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第十一話 突入

 


 わずか十日の修業で身に着く力など、たかが知れている。


 ただし、今回のセシリアの場合は身を守ることに特化した訓練だったので、それなりの意味と効果があった。


 攻撃は最大の防御というが、そこを目指すのはこれから遥かに先のことになるだろう。

 十日間の修業は冒険者養成学園の生徒が最初に取り組むような、基礎体力を付ける訓練を積み重ねた程度のものであった。


 一つには、体力というよりも魔力の使い方の違いである。


 人間と魔物の違いの大きな部分は、魔物は魔力を普段の行動から自然に身体強化や防御に利用していることが挙げられる。人間のように社会生活に合わせて力をセーブする必要がないので、常に魔力を使って訓練しているようなものだ。


 冒険者は派手な攻撃魔法や逆に防御に徹した結界魔法、それに回復魔法などに魔力を使いたがる。しかしそれは日常生活では使う場面が限られる。


 しかし魔物は生まれた時から有り余る瘴気により生み出される魔力を常に全身に纏い、身体能力を強化し続けているのだ。


 先ずはセシリアの意識を変え、攻撃を捨てて自分の身を守るために必要なことに全魔力を利用することから始めた。


 攻撃は他の三人に任せて、先ずは自身の身だけを守ることに集中するのが、セシリアを同行するための最低条件であった。



 そのレベルを目指すためにヒカリはセシリアの素早さを鍛え、ヒカリの得意な隠形スキルを伝授した。

 十日間、気配を殺して隠れ、素早い動きで攻撃を回避し、回避しきれない攻撃を受け流し、隙を見つけて反撃し離脱する、それを繰り返した。


 元々Sランクのセシリアなので、魔物を倒すための訓練は充分に受けて来た。しかし潔く攻撃を諦めて、ヒカリの厳しい攻撃を受け続けた。


 当然、二人が普通に立ち会えばセシリアが攻撃をしたくてもヒカリには全く歯が立たないので、防御と回避の他に出来ることはない。


 自分の力不足を痛感し一から出直そうとする謙虚な心がなければとても耐えられない、何度となく心が折れそうになる綱渡りのような十日間であった。


 最初はただ猛攻に晒され致命傷寸前のダメージを受け、治癒魔法と回復魔法で傷と体力を癒される、の繰り返しだった。次第に攻撃を受ける時間が長くなると、自分の一番得意なスタイルで効率よく防御し続けないと、訓練が続かないことを身に沁みる。



 そこでセシリアは得意な素早い動きで回避しつつ、回避できない攻撃をいかに武器や防具で受け流し、離脱するかを考え続けた。


 そのスタイルに合わせて、ヒカリが気配を殺すためのデリケートな魔力の使い方を教授する。そして、常に反攻の一撃を与えるための隙を伺うことの重要性を知った。


 相手に脅威を与えずに逃げるだけでは、一方的に追いつめられる。攻撃の意識を捨てることは、敗北を意味する。そのために相手の弱点を探り、最後まで反撃の糸口を求め続ける。


 最悪の場合手足の一本を犠牲にしてでも逃げ延びる様々な方法を実践的に経験する。そんな訓練まで実践する冒険者など、聞いたことがない。


 木刀で手足を打たれるような甘い訓練ではなく、ヒカリの場合は躊躇なく本気で刃を振るって斬りに来る。

 恐怖で身が竦むような一瞬一瞬の攻防が、朝から夕まで立っている限り続く。


 連続する恐怖に麻痺して無茶をすれば、即座に命を失う。そんなぎりぎりの緊張感が、セシリアの神経を削った。


 よくもこんなことをリサが何か月も続けていると思う。それは強くなるわけである。ただし、必死で生き残ることができれば、の話だが。


 アルの生い立ちも、こんな風に魔物とのヒリヒリするような実戦経験に満ちているのだろうか。

 アルとリサはセシリアより十歳も若い。ヒカリに至っては昨年この世に生み出されたばかりだという。セシリアは己の甘さに歯を食いしばって耐える。この歳になるまで、自分は何をしていたのか、と。



 そうして十日間で自分でも信じられないような素早い動きを手に入れて、別人のように体が軽くなった。今では文字通り飛ぶように動ける、というかリアルに飛べる。


 隠れることも上手になった。反撃の刃も、以前とは比較にならぬほど鋭く威力を増している。

 これでもアルに言わせれば合格ラインぎりぎりらしいので、危なかった。


 素早く攻撃を躱すことばかり考えていたが、ヒカリの放つ打撃系以外の様々な属性魔法に耐えているうちに、色々なことができるようになっていた。


 今まで防具やアイテムに頼っていた魔法防御や耐熱耐寒耐電撃能力などが、自分の身体強化だけである程度可能になっている。先日受けた石化のブレスのような特殊効果はまだ避けられないまでも、かなりの環境変化や攻撃に対する耐性がついた。


 下層へ行くために最低限必要な能力というのはこのことだったのだろう。最低限自分の身が守れないと、危なくて連れて行けないというレベルに、やっと達したのだった。



 セシリアは久しぶりに自宅へ帰り、身の回りの物を整理する。


 アルから貰った便利鞄に重要な物を手当たり次第に放り込み、迷宮から戻れなくても周囲に迷惑をかけない程度には身辺を整理しておく。


 副ギルド長の勤めを辞任する届出は既にシュピーゲルに手渡して、受理されている。こうして自分の十日間の不在にも、ギルドが揺らぐことはなかった。


 副ギルド長の職は辞したが、ギルドのために働くことを止めたわけではない。今はテネレから来た客人と共に、ティリアに迫る異変の解明を急がねばならない。

 しかもそれができるのは、この非常識な力を持つ三人の変人以外にはいないのだ。


 およそひと月半前に来訪したこの奇妙な若者たちのおかげで、セシリアの人生は根底から覆されてしまった。

「まさか、こうなるとはな」


 三人に出会った時には、特に運命的なものは何も感じなかった。ただ厄介事がやって来ただけだ、としか感じていない。


 見た目は頼りない若者たちだが、ティリアで続く迷宮の異変については冒険者ギルドが掴めなかった情報も得て、いつの間にか核心に迫ろうとしている。放っておけば勝手に動いて知らぬうちに解決してしまいそうな勢いだが、テネレの冒険者に全てを委ねるわけにもいかぬ。


 かといって、ティリアの冒険者ギルドが正式に動くわけにもいかない事情がある。

 テネレのギルドが持てあまして押し付けてきた劇薬のような三人組を、今後どう扱うのか。



 そもそも劇薬はアル・オルセン一人だけで、他の二人は身の回りの面倒を見る付添いという触れ込みで、テネレからは名前すら伝えられていなかった。


 それがまさか、一人の可憐な少女は帝国へ下った旧王家の末裔となる本物の元お姫様で、しかもギルドの女冒険者最強の切り裂き魔である。もう一人の可愛らしい幼女は人間ですらなく、地上に現れた凶悪な魔物だった。


 非常識な力を持つこの二人が更に雲の上の存在と振り仰ぐ、アル・オルセンとは何者か?

 確かに今は、ティリアの冒険者ギルドの力が試される場面の筈だった。


 しかしそんな既成概念の枠をはるかに超えた場所にいる三人を、伝統と格式を持つ旧来の組織が扱いきれる筈が無い。


 セシリアはギルドの枠を超えてこのティリアで生きてきた人間として、個人的に責任を果たせねばならないと思いつめた。


 とは言え、それは半分建前で残りの半分は、もっと下世話な話に過ぎない。劇薬三人組の中心にいるアルという少年に惹かれ、何とかして彼の側にいてその先を見届けたい。そんな、焦がれるような思いがあった。


 そのためには今有る物を、何もかも捨て去る覚悟ができている。



 早朝、人目に付かぬように四人は歩いて迷宮に入った。

 アルが迷宮上層に作った転移魔法陣は五層の隅にある隠れた岩屋の中にあり、そこから四十九層へ転移する。


 本当はアルが逗留している屋敷の庭の隅にある魔法陣から直接ここまで来られるのだが、それはセシリアに刺激が強すぎると思い遠慮して、四十九層から二人で脱出した時のルートを逆に辿って来たのだった。


「おい、以前お前たちが半殺しにしたミノタウロスを四十六層に放置したまま降りてきてしまったが、それで良かったのか?」


「構いませんよ。今回は最下層まで行って迷宮の主に会うことが目的ですから」


「エリア主をパスして迷宮主を倒してしまっても、いいものなの?」

 セシリアの疑問を、リサも口にした。


「我が思うに、エリアの主はあくまでも通過するための障害の一つにすぎぬ。本命は迷宮の主ただ一人であろう」

「なるほど。魔物の話す言葉には説得力があるものだな」

 セシリアも一応納得した。



 四十九層の森は静けさを取り戻し、濁流が溢れていた川は透き通った清流となりフロアを二分してゆったりと流れている。


 四人が転移魔法陣のある岩穴から出て渓流沿いの道を歩いても、襲い来る魔物はいない。

 よく見れば、上空を黒い影がゆったりと旋回している。


 隙あらば襲おうとするキメラやグリフォンを、黒いワイバーンが牽制してくれているのだった。

 アルの視線に気付いたリサが、上空のワイバーンに小さく手を振って応える。


「よし、今のうちにこの階層を抜けてしまおう」

 アルの声に答えて足を速めたヒカリを先頭にして三人が続くと、あっという間に下層へ続く通路が見えた。


 最後方のアルが立ち止まって振り返ると、上空のワイバーンに大きく手を振ってから五十層へ続く階段へ飛び込んだ。



 


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