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第十五話 北の小屋

 


 アルとヒカリは屋敷に戻り、四人で今後の行動を検討する。残っていた二人は、まだ前日の疲労を残していた。


 アルが偵察の結果を話すが、リサとセシリアはどこか上の空である。ある意味緊張が解けて、昨日より脱力していた。


「今は、人のいない南の小屋の方が調査し易いだろうな」

 今後の方針については、この地の事情に詳しいセシリアの意見が重要だと感じている。


「でも北の山にそれだけの魔力が集まっているのに、放っておいていいの?」

 リサに言われれば、アルも迷う。


「手遅れになる前に北の山を叩くか?」

「そうだね、四十九層の二の舞になる前に先に動くべきじゃないかな」


「とにかくあそこで誰が何をしているのか、見に行ってみるか」

「地元の狩人を使って、さりげなく様子を伺うとか……」

「ああ、近くの村で聞き込みをしてもいい」

 アルとリサだけが話していても、進まない。



「しかしどこに敵の耳があるかわからぬし、村人を危険に晒すわけにはいかぬ」

 黙って聞いていたセシリアが、やっと重い口を開いた。


「やっぱり俺たちだけで動いた方がいいんですかね」

「そうだな。ギルドにも内通者がいるかもしれぬ」


「わたしたちは最初からそのつもりだったからいいんだけどさ、セシリアさんはそれでいいの?」

「私はもう副ギルド長ではないからな」


「でも冒険者ギルドをやめたわけじゃないでしょ」

「こら、それはお前らも一緒だろ!」

「はは、そうだった……」


「だってアルと一緒にいると、自分も冒険者だってことを完全に忘れているもの」

「そうだな。一応俺も冒険者だった……」

「おいおい、一応とはなんだ」



「我は違うぞ」

「ヒカリは冒険者ギルドに敵対する立場だよね。じゃ、ここはヒカリに一人で行ってもらおうか?」


「いい加減にしてくれリサ、迷宮の外で魔物が暴れたらギルドは大変なことになる」

「我が魔物だとバレなければよいだけのことではないか?」


「だってさ。どう思う、アル?」

「面白そうだからやらせてみようか。セシリアさんがいいって言うなら」

「ふん、どうせ私の言うことなど聞かぬくせに、こんな時だけ都合のいいことを……」


「ではマスターの許しが出たので、我が単独で偵察に行きましょう」

「こら調子に乗るな、全部冗談だからな。お前を一人にしたら何をするかわからんし」

「な、なぜ我はそれほどまでに信用がないのだ……」


 たまに見せる繊細な心の襞は強大な力を持つヒカリの大きな弱点であるが、それは同時にアルの弱点でもある。


 ヒカリが少しでも泣けばアルも冷静さを失い、狼狽して慌てて宥めようとする。

 子供のようにピュアで単純な心の構造は、二人が親子関係にあることの証明なのかもしれない。



「いやほら、ヒカリは護衛役だから俺たちから離れてはダメだろ。だから皆で一緒に行こう」

「は、もちろんアル様の言う通り……」


 今までならここでヒカリは泣き顔になって子供の姿に戻る場面なのだが、今日はもう子供のままである。


「あれ、偉いな。今日は泣かないんだ」

 リサにからかわれても、ヒカリは怒る余裕がない。


 ではおやつの時間にしましょうか。

 リサとセシリアは二人が留守の間に、ティリア名物のおやつを作っていた。


 小さな球形に焼いたパンケーキに粉砂糖をまぶしてある素朴なお菓子で、エイブルスキーバーというらしい。


 寒い季節によく食べられるもので、雪が積もる時期になると店先や屋台で売っているが、今頃はあまり街で見かけないらしい。ベリーやリンゴのジャムをつけて食べると周りがサクッとして中がふわっと柔らかく、とてもおいしい。


 家庭では甘さを抑えた生地にハムやチーズを加えて焼いたエイブルスキーバーを、食事として普通に食べているらしい。


 セシリアが家から持ってきた専用のフライパンは、日本人には馴染み深いたこ焼き器と同じような半球形の穴が並んでいる。ティリアの街ならどこの家にも必ずあるという、黒く重たい鋳物製だ。


 四人で甘いジャムを好きなだけつけながら、あっという間に食べてしまった。



 本来ならば、アルとヒカリの二人でもう一度偵察に向かうのが一番安全だ。二人で気配を殺して接近すれば、余程の警戒があっても接近する自信がある。

 万が一見つかっても、二人であれば無事逃げ帰る確率は高い。


 しかし相手がわからぬ以上、セシリアにも直接確認して貰うことは重要だ。そのためにはリサの力も借りた方が良い。

「では、今夜遅くに四人で北の山へ向かおうか」


「じゃ、早めの夕食にしてちょっと仮眠をとってからかな」

「では我は夕食の支度を」


「セシリアさんは迷宮の外用の隠れ蓑を使ってくださいね。俺たちと違って、顔を見られたら困るし」


「まあ、ギルドに迷惑をかけるわけにはいかんか。だがそれはアルたちも同じこと。お主らはギルドの客人だぞ」


「俺たちはかくれんぼが得意だから、それなりの準備はできてますよ」



 予定通りに、深夜零時を回ったころに四人が屋敷の庭に集まる。そこから徒歩で北へ向かい、山道を辿った。


「今夜は少し肌寒いね」

「ああ、山の中はすっかり秋の気配だな」

 森の中は様々な秋の虫が、盛んに鳴いている。


「今日から九月だからな。すぐに秋祭りだ」

「そうだったんだ。なんか街がざわざわしてると思ったら、秋祭りが近いのか」


「テネレより、ひと月以上早いね」

「なんだ、お前らもうテネレが恋しくなったか?」


「そうだな、俺はテネレのダンジョンマスターだから。そろそろあの迷宮が懐かしい気持ちもある。ヒカリもそうじゃないのか?」


「いえ、我はアル様の近くでさえあれば、いかなる場所でも」

「へえ、さすが家畜の言うことは違うねぇ」


「うるさい、鳴く虫の季節もすぐに終わって冬が来るぞ。心しておけ」

「こら、騒ぐな。見つかるぞ」



 途中からは小道を外れて、森の中のわずかな踏み跡を一列になって進む。やがて前方に、魔力の気配が濃くなる。


「近いな」

「なるほど、これは面白い」

 建物の外には、人の気配がない。


「結界は?」

「不思議とないな。だが教会は俺たちの知らない魔術を使うようなので、何もないとは言い切れんが」


 以前見た時には何重もの結界が張られて、小屋には認識阻害魔法がかけられていた。

 今ではこれほどの魔力が外へ漏れているのに、警戒している様子がまるでない。


「では我が様子を見てまいります」

「いや、ヒカリは教会の魔法と相性が悪そうだ。俺が行く。まさか地上に魔物除けの結界があるとは思えないが、念のため待機していてくれ。何かあった時はヒカリが皆を守って逃げろ」


「アル様を置いて逃げることはできませんが」

「わかった。ではヒカリに任せる」

 これ以上ここで問答をしても時間の無駄だ。



 すぐに、先頭にいたアルの姿が消えた。


 岩に半分埋もれるように建てられている粗末な小屋に向かう獣道を使わずに、アルは針葉樹の森を迂回して建物の裏側から接近した。


 小屋の周囲には明かり一つないが、外へ漏れている魔力を考えれば中が無人である筈はない。

 恐らく地下の部屋に人が集まっているのだろう。


 小屋の結界が消えているのは罠なのか、それとも既に警戒する必要がなくなったのか。

 アルは覚悟を決めて、小屋の扉を開けた。


 廃屋に偽装された小屋の奥は岩に塞がれて、内部は狭い。床を踏み抜かぬよう慎重に進んで突き当りの岸壁を調べる。


 予想通り、岩の壁は二重になっていて、手前の岩壁は木製の扉に薄い岩を貼り付けただけの偽装である。扉は内側から閂がかかっているが、そんなものは魔法で簡単に外せる。


 扉を開けて更に奥へ入ると、下りの階段が現れた。漏れ出る魔力は、その下から感じる。

 無防備過ぎて罠に思えるが、アルは意を決して中へ進む。


 階段を踏み出してすぐに、ヒカリを連れて来なくて良かったと思う。聖なる波動というのだろうか。聖なる水が放つのと同じ、魔物を寄せ付けない力が強くなる。


 これが、上の小屋に結界が不要な理由であったか。

 確かに、ヒカリのような魔物は近付けまい。だが、人間の冒険者にとっては何でもない。嘗められたものだ、とアルは思う。


 それならば、とアルは緊張を緩めて堂々と進むことにした。



 光のない階段だが魔力の感知により周囲の状況はよくわかる。

 螺旋階段のように円を描いて地中深く進む階段は、土魔法によって作られたものだろうか。人の手で掘れば、何年もかかるだろう。


 数十メートルの深さまでまっすぐに下ると、ついに底に到着した。

 上と同じような、岩に偽装した扉が一つある。扉自体には何の仕掛けもなさそうだ。


 思い切って扉を開くと、そこは迷宮のような薄明りに包まれた広い空間だった。

 予想に反して人の姿はないが、強い魔力はこの部屋の中から発せられている。


 部屋の中央部分の床に直径十メートルはある巨大な魔法陣が記されていて、その周囲に結界が張られている。


「この魔法陣が、地中の聖なる水の流れを制御しているのだろう」

 無人の魔法陣自体が、結界に魔力を供給しているらしい。聖魔法で作られた魔法陣が部屋全体に淡い光を放っていた。


 部屋の中はその聖なる光と周囲を囲む聖なる水の力により、魔物は接近不可能であろう。物理攻撃にも耐える、強力な結界も張られている。

 これがあるので、小屋の結界は不要になったのだろう。


「この結界を破るのは大変そうだな」

 しかし厄介なのはそれだけではない。

 力任せにこの結界を破壊して周囲にどんな影響が出るか。聖なる水の流れが暴走して迷宮を破壊するのか、地上の山が崩れるのか。下手をすれば地上へ水流が押し寄せるかもしれない。


 魔法陣による魔力供給がいつまで続くのかわからないが、今ここで無理をするのは危険すぎる。アルは結界に近付き、手を触れてみる。

 強力な魔法の反発力に吹き飛ばされそうになるのを堪えて、少しずつ結界の無力化を試みた。


「いや、この方法では時間がかかり過ぎる」

 アルは一度離れて、結界の強さと魔法陣の構成をじっくりと読む。



 迷宮へ流れ込んでいた水がうっすらと光を放つほどに聖なる力を帯びていたのを考えると、この施設は単に地下水の流れを変えているだけではないのだろう。


 教会が地下水を分岐し迷宮へ導いていると思われるこの魔法陣は、単に流れを変えるだけでなく聖魔法により迷宮へと至る水に更なる大きな聖の力を付与しているようだ。


 強力な結界に守られたこの魔法陣には正教会の多くの魔法士が関わり、力を与え続けたのだろう。


「だが、この施設は無人のままいつまで稼働するのだろう?」

 これだけの規模の魔法陣を動かすには大量の魔物のコアか、人による魔力の供給が必要だ。定期的に教会の人間がやってきて、何らかのメンテナンスをしているのは間違いない。


 だが今は無人の魔法陣に蓄えた魔力を使っているのだとすれば、攻略は可能だろう。そう考えながら、魔法陣を読み解く。


 迷宮で育ち本を読むよりも早く魔法陣を使っていたアルだからこそ初見の魔法陣の弱点を探ることが可能だが、この規模となるとそう簡単にはいかない。


 集中してある程度その記述を理解したところで時間切れと判断し、調査を中止し地上へ戻ることにした。



 


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