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第二話 懐柔

 


 セシリアが悲鳴を上げて泣き出したので、三人は慌てて姿を現す。


「ごめんなさい、脅かすつもりじゃなくて、その……」

 リサが慌ててセシリアの体を抱き止めて、頭を撫でる。


「泣くな、我らに悪意はない」

 ヒカリが近寄りセシリアの右手を握る。残った左手をアルが両手で受け止めた。


「ごめんなさい、セシリアさんに迷惑をかけないためにはこれしかないと思ったんですが、ここまで怖がらせるつもりじゃなくて……」


「本当にあんたらテネレの連中は、アントンによく似て性格が悪い!」

 涙を溜めたセシリアの一言に、アルとリサは驚愕の声を上げる。


「えええっ!?」

「まさか。俺たちがあのハゲに似ているだと?」


「ああ、根性のねじ曲がったこの嫌らしいやり口はそっくりじゃないか!」

 それは二人の心を深く抉る、鋭い刃であった。


 まさか、こんなに遠くまで来て人間失格の烙印を押されるとは夢にも思わなかった。

 状況をあまり理解していないヒカリでさえ、主人であるアルの精神的な衝撃を受け止めきれず困惑している。


 やがて、アルが小さな声を上げた。

「怖がらせて申し訳ない。これから俺たちがどうすればいいのか、教えてほしい……」



 水をかけた焚火のように従順になった三人を見て反撃が届いた事を知ったセシリアは、余裕を取り戻し涙に濡れた顔を上げた。


「わかった。お前らの望むようにしていい。だが、死ぬなよ。必ず生きて戻る事を約束しろ。それに万が一スタンピードなんぞ起こしたら、この街が滅びる事を忘れるな」


「一人でテネレの九十三層を攻略したアル様に我ら二人が加わっているのだ、負けるわけがなかろう?」

 不思議そうにセシリアの顔を覗き込んだヒカリに、セシリアは再度衝撃を受ける。


「おい、なんだって? テネレは最近やっと三十層を突破したばかりだろうが」

「主は知らぬのか?」


 これ以上まだ何かあるのかと、セシリアがぽかんと口を開ける。



「アルはテネレの迷宮王なんだよ」

「そ、そんな出鱈目な話は聞いていないぞ」


「でも、もう聞いちゃったよね」

「まさか迷宮の王、ダンジョンマスターだと?」


 セシリアの言葉には力がない。迷宮王など、昔話の戯れでしかないと今の今まで思って生きて来たのだから。


「ああ。一昨年の暮れに、最下層の迷宮主を俺が一人で倒してテネレの迷宮の支配者となった」

「そんな無茶苦茶な話が……」


「あるんだね」

「アントンは、それを知っているんだな?」

 セシリアは、歯ぎしりをする。



「まあ、知っているのはわたしたちとアントンの他は三人だけ」

「馬鹿者、なぜ最初からそれを言わん?」


「では最初に俺がそう言ったら、信じましたか?」

「……確かに昨日のあれを見た今だからこそ、ある程度信じられるが……それでも、未だに信じ難い」


「シュピーゲルさんには、言わないでくれるとありがたい」

「そうだな。頭の固いシュピーゲルが聞いても程度の悪い妄想としか思わないが、実際に見れば卒倒するだろう。迂闊に口外しても笑い者になるだけか……」


 セシリアは四十六層で痙攣していたミノタウロスの姿を思い出し、身震いする。



「くそ、アントンのじじい、厄介ごとを押し付けやがったな」


「ご愁傷様でーす」

 リサは嬉しそうだ。


「これでセシリアさんも俺たちの共犯者ですね」

「ようこそアル・オルセンのファミリーへ」

「うう、もう穏やかな人生は送れないのか……」


「えっと、今ならアルの第五夫人の席が空いてるけど」

 指折り数えてリサが笑う。


「リサ、お前まであの姉ちゃんズみたいなことを……」

「でも第一夫人の座は譲りませんよ!」

 リサがアルの腕を取る。


「まさか、他の三人というのは、皆アルの女なのか?」

「それは違います!」


 アルが必死に否定するが、リサは悩む。

「いやまあ、将来的にはどうなるか……」

 セシリアは頭を抱える。


「おい、隠しているのはこれで全部か?」

「うーん例えば、このヒカリは人間じゃないって言ったら?」

「我はマスターに生み出されし魔物である」


「ほう、それはなかなか面白い冗談だ……と言うと思ったか、馬鹿者! 人語を話す魔物などいてたまるか。それに、魔物を地上に連れ出したとわかれば貴様らもギルドの討伐対象だぞ。下手をすれば軍隊の出動になる。幾ら何でもアントンがそんな事を許すはずがない」


 自分に言い聞かせるように言いながらも、セシリアはその意味をかみしめて絶望的な気分になる。



「ほら、セシリアさんもアントンとそっくり同じ反応だ。似た者同士だな」

 アルが仕返しをした気分になる。


「そりゃ誰でもこうなるだろ!」


「だから、アントンもあなたも何も見てない聞いていない、何も知らずに記憶もない……」

「いや、本当なのか?」


「今更、何を疑う?」

 自信満々のヒカリの態度に、セシリアはがっくりと項垂れた。


「嘘であってくれ、と思ったのだが……まあ、確かに貴様らは今のギルドの総力を挙げても討伐不能だろう。本当に何を考えているのだ。まさかあのワイバーン騒ぎもお前らの仕業か?」


「いや、あれは本当に魔の森からワイバーンが飛んで来たんです」

 アルはそう言いながら、ヒカリの変化したドラゴンを思い出して冷や汗をかく。


「では、お前らが追い払ったというのも真実なのだな」

「まあ、そんなところです」


「今日はもう、非常に疲れたので帰る。だが、近いうちにもっと詳しい話を聞かせろ。それが沈黙を守る条件だ」


「わかりました」

「はあ、戻ったら少し休養を取るか。頭がくらくらする」


「お大事に~」

「ほっといてくれ」


 セシリアは重い足を引きずり、ふらふら歩いて帰っていった。



 セシリアと共に四十六層まで進攻した経験で、アルたちが感じていることがある。

 それはあくまでも、テネレの迷宮と比較しての話であるが。


「ここの迷宮へ入った時から、テネレとは違う迷宮の意思をはっきりと感じることはできた」

「アルは迷宮主の存在を感じるの?」


「迷宮の最下層から呼ばれているような感触がある。歓迎されている感じではないが、かといって拒否するようなネガティブな意思は感じない」


「四十六層の先はどう思う?」


 リサの問いには、ヒカリが答える。

「我の生まれた七十層辺りがこの迷宮の底ではなかろうか。この迷宮は複雑で難易度が高いが、その分我がテネレの迷宮よりも浅い気がする。そしてテネレほどの強い魔物の存在も感知できない」


「ああ、俺もそう思う。恐らくヒカリより強い魔物はいないんじゃないかな。ただ、この先リサには厳しい場面がありそうだ」


「うむ。我も感じる。四十六層までにあった火の森や吹雪の谷よりも厳しい環境の階層がありそうだ。生身の人間には生きて超えることすら難しい場所が待っているだろう」



 迷宮制覇の困難具合は、魔物の強さだけでは測れない。古くから人の侵入を拒むティリアの迷宮には、魔物以外の要素が強かった。


「テネレの迷宮には、人間の生存すら厳しい環境は少ない。どちらかというと魔物の能力と個性で難易度を上げている。しかしこの地の迷宮は最初から、内部が人の侵入を拒むような環境を作っている。そういった階層は厳しい地形や気候により、魔物がいなくても通過に苦労する場所だ。下層には、嫌な予感がする」


 そこは、アルにとっても未知の領域である。


「確かに、四十六層までにも酷い階層を通ったわね。でもあんな場所が魔物の移動も妨げているから、逆にスタンピードが起こりにくいのかもしれない」

 リサの考え方は正しいのだろう。環境に特化して生きる魔物が多ければ、他の階層へは移動しにくい。



「確かに、逆に考えれば下層の魔物が容易に上層へ来られない理由にもなっているだろうな」

「我は魔物故、瘴気さえあれば生きられるし、多少の環境変化にも対応できる」


「確かに、あんたみたいなケダモノは厄介よね」

 ヒカリは怒りもせず、頷きつつアルを見る。


「アル様も、恐らくは我のできることなら全て可能かと」


「おい待て、ヒカリ。俺だって人間だぞ。空気のない場所では生きられぬし、食事や睡眠も必要だ。魔法だって、お前のように無茶苦茶な変化魔法などは使えないぞ」


「それでも、アル様は別の手段でどうにでもできようかと」


 確かに、アルにも色々対応可能な方法はあった。

「まあ、かなりの部分はどうにかできると思うが」


 そこでヒカリはもう一度、冷たい目でリサを見る。

「しかしリサ殿は生身の人間。強い魔物は我らが倒すとしても、氷水の底や灼熱の炎の中を歩くことは難しいかと」



「ちょっと待ってよ。ていうことは、あんたたち二人はそれができるっていうの?」

 冗談じゃない、とリサは思う。どんなに剣の稽古を積んでも、それは無理だ。


「まあ、たぶんな」

「アル、あんたほんとに人間やめちゃったんだね」


「安心しろ。リサもすぐにそうなる」

「やだよー、わたしは人間やめたくない!」


 正直リサは、どんな方法でそれが可能になるのか、まるで想像できなかった。


「というわけで、もう少しリサの訓練をしながら遠征の支度をしなければならない。まあ、テネレにはない良い道具や装備がきっと見つかるだろう」


「でも、準備には何週間もかかるんじゃないの? もういいから、あとは二人でささっと片付けてくれば?」

 既にリサが行けそうな階層までは見た。その先で二人の足手まといになるくらいなら、留守番をしている方がマシだ。



「では、リサは一人で置いて行かれてもいいのだな?」

「だって、無駄に時間をかけてもさ」


「それはリサ次第。我の訓練にどこまで付いて来られるか」

「ええー、またヒカリの地獄の特訓?」


 少しも嬉しくない提案だった。


「ふん、地獄が楽しい場所だと懐かしくなるほどのものを見せてくれよう」

「おい、ヒカリ。あまり無茶をするなよ」


「わたしはアルに教わりたい~」

 リサは、アルの腕を両手で掴む。


「ダメだ。アル様は優しすぎてお前を甘やかす」

「逆だよ。ヒカリが鬼畜過ぎるんだって」


「どうせこの庭で訓練をするんだ、俺も近くで見てるよ。一応まだ怪我の養生中だから気楽に外へ出られないからな」


 そうして、再びヒカリの地獄の特訓が始まる。



 


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