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第十五話 次のステップ

 


「それにしてもこの濃厚過ぎる瘴気、お前たちは平気なのか?」

 アントンが目を丸くして、深呼吸をする。


「あ、そうだね。確かに、こんなに濃い瘴気は初めてだ」

「うん、泳げそうなほど濃いよ」

「やはり、そうでしたか。何か迷宮の上層とは根本的に違うと感じてはいましたが」

 初めて最下層へ来た三人は、アントンのような強い不快感を持たないようだ。


「なんだ。瘴気が苦手なのは、じじい一人だけか」

 アルが、意外そうに呟く。


「ふざけるな、馬鹿者。こんな狂ったような瘴気の中に平気でいられる奴の方が、絶対にマトモではないぞ」

 アントンは両手を広げてアピールするのだが、誰も相手にしてくれず話題を変えるしかなかった。



「そういやぁ、お前たち二人もSランクになったのだな。そのうち暇な時間ができれば、各地の迷宮へお邪魔することになるだろう。まあ、今のここの状態では、当分は無理だろうけどな」

 アントンが、ナタリアとケイティに向けて残念そうに言う。


 Sランク冒険者に昇格すると、見識を広めるために各地の迷宮を見て回る義務が生じる。ギルドの費用で旅ができるのだから、ちょっとしたご褒美であろう。


「ええー、それなら今回は私たちも一緒に連れてってよー」

 当然のように、ナタリアとケイティが不満を爆発させる。


「すまんが、今はこのテネレのためにお前たちの力が必要だ。だがもう何年かすればきっと、次々と学園を卒業した俊英たちが成長するだろう。それまでは二人にギルドを引っ張って行ってほしい。お前たちの実力も、この先どんどん伸びるぞ」


「うーん、困ったな」

「心配するな。アル様のことは我らに任せておけばよろしい」

 アルは自信に満ちたヒカリを見て、かえって表情を曇らせる。


「実はこいつが、一番心配なんだよなぁ……」


「アルよ、これは魔物だぞ。迷宮の外へ出すことは、ギルドの掟により許されん」

「そうだったな。仕方ない、ヒカリも姉ちゃんたちと一緒に留守番だな」

「あ、アル様、それは幾らなんでも……」


「アントン、何とかならないか?」

「無理だ」

「だそうだ」


「アル様、ヒカリはアル様から離れては生きていけませぬ……」

 ヒカリは涙をぽろぽろこぼして、アルに縋りつく。


 そのうちに、いつものように小さな子供の姿へと変化してしまった。



「おいヒカリ、小さくなってるぞ」

「ううっ、こ、これは屈辱……」

 そう言いながらも、アルの腕に抱きついてシクシク泣き続ける。


「本来のヒカリの精神年齢は、この程度だ。しかし、その力は本物だぞ。その気になれば魔物の気配も完全に隠せるし、他の人間の姿に変化もできる有能な奴だ。何かと役に立つので、旅には一緒に連れて行きたいのだが……」


 アントンは孫を見るように目を細め、優しい瞳でヒカリを見ている。

「そうだな、魔物だとバレなければワシは構わん。誰も知らなかったことにしておくので、あとはお前が何とかしろ」


 ヒカリが泣き止み、顔を上げた。


「実は、姉ちゃんたちとクレンツ村で会っていたマットの半分くらいは俺だったけど、残りはこのヒカリだったんだよね。何か疑問に思わなかった?」

 ナタリアとケイティはヒカリを見て、赤面する。


「恥ずかしながら、私もケイティも全然気付かなかったくらいなので、普通の人にはヒカリが魔物だと気付かれることはないでしょう。そこは保証できます」


「ま、今回は特例だらけだから、とにかく絶対に問題を起こすなよ、とだけは言っておこう」

 アントンは、相変わらず嬉しそうにヒカリを見ている。



「承知。我は死んでもアル様をお守りいたしますので……」

「いやだから、そういうことじゃないから」

 アルが、腕にぶら下がるヒカリを引き離す。


「アル君も前途多難ね」

「あとはリサちゃん、頼んだわよ」

「任せてください!」

 リサはやっと、自分も認められたのだと感じた。


「でもね、私たちだって諦めたわけじゃないから」

「えっ、もしかして第二夫人の件ですか?」

 リサが、つい余計な事を言ってしまった。


「おおっ、もう正妻気取りか。先輩二人を相手にいい度胸してるな。一度、表へ出るか?」


「やめてくれ、姉ちゃんたち。大体ここから表へ出るってのがどんなに大変か、わかってるのか? ……俺なんて十六年たっても、まだ出られないってのに」


 アルのぼやきに、二人の頭も冷える。リサも、尊敬する先生二人に喧嘩を売る気は毛頭ない。


「いえいえ、とんでもありません、くれぐれも気を付けて行って参ります。本当に色々ご協力ありがとうございます、お姉さま方」


「……お姉さま?」

「……キャー、ケイティ、私たちがお姉さまだって!」

「ああ、いい響きねぇ、お姉さまかぁ……」


「ふう、この姉ちゃんたちが単純で助かるな……」

「聞こえてるよ、アル君」

「私たち、単純だけど耳はいいからね……」


 アルは、深く頭を下げる。

「……ごめんなさい、お姉さま方」


「まあいいか、許そう」

「そう、お姉さまの心は空よりも広く、偉大なのよ」

 アルは、ほっとした。


 ナタリアとケイティには、この街でやるべきことが多い。今はアントンやこの姉ちゃんズが迷宮に縛り付けられているお陰で、自分は旅立てるのだ。


 とりあえず街を出さえすれば、当分二人の顔を見ることはない。今日はいくらでも頭を下げるつもりで、アルは二人を持ち上げて逃げに入った。



 その日のうちに、アルの転移によって四人の客人は地上へ戻った。

 会合の翌日にはもうギルド側の話はまとまり、速達の手紙がティリアの冒険者ギルドへ送られた。


 せめて速達郵便が届いて幾らかの準備期間を置いてからティリアへ到着するように、と念を押されたので、アルの一行が慌てて出発する理由はない。

 遅くとも、一般的な旅程の半分ほどの期間で手紙は届くだろう。


 出発の前にリサは一度街に出て、チーム〈アル〉の面々と久しぶりに会って話しができた。

 アルの生存については、まだ伏せられている。


 だがチーム〈アル〉のメンバーには伝えておきたかった。

 それについては、アントンも了承している。


「ごめんなさい、みんな。クレンツ村からの帰り道は、大丈夫だった?」

「ああ。どうってことはない」

「リサ、心配したよ。元気そうで安心した」


 それからリサは、ギルドが正式発表するまで内緒だけど、と断って、事情を話し始める。

 密かに迷宮から救出されてずっと意識不明だったアルが目覚めて、リサの名を呼んでいた。

 そんなアルの世話をするために、急遽ギルドから極秘で呼ばれたことを話すと、歓声が上がる。


「そうか。アルはやはり、生きていたか……」

 メンバーからは、口々に安堵の声が漏れる。


「うん。今では順調に回復しているけど、まだ記憶が一部戻らず体も弱っているので、これから涼しいティリアへ療養に行くことになったの。みんなには悪いけど、私も一緒に行くわ」


「そうだったのか……」


 ギルドの顧問医が、向こうにいる腕のいい医者を紹介してくれた。すっかり回復すれば、またテネレへ戻って来るだろう、などと説明した。



「私たちが戻って来るときのために、既成のギルドやパーティに頼らない、新しいネットワークを作る必要を感じているの。学園の卒業生や所属するチームの協力が必要ね」

 それはきっと、複数のパーティを束ねたクランのような存在になるでしょう、とリサは続ける。


「あと、アルが元気で戻って来るまでに、このチーム〈アル〉の名前も変えた方がいいだろうね。それは、みんなに任せるよ」

 リサの言葉に、メンバーは興奮する。


「確かに、巨大なパーティの規則に縛られるのは御免だし、かといって小さなパーティでは思うように稼げないと感じている者も数多い」

 レイと共に一流パーティから離脱したばかりのリディアは、自分たちと同じような考えの冒険者が多い事を知っている。


 これからは、迷宮でも街でも、冒険者の活動の幅が広がるだろう。思う存分暴れられそうな予感に、リディアは震える。


「私たちがティリアで得た新しい知見を持ち帰り、それをこの街で共有する仲間が欲しいの」

 最後に、リサが言った。


 だからチームは生まれ変わり、新たな段階へと進む。


 正式にギルドを通せば改革の動きが遅くなり、自らの手を半分離れることになる。逆に、ギルドの運営にも影響を与えられるような、自由な組織が必要だ。


 チーム〈アル〉が二度目のストーンゴーレム攻略に滑り込みで参加して、組織戦の最前線を経験した。その経験も生きるだろう。


 ファロストの誓いの二人を含め、学園の仲間やロイドなどマットの仲間も加えて、より強く先鋭的な集団を作り迷宮の攻略を進め、しかも危険を回避し冒険者の生還率を高める。それが、リサがチーム〈アル〉に託した内容だった。


「テネレの街を騒がせないためにも、アルについての正式な周知は出発してからになるので、見送りはいらないよ。絶対に、元気になったアルと一緒に帰って来るから」

 そう約束して、リサは仲間と別れた。



 マットの店はファロストの誓いの二人が現場の拠点として利用することになり、迷宮最下層に繋がっていた店の奥の魔法陣をアントンの屋敷の地下から入れる迷宮の通路へ繋げ直した。


 魔法陣にはアントンファミリーだけに使用権限を付与する。アントンの屋敷とマットの店の行き来が楽になり、ファミリーの根城として便利に使えるようになった。


 さて、アントンはヒカリの同行を許したが、万が一にも魔物の素性がバレないようにしなければならない。


 迷宮を出たヒカリの魔力の浪費を抑えることと、突然子供の姿になってしまうリスクの管理が重要である。


「それなら、最初から子供のままで旅に出ればいいのに」

 リサの言葉に、アルは膝を打つ。

「それしかないな!」


「そんなの、嫌でございます。小虫は、余計な事を言わぬよう気を付けるべきです」

「いや、俺もいい考えだと思う」


「そんな屈辱的な……我はアル様の護衛であるのに」

 ヒカリは抵抗したが、アルの命令なら従うほかにない。


 下手な小細工をすればすぐ馬脚を現すので、ヒカリは腕の良い魔法医としてアルの医療担当という名目で同行させることになっている。


 子供の姿では多少無理があるが、ヒカリは無駄に態度が尊大なので、丁度いいかもしれない。アル・オルセン個人に仕える、天才魔法少女の役割である。


「天災魔物妖女?」

 リサにからかわれて泣いても、最初から子供の姿であれば特に問題はない。



 リサはアルの婚約者だと本人は言いたいところなのだが、ティリアへ行く前にリサの実家へ寄る予定であるので、今はまだ迂闊な事は言えない。

 何とかしてそれを両親に認めさせるのが、今回の重要なミッションの一つでもある。


「ん、俺は既に認めたことになっているのか?」

 と気軽に言いかけて、アルは慌てて口を閉じる。今のリサは、うっかりした事を口走ると切り刻まれそうな殺気を秘めているので、ここは口を閉ざしておくしかない。


 そもそも王侯貴族や高級官吏でもない田舎街の若者が、婚約とは大袈裟な。まるで物語の中の世界だとしか思えない、アルであった。


 それでもリサが同行する理由は、正式にギルドが選んだ友人代表の世話係である。長旅で怪我人の身の回りの世話をするために手を上げてくれた、気のいい仲間なのだ。


 待ちきれない三人は、迷宮の会合から僅か四日後には旅立ちの支度が整っていた。

 いよいよ三人が街を出る。




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