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第二十三話 市場

 


 その日のうちに、ギルド長のシュピーゲルと顧問医のヒューバートが、揃ってやって来た。


「セシリアが皆さんを迷宮低層の見学コースへ招待したい、と言うのでね。形式上、顧問医の診察を受けてから許可を出すことになった」

 シュピーゲルは、隣のヒューバート医師を見る。


「私が診断するまでもありませんが、迷宮の低層階は人目に多い場所です。面倒ですが、アル君には車椅子での移動をお願いしますね」


「はい、そうします。では、本当に迷宮に入れるのですね?」

 セシリアがすぐに動いてくれたことに、三人は驚く。


「テネレの嘘つきじじいなら、その場限りのいい加減な言葉だけで放置されていただろうに……」

 アルが呟くと、ヒューバートが笑う。

「アンゾンもセシリアさんも、誠実な人柄で冒険者たちから慕われていますから」


「そのようですね。悪評高いテネレの邪悪なじじいと比べてしまい、大変失礼した」

 アルはそう言いつつ、疑問が残る。


「アンゾンさんって、ギルド長の事?」

 アルの代わりに、リサが言ってくれた。


「ああ、それには理由があって。私の名はアンゾンという。どこかで聞いたような名だろ。フルネームは、アンゾン・シュピーゲル。おかげで昔から、大先輩のアントンに似て紛らわしいと不当な扱いを受け続け、ギルドではシュピーゲルで通っている」


「なるほど。俺と同じく、あのじじいに恨みを持つ仲間ですね。改めてよろしくお願いします」

 それでも、この小太りの温厚な男はSSランクの冒険者で、この街のギルド長である。


「セシリアから聞いたが、昨夜は森へ行き魔物が南へ飛び去るのを目撃したらしいね。有難い情報になったが、くれぐれも無茶はしないでくれよ」


「あの程度の魔物では、アル様の脅威にはならぬ。心配はご無用」

 ヒカリが真顔で断言するので、ギルド長もそれ以上は口を出せない。


「では、明後日の午後一番でセシリアに迎えに来させるので、支度をしておいてくれ」

 そう言って、二人は帰って行った。


 ティリアの冒険者ギルドにとっては、この三人組こそがアントンに押し付けられた新たな迷惑であり、恨み事の追加である。

 そう思いつつも、シュピーゲルは若くしてアントンに翻弄される三人の若者には、同情を禁じ得ない。



「支度と言ってもね」

「ああ、別に地上と変わらないらしい」


 今回は上層部の見学だけなので、最低限の武装のみと言っていた。きっと護衛役がいるのだろう。どちらにせよ、素手でも上層の魔物など怖くはない。


「普段着や防寒着でも買いに行くか?」

「防寒着?」


「昨夜は森の中で寒くなかったか?」

「うん、確かに」


「それに、迷宮の中も暑いとは限らない」

「そうか。ヒカリの服は、自前なの?」


「これは我が肉体の一部につき、余分な服は無用」

「いいのか?」

「せっかくアルが可愛い服を買ってくれるのに?」

「……行く」



 冒険者の必需品に、冒険者マントと呼ばれる薄いが布がある。そのままでも雨除け風除けになるし、広げれば敷物や天幕にもなる。


 特筆すべきはその特別な布で、体を覆って魔力を流すことにより、熱を遮断できる。暑さにも寒さにも耐え、ある程度の物理的な防護効果もある。


 布の厚さや形は用途により様々だが、どんな冒険者も最低一枚は常備している。

 魔力で強化すれば各種防御効果も付加できるが、魔力を流すと魔物に発見されやすいのが欠点だ。


 アルの暮らした迷宮には、こんな便利な物は無かった。代わりに、自らの肉体を魔法で強化して全てを乗り切る技が必須であった。


 しかし学園で支給されたマントを半信半疑で使ってみると、なかなか汎用性が高く有用であった。


 そのマントの主な生産地が、このティリアである。

 ティリアは、様々な魔法繊維製品の一大産地なのであった。



 ティリアの町は盆地の北側に連なる丘陵地帯に位置し、夏は暑く冬は寒い。そして一日の中でも、昼と夜の温度差が大きい。


 そういう気候の故か、真夏でも様々な種類の服が売られていた。

 リサがアルの車椅子を押して、ヒカリが先頭を歩く。


「あ、この店いいね」

 リサが度々立ち止まり、服に限らず様々な店先を興味深げに覗くので、一人で先を行くヒカリはその度に振り返っては、眉をひそめて引き返している。


「こら、お前は花畑の虻か。そう度々止まってばかりでは、先へ進めんぞ」

「あれ、あっち出店も面白そう!」

 ヒカリの嫌味など、リサの耳には届かない。


「アル様、何とか言ってやってください」

 確かに、リサに押されて右へ左へと連れ回されるのも目が回る。


「リサ、とにかく一度先へ進んで、市場まで行こう」

 三人は買い物のために街の中心にある市場へ向かっているのだが、中々辿り着けないでいた。


 テネレでもそうであったが、冒険者には怪我人が多い。

 杖を突いて歩く者は当たり前のように見かけるし、今のアルの使っているような、簡素な木製の車椅子に乗った者も珍しくはない。


 魔法薬や魔法治療のおかげで、かなりの重症でも治る可能性は高いが、それにも増して迷宮での激しい戦闘により冒険者を続けられぬような怪我を負う者は後を絶たない。


 命があるだけ運が良い。それが普通の冒険者の考え方だ。

 ただ、迷宮へ行けなくなった冒険者の行く末は厳しい。


 ここティリアの街でも、怪我の後遺症に苦しむ元冒険者が街の店先で掃除をしたりして働いている姿をよく見かける。

 テネレでもお馴染みの、迷宮都市ならではの光景である。


 そんなわけで、車椅子に乗ってリサに押されているアルの姿が、特別珍しいとは言えない。


 元々身体能力に優れた冒険者は、義足でも健常者並みの仕事が出来たりする。重い台車のような車椅子も、腕力に物を言わせて一人で動き回る強者もいる。


 ただアルの場合は目立たぬようリサが押しているのだが、右へ左へとリサが店先を眺めて歩くので、常にアルの車椅子がその先になって進んでいるのだった。


 店先で眺めるだけでは満足せず、リサは気に入れば店の中にもずんずん入って行く。先頭を歩くヒカリが振り向くと、二人の姿が見えない場合も多かった。


「こら、とりあえずアル様の言う通りに、市場までは真っ直ぐ歩け」

 ヒカリがリサの後ろに立ち、厳重な監視下の元で進行する。

 仕方なく、リサも左右の店を見送り、先を急いだ。



 ティリアの街は起伏に富んだ丘の間を縫うように南北に広がっているので、谷間の道を曲がる度に風景が変わって楽しい。時折丘の上を通る道からは、眼下にティリア川と盆地を見下ろす。


 ギルドは迷宮のある岩山の上に位置し、そこから南へ下った場所に街が広がっていた。街の中央にギルドを構えるテネレとの大きな違いである。


 リサの実家から峠を越えてティリアへ入った三人は、山側からギルドへ向かった。本来の街の中心地は、ギルドから南へ下ったなだらかな丘の連なる場所になる。


 ギルドの周辺も岩山や森を切り開いた斜面に建物が密集して賑わいがあるのだが、丘を下った中心街はテネレの旧市街のような、重厚な都市の景観であった。



「うわぁ、ティリアはこんなに大きな街だったんだぁ」

 感激するリサの前で、ヒカリがアルにぶつぶつ文句を言っている。

「だから早く来れば良いものを、この小虫はあちこち飛び回ってばかりで……」


「ほら、せっかく来たのだから、早く市場を見て回ろう」

 アルに宥められて、ヒカリは市場の入口へ向かった。


 この辺りは大きな丘が削られてできた広い平地で、北の岩山の麓に迷宮の入口が現れた時、最初に前線基地として開かれた場所であった。


 大陸各地から集まった冒険者により、大規模な魔法が使用されたらしい。民間組織が地形を変えるほどの集団魔法を使う事は、滅多にない。


 過去には各地の王国が都の建設をするときに、国威を示すためにかなり無茶な魔法が使われたと言われている。


「さて、ヒカリに可愛い服を選んであげないとね」

「そうだな。ティリアの服は鮮やかな色がきれいだから、きっとヒカリによく似合うだろう」


 そう言われれば、悪い気はしないヒカリである。ただこの子供の姿でいるだけで、ヒカリは窮屈な思いをしている。それに加えて自由にできない既成の服を着せられるとなると、苦行でしかない。



 市場は大勢の市民で溢れており、並んでいる品物も市民の生活に根付いたものが多い。

 冒険者用の装備や道具はギルドの周囲で売られている物の方が、安くて質も良い。

 そうなると必然的に、日用品に目が行く。


「あ、この服は部屋着に丁度いい」

 リサが薄い麻のガウンのような服を手に取る。


「寝る前に肌寒い時に羽織るのに丁度いいでしょ」

 昼間は暑いのだが、風呂上りに窓辺で涼んでいるとすぐに体が冷えてしまうのが、ティリアである。


「我は別に寒く無いので、不要かと……」

「凝った模様がきれいだな。ヒカリとお揃いで買うといい」

 アルに勧められれば、ヒカリも断れない。


「それよりも、迷宮で使う装備や魔道具を……」

 ヒカリは力なく言うが、そういった品物は市場では珍しく、主にギルド近くの店で売られているのだと、市場に来てから気付いたのだった。


 必然的に日常生活に関わる、衣食住の様々な珍しい物に囲まれたリサが、一人で目を輝かせている。



 突然、市場の一画で悲鳴が上がった。

 同時に三人が動きを止めて、空を見上げる。


「アル様。これは魔物の気配です」

「そうね。あんたと同じ獣の匂いがする」

「リサ、喧嘩は終わりだ。空を飛ぶ小さな魔力が三つ、だぞ」


 そういう間にも、悲鳴の上がった一角から煙が立ち上る。

 市場に集まった人々も、頭上の異変に気付き始めていた。



 


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