん、だから無理してテネレに来なくていいですよ」

「それとこれとは話が別じゃ」


「では、今夜は露店を回って色々な肉を食べるのだ!」

「もう、これだからケダモノは……」

「そうじゃな。肉以外もいろいろあるぞ」


「ほら、街に出たら喧嘩をするなよ。二人とも、問題だけは起こさないでくれよな」

「私からも頼むぞ。この街にもう少しは居たいからな……」


「わかってるって、ね、ヒカリ」

「承知」

 意外とセシリアの存在が、リサとヒカリの間でクッションの役割を果たしているようだ。



 


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