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第十四話 芽生え

 


「キャー、やっぱりアル君だ」

「アルくーん」

 ナタリアとケイティは、何も考えずアルに飛びついて抱きしめる。


「こら、待て。周りをよく見ろ。マットが困っているだろう!」

 そう言われて二人はやや正気に返り、アルから一歩離れる。


「さて、これはもうメリッサから何とか言ってもらうしかないのかも……」

 あまりの混乱に、アルはお手上げだった。


 そこへ、リサが料理を運んで来る。

「お待たせ~、夕飯の支度ができましたよ」

 よく見れば、テーブルの上には人数分の食事の支度がほぼ整っていた。


「そこのお調子者の獣が自分に任せろとか言いながらどこかへ行ってしまったので、全部わたしが作ったんですよ~」


 リサの言葉に、マットの姿をしていたヒカリが瞬時に大人の女性の姿へ戻り、反論する。

「何を言うか。我はアル様の重要任務のためやむを得ず人間どもの相手をしていたまで。そもそも、下っ端のお前が食事の支度をするのは当然のこと」


 一歩も引かずに口喧嘩を始める二人の姿に、事情が分からぬ三人は再び凍り付いた。



「ええええ、マットって、女性だったんだ」

「嘘……この色っぽいお姉さんがマットなの?」

 ショックのあまり、ナタリアとケイティは二人で向き合ったまま硬直し、互いの手を取り怯えている。


「さあさあ、詳しい説明はゆっくりしますから、先ずはみんな席に座りましょう」

 メリッサがそう言うと、先にアントンを奥へ導き両隣にナタリアとケイティ、そしてアントンの向かいにアルを座らせる。アルの両脇にはリサとヒカリ、その間に自分の席を割り振った。

 中心にメリッサが座ると、即座にテーブルのグラスを持ち上げる。


「ではみんな揃ったので、はーい乾杯!」と迷宮ワインのグラスを無理やり合わせた。



「そもそも、なんでメリッサが迷宮にいるのさ……」


「ナタリアの疑問はもっともだけど、これから順を追って話します。ですから、食事をしながらゆっくりと聞いて下さいね」


 メリッサは、まずアルから聞いた最初のストーンゴーレム戦のところから、話を始めた。

 アルより先に街へ出ていたマットの存在、新たに生まれたヒカリの存在、そしてマットの姿をしたアルを一目で見破ったリサの存在。


 そして今、その三人がここで寄り添って暮らしながら、これからどうしようかと迷っている。

 メリッサは自分だけでなくテネレの街をも守ってくれたアルに感謝しつつ、その帰る場所を用意できなかった自分たちの責任を重く感じている、と心情を吐露した。


「そしてできることならば、アルには偽名ではなく、今のままのアル・オルセンとして堂々と生きてほしいと思うの。そのために、一時的にテネレを離れて暮らすことも必要ではないかと考えたのだけれど、どうかしら?」


 メリッサはゆっくりと食事を楽しみながら、淡々と説明した。



 さすがにアントンもナタリアもケイティも、メリッサの言葉には考えるところがあるようで、途中で言葉を挟むことなく黙って聞いていた。


 本当に困ったアルがメリッサを頼ったこと自体が、三人にとって大いなる反省点でもあった。

 既に三人がティリアへ出かける準備も、着々と進んでいるのだ。


「このままギルドの理解と協力を得て、生きていたアルのことがセンセーショナルに取りざたされることのないように上手く世間に知らせ、穏やかに送り出してあげたいの」

 三人から相談を受けたメリッサは、そう考えている。


「そのための知恵と力を、あなたたちからも借りたいの。お願い」

 メリッサの言葉は穏やかだが力強く、愛に満ちていた。ナタリアとケイティは、涙を浮かべる。

 アントンは成長した若者たちの姿が眩しくて、嬉しさのあまり、こちらも別の意味で涙ぐんでいた。



「アルが行方不明になって既に四か月以上過ぎている。さて、どう言い繕うか。意識不明のまま、アムンゼウスの病院で治療していたことにでもするか?」

 アントンが、思いつくままに意見を口にする。


「アムンゼウスまで巻き込むと話が大きくなりすぎるので、それは勘弁してほしい」

 アルの言い分ももっともだと、アントンも思った。


「でも意識不明で生死の境を彷徨っていたっていうのはいいかもね。ギルドの藪医者に協力してもらえばいいんじゃない?」

 ナタリアがここで言う藪医者とは、アントンの親友でゼロスという名のギルドの顧問医である。


「そうだな、奴に頼んでみよう。では、最近意識を取り戻したアルが、テネレの暑い夏を避け涼しいティリアへ静養しに行く、という筋書きでどうだ」

「いいですね」

 アルも、それなら即座に同意できる。


「しかし、次から次へとじじいの口から嘘が出て来るのには、感心する。さすがとしか言いようがない」


 アントンは、アルの皮肉を無視して続ける。

「では、ワシが向こうのギルドへ紹介状を書こう。まあ、向こうで元気になっても慌てて戻らずに、しばらくは滞在するつもりだということでいいな」


「ありがたい」



「で、そのリサちゃんとヒカリについては、どう書けばいいのかな?」

 ナタリアが口を挟んだ。


「そんな事まで細かく書かないでいいに決まっているだろ。付き添いの者が二名、だけでいい」


 それを聞いて、ナタリアとケイティは黙っていられない。

「え、付き添いは二人だけなの?」

「腕のいい護衛はいらないかな?」


「護衛は間に合っている。いいか、姉ちゃんたち。あんたらがリサの先生だったのはもう過去の話だ。今じゃこのリサとヒカリの二人は、あんたらより遥かに強いぞ」


「それは、聞き捨てならないわね」

「私たちだって、冒険者の意地ってものがあるのよね」


 だが、ヒカリが不敵に笑って二人を制止する。

「愚かなことはやめておけ。我が技を伝授したリサは強くなった。もはや普通の人間のレベルでは、束になってもリサには勝てん」


 ほっとしながら、アルも続ける。

「あと、皆さんには警告しておくけど、このヒカリには間違っても手を出すなよ。多分この迷宮では俺の次の次ぐらいには強いから」


 アルの言葉に、ヒカリへ視線が集まる。



「ええー、ありえなーい。ヒカリは、迷宮の魔物だという意味よね?」

「だとすると、お前はなんて化け物を飼っているのじゃ」


「でもその化け物と毎日いい勝負を続けているのが、このリサだぞ」

「うそー」


「ちょっと試してみようよ?」

「いや、待て。やめておけ。確かに、今のお前らではまるで勝負にならん」

 不敵に佇むヒカリをじっくりと観察したアントンが、慌てて二人を止める。


「えっ、マジか……」

 二人はアントンの顔が次第に引きつるのを、茫然と見ている。


「ああ。それに、ヒカリだけではない。今のリサなら、あのストーンゴーレムを一人で倒せそうな力を秘めている。この短い間に、いったいどんな無茶な訓練をしたのかは知らんがの……」


「信じられない……」

「ん、それじゃわたしって、もう人類最強レベルかな?」

 リサが、無邪気に声を上げた。


「確かに、ワシが知る限りアルを除けば既にその地位にいてもおかしくないような気配を感じる。恐ろしいことに」

「ここで一か月修業しただけなんだけどね……」


「ふん、我が最初に、人類最強の女に育てると言ったのを忘れたか?」

「いや、それを冗談と思わない方が、頭がイカレてると思うけど」


「俺には、頭のイカレた女が二人いるとしか言いようがない」

「それをアルが言う?」


「それにしても、相変わらずここの瘴気の濃さは酷いな。これが二人の強さに関係しているのか?」

 アントンが、話題を変えた。


 最下層に集まった皆はその濃い瘴気に圧倒されているが、不思議とリサは最初から気にもしていなかった。


 アントンの問いに、ヒカリがアルへこっそりと進言する。

「それは、この小虫だけが特別な事。ですが、我はふた月ほど前にアル様の大量の魔力を頂戴し、新たなる力に目覚めました。だとすればこのハゲにもアル様の魔力を直接くれてやれば、その曇った目が覚めるやもしれませぬ」


「なるほど、そりゃ面白い。試してみよう」



「じいさん、少しいいか?」

 アルはアントンの横に立ち、その額に手を当てる。


「動くなよ」

 アルはほんの少しだけ、アントンの額に魔力を流し込んでみる。


「うギャッ、な、なんだこれは」

 アルに魔力を少し注がれたアントンは、その衝撃で椅子から小さく飛び上がった。


「さて、何か変わったか?」

「いや何も」

「そうか……」


「いいえ、アル様。あの者の頭をよくご覧ください」

「おお」

「すごい」

「なんと」


「俺の頭がどうしたんだ。ああ、これは、妙にむず痒い、たまらん!」

 アントンは、自分の頭を両手で乱暴にかきむしる。


「あああ、そんな事をしたら……」

 皆の悲鳴が上がる。

 アントンの頭に突如として延び始めた十数本の白く長い毛は、雑に頭を撫で回すその指に絡んで一本残らず抜けてしまった。


「ああ、もったいない」

「せっかく生えたのに……」

「馬鹿力が、仇になったよね」


 その場にいた全員の視線が、アントンの両手に絡まる貴重な髪の毛に注がれた。

 無言のまま、時間が過ぎる。


「きっと、これから次々に生えてくるんだよ」

「うん、今の芽生えは先ぶれだね」

「そうだよ。アントンには希望の光が見えるよ。ああ、今日は一段と眩しいじゃないか」


「もういいっ!」

 アントンはそれでも掌に残った自分の白髪を、名残惜しそうにじっと見ている。


「これでいい。ワシはこのヘアスタイルが、気に入っているのだ」

「ヘア無しのスタイルだが、じじいにはそれが似合っていると思う」

 珍しく、アルがアントンをフォローする。多少は、申し訳なかったと思っているのだ。



「さあ、食事を続けましょう。ワインもまだありますよ」

 リサが不穏な空気を一掃すべく、皆に酒と料理を勧める。


「アントン、なるべく早くアルさんたちを旅立たせてあげたいのだけれど」

 メリッサが本題に戻してくれた。


「そうだな、アルには早々にギルドでゼロスに会ってもらおうか。そこでメリッサも一緒に打合わせをしようじゃないか」


「出発する日程が決まれば、向こうのギルド長シュピーゲル宛に手紙を書く。奴は腕も立つし仕事もできる有能な男だ。信用していい。それに、向こうにはセシリア嬢もいるしな」


「アントンは、二人とも知っているのか?」


「当然だ。シュピーゲルが若いころには、一緒にジメールの迷宮を探索した。セシリア嬢にはティリアへ視察に行った際に世話になった。もう十年近くも前の話だ。あの頃のセシリアはまだ売り出し中の新人だったが、既に他の冒険者とはモノが違った。それからあっという間にSランクにまで登った。ちょうどお前たち何ちゃらの誓いの二人みたいなもんだ」


 アントンが、遠くを見るように顔を上げる。


「それ以来、ティリアへは行っていないのか?」

 アルは、構わず問いかけた。


「そうだな。特にこの街に迷宮が見つかってからは、それどころではない。だがSランクに昇格した冒険者は全てのギルド支部を訪問する義務が生じるので、その後セシリアも一度ここへ来ていたな。だが何せあの頃は忙しかったからなぁ。ナタリアとケイティもその時会っているだろう、覚えているか?」


「覚えてるよ。私たちが冒険者になったばかりのころだから、四、五年前かな」

「うん、巨乳の色っぽいお姉さんだった……」

 巨乳と聞いて、アルはついメリッサを見てしまう。


「あ、でもメリッサには負けてるかな」

「勝ちました」

 メリッサは、アルに向かって微笑んだ。


 アルの顔が赤くなったところで、リサの肘がわき腹に食い込んだ。



 


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