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第四話 襲撃

 


 少しでも隙を見せれば、人を騙して金を巻き上げようと考える者がいる。それは街でも迷宮でも同じだ。


 迷宮村でも、粗悪な薬や道具をうっかり買って命を落とす者が出ないように、ギルドの認定品や鑑定済みの品については、きちんと高額で販売されている。冒険者が持ち込んだ怪しげな物品との間には、大きな価格差があるのだ。


「そりゃあ、うちで扱う品物はしっかりした鑑定品ばかりだから、ちょっとばかり高いが、安心して買ってくれ」

 ギルド認定をうたう店のオヤジは、そう言って胸を張っていた。


「本当に、信用できるのか?」

「馬鹿野郎、俺はギルド認定の鑑定スキル持ちだぞ。魔物のコアだって、本物なら高値で買ってやるよ」


 確かに、そこに並んだ商品はアルの鑑定眼で見ても、正真正銘の本物だった。


 少なくとも、冒険者の中には迷宮で使える鑑定スキルを持つ者が少数存在する。外へ出てもギルド周辺であればまだ使えるだろうが、迷宮から遠く離れれば役に立たない。

 恐らくアルほどではないが、迷宮の記憶へ部分的にアクセスできる者が他にも存在するということだ。


 人を騙して儲けるのは悪だが、安くても高くても、未鑑定品を買うのは自己責任になる。

 売り手の値付けは自由で、買い手が買うも止めるも、それも自由だ。


 その辺りの違いが理解できない者は、そもそも迷宮に入る資格がない。冒険者には、それを見分ける知識と眼力も必要なのだ。


 従って、何も知らずにうっかり迷宮へ足を踏み入れた街のごろつきがここで長生きできる見込みは、かなり薄い。


 己の罪や過ちを命で購える覚悟のある者だけが、迷宮へ入ることを許されるのだ。


「おい、あんた、一人で街へ帰れるのか?」

 よせばいいのにアルは、店先で項垂れている女の背中に声をかけてしまった。


「当たりめぇだろう、と言いたいところだが、あたしの腕じゃ無理だ。ここへ来るにも強そうな連中に金を払って連れてきてもらったんだ。情けねぇ……」

 女は下を向いたまま、自分の足元を見ている。


「街で何をしたんだ?」

 アルの問いにも、女は無言で下を向いている。


「金がない割にはずいぶん立派な剣を持ってるじゃないか。ここで売り飛ばせばいい金になるぞ。それともまさか、それで冒険者として生きるつもりなのか?」


 女は顔を上げて、アルを睨む。

「そうだよ、そのつもりでここまで来たんだ。まさか、魔物がこんなに強いだなんて思わなかったさ。あたしが甘かったんだよ!」


「簡単に街へ戻れない理由があるのだな?」


 更に女の眼の光が強くなる。

「ここで魔物に喰われることを思えば、大したこたぁねえさ。一度戻って冒険者としてきっとここへ帰って来るぜ」


「おいおい、それが一人で戻れない奴の言うセリフか?」

 アルは呆れるが、思わず笑ってしまう。


「笑うんじゃねぇ!」

「ああ、すまない。では詫びのついでに、俺が上まで送ってやろう」


「いいのか?」

「暇だからな」


「あたしの体が目当てか?」

「まさか。嫌なら止めてもいいぞ」


「い、いや待ってくれ、お願いだ、頼む。恩に着るぜ」

 やっと女が立ち上がる。


 そうしてアルは道すがら魔物との戦い方を女に教え、意外に女の筋が良いことに驚きつつ、入口に近い上層で別れた。


 別れ際に、その日倒した魔物のコアを全て女に手渡した。女は無言でそれを掴むと、涙を浮かべて走り去った。


 力強く走る女の後姿を見送りながら、アルは呟く。

「迷宮の王としては、厄介な冒険者を一人増やしただけなのかもしれないな……」



 こうして、アルは仮面の男マット・レザクとして本格的にイグナト村への出入りを始め、人々との繋がりを深めていく。


 時には宿屋へ泊り、草原で狩ったファットラビットの肉を宿屋で他の冒険者に振る舞い酒を酌み交わすなど、少しずつ交流を深めた。

 物価の高い迷宮村へ宿泊して酒を飲むなどというのは、一人前の冒険者でないとなかなかできないことだ。


 そうして迷宮村に並ぶ何軒かの店を全て覗いてみて、残念なことを発見した。

 例えば町へ戻る冒険者が売り払った不用品を揃えている店がある。武器屋や道具屋では扱われないような、雑貨を扱う店だ。そんな店なら、小説の本が手に入るのではないかと思ったのだ。


「すまん、本は扱っていないのか?」

「ああ、今あるのはこれだけだな」

 店のオヤジが示したのは、迷宮の上層階の案内図を集めたものだった。アルはちょっと手に取ってみたが、望んでいるものとは違う。


「暇つぶしに物語など読みたいのだが……」

「ああ、それなら宿屋で聞いてみな。何冊かあるものを貸してくれると思うぜ」

 なるほど、そういう手があったか、とアルは喜んだ。


 アルはお礼にと、その店で細い小刀を二本買った。小型の魔物を解体するのにも使えるが、この形の物は投擲ナイフとして利用できる。魔力を流して打ち込めば、中距離での牽制攻撃としても有効だ。


 アルの村ではよく使われていたが、鉄の小刀自体の数が不足して、魔物の骨を削って作っていたのを思い出す。街の冒険者が投擲しているのは見たことがないので、本来の使い方ではないのだろう。


 アルは礼を言って馴染みになった宿屋に帰ると、さっそく主に聞いてみた。

「ああ、本ならその辺に何冊かあるぞ。適当に持っていきな」


 注意深く見れば入口近くのカウンターの隅に、何冊かの本がまとめて積んである。迷宮攻略ガイドや魔物図鑑のようなものが多いが、読み物の本も何冊かあった。

 アルはそれを借りて部屋に戻ると、久しぶりの読書を楽しんだ。



 徐々に冒険者たちから認知されつつあるマットの存在だが、単独行動の冒険者のためどの程度の実力を持つのか、周囲も疑問に思っていた。


 もちろん彼が持ち込む魔物のコアは単独で討伐するにはかなりの腕がないと不可能なレベルのものが混じっていて、それなりに評判にはなっていた。


 しかし試しにパーティへ誘ってみても常に拒まれ、その腕を見る場面もない。


 アルも、できることなら他の冒険者とパーティを組んで戦ってみたいと思っていたが、まだ自信がなかった。無口を装い不愛想な変わり者を演じながら、中身は自分の正体が露見するのを恐れる、小心者の少年だった。


 滅多に強い魔物が現れない十五層だが、周囲に魔物が全くいないわけではない。特に開拓初期には魔物の集団に村が襲われる場面も頻繁にあったため、今でも聖なる泉に面する場所以外には厳重な木柵が設けられている。


 村に泊まっているある夜、アルは悪戯心を起こして魔物を村の周囲へ呼んでみた。この辺ではあまり見かけない、ちょっと強めの魔物たちだ。これには、村の冒険者たちの力量を試す目的もあった。


 基本的に魔物は瘴気のある場所では食事の必要がない。魔物同士で食い合ったり争ったりする必要もないのだが、地上の生き物の個性を残す魔物たちは、草を食べたり下位の魔物を襲って食うし、気の荒い魔物同士が出会えば争いも起きる。


 スパークウルフはもっと下層にいる厄介な魔物サンダーウルフの下位モンスターで、爪や牙から直接電撃を放ち獲物を気絶させる。


 サンダーウルフのように遠隔から放電する能力はないので、距離さえ置いて戦えば少し大きな体の狼と変わりない。

 とはいえ、アル自身は普通の狼というものを見たことすらないのだが……


 さて、夜行性のスパークウルフが深夜密かにイグナトを囲んでいる。ほとんどの村人は寝静まり、まだ気付いている者は誰もいなかった。


 スパークウルフの群れは村の木柵の下に穴を掘って侵入し、音もたてずに家畜小屋を襲った。そこへ用足しに外へ出て来た酔っ払いと鉢合わせをして、大騒ぎになった。


 昼間のコンディションの良い場所であれば簡単に遅れをとることもない魔物だが、深夜の村の中、しかも相手の正体も良く見えない状況で、酔った男は情けない悲鳴を上げた。


 迷宮にあっては片時も武器を手放すことなく行動する冒険者も、この時ばかりは油断していた。手近にあった箒を手に取り何とか飛び掛かる牙の初撃を躱したのは運が良かったが、すぐに次の攻撃に伴う電撃に倒れて気を失う。


 男の首を食いちぎろうという狼の目が、倒れた男の後ろから飛び出て来た冒険者の剣の輝きを捉えて後ろへ下がった。


「魔物だ!」

「魔物の群れが村を襲っているぞ!」


 そこでアルも剣を取り、宿屋から外へ出た。

 村の中央通りに狼の大きな姿がうごめいている。


 アルは手を上にかざして、ライトの魔法を使う。村の上空十メートルに、スイカほどの光の玉が浮かぶ。


 暗闇の多い迷宮で戦う冒険者には必須の魔法だが、アルの使う魔法の光量は桁違いだった。

 真昼のような明るさに照らされた村は侵入した魔物の姿をくっきりと現して、通りへ飛び出た冒険者たちを驚愕させた。


「サンダーウルフかっ?」

「違う、スパークだ」

「どこから入った?」

「そこの柵の下に、穴があるぞ!」

「逃がすな、殲滅する!」


 そこから、村の中での大乱戦が始まった。


「ここは俺に任せろ」アルは裏木戸の近くにあった穴の前に立ち、逃げようとする魔物に剣を振って威嚇する。


「そっちへ行ったぞ!」


 アルに追われた魔物は泉のある村の中心へ逃げ戻り、冒険者たちと激しい戦いを繰り広げた。


 三十分ほどで、魔物は全て倒された。村人には軽症の者しかいない。さすがにベテラン冒険者の村である。


 仮面の男マットが最初に放った巨大な照明弾の威力は抜群で、その後の殲滅戦での活躍も認められて、村の男たちとの距離がぐっと縮まった。


「おう、兄ちゃん、あんたのおかげで助かったぜ」

「まったく、あんなでかい照明弾を見たのは初めてだ」


「なかなか腕もたつようだし、どうだ、今度うちのパーティと下へ狩りに行かねえか?」

 興奮醒めぬ男たちが健闘をたたえ合う中心に、仮面の男もいた。

「あ、ああ。考えておく」


 アルは、冒険者の使うライトの魔法が小さいのは、周囲の魔物を呼び寄せぬよう加減しているのだと思っていた。まさか、あの程度の魔法で感心されるとは。


「魔法を使う時には、もっと気を付けよう……」

 狩りの誘いには簡単に同意できないが、アルも悪い気はしなかった。


「これだけあれば、今夜は肉の食い放題だぞ!」

 肉を捌いていた食堂の店主が、大声で叫ぶ。


 すぐに倒したスパークウルフの肉を焼いて深夜の酒盛りが始まり、それが朝まで続いた。


 村の防衛戦に参加したおかげである程度の実力を認められたマットは、周囲に一目置かれる存在となった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


今週は毎日投稿を目指します。

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