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第十一話 情報収集

 


 夜の街を普通に歩くために、アルは帽子で目立つ髪を隠して幻惑と認識疎外の魔法を使ったが、それでも三人の会話がうっかり漏れると困るので、高級な店の個室にしか入れない。


 だからというわけでもないのだが、とても人には聞かせることができないような話題になるのは仕方がないだろう。


「メリッサさんに話してよかったね」

「ああ、何となく方向性が見えたのはよかった」

「だがあの女、果たして信用ができるのでしょうか?」


「それは大丈夫だ。それよりも、アントンとの接触が問題だな。あのじじいに疑われたら、メリッサも隠し通せないだろう。こちらから話す前にじじいの耳に入るのだけは、避けたいところだ」

 今後の行動も、更に慎重に行わねば、とアルは身を引き締める。


「ギルマスには、どう言うの?」

「まあ、アムンゼウスの件で奴には大きな貸しがあるから、いざとなれば強硬に出ることも可能だが、無暗にギルドを敵に回すのは賢くない。できればじじいには、機嫌よく協力してほしい」


「ティリアの情報も欲しいよね」

「誰か向こうの事情に詳しい冒険者仲間はいないか?」

 ティリアについては、独自の調査が必要だろう。


「多分向こうから来た冒険者も多いと思うんだけどね。わたしは知らないや」

「仕方がない、気が進まないがあいつに頼んでみるか」

 アルの脳裏に、一人の冒険者の顔が浮かぶ。


「あいつ?」

「いや、やっぱりやめておこう」


「なんなの?」

「リサはBランク冒険者のロイドさんを知っているか?」

「うん、あまり話したことないけど、腕のいい冒険者さんだよね」


「ああ。そのロイドさんのところのサポーターをしている、ケトルという女がいるんだが、とにかくあちこちに顔を出してよくしゃべる奴なので、情報を集めるには適任だろう。だがよく考えたら、口も軽いので不安になった……」


「あ、知ってるよその人。よくしゃべる、朗らかな女の人ね」

 ケトルの存在は、意外と知られているようだ。


「そうだ。マットの姿でイグナトにいる時に知り合った。元詐欺師だけあって、口だけは達者だ。いや、それなら最初からロイドさんに相談してみるか。おそらく今日のゴーレム戦に参加していただろう。明日の朝なら湖畔の村で会えるかもしれない」


「では明日、我がその者の記憶を覗いてまいりましょう」

「こら、調子に乗るな。お前はさらっと表面を見るだけで、そこまでの力はないだろう」


「ううっ……」

 ヒカリがうめいて、下を向いた。


 これ以上追い込むとまた子供の姿になりかねないので、黙っておくことにする。だが今後ヒカリを連れて旅をするには、それが心配ごとの一つになりそうだった


 アルがぼんやりそんなことを考えている間にも、リサが自分より年上に見えるヒカリの手を握り、頭を撫でて慰めているのは妙な光景だった。



 久しぶりに、三十二層の湖畔に賑わいが戻った。


 ゴーレム討伐をほぼ計画通りに終えた攻略組は、前夜の深酒がのせいでまだ眠っている者が多い。


 アルは朝早くからマットの姿になり店を開いて、ロイドの姿を探す。

 最近Bランクになったロイドは、恐らく他のパーティメンバーとは一時離れて、一人で攻略に参加していただろう。


 今こそ、迷宮管理者の眼を使う時だった。

 アルは昨日のゴーレム攻略戦から今に至るまでの迷宮の記憶を大急ぎで精査して、ロイドが宿泊していると思われる宿を特定した。


 次に迷宮内に放ってある無数の眼にアクセスして、現在のロイドの姿を探す。慣れない作業ではあるが、捜索範囲が狭いのですぐに発見した。

 昨夜の酒が残っているせいか、まだベッドで熟睡しているようだ。


 アルはロイドへ宛てた手紙を書いて、その宿のレセプションへ預けておいた。

 これでこのままぼんやりと店を開けていれば、向こうからこちらへ来てくれるだろう。



「昨日は、攻略成功おめでとうございます。お疲れさまでした」

 二時間ほど待つと、まだ具合の悪そうなロイドが店先に現れた。マットが攻略に参加していないことを、ロイドは知らなかったようだ。


「ほんとだよ、お前みたいに強い奴が遊んでる場合じゃねぇだろう」

「いや、俺にも大切な仕事があるもんで」


「ここで、のほほんと座ってるだけの仕事だろ?」

「そんなこともないんですよ。道具や薬を作るには、結構時間も手間もかかるものでして」

 実際にやってみなければ、この何もない迷宮の中で客商売をする大変さは分からないだろう。薬瓶や包み紙を揃えるだけでも一苦労だし、薬や道具造りを覚えるためにヒカリが壊れかけたほどだ。


「いつの間にか商売人らしく、口も上手くなったな。まあいいや。今日はここで一日ゆっくり休んでいるから、何でも話を聞いてやるよ」


「ありがとうございます。実は、うちの客から頼まれたことがありまして。そいつが近々ティリアへの遠征を予定しているらしいんですが、最近の向こうの事情に詳しい人がいたら教えてもらえないかと……」


「そんなものは、直接ギルドへ聞いた方が早いんじゃないのか?」

「いや、そいつがギルドの情報は信用できないとか何とか、生意気言うもので」

 信用できないのはギルドではなく、ギルド長の方なのだが。アルは唇を咬む。厄介なじじいに知られる前にティリアの情報を検討し、計画の実現性を確認することも重要だった。


「なるほど、お前と同じギルド嫌いか。類は友を呼ぶって奴だな。まあいい。ちょうど昨日の戦闘で知り合った連中がティリアから来たって言っていた。なかなか腕のいいパーティだったぞ」

「それはいい。ぜひ紹介してくれ、いや、俺に紹介してください、お願いしますよ」


「はは、お前もなんだか、ちゃんとした店の主人風になって来たな」

「その主人風ってのはやめてくださいよ。本人は立派な店主のつもりでやってるんですから」


「その連中とは、昨夜遅くまでそこの宿屋の前で一緒に飲んでいたから、きっとまだ上で寝てるだろう。俺はあそこで朝飯を食いながら誰か起きてくるのを待ってるから、捕まえたらまたここへ来るよ」


 あんなに動かなかった話がここへ来て急に進展するので、アルには怖いほどだ。


「助かります。とりあえず、酔い覚ましにこの薬を飲んでみてください。胸がすっきりしますよ」

「おお、ありがたい。確かにお前の店の薬はよく効くと、宿の親父も言っていたぞ」

「それは嬉しいです」



 なかなか道具屋のオヤジも板についてきたと自画自賛するアルであったが、本当にこれをヒカリも同じように演じているのだろうかと不安になる。


 最下層で今も朝からリサと厳しい立ち合いを演じているヒカリの記憶に介入して、自分と交代する前の店での仕事ぶりを確認してみた。


 確かに、不愛想だが余計なことを言わず真面目に仕事をしていたのは間違いないようだ。まあ、ヒカリに愛想のいい店員を演じろというのも無理な話だろうから、それでちょうどいいのだろう。


 昼が近くなったころにロイドが一人の男を連れて、マットの店に来た。


 ティリアから来た五人パーティのリーダーだそうだ。三十半ばで背が低いが屈強な体つきの、いかにも冒険者という油断のない目をした男だ。


 事情はロイドから聞いていて、今夜もこの村にいるようなので夕食でも一緒にしながら話ができればと誘うと快諾された。ロイドを含めて六人にマットとリサを加えた八人で、昨夜ロイドたちが飲んでいた同じ店に集まることになった。


 アルは同時にナタリアとケイティの行方を捜したが、幸い朝のうちにアントンと共に街へ戻ったようだった。


 ストーンゴーレムの攻略は上々の首尾で終わり、今後も今回の反省点を生かして苦労することなく討伐できそうだという。


 だがそれは、このままストーンゴーレムが進化しなければ、の話である。アルは、それを一番恐れている。そのうちに、アントンへ忠告しておかねばなるまい。

 不確定な部分に対する忠告であれば、まあ許容範囲であろう。


 ギルドの目標は三十三層から下の攻略へと移るが、上層でも何か変化が起きる可能性は常にある。



 夜になり、リサと合流してティリアの冒険者との顔合わせとなる。


 百年前に発見されたティリアの迷宮はその攻略が遅れていて、現在三十八層付近で停滞したまま数年間膠着状態にあるらしい。


 だいたい八~十五層毎にエリア主がいて、これまでに八・二十一・三十六と三体のエリア主を倒しているが、その復活に至る期間も気まぐれで、一月から半年くらいの不定期で復活するらしい。


 いろいろな意味で、テネレと違い気まぐれな迷宮のようだ。

 ここまではギルドの情報でも普通に得られるが、そこから先は現役の冒険者でなければ知らぬ部分へ踏み込んでいく。


 まずは、魔物のレベルについて。

 昨夜のストーンゴーレム戦を含めて比較すると、ティリアの三十層付近にはもっとレベルの高い魔物が多数出現するようだ。


 迷宮の階層別の難易度で言えば、テネレより遥かに厳しい迷宮と言える。


 次に、ギルドの支部組織について聞いてみた。

 ギルド長はSSランクのシュピーゲルという中年男で、大陸ではアントンに次ぐ実力者の一人と言われているらしい。


 しかし今は妻と二人の娘と暮らしていて、以前のように現場へ足を運ぶことも少ないようだ。

 どちらかというと今は組織運営の仕事に重心を置いて、迷宮攻略や後任の育成などは他の冒険者に任せきりらしい。

 おかげで、現役の冒険者からの評判は良くない。

 アントンの奴は、あれで意外と人気者なのが不思議だ、とアルは思う。


 代わりに現場を仕切るセシリアという女丈夫がいて、荒くれ者の冒険者たちからは絶大な人気を誇っている。


 セシリアは副ギルド長という重職にあるが、まだ二十代後半の若い女性で、数年前にSランク冒険者となり頭角を現し、その竹を割ったような性格で男からも女からも人気が高く、ギルドのみならず街の住民の信頼も厚い。


 テネレで言えば、ナタリアとケイテイのような存在であろうか。


 ティリアの冒険者の大きな特徴は、迷宮の出現した場所と気候にある。

 冬は雪が積もる場所が多い山間の街で、雪のない季節は農業や牧畜を営み、寒い時期だけ迷宮へ入り稼ごうという半農半冒険者たちが半分を占めている。


 したがって、これからの温暖な季節は迷宮に入る人数が減る。

 だから、この時期に行くのは歓迎されるだろうということだった。


 迷宮内部は複雑な地形が多く、上下のフロアが入り組んで明確な階層が不明な部分も多い。

 そういう場所らしく、内部の温度差もかなり幅が広く、一年中灼熱のフロアや氷に閉ざされたフロアなど、バラエティに富んでいる。


 特に最近は上層の開発がかなり進んで、内部での迷宮植物の栽培や魔物の養殖事業まで行われているらしい。


 そういう意味で運用が安定してしまい、下層攻略への意識が低いのだということだ。

 だから若く野心を持つ者は、テネレのような新しい迷宮へ攻略を挑みにやって来る。

 ティリア特有のモンスターや危険なトラップの話など、多くの実のある話が聞けた一夜だった。



 テネレの迷宮は今回の討伐により当面の安定を得て、冒険者たちの気持ちは新しい階層へと向かう。

 中層へ向かうと更に一段と階層は広く複雑になり、魔物の種類も増えて強度も上がる。

 容易に突破できる階層など、ほぼない。ここからが迷宮本番、というところだ。


 だが、その冒険者に立ちはだかる迷宮王は、こそこそと別の街へ逃げ出そうと画策していた。



 


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