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第十八話 クリス

 


 翌日、アルの部屋のテラスからよく見える庭に、リサと師匠のヴィクトールが剣を携え向かい合った。リサの剣は今使っている短剣ではなく、昔から手に馴染んだ長剣である。


 ヴィクトールの剣技はエジェレに代々仕えた騎士の系譜で、群雄割拠の時代以前から実戦で鍛えられた技である。


 ヴィクトールは、重い両手剣を持つ。

 リサは子供の頃より使い慣れた片手剣を右手に持ち、左手にはいつも盾代わりに着けていた金属の小手の代わりに、グリップを覆うナックルガード付きのナイフを逆手に握っている。

 この変形の二刀使いは、アルも初めて見た。


「テネレで鍛えた、冒険者流の剣法を見せてあげる」


 最初は剣を打ち合うこともなく決まった型通りに動いて双方の息を合わせていたが、次第に剣速が上がり互いの体すれすれを刃が通る。それでもまだ剣と剣は触れることなく、静かに踊るような所作が続く。



「そろそろですよ」

 テラスの椅子に腰かけたアルに向けて、隣に立つ兄のライアンが、試合の開始をそっと告げた。


 リサはいつものように神速の剣を変幻自在に操り幾つかの連続技を放つが、ヴィクトールは重い剣の腹で軽くいなしながら、前へ出て圧力をかける。


 リサはギアを一段上げて更に攻撃のパターンを増やして回り込み、前後左右へのフェイントが増える。


 騎士の使う正統派の剣とは明らかに異なるリサの動きに、ヴィクトールは戸惑いながら下がり、防戦一方になっていく。

 リサの手数だけでも厄介なのに、間合いも軌道も違う左右の連撃とこの一年半で鍛え抜かれた体術が、防御を一層困難にしている。


 想像以上にリーチの長い蹴り技にも驚かされたが、特に接近して左手で繰り出すナックルガード付きの拳は、遅れて外側からナイフの刃と肘打ちの三段攻撃が追るために、避ける方向が限定される。

 逃げる先には、剣や蹴りのカウンターが待っていた。


 思うがままに敵を追い込む、容赦のないリサの連撃だった。


「これは凄い……」

 アルの隣で見ていたライアンが、リサの動きに驚愕する。


 息つく間もない連打に、ヴィクトールは顔色を青くして大きく後方へ飛び下がって態勢を整えて低く剣を構え直したが、その一瞬でリサが視界から消えた。


 空中へ跳んだリサは猫のようにヴィクトールの背後へ着地し、剣を肩に担いで口笛を吹いた。

「参りました。その疾風迅雷の動き、それが冒険者の戦い方なのですね」



 背後に立つリサが、師の前に回る。

「まあ、正々堂々と斬り結ぶ騎士の剣とは、対極にある戦い方なのですが」

「いえ、これに魔法の力が加わるとなれば、田舎の剣士が出る幕はありませんね」


 ライアンも、興奮を隠しきれない。

「私も強くなったつもりでいたが、思っていた以上にリサの剣はすさまじいことになっているな。しかも、アル君はそれ以上に強いということか?」


「兄さん、わたしなんかが比べたら失礼なくらい、アルとわたしじゃ実力に開きがあるんだ。冒険者ってのは、化け物揃いだったよ」


「いいえ、今のリサであれば、恐らくテネレでも最強の部類に入るでしょう」

「アルがそう言ってくれると嬉しいけど、わたしはこの三人の中じゃ一番弱いんですからね」


「まったく、君たちはこんなに強くなって、いったい何と戦うつもりなんだ?」

「さあ。迷宮にどんな凶悪な魔物が潜んでいても負けないように、ってところですかね」


 その後リサが魔力を込めた剣で鉄の杭を切り刻んだり、庭の巨石を割ったりと一般人が目を疑うような試技を見せて、喝采を浴びた。


 昼食の後に議会棟となっている宮殿の中を見学させてもらったり、町のにぎやかな市場を散歩したりと、観光気分を楽しんだ。



 リサは、焦っている。

 アルとの婚約問題を、両親に切り出すタイミングを失ってしまったのだ。あと何日この家にいられるのだろうか。その間に、上手く両親に認めさせねばならない。


 テネレへ戻れば、あのアントンの家に住む遠慮のない女たちの露骨な色仕掛けが待っている。


 アルの思惑とは別に、リサの気持ちは逸る。しかも、本来ならアルから直接両親へと話を通して貰うべきであるなどとは、リサも全く期待していない。


 別に、アルが自分の意志で拒否しているわけではないのだとは思う。ただ単に、いつもと同じでアルが世間の事を何も知らないだけなのだ。


 その点では同じ旧王族でも、リサの方が古い因習に囚われているのかもしれないが。

「ああ、もう一度アルと話して、何とかして貰おうかなぁ」



 そんな中、リサの幼馴染に会う機会があった。

 リサと同い年の少女クラウディアと、その弟クリスティン。


 リサが家に帰っていると聞いた二人は、リサの家へ遊びに来て久しぶりの出会いに喜ぶ。

 特に、クラウディアとリサは話が尽きない。


「ねぇ、アルってリサの恋人なの?」

「へへ。将来を誓い合った仲と言うか……」


「でもさ、あのヒカリって子供もアル様アル様って夢中じゃない」

「いや、あれは複雑で濃厚な主従関係というかなんというか……」


「もしかして、アルってロリコン?」

「い、いや違うと思うけど、それはうちのお母さんにも言われたなぁ」


 五歳下のクリスティンは十一歳。以前からリサに淡い恋心を抱いてよく懐いていたのだが、今は姉とリサの会話についていけずに戸惑っていた。


「クリス、こっちで話をしないか?」

 アルが気を使ってクリスティンに声をかけ、自分たちがテネレの冒険者であることを話すと、喜んで話を聞きたがった。


「この子も冒険者なのですか?」

 見た目は幼いが妙に態度の大きなヒカリに対し、クリスティンもこれは只者ではないと感じたようだった。


「我はこう見えて魔法治療士であり、偉大な魔法使いであるぞ」

「じゃぁ、迷宮の話をして!」


「よし、ではテネレ迷宮三十層の主、ストーンゴーレムをギルドが攻略した際の話をしてやろう」

 ヒカリはマットとして攻略の最前線に参加していた最初のボス戦の話を、面白おかしく語って聞かせた。



 その話を聞いているうちに、クリスティンは気が付く。

「も、もしかしてアルさんは、あのテネレの英雄なの?」


「そうだ。主様はアムンゼウスの軍から派遣された迷宮視察団の命を救った、テネレの英雄だぞ。どうだ、驚いたか」


「うん、スゴイ。驚いた! それに、ヒカリもスゴイ!」

「そうだろ、我もスゴイのだ」


 そうしているうちに、クリスティンは子供サイズのヒカリに夢中になって、すっかり心を許してしまう。

 何しろ今のヒカリの見た目は、十歳にもならない可憐な少女なのだから。


 無垢な少年にまとわりつかれて、さすがのヒカリも困惑を隠せなくなる。


 しかしクリスティンは幼少の頃より体が弱く、心臓に先天性の病気を抱えて今は寝たり起きたりの生活をしている。


「近くの山に、今の時期だけ色とりどりの花が咲き乱れるお花畑があるんだ」

 クリスティンは、一緒にハイキングに行こうとヒカリを誘う。


 アルが笑って頷くので、ヒカリは喜んでその誘いを受けた。もちろんみんなで一緒に出掛けるのだ。

 クリスティンの無垢な笑顔は、ヒカリの記憶にも深く刻まれた。



 しかし、興奮したクリスティンはその夜に発作を起こして、また入院してしまう。


 クラウディアから話を聞いた三人は、ヒカリが治療師という触れ込みで来ていることもあり、翌日一緒に病院へ見舞いに行った。


 苦しそうなクリスティンだが、ヒカリの顔を見ると明るい表情を浮かべる。


 残念ながらヒカリやアルの治癒魔法や魔法薬では内蔵系の病、特に先天性の疾患にはあまり効果がない。肉体の自然治癒力を上げるだけなので、免疫力や抵抗力がついて二次的な病を防止する力にはなるが、根本的な治療は望めない。


 それでもヒカリの治癒魔法で一時的に元気を取り戻して話もできるようになったので、アルの魔法薬を何本か医師に手渡す。


「すぐに退院して、ハイキングに行こう。あのお花畑をヒカリに見せたいんだ」

「そうか。それは楽しみだな、クリス」

 ヒカリは、横になっているクリスティンの頬に、手を当てる。


 青白い顔で意気消沈していたクリスティンは、ヒカリの手をそっと握ると、頬を赤く染めた。



 そろそろ出立するつもりだった三人だが、クリスティンの病状が安定するまでは、様子を見ることにした。


 ヒカリは病院に通い、治癒魔法を使いクリスを励ました。クリスの容態は再び快方に向かい、ハイキングは無理でも自宅療養には戻れそうな気配である。


 しかし突然、クリスティンの容態が急変したと、緊急の知らせが入った。

 クリスティンは、ヒカリに会いに行こうと一人で病院を抜け出して倒れたらしい。


 ヒカリは責任を感じて、唇を噛む。


「あの子は、もう自分が長くないと感じていたの。だからヒカリが出発する前にどうしても、もう一度会いに行きたかったのだと思うわ。だから、これはヒカリのせいじゃないの。お願い、そう伝えてあげて」

 クラウディアは、一生懸命にリサへ告げる。



 病院へ駆けつけ、ヒカリがクリスティンの病室へ向かう。


 アルの作ったとっておきの回復薬を飲ませると、何とか意識を取り戻した。

「ヒカリ。来てくれたんだ」

「我が毎日来るので、クリスは安心して休め」


「うん、ごめん」

 だが、病状はそれ以上安定しない。


 ヒカリの手を握り、近くにいてほしいとクリスティンは頼む。

「わかった」

「迷宮の冒険の話をして」


 クリスにせがまれて、ヒカリはアルが迷宮王になるまでの戦いを、ぽつぽつと語り始める。

 クリスティンはアルの活躍にヒカリや自分を重ね、目を輝かせる。


「僕もいつか、病気を治して強い冒険者になるんだ」

 それが、ヒカリの聞いたクリスティンの最期の言葉だった。


 ヒカリは握った手が力を失くし冷たくなるのを感じ、自分が生まれて初めて人が死んだ場面に遭遇したことを知る。経験の浅い年若い魔物にとって、これは大きな衝撃だった。


 迷宮の魔物としての共通記憶や姉であるコダマの生々しい記憶を通して、ヒカリは多くの冒険者が命を落とす場面を知っている。特に姉のコダマが殺めたのは、アルの仲間であった村人である。


 しかし誕生以来アルの代役であるマット・レザクとして暮らしていたヒカリにとって、自分の目前で人が命を落とすのは、これが初めての経験であった。



 ヒカリはリサの家に帰ると、食事もせず部屋から一歩も出て来なかった。


 ヒカリは、クラウディアから礼を言われていた。

「あなたと出会わなければ、あの子はきっと一人で寂しく去って行ったと思うの。だから、あんな風に笑顔で最期を迎えられて、本当に幸せだった。あなたのおかげよ。ありがとう、ヒカリ。クリスティンを忘れないでね」


「我には、何もできなかった。礼を言われる理由がない。でも、クリスの事は忘れない」

「ありがとう、ヒカリ。私もあなたを忘れない」


 魔物は人と戦い、命のやり取りをする宿命にある。だがこれは、ちっとも嬉しくない。



 夜になって、アルが呼び鈴を鳴らしてヒカリを呼ぶ。返事は無い。

 何度も鳴らしていると、やっと顔を泣きはらしたヒカリが黙って出て来た。


「なんだか今夜は眠れないから、こっちで一緒に寝てくれないか」

 アルは、ヒカリにお願いをする。


 ヒカリは黙ってアルの胸に顔を埋めて、泣き崩れる。

 本来睡眠の必要がないヒカリだが、初めてアルの腕の中でぐっすりと眠った。



 


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