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第十話 親の顔

 


「そういえば、リサの出身もあっちの方じゃなかったか?」

「うん、アルのファロスト王国があった場所からもっと東に行ったところで、ティリアにも近いよ」


「それなら、何故テネレに来たんだ?」

「ティリアの迷宮は、山に囲まれているんだよ。わたしの家から距離は近いけど山越えの道が険しくて、ティリアへ行くのは大変なんだ。逆に、南へ山を下ればテネレの東街道に出るから、そこから駅馬車に乗って楽にこの街へ来られる」


「なるほどねぇ」


「あの、これから私がアルさんと連絡を取るには、どうしましょうか?」

 すっかりティリアへ興味が引かれている二人を、メリッサが現実に引き戻した。


「確かに、メリッサからこちらへ連絡する手段がないな」

「三人は、今も迷宮の中で?」

 そもそも三人が具体的にどこでどんな暮らしているのかも、まだメリッサには打ち明けていない。現実には、アントンに気付かれずに迷宮からメリッサと連絡を取るのも難しいのだった。


「そう。迷宮の中に潜んでいます。こちらからうまく動かないとならないけど、アントンのじじいは目端が利くんで厄介ですね。ヒカリを男に化けさせて、メリッサをデートに誘ってみるか。お好みのタイプに合わせるけど」


「ヒカリさんは、凄い魔法使いなんですね」


「そういえば、メリッサはこのヒカリを見てなんとも思いませんか?」

 メリッサは、微細な魔力の感知に長けている。今のリサには敵わないが、少なくともナタリアやケイティ並みには。だからアントンは、メリッサを手元に置いておきたいのだろう。


「そう、以前のアルさんのような怖い魔力を感じますが……そういえば、アルさんは変わりましたね。以前のような荒々しい魔物の香りが全く消えています」


「そうか。メリッサでもわからないなら安心だ。じじいにバレたら大事になるが、実はこいつは人間じゃない。俺が生み出した魔物なんです」

「まさか……」


「その通り。我は人型最強の魔物であり、我がマスターである迷宮王アル様の従僕」

「すごいでしょ。ヒカリは本当にものすごく強いから、敵に回さない方がいいわよ。多分迷宮からこの街へ出てきた、最初の魔物じゃないかしらね」


「ヒカリ、もう少し気配を消してくれ。これでも敏感な人には気付かれる」

「はい」


 ヒカリが慎重に魔の気配を消すと、メリッサが驚く。

「凄い。この微細なレベルでも気配を操れるんですね。これなら私もまったくわかりません。恐らく、アントンでも無理でしょう」


「リサ、どうだ?」

「うーん、わたしにはまだこいつのケモノ臭が鼻につくけど、いいんじゃない。ヒカリはその気になれば、完全に気配を絶てるから」


「メリッサ、こいつの本職は暗殺者だからな」

「怖い人なんですね」


「我は人ではないぞ。では、お主の頭の中にある男に姿を変えてみるか」

 そう言うと、ヒカリはメリッサの兄の姿になった。軍服を着た姿は三か月前に会ったその時のままだ。


「お兄様……」

 思わずメリッサが声を上げる。


「そうして油断させて近付いたところを、ぐさりと刺されるんだ。酷いだろ」

 アルの言葉に、メリッサが一歩下がる。


「さすがに、お兄様では無理があるな。誰か他にいい男はいないか?」

 次にヒカリが変化したのは、いつも変化しているマット・レザクだった。


「うーん、これで仮面を取って兄上の顔にしたらどうだ?」


 ヒカリが、アルの注文に応える。

「なんかアンバランスだな。誰か他の男の顔にできないか?」


 ヒカリが顔を変える。

「うんいい感じだ。だが、誰だこれは?」


「リサの父親の若いころの顔でございます」

 リサが心を読まれていたことを知り、真っ赤になる。

「やだ、もう」


「リサ、悪いが諦めてくれ。ではこの男、ケビン・パールの名でメリッサを食事に誘おう。メリッサの当面のスケジュールを教えてくれ。次はいつがいい?」


「ねえ、アルったら、何でわたしのお父さんの名前まで知っているの?」

 しかしリサの抗議は無視されて、三日後の夜にケビンの名で予約するレストランの個室で、二度目の打ち合わせを予定する。メリッサが信頼のできる店を選び、こっそり予約もしてくれることになった。こういうところは、さすがにギルマスの有能な秘書の手腕であった。



 思いもかけない来訪者が去り、広い家に一人残されたメリッサは、肩を落としてテーブルに座っていた。


 アルが無事に生きていた喜びも、一時の興奮が醒めればメリッサの心の中に重い後悔が沸き起こる。


 本来アルが戻るべき場所は、この家だったはずだ。しかしこの家に暮らす大人たちが寄ってたかってアルを困らせ利用した挙句、彼が帰りたいと思う暖かな家を失くしてしまったのだ。

 たった一人で勇気を振り絞って迷宮から出てきた少年の心を弄び、一人きりで放り出した責任は重い。


 アントンたちは、今でもそこを誤解しているのではないだろうか。

 冒険者たちはアルの持つ圧倒的な力に目が眩み、その背後に隠れた繊細な少年の心が見えなくなっている。


 特にアントンの場合はある程度知っていながら、意図的にそれを無視して楽しんでいるようにしか見えない。傍から見ているメリッサは、とても困る。


 アルが連れて来たヒカリという不思議な娘の正体は魔物だと言っていたが、どう見ても人にしか見えない。しかもそのヒカリは、そのままアルの分身のように思えた。


 圧倒的な個の力と、崇高な精神。だがその内側には、満たされない孤独で未熟な心が隠されているのが透けて見える。


 だから二人の足りない部分を受け止めてくれるリサの存在は、とても貴重だ。


 そして三人が自分を頼りにしてくれた意味も、深く重く受け止めなければならない。

 それはこの上ない喜びであると共に、大きな不安をメリッサに与える。自分のような者に、その重要な役割が務まるだろうか、と。


 でも、自分がやらねばならない。


 アントンは迷宮で、自分の命を救ってくれた。

 けれど、アルはメリッサだけではなく、この街全部の存在と自由を守ってくれたのだ。

 それなのに、この広い街でアルが頼れる人間は限られている。


 再び、メリッサの眼から涙が落ちる。

 アルの失踪以来ずっと燻っていたメリッサの心に、再び熱い火が灯った。



 アントンの家を出た三人はメリッサに見送られて、夜の街へ出た。


「それにしても、地上へ出たらヒカリは無敵だな」

「いえ、迷宮の中でも無敵であります」

「まあ、そうか」

 実際には、迷宮を出ると魔力が枯渇してしまう危険と隣り合わせなのだが。


「さてリサ、我も暇ではない。早く帰って訓練を続けるぞ」

 だからヒカリは、早くホームである迷宮へと戻りたいのだった。


「えー、もう帰っちゃうの? 今日は何か美味しいものでも食べて帰ろうよぅ」

「うるさい虫だ。ぐずぐず言っていると、この場で切り捨てるぞ」

 迷宮三十層の主を再びギルドの精鋭が葬ったというニュースは、夜の街に活気を生んでいた。


「もう、これだからケダモノは嫌なんだ」

「虫のくせに生意気な奴だ。黙って早く歩け」

「ねえアル、何とか言ってよ!」


 この三人で地上へ出るのは、これが初めての事であった。アルもせっかくなのでもう少し地上を楽しみたいと思っている。それに、上手く行けばこの三人で、もっと遠くへの旅に出る可能性がある。自分もヒカリも、もっと地上に慣れておく必要があるだろう。


「腹が減ったから、どこかで飯を食って帰るか」

「やったー」


 拳を突き上げるリサを、ヒカリは恨めしそうに見る。


「ヒカリは忙しいのなら、一人で先に帰るか?」

「いえ、我はマスターの護衛役ですから、最後までお供させていただきます」

 ヒカリには、アルから離れるという選択肢はない。


「よし、それならヒカリの好きな肉を食べるか」

「異議なーし」

「承知」


「ヒカリはさっきのケビン・パールに化けてくれるか?」

「はい。簡単な事です」

 暗がりを歩きながら、瞬時にヒカリは先ほどと同じ三十代の紳士に姿を変えた。


「嫌だぁ、パパの顔だぁ」

 リサが両手で顔を覆う。

「ハンサムなパパだな」

 アルにそう言われれば、リサも悪い気はしない。


「今は普通のおじさんだよ」

「そうか」

「アルにも、そのうち本物と会わせてあげるよ」


「我も、小虫の父親を見てみたいものだ」

「どうして?」


「バカな子供を目にした時には、親の顔を見てみたい、と人間は言うのだろ?」

「うるさい」

「ほう、ヒカリは賢いな」

「アル、このケダモノを甘やかし過ぎ!」


「私だって、ヒカリの親の顔が見てみたいと思うよぅ」

「俺は、ヒカリの父親のようなものだが……」

「あ、うん。よく似た親子だね」

「……それは、どういう意味だ?」


 三人は今後の会合の下見を兼ねて、個室のある高級料理店を探して夜の街を歩いた。



 


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