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第五話 迷宮下層

 


 昼間の修業で疲れ切り、仲良くベッドの上で倒れているリサとヒカリを置いて、アルはセシリアと二人で迷宮へ向かう。


「おい、魔物も夜は眠るのか?」

「いや、ヒカリは眠る必要は無いのですが、最近は昼間の魔力消費が激しいので強制的に夜は休ませるようにしています……」


「実は、本当は人間なのだろ、あれは」

「最近そんな気がしてきましたね」


「いい加減な連中だ」

「多分二人とも、明日の朝まで目を覚まさないでしょう……」


「お前の護衛二人を置いて行って大丈夫なのか?」

「まあ、二人はあんな状態でも地上にいれば無敵だと思うけど……それって、もしかして俺のことを心配してくれてます?」


「いや、そうか。心配するだけ無駄か」

「その通り」


「私はお前の実力を、はっきりと見てはいないからな……」

「では、今日はよく見ておいてください」



 夜の迷宮は、地上と同じように暗闇に包まれている。

 闇の中を目立たぬように、二人は真っすぐに、三十八層を目指して駆け降りた。


 三十八層は魔物の密集地帯で、ギルドは二十六層のエリアボスを倒した後、この階層の突破ができずにいる。


 だが最近になってひときわ、その魔物の暴れ方が激しいという。

「中にはこれまで確認されていなかった強い個体が混じっていて、下層の亜種が上がっているのではないかとも思われている」


 これは、最近続いているスタンピードの兆候と一致していた。


「危険ですね。三十八層は立入禁止にしていないのですか?」

「それも、今日のこの調査次第だ」


「いきなり責任重大じゃないですかぁ。でも、それなら三十八層を通過する前に言ってくれないと……」

「えっ?」


 そんな事を言っているうちに、既に三十九層へ入っていた。

「は、早過ぎる……」



「お前らがあの黒ナマズを釣ったのは四十層と言ったか?」

「そうですよ」


「その時はどうだった?」

「いや、特に変わった気配もなく普通だったけど」


「お前たちの普通は当てにならん」

「はは、この前四十六層のエリアボスを半殺しにした時と同じだったって意味ですよ」


「うう、嫌なことを思い出させるなっ……」


 二人はギルドの最前線、三十八層を越えてしまった。この階層から先に冒険者はいない。もう、人目をはばかる必要もなかった。


 アルが魔法の灯りで前方を照らし、進路を妨害する魔物を片端から切り捨てながら進む。


「ちょっと待て」

 セシリアが止まる。



 アルが一撃で切り捨てたバシリスクを見て、セシリアが驚愕する。

「これはバシリスクだろう?」

「ああ、テネレなら四十五層から五十層に多い魔物ですね」


「ここでは初めて見る。先日行った四十六層まででも、見かけなかった」

「ああ、石化のブレスを吐く厄介な奴ですよね」


「こんなものが三十八層から下りてすぐの場所にいるとは、おかしいと思わんか?」

「なるほど。この調子なら三十八層へ上がるのも時間の問題でしょう。また大騒ぎですね。もう少し先へ行ってみます?」


「バシリスクのコアを回収するので待ってくれ。鑑定士に見せれば貴重な証拠になる」

 三十八層で出会ったことにすれば、出入り禁止にするいい口実となるだろうとセシリアは考えていた。



 セシリアが魔物の腹にナイフを差し込む間に、アルは油断なく周囲を警戒する。


 アルは最近街で手に入れた防護マントを脱いで、作業を終えたセシリアに手渡した。

「石化のブレスもこれで防げると思うので」


「いいのか?」

「俺にはこの程度のブレスは効かないので、問題ありません」


「それは本当なのか?」

 ここまで来ると、今更セシリアに隠す意味もない。

「大丈夫。では進みますよ」


「ああ、頼む。特にこの先は、お前だけが頼りだ」

「任せてください」

 再びアルが先頭で突破する。



 そこから先には目立った変化はなく、ヤゴ釣りをしたばかりの四十層も難なく突破して四十六層へ来てみたが、ここも特に変わりはない。


 再戦を望む四十六層のエリアボスであるミノタウロスの攻撃を軽い動作で受け流して、アルはセシリアを庇いながら素早く先へ進んだ。


 四十七層は薄明るい平地で安全地帯に近く、弱い魔物以外は見当たらない。

 ただ四十八層へ降りる複雑な迷路状の通路を抜けると、様子が一変した。


 バシリスク、コカトリス、グリフォン、キメラといった厄介な魔物が空から地上から、大挙して襲い掛かる。アルは防御障壁で全ての攻撃を防いでいたが、近くの砂の中から湧き出るスコルピオンに足元を狙われるので、セシリアを抱えて空へ逃げた。


 アルは大きな照明弾を上空に打ち上げて、周囲を確認する。


 小さな岩が転がる半砂漠状の地形は姿を隠す場所も少なく、砂の中と空から同時に襲われれば逃げる場所にも困る。


 足場の良さそうな地上に降りて比較的大きな岩を背にして遠距離魔法を中心に放ち魔物を掃討するが、最初に受けた不意の一撃でセシリアの右足は石化攻撃を浴びて動かなくなっていた。



 マントから出ていた膝下だけの被害で済んだが、これで走ることもできない。

 幸い表面が軽く変質している程度なので、治療も容易だと思われた。


 身を寄せて隠れていた岩の前に土魔法で防壁を作るが、集中攻撃を受けて岩ごと削られていく。

 アルは防護障壁を展開してセシリアを抱きあげて走り、更に大きな岩の陰に入る。


 土魔法で作った横穴に飛び込んで、入口を壁で囲んで要塞化する。

「さて、先ずは石化を解かないとな」


「石化を解くアイテムなど持っているのか?」

「魔法薬ならいろいろ作っているんで、任せてくださいよ」


 アルは余裕をもって新しい収納カバンに手を入れるが、顔色が変わる。

「どうした?」

「ない」

「おい!」


 魔法陣を内部に作った新しい亜空間収納鞄の試験は良好で、地上では何の問題もなく使えたので、ほとんどの重要な道具をここへ放り込んでしまった。


(まさか、迷宮の中では使えないのか?……)

 確かに嫌な予感はしていた。



 テネレの迷宮の中では自由に転移できたアルが、地上に出れば転移の魔法が使えなかった。

 それはテネレの迷宮の力により転移を可能にしていたのだ。


 アントンの家の地下にあった結界魔法と魔道具の鏡に施されていた転移魔法を見てからは、その仕組みを詳しく調べて空間魔法そのものを理解したつもりでいた。


 それからは迷宮の外でも結界魔法と転移魔法を組み合わせた転移魔法陣による移動を研究していて、既に実用化も果たしている。


 アルの感覚では、迷宮内であれば瘴気の魔力変換により、魔法陣への魔力供給に困ることはない。

 しかし地上では人の使う魔法か魔道具によって魔力を供給してゲートを起動させる必要があった。


 それ以外の理由でも、地上と迷宮を転移ゲートで直接繋げることは難しい。恐らく迷宮内は魔法的に地上と違う空間として隔離されているのだろう。


 迷宮内で鞄の中の亜空間へアクセスするには、きっと地上とは別の魔法陣が必要になるのだろう。


 時間さえあれば、解決の道筋は立つ。

 しかし今は、そんな余裕はない。



 とりあえずセシリアの足に回復魔法をかけてみるが、石化していない部分の怪我が癒えるだけだ。アルの回復魔法だけでは石化は解けない。


「仕方がない、ちょっと休憩にしましょう」

「おい、大丈夫なのか?」


 アルは別に用意していた普通の鞄から、飲み物と焼き菓子を取り出した。


「行動食くらいは別に持っていようと考えたのは、正解でしたね。この穴の中なら安全なので、一服しながら待っていてください。ちょっと外を偵察してきます」


 アルは正面の壁に穴を開けると外へ出て、再び外から穴を塞いだ。

 見上げると、空を飛ぶモンスターが多い。アルは空中へ飛び上がると、認識疎外の魔法で魔物の注意を逸らす。


 空を飛んでいるのは鳥型のモンスターだけではなく、キラービーのような昆虫型も多い。

 地面は赤い土に黒い岩が点在する不毛な環境だ。


 アリの巣穴があって、大型犬ほどもある巨大な黒アリが列を作って歩いている。

 それを狙うアリジゴクのすり鉢状の大穴もあって、魔物の密度は高い。


「なぜこんな不毛な環境にこれほどの魔物がいるのか?」

 この下の階層へ行かねばならないと感じる。



 洞窟へ戻り、セシリアに報告をする。


「もしよければ、セシリアさんを抱えたままこの下の階層へ行きたいのだけど……」

「うーん、せっかく防護マントまで借りたのにこの体たらく、全て私の責任だ。アルが大丈夫というのなら、私はお願いするしかない」


「では、行きましょう」

 アルはセシリアをお姫様抱っこすると、土壁を壊して外へ出た。


 防護障壁を保ったまま空を飛んで、四十八層を横断する。

 誰にも見られていないとはいえ、これは相当に恥ずかしい。

 セシリアは顔を赤くして屈辱に耐えていた。


 四十九層へ下るトンネルの入り口が見えた。

 明かりを向けると、そこから飛び出して来るのは空飛ぶ魔物たちだ。


 この階層に飛んでいる魔物たちは、こうして下の階層から飛来しているらしい。

 アルは強力な風魔法で向かって来る魔物を一掃した隙に、速度を上げてトンネルを下層へ向かう。



 アルがまとめて倒した魔物のどれか一体でも地上へ出れば、即座に街が壊滅しかねないような危険な力を秘めていることを知るセシリアは、恐怖に打ち震えながらアルの体にしがみついた。


 自分を抱えて両手を塞がれたまま空中を飛行して、これだけの圧倒的な威力の魔法を詠唱もせずに連続で放っている力がいったいどういうものなのか、セシリアには想像も及ばない。


 それでも震ながらアルにしがみつきその首筋に顔を埋めていると、セシリアは安心して落ち着きを取り戻した。アルのいる場所を中心に何か静かな力場が広がり、心が澄み渡るのを感じる。


 先ほどまでの恐怖や不安、焦燥感や屈辱感などを全て洗い流して心に残るのは、アルの圧倒的な力への驚愕と称賛、そして心地よい陶酔だった。


 空中に浮いたまま四十九層に入ると、地上は水で溢れていた。

「これは……」

「何という事だ」



 


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