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第二十四話 害虫駆除(第二章最終話)

 


 市場の中で最初に悲鳴の上がった辺りで、何かが燃えている。

 逃げる人々の動きが、波のようにこちらへ向かって来るのが感じられた。


「火の魔法?」

「いや。小さいが、これは炎のブレスだろう」

「どうやらリサよりも小さな虫が何匹か、市場の上を飛び廻っているようですね。叩き落としましょうか?」

 だがその気配は、恐ろしく速い速度で宙を駆け回っている。


「虫は三匹のようです。二匹は市場の右奥。もう一匹は左の上、かなり高い場所にいます」

 ヒカリが魔法で空に飛び上がりそうになったのを、アルが慌てて足を掴んで引き戻した。


 周囲を逃げ惑う人々も異変に気付いて空を見上げていたので、ヒカリの奇行に気付いた者はいないようだ。


「こら。こんな所で飛ぶんじゃない。地上から風の刃を放ち、斬り刻んでくれ。くれぐれも、魔法を使ったことに気付かれないようにな」


 まだ魔物が視認できていないが、小型で敏捷な三体のようだ。アルが言うほど、簡単な事ではない。

 今のリサの魔法では、この距離から当てるのは難しい。


「では、我にお任せを」

 ヒカリは、煙の上がった方向にいる二体に狙いを定める。


 左にいるもう一体は、今はかなり高い場所を飛翔していて、今のところは無害に見えた。



「では、始めましょう」

 ヒカリが目を閉じて、集中する。この遠距離から、高速で気まぐれに飛行する小さな的を捉えるのは、ヒカリにしても簡単な技ではない。


「おい、市場にいる人を傷付けないようにな」

 アルはヒカリができると確信しているからこそ、横から余計な注文を入れているのだ。リサはそれを知ると、自分の力不足を痛感するしかない。


「分かっております。ちゃんと手加減いたしますので」

 言い終わると同時に、ヒカリが連続して風の刃を飛ばした。


 先にいる二体は気まぐれな旋回を続けた後急降下して物理攻撃、または炎のブレスを放っている。単体での威力は低いが、この人混みでは避けるのが難しいだろう。


 ヒカリは、魔物が地上を攻撃後に離脱しようと上昇する瞬間を狙った。

 二体の魔物は続けざまに空中で複数の刃を受けて絶命し、市場へ落下する。その場からは、一際大きな悲鳴が上がった。


「さて、羽虫はあと一匹」

 ヒカリは、体を左側に向けて上空を睨む。


「ねえ、あれは虫ではないよ。何なの?」

 リサも気付いたようだ。


「ああ。あれはピクシードラゴンと呼ばれる、小型の竜だ」

「えっ、ドラゴンなの?」


「翼をたためば大型の鳥ほどの大きさだが、翼は小さく体が大きい。魔法によりとんでもなく素早い動きをするので、群れで襲われると厄介だ」


「それって、テネレの迷宮にもいるんだ」


「ああ。三体だけのようだが、まさか中下層の魔物が地上に現れるとは。冒険者ギルドの面目は丸潰れだろう。大変なことになりそうだ」



 上空からその様子を見ていたもう一体は、速度を上げてヒカリに向かって突進してくる。

「来ます!」


 ヒカリからすれば、願ってもない幸運である。そのまま逃げられたら、追うのが難しい。

 ヒカリは正面から魔法を飛ばし、三体目の魔物を切り刻んだ。


「アル様、終わりました」

「奴らがどこから現れたのか、探ってくれないか?」


 アルも探しているのだが、どうにも気配が掴めない。何もないところから、突然現れたようにしか思えない。


 だが、路上に留まり魔力の気配を追うのも、難しい状況になっている。


 市場は大混乱に陥っている。火の手は二か所で上がり、群衆の移動と共に怪我人も多く出ているようだ。

 それに加えて、空から落ちて来た魔物の体を見て卒倒する者も現われ、収拾がつかない。


「アル、早くここから離れないと」

「そうだな」

 車椅子を押して動けるうちに、戻った方が良さそうだった。


 アルは車椅子に備え付けられていた収納箱に入れておいた自前の医薬品を全て取り出して、リサに手渡す。


「誰か、これから救助に向かいそうな人間に渡してくれないか」

「うん、わかった」

 これらの魔法薬は全て、アルが自分で作った特別製である。


 リサは自分の腰に下げたポーチも見たが、魔力回復薬しか残っていなかった。

 ついでにそれも加えて、怪我人を助けている冒険者らしき男に全てを押し付けて戻って来る。


「でもヒカリの活躍で、軽い怪我人だけで済みそうだね」

「うん、良かった。もう買い物どころではないので、早く帰ろう」


 ヒカリは黙って機嫌良さそうに先頭を歩いて、その場を離れた。



 しかし彼らが去った市場は、混乱の極みにあった。

 何しろ得体の知れぬ生物の攻撃を受け、しかもその魔物がバラバラになって頭上から降って来た。


 一般人は、ただ逃げ惑うばかりだった。


 火事で店や商品を焼かれた者や火傷を負った者、魔物の爪により傷を負った者、そして大多数は人波に呑まれて転び、踏まれて怪我をしたり、破壊された屋台や商品の下敷きになったりした不幸な客たちだ。


 その場に居合わせた何人かの冒険者が初動に当たったが、騒ぎの全貌を把握できた者は誰もいない。すぐにギルドが対応したのだが、そこで見たこともない小型の飛竜の亡骸を発見して更なる大騒ぎとなった。


 現場の喧騒がひと段落すると、ギルドに戻ったセシリアがアルの宿へやって来る。

「市場の騒ぎは、知っているな」


 セシリアは、何本かの薬の空き瓶を持っている。

 これは逃げられそうにないとアルは判断し、素直に答えた。

「ええ。三人とも、その場にいましたから」


「で、あそこで何が起きたのか、良ければ教えてほしいのだが……」

 どうやら、怒られるのでは無さそうだった。


「どこから来たのかは全く分かりませんが、突然小さな飛竜が市場に現れて、人を襲い始めたのです」


「あの、バラバラになった死骸は見た。炎を吐いたというのは、本当か?」

 眉間に皺を寄せて、セシリアは言う。ギルドとしては、認めがたい厄災であった。


「本当です。とてつもなく素早く空を飛び、炎を吐き、足の爪で襲い掛かりました」

 アルの答えに、ヒカリとリサも頷く。


「まさかとは思うが、お前たちが討伐してくれたのか?」

 答えたくない質問だった。



「緊急事態なので、ヒカリの風魔法で退治させました」

「そうか。街を代表して、貴君らに感謝する。さすが、テネレの英雄だ」


「いえ、やったのはこのヒカリですよ?」

「そ、そうなのか。この子供が、それほどの魔法使いだったとは……」


 セシリアは治療師であるという触れ込みのヒカリに対して、全く誤解していたようだと目を見張る。


「ほんのささやかな害虫駆除ですので、お気遣いなく」

 ヒカリの言葉は文字通りの意味なのだが、セシリアは謙遜していると誤解したようだ。少し感心したように、小さなヒカリを見る。


「その魔物がどこから来たのか、何か心当たりは?」

 それについては、アルの方が聞きたい。


「いいえ。こちらも人混みの中にいて、突然魔物の気配が現れて驚いたくらいです。魔力の痕跡を追ってみましたが、市場の中に突然現れたとしか言いようがないですね。あのワイバーンと関係のある魔物でしょうか?」


 セシリアは、苦悶の表情を浮かべる。

「いや、ワイバーン騒ぎが収まったと思ったら、今度はまた別口らしい」


「あ、じゃあ親子なんだ」

 リサが無邪気に言った。

「違う!」

 思わずヒカリが口に出す。


「ほう、何故違うと?」

 セシリアの疑問に、ヒカリが即答する。


「ふん、迷宮の魔物に親も子もないのは、誰でも知っているであろう」

「そりゃそうだけどさ……」

 リサは、面白くなさそうに呟く。


「おかげで、余計に混乱している。ワイバーンと共に飛来したのなら、何故今まで気付かれずに隠れていられたのか?」


「そうですね。あれは、迷宮から出たばかりの魔物のような元気さでした。あの小さな魔物が、迷宮の外でそれほど長く活動できるとは思えません」



 腕を組み、セシリアは考え込む。

「まさか、迷宮に新たな出口が?……そうだ。この薬も、お前たちの持ち物だな?」


「はい。全部俺が作った薬ですが、役に立ちましたか?」

「役に立ったどころではない。こんな薬効のある薬は、今まで見たことがない。本当に、アルが作ったのか?」


「ええ。テネレでは、それで商売していましたので」

「ここでも、作れるか?」


「材料と道具さえあれば、すぐにでも」

「わかった。今日中に届けさせる!」

「えっ?」


「では、明日の午後また来る」

 セシリアは、疾風のように去って行った。



「明日の午後?」

 アルは首を捻る。


「アル様、確か迷宮の案内をしてくれると」

 迷宮の瘴気が恋しいヒカリは、忘れはしない。


「うん、そうだね」

「ああ、そうだったか。それにしても、忙しい人だ」


 だがセシリアの言った通り、本当にその日のうちに魔法薬を作るための材料や道具類が館へ次々と届き始めた。こうして、アルもセシリアの性急さに呑み込まれていくのであった。



 第二章 終




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