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第二十一話 飛竜

 


「まあとりあえず、表向きには三か月程度の療養が必要ということにしておくから、のんびりやってくれ。こちらもテネレの英雄に会わせろという要望は、全て断るつもりなので」

 顧問医のヒューバートは、アルにそう言って笑う。


 とはいえ、療養に来た怪我人がいきなり迷宮へ入るわけにもいかない。せめて十日くらいは屋敷とその周辺でおとなしくしているようにと、ギルド長シュピーゲルからは釘を刺された。


「できる事なら、街を歩く時も最低でもひと月くらいは怪我人のふりをしていてほしいところだ」

「はあ、一か月ですか……」

 意外と面倒だ。


「遥々とテネレから療養に来たのだから、そのくらいの重症であると周囲に説明する必要がある。それに上手く合わせてくれないと、こちらも立場上困るのでな」

 もっともな話ではある。要するに極力屋敷から出ず、余計な事はするなという事だ。


 確かに遠くから療養に来た怪我人が、毎日元気にその辺で遊び回っているわけにもいかないだろう。そこはギルドの信用に関わる問題なので、従うしかない。


 試しにちょっと迷宮の中を見るだけでも何とかならないのかと副ギルド長のセシリアに申し入れたが、どうにもならなかった。


 さすがに地元ギルドの許可なくいきなり迷宮へ入るわけにもいかず、一行はアルを車椅子に乗せて街をあちこち見て回りながら、暇な三日間を過ごした。



 とはいえ初めての街なので観光気分で歩くのも楽しく、北方風の服を揃えたり市場で珍しい食材を仕入れてみたりと、まだ退屈することはない。


 街の食堂で昼食を食べるついでに地元の食材の調理方法を教わり、三人で相談しながら夕飯の支度をするのも、何かと刺激的で楽しかった。


 その間にもギルドの厳戒態勢は続き、新たな魔物の目撃情報も現れて、これはさすがにヒカリ以外に何かがいるのだろうと三人も考え始めた。


 アルはヒカリが勝手な行動をしていないことを把握しているが、リサはもう一つ信用できない。

 夜は寝る必要のないヒカリだが、ここまでの旅の間は無駄な魔力を消費しないように宿の中でおとなしくしていた。


 アルと二人きりになりたいリサであるが、ヒカリが可哀そうで追い出すような真似はしたくない。


 ティリアの迷宮へ入れればアルの魔力供給に頼らず行動ができるので、ヒカリは一刻も早く迷宮へ入り、濃厚な瘴気を浴びたいのであった。


 しかし周囲の緊張する厳戒態勢を感じてか、今夜は屋敷の屋上に上がり、気配を断って周囲の警戒に当たっている。


 ティリアの夜は、夏でも冷える。

 久方ぶりに二人きりになったので、リサがアルの隣に寄り添いお茶を飲みながらゆっくり話をしていると、外が騒がしくなった。


 リサが屋敷の玄関に出て、近くを通りかかった男に聞いてみると、ついに森の中で魔物が発見されたらしい。


 ここまで色々な目撃情報があったものの、噂の域を出ていなかった。

 それが、本当に大きな魔物が見つかったとなれば、大事件だった。


「今のところ被害情報はないので、ここで抑えれば何の問題もないさ。あとは、冒険者ギルドの腕の見せ所だな」

 ギルドはその幸運を逃さぬよう手練れの冒険者を集めて、万全の態勢で森へ向かうようだ。



 魔石の明かりを灯し、静かに夜道を行く大勢の冒険者たち。

 三人も屋根の上にいたヒカリの捉えた情報により、こっそりとその後を追っている。


 夜道を急ぐ冒険者たちより先に、三人は魔物の気配を濃厚に感じていた。

「まずいな、これは」

 アルが呟く。


「魔力が尽きかけてはいるが、このレベルの魔物では、普通の冒険者には手に負えないだろう」

 迷宮深部の魔物並みの探知能力を持つ三人が感じるのは、決して地上へ出してはいけない強さの魔物の気配である。


「奴は追い詰められているだけに、何をするかわからぬな。先を行く地上の虫どもでは、相手にならぬであろう」


「魔物の正体が何だかわかるの?」

「恐らく、これは飛竜ワイバーンだ。本当に、魔の森からここまで飛んで来た奴がいたようだな」

 アルには、離れていてもその気配を濃厚に感じていた。


 追い詰められて潜んでいる魔物は、テネレならコダマのいる下層に現れるような、レベルの高いワイバーンだった。小型竜だが、恐らく今の人間には伝説や物語の中でしか知られていないような、珍しい魔物に違いない。



 幾ら魔力が枯渇し疲弊していても、相手が悪すぎる。上空に舞い上がるだけで多くの直接攻撃が無効化され、逆に地上を這う冒険者は無力な標的と化す。


「下手に刺激すると、連中は全滅するぞ」


 アルの言葉も大袈裟ではない。手練れの冒険者が全員終結するか、攻城兵器を備える軍隊と帝国のお抱え魔術師でも出動しなければ、到底倒せないレベルの魔物である。

 特に、この暗い夜の森で空を飛ぶ魔物の相手をするのは、最悪だ。


「わたしたちが、先に何とかしないと」

「我が先行しましょう」

「いや、三人で行こう。走るぞ」


 そうして三人は森の中を猿のように木々の枝を跳び渡りながら、魔物の気配に迫る。


 アルとリサは魔物を倒すことに躊躇いを持たぬ冒険者であるし、元々ヒカリはアルを守るために特化した存在なので、他に何の禁忌もない。


 だがアルは魔物の王として、この哀れなワイバーンを何とか救ってやりたいと考えていた。

 迷宮で多数の魔物を葬ってきたアルだが、それは常に魔物に襲われる迷宮内でのことだ。


 迷宮を離れた魔物は拠り所を失い、既に半分死んだようなものだ。


 迷宮王となった今、瘴気から切り離されて絶望的な世界に一人きりで彷徨う魔物の孤独な魂を、アルは切なく感じる。

 だからこそこの地上で、魔物の味方になってやれるのは自分の他にいない。



 三人は冒険者たちを追い抜き、山の稜線直下にある黒い岩場を駆け抜けた。

 目指す魔物の気配が、濃厚になる。


 気配を殺して接近する三人に気付いいているのかいないのか、魔物は動く気配がなかった。


 遂に、ティリアの冒険者より先にワイバーンを発見した三人は、岩陰から様子を伺う。

 それは翼長五メートルにもなる、黒いワイバーンだった。


 小型竜であるワイバーンはブレスを吐かないので比較的攻撃力は弱いが、魔力さえ十分にあれば俊敏に飛翔して、容易に倒されることはない。


 空中から放つ風魔法の刃は、地上を切り刻み破壊するであろう。

 今は魔力の消費を抑えるために、岩陰に身を隠して休んでいる。


 警戒はしているのだろうが、気配を隠した三人の接近に気付くだけの力も残っていないようだった。


「力尽きる寸前の、手負いの魔物だ。危険極まりないが、できる事なら奴を救ってやりたいのだが……」

 アルは何とか助けてやりたいとの思いを、二人に伝える。


「承知」

 ヒカリに否はない。


「ここに来るまでに、被害の報告が無いんだよね。それなら、討伐する理由が無いわ」

 リサも、孤独な長い旅路を辿りここまで来たワイバーンに、同情する。


 確かに、このワイバーンが地上で人を襲ったという事実は、確認されていない。

 ただ、断片的な目撃情報が報告されていただけだ。つまり、黒龍となり空を飛んでいたヒカリと同じである。


 あとは、どうやってこの巨体を隠すかに尽きる。

 テネレであればそのまま迷宮へ取り込むこともできたろうが、ここはアルの力及ばぬティリアの迷宮だった。



「俺が無力化する」

 アルはワイバーンの前に出ると魔法を放ち、瞬時に眠らせた。


「これで、暴れる心配はない。あとは隠蔽か」

 幸いにして、ワイバーンは急峻な巨岩の間に潜んでいる。


 アルはその巨体が潜んでいる岩の凹みを土魔法で拡張し、次第に奥へと大きな穴にしていく。

「何、これ。土魔法なの?」

 リサが、初めて見る魔法に驚く。


 やがてワイバーンは、広がった穴の奥へと滑り落ちて、姿を隠した。

 アルは穴の周囲を更に拡張して、岩山の地下に大きな空間を確保した。


「もう、相変わらずアルは無茶苦茶だね。こんな魔法が使えるのなら、ストーンゴーレムなんて敵じゃないよぅ」

 リサの嘆きに、アルは言いにくそうに答える。


「こんな派手な魔法を、他の冒険者たちの前で見せられると思うか?」

「ああ、無理だね」


 ワイバーンを隠した穴の入口は一旦塞いで、人がやっと通れる程度の隙間だけを残した。

 そこでアルはやっとワイバーンに接近して体に手を当てて、自分の魔力を分け与えた。



 アルによって久しぶりに魔力を回復されたワイバーンは目を覚まし、起き上がって三人を見る。


 ワイバーンは自分に満たされた魔力の根源が目の前の人間にあることを瞬時に理解し、アルに頭を下げて恭順を誓った。


 瞬間的にテネレの迷宮の魔物と同じように、アルとワイバーンの間に心の回廊が繋がった。

 すぐに、アルには魔の森から飛翔してきたこの魔物の行動原理が理解できた。


 ワイバーンは、ただ無目的にここへやって来たのではない。

 魔の森から明確なメッセージを持って、決死の覚悟で飛んで来た。しかも、ティリアへ向かって移動し始めた、アル・オルセンを目指して。


 アルはヒカリに命じて、洞窟の外へ一人で送り出す。

「上手くやってくれ」

「承知」


 念のためアルから最大限の魔力の補充を得たヒカリは、岩の隙間から外へ出ると黒い竜に姿を変えて、空へ飛び立つ。背中に乗せる荷物が無いので、ワイバーンのように小型の竜であった。


 ヒカリは岩場から森の上空へ移動して、高度を下げた。

 ゆっくりと人目に付くような速度で何度か上空を旋回した後で、注意を引きつけたまま南へ向かって飛び去った。


 その日、夜明けにかけて多くの人々が黒い竜が南へと飛び去るのを目撃した。



 アルは洞窟の中と外に転移用の魔法陣を造り、洞窟を内側から岩で塞いでみた。

 これでもう、ワイバーンを発見することはできないだろう。あとは、この転移魔法陣が機能するかどうかである。


 これは、迷宮の中での移動に使っていた簡易魔法陣を、迷宮の外でも使えるように改良してみたものだ。まだ試作段階なので、動作はすると思うが、継続的に機能するかはアルにも自信がなかった。


 その原理は、アントンの家の地下で見た、転移魔道具の鏡を参考にしている。

 試作品とはいえ、これが予想通りに作動すれば、地上での活動が格段と便利になる。


「じゃ、行ってみよう」

「うん。お願い!」

 二人は岩の壁の内側から、無事に外へと転移した。


「おお、できたねぇ」

「いやいや、それくらいの自信はある。問題はもっと長い距離で、継続して使えるかだ」


 アルとリサは岩穴に隠したワイバーンに別れを告げ、再び洞窟を出て人目につかぬように宿へ戻った。



 


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