第十三話 招待
「この食材は、街で買って来たものでしょ?」
夕食の席で、リサが問いかける。
「ああ、五日に一度くらい街へ買い出しに行っている」
買って来た食材は、王家の宝物庫として使っていた保管箱に入れている。時間の経過しない保管箱の中ならば、食材は痛まない。
「王家の秘宝の代わりにパンや野菜が入っているんだから、究極の無駄遣いよね……ご先祖様が泣いているんじゃない?」
「七十年の間に失われた物も多く、まだ空の箱は余っている。問題ないさ」
「へぇ、無駄遣いってわけじゃないんだ」
「貴重な食材を保管しているんだ。有効活用、と言ってくれ」
「そういえば、迷宮には麦や米なんてないでしょ。アルの生まれた村では、何を主食にしていたの?」
「パンの実がある」
「パンの実?」
「ああ、四十層より下で育つ迷宮植物の実だ。焼くと、パンのような味になる。昔は三十二層でも育てていた」
アルにとっては、迷宮を出るまでこれだけがパンだった。
「アルは、本物のパンの味を知らずに育ったんだ……」
「ああ。去年、迷宮村で初めて本物のパンを食べてみて、驚いた」
パンの実は、実はパンではなかったことを初めて知った。
「へえ、面白そう。食べてみたいな」
「本物のパンの方が遥かに美味いぞ。十五層のイグナトで焼いている不味いパンにすら負ける。食べたければ、今度採って来てやろう」
「では、明日にでも我が採取してまいります」
「ヒカリ、私も連れて行って!」
「大丈夫か?」
「我が同行すれば、問題ありませぬが、それよりアル様がそのように迷宮へ命じていただければ、魔物が襲うことはないと思いますが」
「そりゃそうだな」
そう言ってからアルは気付いて、ふと目を閉じる。
そして部屋の隅へ目を転じると……
「アル様、それはパンの実では?」
「ああ、ちょっと迷宮にお願いしたら、そこにパンの木が生えた」
「うわぁ。迷宮王の力、恐るべし、だね」
「なんか職権乱用で後ろめたいような気になるのは、俺の気が小さいからかな?」
「はは、その気持ちをいつまでも大切にね。庶民的な迷宮王がいてもいいんじゃない?」
メリッサとの二度目の会合は、予定通り三日後に行われた。
アルたちが冒険者を通じて得たティリアの情報と、メリッサがギルドで調べた情報を突き合わせて検討してみた。
地元の冒険者には評判の良くないようだったティリアのギルド長は、組織内では信頼も厚く特に面倒を起こすようなおかしな人間ではなさそうだ。
問題はセシリアという、カリスマ的リーダーの存在だ。
彼女と良い関係を築くことが、ティリアでの一番の鍵になるだろう。
二十代後半という若さでそれだけの信頼を集めるからには、単なる腕っぷしだけではない何かを持っているのは間違いない。
独身の女性なので、メリッサもリサもそこが一番気になる問題であった。
彼女のプライベートな情報は、さすがに得られてはいない。
ただティリアから来た冒険者たちは皆、口を揃えて彼女を称賛する。できることなら、彼女と一緒に冒険を続けたかったと言うのだ。
ではなぜ彼らがテネレへ来たのかというと、彼女自身は特定のパーティと組んで迷宮へ入ることがほとんどないらしい。
つまり一般の冒険者たちは、彼女と一緒に迷宮で戦っているわけではないようだ。
では、どうやって冒険者たちの信頼を得ているのか?
それは行けばわかる、というのが彼らの意見だった。
次の問題は、アントンをはじめとした三人にどう伝え、どう協力を仰ぐのか、というところだ。
本来ならばアルが直接伝えるべきなのだが、メリッサはちょっとしたアイディアを持っていた。
アントンは、今回の二度目のゴーレム討伐の成功により自信を深めている。
三十二層の広大な安全地帯は今後下層の(実際にはまだ中層だが)攻略に向けた拠点として開発する必要があると考えている。
単なる迷宮村というよりも、自立した町にしたいらしい。
そのためには、そこを自由に出入りできるように、冒険者の能力を底上げする事が必須だ。
アルやリサのいた冒険者養成学園の他に、中級冒険者の研修所のようなものを作ろうという案もあるらしい。
当然このままでは、アルの望む静かな暮らしが営める状況ではなくなるのは間違いない。
また一つ、アルは安住の地を追われるだろう。
「アントンは、アルさんが生きていることには自信を持っています。でも、どこでどうしているかまで確信は持てないようで、既にこの街には居ないのかもしれないとも考えているようです」
メリッサはそう教える。
「でもそれとは別に、いずれアントンはナタリアとケイティの入れ込んでいる男に興味を持ち、その正体を探るでしょう」
「なるほど」
「そこでその時を狙い、クレンツ村でまとめて三人に話してはどうでしょう」
確かに、アルとヒカリがこの街を出れば、マットも迷宮から姿を消すことになる。
その前に、ナタリアとケイティの二人には、きちんと話しておくべきだろうとアルも思う。
この間はメリッサとアントンの家で話をしたけれど、彼らは冒険者だ。迷宮でリサやヒカリの実力を見せることも必要かもしれない。
「でも、そこに私自身が同席できないことを心苦しく思います」
メリッサは、最後にそう付け加えた。
「では、メリッサも一緒に行きましょう」
「えっ?」
「三十二層にいるマットがもう少しだけ積極的にナタリアとケイティに関わることで、じじいがやって来る動機の一つにならないかな。勿論仕事上の調査とかの名目で、メリッサもアントンを三十二層へ誘導してほしい。あの姉ちゃんたち二人も一緒にね。で、それに合わせて俺がメリッサを迷宮へ連れて行く」
「どうやって行くのですか?」
「この家の地下には、迷宮への入り口が隠されているんだよ。知ってた?」
「いえ、まったく」
さすがのアントンも、隠していたか。
「じじいが、去年の今頃密かに作っていたらしい。俺たちがそこから迷宮へ入ってしまえば、三十二層まで転移できる」
「もしかしてこの前に家の中に居たのも、そこから来たのですか?」
「そうなんだ。アントンがいないときなら、出入りは自由さ」
「みんなを迷宮に集めて、どのように話しますか?」
「例えば、マットの正体がヒカリだとばらす」
「……それは、何のために?」
「メリッサは、あの姉ちゃんたちの驚く顔が見たいと思わないか?」
「アルさんの気持ちは少しだけわかりますが、もう少し建設的な話をしましょう」
「うう、俺が悪かった……」
「話をするにも、マットの店じゃ狭いよね」
リサの言う通りだ。
「それなら三十二層と言わずに、みんなで迷宮王の間へ行こう。俺たちの住処だよ」
「私もそこへ連れて行ってくれるのですか?」
「もちろん。アントンは一度行ったことがあるが、姉ちゃんズもまだ行ったことがないからね」
「では我が腕を振るって食事の支度をいたしましょう」
「今度は毒を盛るなよ」
「今度は?……」
メリッサが一歩引くように、怯えた顔でヒカリを見る。
「いや、メリッサ殿。我はそのような殺人狂ではないので……」
「いやいや、わたしは毎日ヒカリに殺されかけているけどね」
「ああ、俺もヒカリが殺人鬼でないことを心から願うよ」
「アル様。我をそんな風に見ておられるのですか?」
それから五日後にもう一度メリッサはケビン・パールからの手紙で誘われて夕食を供にし、最後の調整を行った。
メリッサは、アントンのスケジュールに三十二層の視察と現地打合わせの日程を組んだ。それに合わせてマットは、ファロストの誓いに少し遅くなったが二代目ゴーレム討伐祝いをしようと、クレンツ村で食事の約束をした。
その日、アントンが迷宮へ旅立つとメリッサは休暇を取って家に帰り、アルの導きにより一足先に迷宮三十二層へ入った。
マットの店の奥でメリッサは三人がやって来るのを待ち、ヒカリはマットの店に出て店番をしている。
そこへ、アントンが一人でやって来た。
「マット・レザクというのはあんたか?」
「いや、ここは確かにマットの店だが、俺はマットじゃない。店番をしているケビンという者だ」
「そうか。マットに会いたいのだが、今日は戻るだろうか?」
「さあ、奴は気まぐれだからわからんが、そろそろ夕方なので戻る頃合いだろう。時間があるなら、店の奥で少し待っていてくれ。茶でも用意する」
「すまないな、じゃあ遠慮なく待たせてもらおう」
アントンはヒカリに導かれて、店の奥へ踏み込む。
工房とその奥にある居住区画の間には、作業台を兼ねた重い木のテーブルがある。
そこには、意外な人物がいた。
「メリッサ、何でここに?」
「ウフフ……」
メリッサは、頬を赤らめて笑っている。
「まさか、最近よく会っているケビン・パールというのは、この男か?」
これまで、アルは仮面の男マットに姿を変えるときには慎重にアントンとは出会わぬようにしてきた。最初にギルドでランクアップ試験を受けた時も、アントンとは会っていない。だからアントンは、マットの姿をほぼ知らない筈だった。
この時店に出ていたのはケビンの顔をしたヒカリだったが、仮面も付けていないのにマットと勘違いするほどに、アントンは何も知らなかったようだ。
「しかし、メリッサがどうやってこんな場所に?」
「いや、俺が街まで迎えに行ったんだが、いけなかったか?」
「そんなことはないが……」
ケビンの返答に、さすがのアントンも動揺を隠せない。
「そういうあんたは、誰なんだ?」
ケビンが無表情で問いかける。そもそも、この迷宮でアントンの顔と名を知らぬ者がいるとは思えないのだが。
「ケビン、この人が私のボス、アントン・オズバーンよ」
アントンが答えるより先に、メリッサが紹介する。
「ああ、あんたがあの有名なハゲ……いやギルマスなのか」
アントンのこめかみが、ピクリとする。
その時、店の外で賑やかな人の気配がした。
「あ、すみません、お客さんが来たようなのでちょっと失礼しますよ」
そう言って、ケビンは二人を残して店の表へ出て行った。
ケビンが振り返って店の外へ出るまでの間にその顔だけがいつもの仮面の男マットに変化し、店から顔を出すと、そこにはナタリアとケイティが来ている。
「思ったより早かったな」
「そりゃあもう、大急ぎで駆け付けちゃうわよ、タダ飯のためならね」
「でも大丈夫なの? この店あまり儲かってそうに見えないけど」
「ああ、大丈夫、心配するな。今日は大盤振る舞いをするから楽しみにしてくれ。店を閉めるんでここを片付けるから、それまで奥で待っていてくれないか?」
「はいよー」
「お邪魔しまーす」
そう言って、マットが二人を奥へ押し込むように後ろから奥の間に入る。
「あれ、先客?」
「おお?」
薄暗いテーブルに座っている人物と目が合い、互いに声を上げて固まる。
あまりのことに、アントンは先ほどの男が仮面を着けたマットに変化していることにも気付かない。
「貴様、何を!」
アントンが立ち上がりナイフを取り出そうとした腕を、どこからか現れたマットと違うもう一人の男が押さえる。
その男の顔を見て、三人が悲鳴を上げる。
「アル!」
「アル君!」
アルはにっこり笑い、皆に告げる。
「こんな狭いところではなんですから、広い場所へ移動しましょう」
その途端に、その場にいた六人の周囲の景色が一瞬にして変わる。
そこは迷宮王の間にあるアルの住居の、大きな食卓の前だった。
「なっ、ここはどこだ?」
アントンの言葉に被せるように、アルの声が響く。
「ようこそ。迷宮最下層、迷宮王の間へ」




