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第十六話 竜の背

 


 街を出た三人は、テネレの北側を東に流れる川を下る船で、テネレ東街道の要衝の町ブルックまで行く。


 東街道を行く駅馬車なら一週間から十日はかかる旅程だが、船で下れば半分の五日ほどでブルックへ到着する。

 しかも今の季節であれば川の流れは穏やかで、馬車ほど激しい揺れに悩まされることもない。怪我人を運ぶにはちょうどよいと、ギルドの顧問医ゼロスから勧められていた。


 ブルックから先は、山道を馬車に揺られて行くことになる。


 本当はブルックで船を降りずにそのままアゼリックまで五日ほど下り、山岳地帯を迂回してティリアまで北上すれば楽な行程で、日程的にもそれが一番早い。


 ただ今回はリサの実家のあるエジェレに立ち寄るため、北の山を越えてティリアヘ行く厳しいルートになるのだった。


「別に、無理してわたしの家まで行かなくても……」

 リサはそう言うが、しかし急ぐ旅でもない。途中リサの実家で少しの間休養させてもらうのも、旅の楽しみの一つである。ティリアへは、そこから更に山道を行く。


 ブルックからエジェレまでが四、五日。更にそこからティリアまでは、十日というところか。


 全行程は、普通に行けば三週間以上になる。のんびりしすぎれば北国の短い夏が終わってしまうが、暑いテネレにいるよりは、山里を巡る旅も悪くない。



 アルは念のため頭に包帯を巻き、虚ろな目をして杖を突いている。船着き場までは、ギルドの馬車で送ってもらった。


 船とは名ばかりの大きな筏に大量の貨物を積んだ隙間に天幕が張られ、三人はそこを船室として利用することになる。床には麻袋が敷き詰められていた。

 船頭たちは、夜になると岸に筏を寄せて野営をするらしい。


 アルたち三人は怪我人が動くのは難しいと話して、そのまま筏の上を寝床として利用させて貰うことにした。


 ヒカリが集めて来る木材などの素材を魔法で加工してハンモックを吊り、天幕の日陰で川風に身を委ねる。三人は、優雅な船下りを楽しむことになる。


 アルがのんびり釣り糸を垂れている間に、リサとヒカリが岸辺へ跳躍して森の中で手当たり次第に獲物を狩って来る。珍しい果物や山菜にキノコ、持ち切れないほどの獲物で船の上は毎日が宴会だった。


 そんな光景に驚き呆れる船頭たちも巻き込んで、愉快な船旅は続く。


 天気にも恵まれ一日中船の上で過ごすのにも慣れたころ、筏はブルックへ着いた。

 もう少し筏に乗っていたいと思うほどに、川の旅は快適で楽しかった。



 ブルックの町は東西に延びる街道と北の山岳地帯へ延びる街道とが交わる三叉路で、人も多く明るく賑わっていた。


 船頭たちはそのまま更に数日の川下りでアゼリックまで行き、荷を下ろして筏を解体すると、同行している船に荷を積みテネレへ戻るという航路を往復していた。


 ブルックの宿屋で二日ばかり休養し、今後の旅程と周辺の情勢などを確認する。


 リサの言う通りにこの先馬車の通る道はあるものの、人家も少なく山深い道のりである。

 山賊の出るという噂の場所もあり、簡単な旅ではなさそうだ。


 乗合馬車は窮屈で、自由な旅を続けるには専用の馬車が欲しかったが、さすがにそれは大仰だ。そこで三人はブルックの町で馬を二頭買って、騎乗して山道を辿ることにした。


 暑い季節なので、野営の道具なども最低限しか持参していない。

 人目の届かない場所であれば土魔法で洞窟を作れるし、森の中なら簡単な小屋掛けをする材料にも困らない。


 獲物を狩ったり木の実や山菜を集めたりするのも船旅の間に慣れていたし、水も火も魔法で作れるので、たいていのことは何とかなってしまう。


 ギルドから路銀はたっぷりと貰っているし、アルも個人の資産をそれなりに持参している。二頭の馬を購入しても、まだ余裕がある。


 一流の冒険者が旅をするならこんなものだと三人が堂々としているので、多少怪しまれても金さえ払えば何とでもなる。


 リサ以外は乗馬の経験どころか馬に接したことすらないが、一通り乗り方を教われば迷宮の魔物を調教するよりは楽なものだ。

 馬が怯えて困らぬ程度に、ほんの少し威圧するだけで従うようになった。



 リサとアルが騎乗し、旅の荷物と子供のヒカリをそれぞれ振り分ける。

 ヒカリはアルの馬に乗りたがったが、重量配分上リサの馬にされたので抵抗した。


「アル様を近くで守るは我が勤め。小虫の背には乗れませぬ」

「だから、ちびっ子は前に乗れと言っているでしょ!」

「こら、その辺で止めておけ!」


 ヒカリとリサの喧嘩が始まると、馬が本気で怯える。仕方なくアルが一喝して止めて、自分の前にヒカリを乗せる。ヒカリは本物の幼女のように大喜びで笑っている。


「もー、アルはヒカリに甘いんだから!」

 リサの怒りはしかし、馬がゆっくり歩きだせばすぐに収まる。

 騎乗して、山道をのんびり歩く旅もまた楽しい。


 小型の馬車が余裕で通れるほどの、しっかりした道である。それなりのペースで旅は続く。

 臆病な馬を怖がらせないように気を遣うが、上手に気配を消しながら宥めれば、馬も察する。


 いざとなれば片手で馬を投げ飛ばすような非常識な力を持つ魔物の国の幹部たちに、野生の感覚を残す動物が従わないはずがない。

 次の村まで一日のんびりと馬に揺られ、そこで一泊した。



 この、のんびりとしたペースではリサの故郷であるエジェレまで、一体何日かかるだろうかと思われた。


 翌日は途中で日が暮れかけて次の村にも辿り着けず、野宿を覚悟したときに、アルがヒカリに何やら耳打ちをする。


 開けた場所で馬から下りた二人は、立木に繋いだ馬から離れて周囲を探る。


「近くに人の気配は無いな」

 アルはヒカリの肩に手を置くと、魔力を流す。ヒカリの体はみるみるうちに黒い巨大なドラゴンへと変身した。


「うわっ、大丈夫なの、ヒカリ?」

 リサは驚愕するが、アルは落ち着いたものだ。


「外の世界を飛ぶのは初めてだけど、リサが来るまでヒカリは時々この黒い竜になって、オレオンや九十層のホワイトドラゴンと一緒にじゃれあっていたものさ」

「我も、このような広い場所を飛べるのは夢のようでございます」


 リサはその巨大なヒカリの姿と膨れ上がった魔力を見て、魔物の底知れぬ能力を思い知る。

 普段は人型で魔力を抑えて稽古の相手をしてくれるヒカリだが、その力を開放すれば自分など一瞬で消し飛ぶような存在であることが、身に染みて理解できる。


「さて、では闇に乗じてリサの家までひとっ飛びと行こうか」


 怯える馬を何とかドラゴンの背に乗せて、巨大な黒い鱗へ手綱を繋いだ。アルとリサはドラゴンの長い首の後ろあたりに腰を下ろして、並んでいる背中の突起にしっかりと掴まる。

 邪魔なヒカリがいないので、リサは怖がりながら存分にアルへ近寄り、密着した。


「さあ、ヒカリ、目立たぬように高いところを飛んでくれ。俺たちを振り落とすなよ」

 低い唸り声と共にドラゴンが羽ばたくと、すっかり日の落ちた森の夜空高くへと飛び立った。



 幾ら巨大なドラゴンでも、旅の荷物を積んだ馬二頭と人二人を背に乗せて飛ぶのは無茶ではないか、とリサは本能的に感じる。

 これは幾らなんでも積載オーバーだよ、と突っ込みたいのだが、そのタイミングが無い。


 しかしリサの突っ込みを待つまでもなく、アルの供給する巨大な魔力に後押しされて、ヒカリは苦も無く空へ舞い上がってしまう。


 本来迷宮から出て瘴気による魔力の供給がない地上では、例え飛び上がったとしても、それほど長く飛び続けることは不可能だったろう。


 しかし、アルがヒカリに無理やり魔力を供給し続けることにより、こんな出鱈目なことが可能となっている。


 ドラゴンのあまりにも早い飛翔により、吹き付ける風もとんでもない強さになる。リサは吹き飛ばされそうになり、叫び声を上げて本気でアルの体に抱き着いた。

 すぐにアルが使った魔法防壁により、どうにか吹き飛ばされずに飛び続けることができたので、そこから先は思う存分アルと触れ合えて嬉しい。


 同時に、背中でいちゃつく二人に気付いたヒカリの機嫌が悪くなり、ますます速度が上がり揺れも激しくなる。


 今まで以上に強くアルにしがみつくリサは、文字通り舞い上がっている。

 夜も明けぬうちに、ドラゴンはエジェレ近くの広い尾根道へと着地した。周辺には、人の気配が全くない。



「うーん、もっと長く飛んでくれても良かったのに……」

「うるさい、我は疲れた」

「そりゃ、あんなに急ぐから」


「よく頑張ったな、ヒカリ」

 元の姿に戻ったヒカリの頭を撫でさすり、アルは功労をねぎらう。


 ヒカリはアルにもう少し魔力を注入してもらい、うっとりとして満足げだ。

「小虫もこうして役に立てば、アル様に頭を撫でて貰えるぞ」

 自慢げに、ヒカリが胸を張る。


「そうね。さすがにあんたの真似は無理だわ……」


「ああ、ヒカリを連れて来て良かったな」

「アル様、ヒカリはまだまだ飛べますぞ」

「ありがとう、ヒカリ。でも、今日はもう休もう」



 まだ暗いので道端の大木の下で仮眠をとり、明るくなると火を焚いて朝食の支度をする。


 あまり早い時間に町へ到着しても面倒なので、適当にその場で時間をつぶす。充分に日が高くなってから、三人は荷物を載せた馬を引いて、徒歩でエジェレの町へ入った。


 エジェレは古い城下町で、中心には旧王城だった石造りの立派な宮殿が聳えている。


 今では、貴族と呼ばれているのは王家の血を引く家だけである。

 帝国へ下った小国の王都は、今は中央から来た行政官が暮らす役所のようなものだ。戦火に焼かれなかった分だけ町も往時の姿を残し、華やかで美しい。


 リサがエジェレへ帰省するのは、一年半ぶりである。


「それにしても、リサの家は遠すぎるぞ。去年の秋休みだって、二週間で実家に帰り学園へ戻るなんて、絶対に無理だったろう」


「へへ、田舎者と思われたくないんで、ちょっと見栄を張ったかな。どうせ最初から帰る気なんてなかったし」


 だが、ここは一言で田舎というには、随分と清潔で立派な町並みである。規模が大きくないだけで、人々の豊かな暮らしが伺えた。



「ここからなら、ティリアはすぐそこだよなぁ」

 テネレからの道のりを考えると、ここからならティリアの迷宮はかなり近そうだ。


「だって、寒いのは嫌いだもん」

「ティリアは、そんなに寒いのか?」


「ここより北に行くけど山からは少し下るから、このエジェレと同じくらいなのかな。でもティリアは盆地の端だから、夏は暑くて冬は寒いんだよね」


「そんなに詳しいのなら、最初から教えてくれればいいのに」


「いや、行ったことはないの。ただ、テネレへ行く前にティリアの事も色々と調べていただけ。あ、この店のケーキを手土産にしようかな」

 リサは小さな菓子店の前で立ち止まり、半分開いた格子窓から店内を覗く。


 すっかり自分の家に帰って来たように落ち着いて、足取りも軽く甘い香りの漂う店の中へ入って行った。



 


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