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第三話 魔法の絨毯

 


 テネレの迷宮最下層で行われた以前の訓練と違い、今度はアルが近くで見ているので本当に危険な場面には介入してくれるし、早めに回復魔法も使ってくれる。

 そう信じて、リサは渋々再びヒカリと対峙する。


 休みの間には街へ出て魔道具や新しい武器、防具などを色々購入して試していた。だが本格的な訓練となると、使い慣れない道具は無用であった。


 その後三人の扱いは完全にセシリアへ一任されたようで、時折様子を見に来ると二人の正気を疑うような闘気のぶつかり合いを感じ、恐怖に震えていた。


「リサがもう少し力を身に着けるまでは、迷宮攻略には行きませんから」


 セシリアを安心させるためにそう言ってみたが、かえって呆れられた。

「ふざけるな。リサはこれ以上強くなってどうするつもりだ?」


 しかしリサが疲れ果てて休憩している間にアルとヒカリの訓練が始まると、セシリアには何が起きているのか全く理解不能なレベルである。


「わたしだって、この二人のようになろうとは全く思っていませんよ」

 息も絶え絶えのリサがそう言うが、そのレベルはセシリアにはただ姿がかき消えただけにしか思えない。


「どちらにせよ、今すぐ迷宮の底を目指さないのならこちらは助かる」


 ただ、アルたちが街で手に入れた新しい魔道具や武器防具を本格的に試すには、ある程度の広い場所で音や衝撃を伴う作業が必要となる。


 一応未攻略地域で他の冒険者のいない四十層以下の場所で行うと、セシリアには伝えた。

「前にも言った通り、地上や他の階層へ影響が出ない範囲でなら、好きなようにやってくれ。あと、昨日頼んだ薬は極力急いで納品して欲しい」



 アルが密かにセシリアへ公開したレシピにより、実際にギルドへ納品する薬品の数は減った。それだけの技能がある街なのだ。


 この街で面白いのは、様々な魔物素材を使った武器や防具類だった。


 迷宮上層で養殖する小型のクロウラーが吐き出す糸を使った服は、テネレのゴーレム戦に使ったネットに似た素材だがより細く薄い繊維が作れる技術が発達していた。魔力を通すと強力な防御力を発揮するだけでなく、耐寒耐熱、ここの迷宮の厳しい気候条件に耐える服ができる。


 勿論魔物の外皮や爪などの素材も組み合わせて、強さだけでなくデザイン性も優れている。

 ヒカリには不要だったが、アルとリサに倣い三人ともこれらの素材を使った新たな装備で全身を揃えた。


 恐らく今後下層で手に入るより強力な魔物の素材を加えて改良することで、更なる機能アップが図れるだろう。ただ、それをどう発注するかが問題だが。



 魔道具類は一般家庭で日常的に使う種類が豊富で、さすがに長い歴史を持つ迷宮都市の成熟した文化を感じる。テネレではまだまだ魔道具類は高級品で、最近になってやっとテネレ産の製品が多く出回るようになって値段も下がってきた。


 しかしティリアでは歴史の浅いテネレよりも安価で利用のしやすい品物が多く、庶民が普通に魔石を利用して暮らしている。


 一つには、長く暗い冬を乗り切るための必要度が、温暖なテネレとは決定的に違うのだろう。

 冒険者の使う武器も、一風変わったものが多い。


 半農半冒険者で暮らす者が多いティリアらしく、農具を改良した武器が多く見られる。

 鎌や鉈、斧などは当然として、ツルハシや熊手、クワ、スキに加えて、頑丈な三又四又のフォークにスコップまで、あらゆる種類の道具を武器に転用しているのが珍しい。


 また、家畜を飼う習慣から発展した上層の魔物牧場経由で、より強い魔物を使役するテイマーも多いと聞く。


 テイム用の太い鎖や首輪、腹帯など、様々な特殊な器具も興味深い。これらのテイム用の強力な魔物は特別に保護された上層の一部で飼育されているらしい。

 これは、まだ実際にセシリアから見せてもらってはいなかった。



 訓練の合間、気分転換のため三人はギルド近辺の道具屋街を歩いていた。

「アルの能力で、ここの魔物を使役することもできるんじゃないの?」

「確かに、魔の森から飛来したワイバーンもアル様に懐いている」

「できないことはないだろうけど、一々面倒だ」


「確かに、スパーンと首を落として次へ進んだ方が早いか」

 リサが極端な事を言う。


「人を殺人鬼みたいに言うな。切り裂き姫のリサには不満だろうけど、なるべく余計な戦闘を避けて下層まで行きたい。気配を消しながら速度で振り切って進むのが賢明だろうな」


 アルに忠誠を誓うヒカリは、主に牙をむく魔物に対する遠慮はない。冒険者として歩んできたリサも、魔物を倒すのは当然と思っている。

 しかしテネレの迷宮王となったアルにとっては、例え自分の配下ではない魔物に対しても戦うことに多少の躊躇がある。


「久しぶりに切り裂き姫なんて言われたよ。この凶悪なケダモノの前じゃ、わたしなんて可愛いものでしょ」

「ケダモノとは我のことを言っておるのか、この小虫め」

「こら、街中で喧嘩をするな。お前らが暴れたらこの美しい街が廃墟になる」


「アル、いくら何でもそんな言い方はないでしょ……」

 魔物のような扱いにリサは軽く衝撃を受けていたが、アルにとっては人も魔物も大して変わらぬ存在なのかもしれない。



 ティリアのギルドへ開示していない魔法薬に関しては、街で道具と素材を集めてこっそり宿舎で作ることになる。

 足りない素材は、ヒカリとリサが迷宮中層で集めた。


 ティリアの冒険者用魔道具は、なかなかユニークだ。


 少し前に、バットの翼とコアから作った空中を浮遊する魔法の絨毯を見つけた。

 地上から少し浮くだけなので実用性は低いが、荷物や怪我人を運ぶのに使われるらしい。


 だがこれに風魔法を組み合わせれば、かなりの飛翔能力が得られそうだった。


 アルがドラゴンと空中戦を行うときにも同じ原理で、浮遊の魔法と風魔法を組み合わせて使用している。ドラゴンやバットが飛ぶのも、原理的には変わらない。


 ヒカリもドラゴンに変化して飛ぶときには浮遊の魔法と大きな翼を併用する。人の姿で飛ぶときには、翼の代わりに風魔法を利用している。


 幾つかの強力な魔法を同時に使い繊細に制御する、高度な技が要求される。

 普通の人間の魔力ではそこまでの力を維持するのは厳しく、飛翔というよりは跳躍がせいぜいだ。


 だが、リサならこの絨毯の原理で飛翔マントを作れば、自前の風魔法と合わせてアルのような空中戦ができそうだった。

 高価な絨毯だが、購入して研究してみる価値はあった。



 バットの翼の魔力効果は小さく、それを重ねて絨毯に織っているため全体の効率も悪い。

 もっと強力な飛翔能力を持ち、軽くしなやかな素材が必要だった。


 それには、バットのような動物型の魔物より、迷宮の牧場で飼われているクロウラーが成長した蝶のモンスターの羽や、キラービーやトンボ型のドランゴンフライキングなど、昆虫型の魔物の羽の方が良さそうに思えた。


 ただ昆虫型の空飛ぶ魔物の羽は、とにかくサイズが大きい。

 その分含まれる魔力は薄く、もっと濃厚な魔力を集めねば魔道具として人が利用するのは難しそうだった。


 昆虫型の魔物であれば、一番いい状態は羽化する前に成長し体内に折り畳まれている、小さな羽の部分だろうか。


 羽化して大きく伸長展開する前の羽の部分に、魔力を飛翔能力に変換する素材が集まっているのだろうとアルは考えた。


 飛翔能力の高いトンボの幼虫であるヤゴの、羽化する前の羽の部分が最適に思える。

 目指すのは、先日出かけたエリア主のいた四十六層の手前、四十層に広がる広大な沼に住むドラゴンフライキングの、羽化前のヤゴを集めることだった。



 巨大なヤゴがいるのは、濁った沼の水の中である。そんな水辺には、できれば近寄りたくはないし長居もしたくない。


「ほら、そうと決まれば早く虫を捕って来い」

 ヒカリはリサに冷たく言い放つ。


「えー、わたしひとりじゃ無理だから、一緒に行ってよ~」

 リサは、まさか一人で行けと言われるとは思わなかったので驚く。


「うう、我は水が苦手じゃ~」

「俺だって泥水は嫌だぞ」


「でも、濁って魔物が住んでる沼なんだから、聖なる水じゃないでしょ。ヒカリも大丈夫だって」

「それでも水は嫌いじゃ」


「じゃあどうするの?」

「ちょっと待て、何か方法を考える」


「水に入らなくても、岸から釣ればいいんじゃないの? ほら、アルの好きな釣りができるよ」

 リサは得意げに、起死回生の提案をする。


「あんなもんが釣れるのか?」

「やってみなけりゃわからないよ」


「まあ仕方がない、気分転換に釣りに行くか」

「ヒカリも一緒だからね」

「仕方ない。アル様が釣りをしている間の護衛は我に任せよ」



 何となく、話の方向性が見えてリサは喜ぶ。

「確かに、あそこはでかいトンボがうじゃうじゃ飛んでたよね」


「そうだ。トンボも幼虫のヤゴも、肉食だぞ」

「じゃあこの獣を餌にすればいいんじゃない?」

「ふん、虫を釣るのだから餌も虫の方がよかろう」


「うるさい、ケダモノ」

「黙るのは小虫の方じゃ」


「なんだと、勝負するか?」

「望むところじゃ」


 そうしてまた二人の大喧嘩、ではなく、いつもの戦闘訓練が始まった。


 アルは周囲に被害が及ばぬよう中庭へ防御障壁を張り、同時に二人の動きに合わせて部分的な強度を変化させることで微妙な魔法制御の訓練をしている。

 合わせて治癒魔法や回復魔法を練り込んで、いつでも瞬時に発動できるように備えている。


 こうして何時間も瞑想のように魔力を練り続けることで、アル自身の鍛錬にもなっている。これがすっかり、ティリアでの日常となっていた。



 


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