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第十三話 魔王

 


 アルの後方にいた魔物は危機を察知して、全力で上層への通路際までへ遠ざかっている。もはやこのフロアに、アルを攻撃しようとする魔物は一匹たりとて存在しない。


 魔物が密集していた階層の前方は、完全に氷の網目に覆われていた。


 地上で待機する三人は、周囲を覆っていた防御障壁が解けたのを見て岩陰から顔を出した。すぐに、後方の魔物が怯えるように遠く離れて控えているのを見る。

 振り返ると、アルの前方に広がる惨状を見て震え上がった。


「アル様、まさか残り全てを凍らせるとは……」

「そんな馬鹿なことが?……」

「これって、わたしたちもここに閉じ込められているんじゃないの?」


 三人の動揺を気にも留めず、アルは無造作に両手を前に突き出した。

 アルの眼前に直径五メートルもある火球が出現し、それがゆっくりと前方へ移動する。


 火球は氷など元からなかったように、密度の高い氷の網に穴を穿って進む。

 そのまま火球の進路に閉じ込められている魔物ごと瞬時に蒸発させながら。丸いトンネルを穿って、突き当りの岩の塔まで到達すると消えた。


 アルは振り返り、地上で待つ三人に、さあ行こうと左手を振って合図する。



 あまりのことに何も言えず、三人は無言で宙に浮かび、アルと共に氷の中のトンネルを抜けて塔までの道を真っすぐに進んで行った。


「うえっ」

 体の一部が蒸発したまま氷に取り残されている無数の魔物の壁に囲まれたトンネルを通りながら、セシリアは時折悲鳴を上げる。

「何なのだ、この魔物の密度は!」


 リサも同じように叫び声を上げたいところを辛うじて堪えて通過しながらも、密度の高い冷凍の魔物に囲まれて生きた心地がしない。


 学園時代に自分が切り裂き魔と言われ恐れられた気持ちが、少しだけわかった気がする。それでも、これは常軌を逸している。


「アル様、これは少しやり過ぎでは?」

 ヒカリでさえそんなことを言うのだから、相当なものだ。


 だがアルの目は真剣そのもので、油断なく周囲を警戒している。

 火球に焼かれなかった連中は、氷が解ければ生き返る可能性が残っている。


「このまま全ての魔物を殺し尽くすわけにもいくまい」

「おお、さすがはアル様。我にはそこまで考えが至りませんでした」

「うーん、でも微妙だなぁ……」

 リサは納得できないように呟いた。


「では氷でなく炎で焼き尽くした方が良かったか?」

「いやー、やめてー!」

 遂にリサは両手で頭を抱えて叫び声を上げた。



 予想通り、塔の入口へ入ると下りの階段があった。

 長い階段を歩いて下りて緩い傾斜の通路へ入ると、アルを呼んでいるような声が強くなる。


 本来ならば通路の坂道で襲って来るはずの魔物たちが、アルたちの進む道を開けるように両脇へ下がっていた。


 四人はそのまま導かれるように、下の階層へ向かう。

 そして塔の通路を抜けて、地下七十層へ到達した。



 そこはアルのよく知るテネレの迷宮最下層に似た、広大な空間である。だがテネレの最下層に比べると、はるかに瘴気が薄いのが気になった。


 奥で待ち受けるのは、身長三メートルはあろうかという黒ずくめの人型の魔物、悪魔だった。

 赤い眼を光らせた悪魔は、背中に黒い翼を持ち頭には曲がった大きな角が生えた古来より伝わる典型的な姿をしている。


「余はこの迷宮の魔王である。ようこそここまでおいでくださった」

 ティリアの迷宮の魔王は、アルの到着を待っていたようだ。


「俺を呼んでいたのは、あんたか?」

 魔王を名乗る魔物は黙って頷いた。


「それにしては、我らに対して手厚い歓迎ぶりだったではないか?」

「いや、浮足立った配下が大変な失礼を致しました」


「ふん、あの程度我らが敵ではないがな」

「皆さま、どうぞこちらへ」

 配下の魔女たちに導かれて、玉座の間に通される。


 一段高い玉座に上ることなく、魔王は広間の大テーブルの椅子に座る。

 アルたちは、その対面の席に案内された。



「テネレの迷宮の王とその仲間たちよ、我は待っていた。知っての通り今この迷宮は瀕死の状態にある」


 いきなりテネレの名が出て、アルは意表を突かれた。

「その前に、俺がテネレの王と何故わかる?」

「それは、余がティリアの王だからだ」


「それは嘘だ。失礼な言い方だが、俺にはあんたがティリアの王には見えない」

「テネレの王はまだ王となって日が浅い故、全ての力に覚醒しておらぬのだろう」


「そうなのか。しかし何故だ? これほどの立派な迷宮が、何故今は力を失っているのだ?」

「そうだ、これを見てもらおう」


 魔王の目の前にあるテーブルの上に、迷宮の立体地図が浮かんだ。四人は初めて見る不思議な映像に驚き何も言えない。


「ここ迷宮最下層に、瘴気の元となる迷宮の核がある」

 魔王が言う。その瘴気の及ぶ範囲が、赤く輝いている。その赤い色を取り囲むように、白い光がより強い光を放っていた。


 それは、アルが空中から走査した地下の状況とよく似ている。


「この白い部分は聖なる光なのか?」

 魔王は黙って頷く。


「何故迷宮がこんなに強い聖なる力に取り囲まれているのだ?」

「それはわからない。昨年から急にこうなった。余の力では、この場から簡単に動くことができない。今はこの場で押し寄せる聖なるものに抗い、迷宮を守ることで精いっぱいだ」


「だから四十九層の洪水も修復できなかったと?」

「四十九層ですと?」


「ああ、聖なる水が階層に溢れていたが、知らなかったのか?」

「いや、あの程度のことであれば問題ない……」


 言い淀む魔王の態度は自信がなく異質で、アルは気になった。まさか四十九層の洪水を自分が止めたことにも気付いていないのか?



 だが、魔王の言葉が続く。

「ところで、テネレは大丈夫なのか?」

「ああ、今のところは何も問題ない」


「そうか。それならば、頼まれてくれないか。この迷宮の周りで何が起きているのか。そしてティリアの迷宮を救ってほしい。今迷宮の外で動けるのは、そなただけだ」


 アルはセシリアを見る。これは二人で勝手に進めていい話ではなさそうだ。

「おい、慌てるな。今はここで何が起きているのかもっと調査をしたい。この地に転移用の魔法陣を作ってもよいか?」

「転移だと?」


「ああ、何かあれば上層から直接ここへ転移できるように、どこかに魔法陣を設置しておきたい

「そ、そんなことが可能なのか?」


「ああ、もちろん」

「わかった。いつでもまた訪ねてくれ」


「ありがたい」

「ではささやかだが、これを持って行ってほしい」

 魔王が差し出したのは、魔王の太い親指の先ほどの大きさの透明な水晶玉が三つ。


 受け取ったアルは、そこに秘められた魔力に驚きを隠せない。

「この魔力は……」

「迷宮の外で戦いになった時の魔力補充に使ってくれ」


「しかし、これはこの迷宮にこそ必要なものでは……」

「大丈夫、余にはまだ予備がある。気にするな、テネレの王よ。配下の魔物が魔力不足になった時に使ってやってくれ。三つ一度に使えばその強力な魔物でさえ完全に回復できるだろう」

 そう言って、魔王はヒカリを見た。


 アルはそれを見て、ヒカリと目を合わす。ヒカリが魔物であることを見抜いているようだ。侮れない。



「わかった。有難く貰っておこう」

 アルは魔王から手渡された水晶玉を、ヒカリに手渡す。

「これはいつでも使えるように、ヒカリが持っていろ」


「このような貴重なものを我に!」

 ヒカリは感激のあまり目が潤んでいる。

 隣のセシリアに肘でつつかれ、子供じゃないのだから泣くなよ、と小声でからかわれる。


 今はこれ以上ここにいても、得られるものはないとアルは判断した。


 最後に、忘れないうちに言っておかねばならないことがあった。

「もう一度聞くが、俺がテネレの王と知りながら、ここまでの魔物の激しい攻撃ぶりはどういうつもりだ。先ほどは浮足立った部下が勝手にやったと言っていたが、あんたはそれを止めなかった。何故だ?」


 アルの言葉に、黒ずくめの魔王の顔が青ざめたように見えた。



「それについては大変失礼をした。こちらもそなたらが本物であると確かめる必要があったのだ。無礼を許していただきたい」


「ふん、俺がテネレの王だとわかると先に言ったではないか。それとも自信がないのか?」

 魔王の自信の無さは、その態度からも感じる。どうしようもない小者臭が、アルにはどうしても気になった。


「いや貴公ではなく、特にそちらにいる特別な魔物に関しては、警戒せざるを得なかったとわかってほしい」

「ほう、同行した二人の人間より魔物を警戒するとは、魔物の王とは思えぬ発言だ」


「強者は強者を知る、だ。ヒカリ殿の強さは余にとっても頼もしいことであると理解した」

 魔王は、得体の知れぬ魔物であるヒカリに怯えていたのか?


「なるほど。では俺たちはこれにて失礼する。このフィールドの隅に造る転移魔法陣で帰還することとしよう。迷宮の外に出て周辺の調査をしてみるが、何か進展があればまたお邪魔するので、よろしく。水晶玉はありがたく使わせていただく」


 礼を言って四人は玉座の間の隅にアルが作った転移魔法陣に乗ると、迷宮上層のポイントへ転移した。


「ヒカリ、今のうちに元の姿に戻っておいてくれ」

「アル様、我はこの姿こそ元の姿なのです」

 確かにそうだった。


「いや、あの子供こそお前の本来の姿なのだと、俺は思うがなぁ」

「そ、それは……」

「あ、アルがヒカリを泣かせた!」


 言われた通りに子供の姿となったヒカリは、泣きながらアルの腕にぶら下がるようにして歩いて行った。



 


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