第一話 強行
「ここが、魔物を育てている場所だ」
迷宮へ入るとあって、今日のセシリアはしっかりとした防具を身に着けていた。しかしテネレで見慣れた金属や魔物の固い素材を使った防具ではなく、淡い光沢のある丈夫な繊維と柔らかな魔物の皮を使った軽くて着心地の良さそうな服である。
そういえばテネレでこの街の事情を教わったパーティも、似たような防具を身に着けていた。
迷宮の上層部にある養殖場では、主に虫型の魔物を育てて強靭な繊維を採取する仕事をしていた。
スチールスパイダーやシルククロウラーなどを集め、魔物の吐く強靭で美しい糸を集めている。
そういった魔物素材を防具として利用しているようだ。
確か、テネレ三十層で先日ストーンゴーレム攻略の時に使った巨大なネットも、ジメールで養殖された魔物の繊維を使ったものだと聞いた。
比較的おとなしい種類の魔物を飼い馴らしているので、ランクの低い冒険者でも少ない危険で仕事が可能だという。
上層部に作られている農園は、特に冬になると出稼ぎに来る近隣の農民の主な仕事場所となり稼働率を上げて増産する。
今は夏なので、どちらかというと人手のかからない植物型モンスターの生育期間となっている。それを増やせるだけ増やして、冬に人手をかけて一斉に収穫するということだった。
その辺はセシリアがこの十年近い歳月をかけて品種や育成方法を研究し、計画的に進めてきた結果であり、これからテネレの迷宮も見習うべき事業だろう。
何よりも、安定した収入と冒険者の安全に大きく貢献している。
他にも、池で巨大なカニやエビ、魚や貝などのモンスターを養殖し、平原地帯では比較的おとなしい草食動物型モンスターを育てる食肉事業も行っているということだ。
迷宮は、まだまだ成長途上の有力な産業の宝庫であるという。
「さすが、歴史のある迷宮は違いますね」
これを見ると、テネレの迷宮はまだまだ張っての余地を大きく残している。
「でも、ここまで低層の開発が進んだのはこの数年のこと。セシリアさんが先頭に立って進めてくれたおかげです」
現地を案内してくれたギルド職員の言葉に、セシリアが頬を染める。
「ほう。セシリアもそんな乙女のような顔をするのだな」
幼女のヒカリに言われて、副ギルド長であるセシリアは険しい目に戻りアルを睨んだ。
「こら、ヒカリ。失礼な事を言うな」
「ごめんなさい、セシリアさん。この子は常識知らずの未熟者なので、許してください」
ヒカリが何か言いたそうなのは、アルが制した。騒ぎになれば、迷宮に入れなくなる。
そして翌日、待ちに待った迷宮の奥へ侵入する。
「スタンピードの兆候があると聞いているんですが」
「ああ、この春から顕著だ」
「実際にはどうなんですか?」
「春以降、冒険者の未帰還者数が昨年の倍以上に増えている」
「え、そんなに?」
「ああ。命からがら逃げて帰った者の話を総合すると、本来その階層にいないはずの魔物と遭遇しているケースが増えている」
「まだ暴走までは至っていないということか」
「確かにそこまで激しい暴走はないが、幾度かトレインが起きている」
多数の魔物に追われた冒険者が魔物をけん引したまま、他の冒険者を巻き込み惨事となるケースがある。それをトレインと呼ぶ。
「注意しながら行くぞ」
だがセシリアの言葉は、興奮した三人には届いていない。
三人は、いきなりセシリアとダンジョンの奥深くへ入った。
この迷宮は三十八層まで攻略されているとアルは聞いた。
それならば最前線を見に行こうと、セシリアを先頭に四人は快調に進む。すぐに三十八層へ到着した。
「まさか、これ程の速度でここまでへ来るとは……」
「はいはい、いいから先へ進みましょう!」
リサに尻を突かれるが、セシリアは足を止める。
三十八層にはテネレの二十五層のように大量に魔物の湧く箇所があり、ギルドはそこを突破できていない。
「じゃ、わたしが先頭で」
「いや、我に任せろ」
「ちょっと待て、二人とも」
結局セシリアを最後尾へ置き去りにして、三人が先行する。
魔物の強さもテネレの比ではなく強いが、三人には鼻歌交じりで歩ける範囲だ。
アルが何もしなくても、ヒカリとリサが競うように次々と魔物を倒していく。
特にコアや素材を集めるつもりもないので、斬り捨てた魔物は放置して、どんどん先へ進む。
特に久しぶりに迷宮深くの濃い瘴気を吸ったヒカリは、生き生きとして暴れまわる。
気が付けはそのまま迷宮四十五層を突破して、次のエリア主のいそうな場所へ侵入していた。
後方から彼らの後を追うことになったセシリアは、いくら何でもこれはおかしいと、自分の眼が信じられなくなっている。
「おかしいぞ。どうなっているんだお前らは?」
セシリアの近くで常に彼女を守るように並んでいるアルが、振り向く。
「何がですか?」
「お前が強いのは、アントンから聞いていた。だがこの二人はどうなっているのだ?」
「アル様の護衛である我らが、弱いはずがなかろう?」
当然のように言い放つヒカリの言葉に、セシリアは無言になる。
そのまま四十六層へなだれ込むとそこにエリア主がいて、先頭の二人はそれを簡単に突破しようとして攻撃の手を止めない。
だがセシリアの慌てた大声で、二人の手が止まる。
「こ、こら。ちょっと待て、二人とも!」
やっと攻撃の手を止めた二人に、セシリアが近寄る。
「いい加減にしろ。この先どこまで行く気だ!」
「せめて下層に入るまでは行きたいんだけど……」
「はぁ? ここが下層ではないのか?」
セシリアは、既に自分たちが迷宮の下層にいるのだと疑っていない。
「ああ、たぶん今この目の前で死にかけているのが中層最後のエリア主だと思いますよ、セシリアさん」
アルの言葉を聞いたセシリアは、更に激昂する。
「なぜそんなことがお前たちにわかるのだっ!」
セシリアたちティリアの冒険者ギルドは現在攻略中の三十八層辺りがもう下層に近付いていると信じていた。だからこのまま行けばエリア主どころか迷宮主に辿り着いてしまうのではないか、という恐ろしい考えが頭によぎっている。
「いや、何となくそう感じるだけですけど、たぶん間違っていないと思います」
「何となくだと?」
「我もマスターの意見に同意する」
「わたしはわからないけど、迷宮主がこんなに弱いわけないでしょ」
「この魔物が弱いだと? バカバカしい話だ。もう帰るぞ!」
セシリアは、膝をついて痙攣しているミノタウロスの哀れな姿に背を向けて、歩き始める。
そこから瀕死のエリア主を見逃してやって四人は来た道を戻ったのだが、帰り道でも二人の少女の無双は続き、いとも簡単に襲い掛かる魔物を切り刻んで行く。
持ち帰ればひと財産築けそうな魔物の素材も一切回収せずに、嬉々として刃をふるう二人にセシリアは恐怖を感じた。
「まあ例えこれを持ち帰っても、ギルドへ買取依頼など出せないがな……」
恨めしそうに魔物の死骸を見下ろすセシリアは、前人未到だった未知のエリアを戻りながら混乱している。
「どうせあなたが見たままを他人に話しても、誰も信用しないだろうから大丈夫でしょ」
三人は笑っている。
確かにそうだろう。こんな荒唐無稽な話があってたまるか、とそれを見て来た自分ですら思う。
テネレの英雄になっているアルについては、事前にSSSランクのアントンが公にはできないが自分よりもはるかに強い、と直接手紙に書いているので警戒していた。
セシリアはそれすら随分と大袈裟なことを言うと半信半疑であった。あのアントンも、寄る年波には勝てないのだろうなどと思ったりもした。
しかし一緒にいる二人の小娘が、まさかこれほどまでの異常な強さを秘めているとは想定外である。
しかも、ここまでアルはほとんど何もしていない。
確かにこれは、テネレのギルドが扱いきれないわけだ。
放っておくと、本当にこの三人で迷宮最下層まで行きかねない。
地上へ戻ってから、セシリアは一人悩んだ。
翌日セシリアは再びアルを訪ねて、これ以上の迷宮攻略は許可できないと通告した。
それを聞いたアルは困った顔で笑う。
「仕方ない、では許可なしで行くしかないのですね」
「おい待て、聞こえていないのか?」
セシリアの目が吊り上がる。
「ここまで我慢したんだから、もういいでしょう……」
「良くないに決まっているだろうが!」
セシリアが首を振って遮る。
「セシリアさんは、昨日わたしたちの実力を見ましたよね?」
リサも笑顔でセシリアを見ている。
「ああ、見た。だからこそ、許可できないと言っている」
「で、まさか許可しなければ止められると本気で思っているんですか?」
「なんだと?」
小娘が調子に乗って、とリサに言いかけて止めた。
「止めても勝手に入りますよ」
「ああ、ギルドにとってはその方が都合がいいだろうしな。あなたは何も知らない方がいい」
アルが畳みかける。
「お前たち、何を言っているんだ?」
セシリアの声が、かすれて震える。
「つまり、黙っていろということですよ」
「その通りです」
「我も警告しておく。アル様の邪魔をするな」
そう言うと目の前のヒカリの姿が薄くなり、セシリアの視界から消えた。
「え?」
続いて、アルの姿も消える。
セシリアは驚き慌てて、室内をきょろきょろと見まわす。
その動揺をついて、リサも最近覚えた認識疎外の魔法を使った。
「で、どうやって俺たちを止めるんですか?」
誰もいなくなった部屋から、アルの声だけが聞こえる。
「いやーっ!!」
セシリアがうずくまり、頭を抱えて泣き出した。




