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第四話 浮遊マント

 


 ドラゴンフライキングは両翼を伸ばすと五メートルにもなる魔物で、地上のトンボのように肉食系の攻撃的な魔物だ。


 うまく飼い馴らせば背に人が乗って飛べるらしいが、性格が凶暴過ぎて今ではテイムする者はいないらしい。


 古い文献をセシリアに見せてもらい幼虫の捕え方を調べたが、無駄だった。

 本には水辺の泥の中に産む卵を採集して孵化させる、と書かれていた。そんな悠長なことをしている時間はない。


 ただ巨大なヤゴを飼育する場合、瘴気さえあれば勝手に育つらしい。餌を与える必要が無いので飼育には適しているが、獲物を襲う習性がなくなるわけではないらしい。


 他の生き物を襲って食らうのはトンボの習性なのか、それとも凶暴な魔物の性なのだろうか。


 上層の薄い瘴気だけで育てれば比較的小型で性格のおとなしい個体になるが、それでもうっかりすると、飼育しているヤゴやトンボに襲われて命を落とす者もいたようだ。


 ヤゴの時にも魚やカエルなど、動くものには突発的に襲い掛かるらしい。リサが喜んで狩りそうな魔物だとアルは思った。


 釣りの餌となるトードやヌマネズミなら、水辺にいくらでもいるだろう。

 アルが用意した仕掛けは、迷宮産の材料を使った丈夫なロープと釣り針代わりに使う鋸刃の鎌が何本か。これを携えて、四十層へ向かった。



 ヒカリが水辺で電撃魔法を使い、餌となるカエルやネズミを捕える。

「アル様、このまま我の電撃で沼中の魔物を掃討して浮いてきたものを捕えれば早いのでは?」

「おい、どんな大殺戮をやらかしたいんだ。お前は地獄の使者か……」


 アルがため息をついて濁った水面を見る。巨大な水草の間に泡が浮かび、大きな波紋があちこちで揺れている。


 沼の中には、夥しい数の魔物の気配が渦巻いていた。

 アルは縄の先へ、釣り針代わりに柄を束ねた四本の鎌を取り付ける。このまま振り回すだけで威力のある武器になりそうだ。鎌の上に餌となる魔物に結び、そのまま力任せに沼の中へ放り投げると、仕掛けはゆっくりと水中へ沈んで行った。


 一分と経たぬうちに、投げたロープがグイっと引かれる。魔法で強化した体でそれを力いっぱいに引くと、巨大な鋏を持つカニが釣れた。


 一メートルを超える巨大なワタリガニのような姿が、空中に踊る。


「美味そうな奴が釣れたぞ」

 手元へ来る前にヒカリが電撃で仕留めて、その勢いのまま足元へどさりと落ちる。鋏の部分は人の首を簡単に切断できそうな太さがある。


「これは今日の昼飯だな」



 それからアルはもう少し魔力感知の精度を上げて、空飛ぶトンボに似たヤゴの気配を感じる水底を狙ってピンポイントで餌を投げ込むと、思った通りの二メートル近い巨大ヤゴが釣れた。


「どれどれ、このサイズなら、羽化も近いだろう。成熟した羽の組織が体内にある筈だ」

 巨大ヤゴを解体すると、確かに背中部分に折りたたまれた翼には飛翔繊維が固まっていた。


「計画通りだね」

「さすがアル様」

「褒めなくていいから二人も手伝え」


 だが二人は必要以上には沼に近寄らない。

 それから一時間もかからず十匹以上の成熟したヤゴを釣り上げ、餌がなくなったので翼とコアを取り去ったヤゴの体を沼へ投げ込むと、同じようにまた巨大なヤゴが釣れた。


 ヒカリとリサは一歩引いたまま三人に近寄る魔物を片端から魔法で撃ち落としたり切り捨てたりとそれなりに大忙しで、アルの釣りを邪魔しないよう遠巻きに援護している。


 結局三十匹ほどのヤゴを釣って満足し、そろそろ終わりにして帰ろうとした最後の一投で、ガツンと大物がかかった。


 ロープに魔力を込めて慎重に引き寄せると、沼の中で巨大な影が暴れる。軽く十メートルを超えそうな魚影が、濁った水中に躍るのが見えた。


「これは大物だぞ!」

 アルの言葉に仕方なく二人も加勢する。

 三人でえいやと綱を引くと、水面から飛び上がった魚が巨大な口をあいたまま三人目掛けて襲い掛かる。


「あー、空中へ出ちゃったか……」

 アルが残念そうに呟く。


 そこへ待ってましたとヒカリの稲妻が魔物の巨体を捉えた。岸辺に地響きを立てて落ちた巨体から、ぶすぶすと煙が上がる。

 この沼の主かもしれない、黒ナマズであった。

「沼の主なら放してやりたかったが、こうなっては仕方がない」



 ナマズの巨大なコアを回収し、尾の近くの美味そうな身だけを少し削って、最初に釣ったカニの足と一緒に焼いて食べたが、なかなかの味だった。


 アルの浄化魔法で全身の瘴気は浄化され、泥の臭みもなく上品な香りがした。


 さすがに大きすぎて全てを持ち帰るのは不可能なので、美味そうな身だけを選んで切り出して、カニの鋏と共に魔法で瞬間冷凍した。


 そのまま岸辺の巨大植物の葉で何重にも包んで、ヤゴの羽と共に浮遊カーペットに乗せてみた。

「アル様、重すぎてカーペットが動きませぬ」

 欲張って、乗せすぎたようだ。


「高いのに、意外と役に立たない道具だねぇ」

「では、ゴーレムの足を生やしてみるか」


 アルはヒカリを生み出す以前に使役していた、小型のウッドゴーレムの足だけを生成してカーペットの四隅に配置してみた。


「ええええ?」

 リサの声が裏返る。



「では頼んだぞ、ウッディ」

「ウッディ?」

 リサの叫びは無視されて、ヒカリがこれを引いて帰った。


「アル、そろそろこのウッディの足は隠せない?」

 魔法のカーペットはともかく、足の存在は上層で目立ってしまう。


「ヒカリ、隠蔽魔法で足を隠してくれ」

「承知」

「えっ、そんなので大丈夫なの?」


 すっかりヒカリの魔法に慣れているリサには隠されたように見えないが、これで一般の冒険者に認識できない程度には隠蔽されているらしい。


 誰にも咎められることなく、三人は宿舎へ帰った。



 夜になってセシリアがやってきたので一緒に特大カニナマズ鍋を食し、残った冷凍の身を分けると喜んで持ち帰った。 


 黒ナマズは攻略済みの三十八層より上には居ないのでコアを売るわけにもいかないが、解体した肉であれば普通のナマズと変わらないのでごまかしがきく。カニの身も同様だった。


 ドラゴンフライキングは既に攻略済みの階層にもいるので、三十個以上揃えたヤゴのコアはセシリアに換金してもらうことにした。


 翌日から持ち帰ったヤゴの素材を利用して、効率的な飛翔繊維を作る研究が始まる。


 羽化する前のヤゴの体にも、小さく折り畳まれた翼の元が存在する。特にその翼の付け根のあたりが魔力に敏感に反応した。


 まだ柔らかな透明な翼の繊維をスチールスパイダーの細くて強靭な糸とより合わせて丈夫な飛翔繊維を作った。それを元にして、薄い半透明の布を織る。


 こういった繊細な作業は何もない迷宮村での暮らしで嫌というほどやっていたアルだったが、教えてみると意外にもヒカリが器用に覚えて黙々と続ける。

 魔道具や魔法薬造りに苦労して泣いていた面影はない。


 夜中も寝ずに作業を続けるヒカリのおかげで、驚くほど仕事ははかどった。


「我はあの日、アル様の偉大なる魔力を頂戴してより生まれ変わりましたので」

 確かに能力は向上したが、あの日以来失われてしまった常識的な忠誠心に基づく判断力や謙虚さなどの美点も数多い。残念がるアルの気持ちを、ヒカリは知らない。


 織りあがった布に魔力を流すとふわりと宙に浮くが、生じた浮遊フィールドは周囲に拡散してしまう。



 考えた末、最近町で入手した特別なクロウラー素材の防護マントを用意する。

 このマントは一般的な冒険者マントの上位製品で、やや嵩張るが防御能力が強化されている。高価だが、魔法やブレスによる状態異常への耐性が高かった。


 その裏地に飛翔繊維の布を縫い合わせて魔力を流すと、浮遊フィールドは上手く固定されて、マントの内側だけが重力を失くして装着者と共にふわりと宙に浮いた。

 魔力の流し方を調節すれば、それだけで自在に宙を舞うことができる。


 やや重くて嵩張るのが難点だが、機能的には羽衣のような飛翔マントが出来上がった。

 並行してリサは、新しい風魔法の習得に専念している。


 空気のない場所でも生きるための方法はある。


 例えば水魔法や土魔法はそこにある水や土を操作することだけではなく、何もない場所に水や土を生成することが可能な魔法である。


 同じように風魔法にも二種類あって、空気を動かして風を作る方法と、何もない場所に空気を生成する方法だ。


 一般の魔法使いは、空気を動かす訓練を中心に覚える傾向にある。扱いが簡単で、しかも魔力の消費が少ないからだ。空気は己の周辺に幾らでもあるものなので、新たに作るのは魔力の無駄である。


 しかし自在に空気を生成しそれを風として動かせば、ロケットエンジンのように空気を噴射して動くことができる。


 アルのように軽い人間一人なら、下手な浮遊術を併用するよりもそれだけで簡単に空中機動が可能だった。


 目の前に圧縮した空気を生成してやれば防御壁にもなるし、空中の足場として一瞬だけ使うことも可能だ。体の周囲に直接空気を生成すれば断熱効果も高く、炎や水のブレスに包まれた時にも呼吸が可能となる。


 急激な物体の移動や爆発によって生じる真空に吸い込まれることもこの風魔法で防ぐことができるし、圧縮した空気と真空の層を作れば更に優れた断熱効果を発揮する。


 魔法防壁を二重三重にしてその間を真空にすれば断熱効果は高いし、冷却魔法を併用すれば熱水の中でも活動可能になる。

 魔力の許容量さえ高ければ、応用範囲が広い。


 剣士であるリサの魔法は武器や身体の強化に重きを置いていたが、それだけでは迷宮下層には入れない。


 今は基礎からの魔法修行をヒカリと始めて、魔力が枯れて倒れれば再びアルの薬で回復し、以前とはまた違った厳しい訓練を続けている。



 そんなある夜、屋敷にセシリアがやって来た。

「迷宮の最前線から戻った冒険者から、迷宮の様子がおかしいとの報告があった。調査のため一緒に来てほしい」


「お急ぎですか?」

「ああ。急な話だが、頼む」

 相変わらずせっかちな人だとアルは諦める。リサとヒカリの姿は見えない。


「俺一人だけで良ければ、今すぐにでも出られます」

「構わん。助かる」



 


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