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第二十二話 迷宮への誘い

 


「で、あのワイバーンがアルに持ってきたメッセージっていうのは、何なの?」


「人の言葉ではないのではっきり伝えにくいのだが、それは魔の森の意思というか、人格の曖昧な大きく拡散した知性が放つ、一つのイメージだ」


「えっと、わたしにはまるで分らないけど、アルのような迷宮の王とは違うの?」


「俺にもよくわからないのだが、少なくとも俺やオレオンのような個体ではなく、迷宮の意思の集合体のような感じで、どちらかというと俺が接している迷宮の記憶に近いような気がする」


「で、そのメッセージは?」

「来い、と」

「?」


「なるべく早く来い、ということらしい」

「どこへ?」


「魔の森だろうな。ただ、来る前に、残る二つの迷宮を攻略せよ、ということだった」

「攻略?」


「うーん、イメージとしては、とにかく迷宮の底まで行けということのようだけど……」

「じゃあ、ここの次はジメールへ行くんだ」

「しかも急げ、とさ」


「あれかな、ほら、ここのギルドで噂になって、騒いでいるやつ」

「スタンピード、か」


 冒険者の間では、魔物の集団暴走を、そう呼ぶ。

 同じ階層内でも、突然大量の魔物が集団で暴走することがある。同じ種類の魔物の時もあれば、あらゆる魔物が加わる時もある。


 下から上へと強く凶暴な魔物が上がってきた場合には、恐慌を来した魔物が更に上層へと逃げ出して連鎖を生み、手が付けられない。


 最悪の場合は、迷宮の魔物が集団で外へ飛び出ることになる。


 冒険者たちが最も恐れるのが、このスタンピードである。

 このティリアの迷宮でも、最近下層の魔物が中層に現れる事件が続いて不穏な動きをしているらしい。


 魔の森でも、今回のワイバーンのように森の外へ出る魔物が増えていると聞く。


 アルが完全に支配しているテネレでは特に異常が起きていないが、ジメールの迷宮はどうなのだろうか。



 二人は誰にも見つかることなく、屋敷へと戻った。留守中に、人が来た気配も無い。


 あの騒ぎなので、ギルドの主な関心は外へ移っていたので、来たばかりの旅人に構っている暇はなかったのだろう。


 すっかり夜も更けているが、眠気も吹き飛んている。

 リサは夕飯の残り物に手を加えて、簡単な夜食を作った。


「ねえ、あのワイバーンはどうするの?」

「完全に回復させてから魔の森へ帰してやりたいのだが、先方は、こちらからの返事は不要ということらしい」


「あの子は、片道切符の使い捨てということ?」

「迷宮の主にとって、魔物とはそういうものだ」

「可哀そう……」


「俺が魔力をフルチャージしてやれば、再び魔の森まで飛べるかもしれない。しかし地上が今のような騒ぎになり警戒厳重なこの状況下で、果たして無事に帰り着くだろうか。万が一途中で発見されれば、無用な戦闘を誘発し双方とも傷つく。場合によっては、命に関わるような」


「そうね。確かに無駄な混乱を招きそうで怖いわ。アルは、どうしたいの?」

「暫くはこのまま、あの穴に隠れていてもらうしかない。時々行って魔力を補給してやるつもりだ」


「転移魔法陣は、使えるの?」

「いや、地上から迷宮への移動については、まだ成功していない。ヒカリもいつ戻るかわからないし、今夜はもう休もう」


「何かいい方法が思いつくまでは、仕方がないわね」

「何なら、ヒカリと一緒に魔の森まで飛んでいくか?」


「うーん……でも次はジメールでしょ」

「確かに、まだここに来たばかりで、次の迷宮を考えるのは早いよな……」



 一寝入りした早朝に、ヒカリは戻って来た。


 よくやった、とアルに頭を撫でられて魔力を補充してもらうヒカリは、満足気で喜びに輝いている。リサが見ても可愛らしくて、抱きしめたくなる麗しい姿の少女だった。

 とても中身が、あのガサツで凶悪な獣とは思えない。


 ヒカリの活躍により魔物は南へ去ったことになり、街は緊張から解放された。

 しかし、迷宮内は何も変わっていない。


 相変わらず越境する魔物がいて、ランクの低い冒険者には危険な状況が続いている。

 それでも地上の騒ぎが一息ついて、やっと時間のできたセシリアがアルを訪ねて、離れの部屋で一緒に昼食をとることになった。


 その席で、アルは昨夜の事件について虚実を絡めた報告をする。

「実は、昨夜の騒ぎの中で俺たちも協力できないかと思い、三人揃って密かに森へ入りました」

「こら、余計な事をするなと言っておいたろうが」

 セシリアは、いい顔をしない。


「でもそこで、俺たちは森の中で衰弱した魔物と遭遇しました。闇に紛れた姿からすると、黒い小型の飛竜と思われました。魔物はこちらの気配に驚き、そのまま南の空へと飛び去りました」

「そうか。お前たちが、あのワイバーンと最初に遭遇していたのか」


 セシリアは、アルの怪我が偽装であることと、その実力が本物であることをアントンからの手紙で知っていた。


「あれはやはり、ワイバーンだったのですね?」


 冒険者ギルドが、公式に竜種と接触した事例は無い。これが初の記録となりそうだった。


 三人の行動はギルドの誰にも知られていないので、セシリアは今更これを咎めるつもりもない。三人の協力には素直に礼を言うべきだろうと、セシリアは思っている。


「そうだ。森の上空を旋回し、南へ飛び去った。君たちの協力には、感謝する。礼と言っては何だが、近いうちに自分が迷宮を案内しよう」


 これには、リサが喜んだ。

「やった、楽しみです!」


「昨夜のような隠密行動ができるのなら、密かに迷宮へ入ることもできるのだろう?」

「当然。我らなら容易い」

 ヒカリが偉そうに答えた。


「では我慢が途切れぬうちに、明後日にでも上層部の畑や魔物の養殖場を中心に案内しよう。公の見学コースがあるので、車椅子でも問題ない」


 セシリア自身も、地上の問題が一旦片付いたので迷宮へ入る。そのついでに見学をさせるくらいは大丈夫だろう。


「早く、中層から下層を見たいなぁ……」

「こら、リサ。無理を言うな」

 アルが一応たしなめる。しかし、アルも早く迷宮へ入りたいことには変わりない。


「仕方ない。低層階の見学が終われば、順次他の冒険者の眼につかぬよう配慮して、なるべく深くまで迷宮を案内してやる」


 セシリアは苦渋の決断のように言うが、内心では早くギルドへ戻り、アルたちの目撃情報をシュピーゲルに報告したくてたまらない。


 確かにこのアルたちの裏打ち情報があれば、ギルドは確実に危険が去ったと判断できる。

 セシリアが、スキップでもしそうなご機嫌のまま帰るのを三人は見送った。


「これでやっと、迷宮に入れるね」

 リサが一番うれしそうである。


「ふん、迷宮上層など見る価値は無い」

 ヒカリは、人の多い上層には興味が薄い。だが、迷宮の瘴気が恋しいのは確かだ。


「そのうち、が実際いつになるやら……」

 アルは、過度な期待をしないことに決めた。



「さてと、監視の目は消えたな」

 アルは立木に囲まれた屋敷の中庭の隅に行き、適当に開けた場所で、簡易魔法陣を練り始めた。

 昨夜試作した洞窟内の転移魔法陣をこの庭へと繋げることができれば、非常に楽ができる。


「アル様、この魔法は?」

 ヒカリは、初めて見る魔法であった。


「地上での、転移魔法の実験なんだ。リサも呼んでくれるか?」

「承知」


 こら小虫、着替えなど途中で止めて早く来い、という声が屋敷の中に響いているが、気にせずアルは魔法に集中した。やがてヒカリに手を引かれて髪を振り乱したリサがやって来たので、アルは魔力を強める。


 足元の光の輪が輝きを強めて広がり、三人の足元へ広がる。

 結果は大成功、瞬時にワイバーンを隠した暗い岩穴の中へ転移した。


「うわぁ、これは便利だね!」

 転移した先が町の中ではなくて、リサは安心して喜んでいる。


 昨夜の一件を知らないヒカリは、まだ事態をよく飲み込めていなかった。

「はて、ここは……」


 アルはワイバーンに近寄り、軽く魔力を分け与えている。

 これでワイバーンの魔力補充に通うのが簡単になった。まあワイバーンは何もしないで穴の中にいるだけなので、当分は魔力補充の必要もないだろうけど。


 一度に移動できる人数や距離にはまだ限りがあるが、この魔法陣を迷宮内部へ繋げることができれば、ワイバーンをティリアの迷宮内へ逃がすことが可能になる。先行きに希望が見えた。


 基本的に、迷宮内部と地上は魔法的に切り離された空間なので、アルにはテネレの迷宮内でしか転移の技は使えなかった。


 それがティリアの迷宮でも使えるのかは、まだ不明だ。


 アントン邸の地下に設置されていた転移鏡も、迷宮へと続く結界魔法の施された石の扉の前までしか行けなかった。そこから先は人力で扉を開き、迷宮へ入ったのだ。


 ワイバーンを直接迷宮へ送るのには、まだ越えるべき壁がある。



 しかし、この実験の思わぬ副産物もあった。

 今回成功した転移魔法陣は、アルが迷宮の力を借りずに自らの魔力のみで亜空間を介して二つの空間を繋げる魔法である。


 これは、迷宮から出たアルが開発し、覚えたばかりの新しい魔法と術式だ。


 転移鏡という特殊な魔法具を参考にしてはいるが、これは特別な魔法陣とアルの魔力のみで発動する、オリジナルの魔法である。


 この空間魔法を発展させることにより、遠隔通信や亜空間に繋がる大容量の魔法の収納庫の作成など、様々な夢が広がる。


 例えば、鞄の中に小さな魔法陣を作り、亜空間へ繋げるだけの魔法を発動する。出口を作らなければ、そのまま入れたものは亜空間に留まるだろう。


 転移魔法陣は生き物を運ぶため亜空間に開放されず、空間同士を直接繋ぐ。

 それを亜空間へ開放することで、非生物専用の保管庫ができるのではないか。


 テネレでも使っている保管箱は、箱自体に保存の魔法がかかっているのでその容積は箱の大きさに依存する。だが亜空間の保管庫は理屈の上では、無限の大きさになるはずだった。


 時間ができたら、そんな試作品を何種類か作ってみたいとアルは考えながら、楽しくて笑みが浮かぶ。



 


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