第十七話 竜殺しの血縁
クリームたっぷりの大きなケーキと大量の焼き菓子を買って、三人は菓子店を出た。
馬の手綱を引きながら、リサが先頭を歩く。
アルは、この町に入って以来リサの纏う空気が変わったような気がしている。
あの菓子店でも、店番をしていた老婦人と仲良く話していたところを見ると、リサの行きつけの店だったのだろう。
そういえば、道行く人もリサの姿を見ると何やら目配せをしているように思える。
先頭を歩くリサが、そのまま石造りの立派な門を潜ってお城の中へ入って行こうとするので、アルが慌てた。
「おいおい、どこへ行こうとしているんだ、俺たちは」
「えっ、自分の家へ帰るだけだけど……」
「これが、お前の家なのか?」
「まさか。この宮殿は、町の役場や会議場だからね。わたしの家は、ほら。あそこの門の中」
役場と呼ばれた宮殿の隣には高級ホテルか迎賓館のような白亜の邸宅が見えて、その入り口には武装した二人の門衛が立っている。
「やっほー、ただいまー」
リサが近寄り手を振ると、門衛の二人が目を丸くした。
「ひ、姫様、いやお嬢様。おかえりなさいませ!」
一人が慌てて口ごもりながら言うと、もう一人は「奥様~」と叫びながら大慌てで邸内へ駆け込んだ。
「おい。今、姫様って言わなかったか?」
「さあ?」
リサがボケるが、アルは黙っていられない。
「リサお前、こんないいとこのお嬢様だったのか?」
「まあね」
「だ、大丈夫なんだろうな、俺たち。というか、ヒカリ、頼むから、余計な事をするなよ」
「家には、先に手紙で知らせてあるから大丈夫だって」
リサは一人残った門衛にもう一度手を振って、敷地の中へ入って行く。
門から建物の入口までは大型馬車の通れる広い石畳になっていて、両側はよく手入れされた花壇に色とりどりの花が咲き乱れている。
「リサ、お前、本当にこんなところで育ったのか?」
「うん。うちはアルと同じ元王族でね、帝国へ下ってからも代々この地域の代官職を歴任しているから」
「では、リサ殿もアル様と同じくこの地方の王族だと……」
「それは、本物のお姫様じゃないかよ」
「大丈夫です。アル様もファロスト王国の国王であり、テネレの迷宮王でありますれば」
「ああ、なんだか面倒なことになりそうだ……」
「大丈夫、うちの父も兄も、メリッサのところみたいに堅くないから」
「だといいんだが……」
「アルは、まだ怪我人っていうことになってるからね。ヒカリは治療師で回復魔法と魔法薬の専門家。わかってるわね」
「はいはい」
「承知」
リサの帰宅を知り家から出てきたのは母親と大勢の使用人たちで、父と兄は仕事場である近くの行政府へ出勤しているという。
先ほどリサが言った、屋敷の隣に聳え立つ宮殿のことなのだろう。
リサは母親と抱擁を交わした後で同行した二人を紹介し、無事に挨拶を交わしてパール家の中へ招かれた。
「ずいぶん早かったじゃないの。手紙では来週あたりだって書いてあったのに」
「うん、天気も良くて順調に来たからね」
まさか、ドラゴンの背に乗って飛んできたとも言えない。
リサの手紙が届いたのは三日前だったというから、ヒカリの飛翔がとんでもなく速かったとしか言いようがない。
「リサ様、また一段と腕を上げられたようですな」
初老の執事が、眩しそうにリサを見ている。
「さすがヴィクトール、見ただけでわかるんだ」
「それはもう、以前とは別人のように洗練された身のこなし、感服いたします」
「アル、紹介するわ。うちの執事、ヴィクトールよ。我が家の剣術師範なの」
「あなたが、あの見事な剣術を指南した先生ですか。素晴らしい。ぜひ一度ご教授いただきたいところです」
「剣術だけなら、アルより強いかもしれないわよ」
「そうか、それは残念だ」
「そうね。アルは怪我の療養中だから、今回は無理よ。代わりにわたしが相手をするから、見ていてね」
「そうだな。今は体を存分に動かせないのが歯がゆいです」
「いえ、アル様。ご無理をなさらず、ゆっくり養生してください。それに、リサ様には天賦の才能がおありで、子供の頃から誰よりも抜きん出ていました。私はほんの少しだけ、手ほどきをしたにすぎません」
ヴィクトールと呼ばれた執事は謙遜するが、隙の無い動きで、アルにもその腕前は相当なものだと推し量れた。
「アルさんは、テネレの冒険者ギルドの英雄だと聞いています。よろしければティリアなど行かず、ずっとこちらで療養していただいても構いませんのよ」
「お母さん、アルは遊びに来たんじゃないの。ティリアの療養施設で専門のお医者様が待っているのだから」
「そうでしたね。でもできる限りこちらでゆっくりして行ってくださいね」
「ありがとうございます」
アルとヒカリは広いバルコニーを持つ、一階の庭に面した明るい部屋へ案内された。
アルの部屋とヒカリの部屋は扉で繋がっていて、いつでもアルが呼べばヒカリが駆け付けられるようになっている。至れり尽くせりの待遇だった。
アルは疲れたからと言って早々に部屋へ引きこもり、ベッドに横になって読書三昧で過ごす。ヒカリは自室へ入らずアルのベッド脇の椅子に腰を下ろして、彫像のように待機している。
一方、二階の自室へ一人で戻ったリサは、面白くない。
とはいえ家人の目がある自宅でアルの部屋へ入り浸るのも気が引けて、こんなことなら真直ぐティリアへ向かえばよかったなどと後悔し始めていた。
夜になり父と兄が家に帰り、改めて挨拶を交わして夕食となった。
リサがテネレへ行ってからの一年半の出来事については、それなりに手紙で知らされていたようである。だがリサが話すテネレの迷宮についての様々な話題は、簡単には尽きなかった。
しかしそもそも、こんな良家のお嬢様がどうして一人で冒険者養成学園に入学していたのか?
それをここの場で尋ねていいものか、アルは悩む。今までリサの口からは一切説明がなかっただけに簡単には口に出せないでいると、母親が困ったような顔をして話し始めた。
「リサは幼いころからお転婆で、五歳上の兄と競うように剣術の修練に励んできました。うちは古い王家の末裔と言えば聞こえはいいですが、今では名ばかりの名門にすぎません。当代の人物が凡庸であれば、すぐに優秀な官僚と交代させられるでしょう」
そうした地上の国の裏側には、全く疎いアルだ。
「そ、そういうものなのですか?」
「はい、それが現実です。帝都から離れた地方都市の治安が安定するまでは、帝国も私共を利用しましたが、今となっては旧王族などは邪魔なだけ。いつまでもこの地に置いておくのは避けたいと考えているでしょう」
しかし、先んじて亡んでいた自分の王家を思うと、リサのパール家はなかなか目端の利く賢い領主だったのだろうとアルは感心する。
「一族や家臣、それに町の民衆を含めてこれまで長きにわたり守ってきたのですから、立派なものです。きっと数知れないご苦労があったのでしょう」
アルの言葉に、母親は笑顔を見せる。
「幸い、リサの兄ライアンは留学した帝都で優秀な成績を修めて戻り、夫の補佐を務め始めました。入れ替わりにリサがテネレへ行って冒険者になると言い始めた時には、本当に驚き、悩みました」
しかし、普通の親なら悩みもせずに止めるだろう。悩んだ末に許したというのは、驚くべきことだ。この親にしてこの子あり、というところか。
リサはきっと、この母親に似たのだろう。
「でもこの子は剣の腕だけは兄をも凌ぐ天性のものを持つ代わりに、学問の方はどうもぱっとしないし、かといってこの平和な時代に軍隊や騎士というのも……早くどなたか良い方が嫁に貰ってくれないでしょうかねぇ……」
「お母さん、余計なことは言わないで!」
「なるほど、リサの弱点は頭だったのか」
「こら、ヒカリ、覚えてろよ!」
ヒカリにしか聞こえないような小声でリサが脅しているが、アルは冷や汗をかいて取り繕う。
「だから、リサは魔法を嫌い、剣だけで戦おうとしていたのだな」
「うん、無理だったけどね」
「ところで、アルさんは剣も魔法も比類なき強さとリサから聞き及びましたが」
「そうなんだよ、剣だけでも敵わないのに、魔法はもっとすごいんだから。でもわたしも、この一年半で強くなりましたよ」
「では明日はその腕を家族の前で披露しておくれ。勿論ヴィクトールに相手をしてもらわねばな」
リサの父が嬉しそうにリサを見る。
「うん、楽しみにしてね」
「そちらの可愛いお嬢さんは、小さいのに治療師だと聞きましたが」
リサの兄が、黙って行儀よく食事をしているヒカリに目を向けた。
「そう、ヒカリは治療だけじゃなくて、すごい魔法使いなんだ」
黙って食事を続けるヒカリを、リサがフォローする。
そもそもヒカリは最初から、リサの家族と一緒にこの食卓を囲むのを拒んでいた。
「我はアル様の従者故、そのような気遣いは無用」
そう言い張っていたのだが、アルに命じられて仕方なく同席している。
「ではアル様の言いつけ通り、食事中は黙っております」
だから、返事もしないのであろう。
「わたしの頭が弱いとか、余計な事は言っていたくせに……」
「アルさんは、テネレの冒険者ギルド長のお孫さんだとか。本当に優秀な方が集まっているんですね」
「あ、そういえばアルも元王族だよ。ほら、ここから西にあったオルセン王家の末裔だから」
「なんと、ファロスト王国のオルセン一族ならば、我が家とは遠い親戚筋にあたるぞ」
「え、本当に?」
「ああ、何百年前かに分かれた向こうが本家で、うちが分家にあたる筈だ。それにしても、ファロスト王国はうちが帝国に下るより十年以上も前に周辺の王家に攻められて滅んだはずだが、まさかオルセン一族の生き残りがいたとは……」
「なるほど。リサ殿の尋常ではない成長の秘密は、アル様と同じ祖先の血を引くからでしたか」
ヒカリが、妙に納得してしゃべり出す。
「いったい、どんな祖先だったのやら」
やれやれといった感じで、アルが呟く。
「はは、魔の森でドラゴンを倒したって伝説があるぞ」
「え、本当に?」
リサが、父親の顔を睨む。
「いや、だからただの昔話さ」
リサの兄は、そう言って笑う。
しかしテネレの迷宮最下層のレッドドラゴンを従えているアルと、そのアルと共に黒竜の背に乗って飛んで来たリサの二人は、素直に笑えなかった。




