第八話 整う
アルはナタリア、ケイティの二人と別れて自分の店に戻るとすぐに、迷宮王の間へ転移する。
部屋では、リサが一人でくつろいでいた。
「良かった。生きていたか」
「何とかね」
それ以上、リサは語ろうとしない。
アルはヒカリを呼んで、二人に今夜聞いたストーンゴーレム攻略の進捗について簡単に説明した。
「ふん。愚かな人間どもが少しは知恵を使うようになったようだが、まだ甘いな」
ヒカリはふふんと鼻を鳴らす。
「お前ならどうするんだ?」
「知れたこと。ストーンゴーレムの一番の弱点といえばその重さ。土魔法で地面に埋め自由を奪い、皆で集まって袋叩きにしてやれば、例え蟻の集団でも勝てよう」
「まあそうだな。だが残念ながらギルドの連中の使う土魔法では、ゴーレムを長い時間は押さえきれん。逆にゴーレムの土魔法で埋められてしまう」
「なんと、か弱き虫たちよ……」
「で、リサ、今日の訓練はどうだった?」
「うん、疲れた。十回くらいは死んだと思ったよ。もう走馬灯は見飽きたね」
冒険者でも数年に一度あるかどうかというような経験を一日に十回も経験すると、人はどうなるのだろうか。
「おい、ヒカリ、やり過ぎじゃないのか?」
「いえ、マスター。この虫は生意気にも、魔力なしの剣技であれば我を圧倒するような技を時折使います。少々のことではくたばりますまい。面白い玩具を貸していただき、今後の暇潰し、ではなく余興、いや違うか。訓練、そう、今後はその訓練とやらのやりがいがあろうというもの。必ずしやアル様の次に強い、人類最強の女に鍛え上げて見せましょう」
「いや待て、ヒカリ。そこまでは求めていないぞ」
「ご安心ください。この虫は我が虐待、いえ訓練に耐えうる逸材である故、慎重に壊さぬよう弄び、いや修業をつけてまいりますので……」
「おいリサ、本当に大丈夫か?」
今の不安定なヒカリにリサを預けることに、不安が全くないわけではない。
「うん、ヒカリは少し頭がおかしくて口が悪いけど、本当は優しい良い子なんだよ。頼りにしてるからね」
「リサ、言っておくが、我は人の子供ではないぞ」
「知ってる。言っておくけど、わたしも虫じゃないからね。まったく、昨日はリサ殿をお守りしますって泣きべそかいてたくせに」
「ふん、それならもっと役に立つ魔法を使って見せてもらおう」
「いいよ、明日は驚かせてあげるから!」
「なるほど、こうして二人の仲が良いのは嬉しいな」
アルは、二人の相性が意外と良いので少し安心する。
「アル様がお喜びになるのは結構なことですが、我がこの虫と仲が良いとは笑止千万。ただ他の虫と違い、この濃厚な瘴気の中でも平気で息をしている不気味な虫なので。これからゆっくりと潰すのが楽しみでなりませぬ」
「不気味な虫とはなんだ、こら、表へ出ろ!」
「よせリサ、この阿呆の相手をするな」
「うん、そうだね……」
「アル様、我を阿呆とは、な、何たること……小虫め、明日は死を覚悟をしておけ」
さすがに面倒になり、アルはこの辺で終わりにしたいと思う。
「なあ、ヒカリ。今日はありがとうな。また明日も俺が店に出るから、リサの訓練に付き合ってくれ。頼むよ」
「承知いたしました。アル様のお望み通り、明日もこの虫を徹底的に鍛え上げましょう」
「じゃあ、今日は疲れたので休むぞ。お前も自分の部屋へ戻ってゆっくり休め」
「はい、では今夜はこれにて失礼させていただきます」
意外と機嫌よく、ヒカリは去っていく。
二人は顔を合わせて、大きなため息をつく。
これが毎日の習慣になりそうだ。
人型の魔物であるヒカリは、リサにとって相性のいい相手だ。
リサの学んだ剣技は、長年にわたり人間同士の立ち合いの中で磨かれてきた。単純な力やスピードだけでなく、訓練により身に着けた間合いや呼吸、式や術と呼ばれる様々な特殊な肉体のコントロールと駆け引きの集大成だった。
魔物相手に通用する技も通用しない技もあろうが、一般的に力で押し切るだけの魔物に細かい駆け引きは無縁だ。何しろ人間とは全く違う肉体構造を持つ魔物の特徴や弱点は、それぞれが違う。
だが人間型の魔物なら、ある程度は動きの予測ができる。
アルが持つ技はそんな綺麗な剣技とは対極にある。村人が生き抜くために生まれた実践的な技で、非力な人間がどんな手を使ってでも魔物と渡り合えるよう、文字通り命懸けで工夫した泥臭い技が多い。
恐らくメリッサの剣やアムンゼウスの軍隊が持つ力も、リサの剣技の延長線上にあるものなのだろう。ただ、それだけでリサがヒカリといい勝負ができるということは、リサの純粋な剣技自体も学園の頃より進化しているのだろう。
「というわけで、しばらく俺は三十二層で様子を見ることにする。ゴーレムについては自然に任せておこう。おそらくギルドの攻略戦までにはまだ三週間ほどありそうなので、リサは今のうちに猛特訓してレベルを上げておいてくれ。俺も時間のある限り訓練には付き合おう」
「うん。わかった。アルよりも手加減してくれないヒカリみたいなのと訓練してればそりゃあ強くなるよ、きっと」
「まあ、死なないようにな」
「ほんと、やばいよヒカリは」
「でも今日一日で随分と奴に認められたみたいじゃないか」
「ええっ、あれでそうなの? わたしなんて虫だよ、虫」
「だがあのヒカリはまだ生まれたばかりで、実際に人を襲った経験もない。あいつの姉であるコダマは、俺の暮らしていたクレンツ村の村人を十人以上惨殺した凶悪な暗殺者だったから、その記憶を受け継いでいるにしても、だ」
「アルは、そのコダマにも勝ったんだ」
「まあな。だがギルドの連中が七十層へ到達するには、この先何十年もかかるかもしれない。初めてコダマに出会って生きて帰れる冒険者は、少ないだろうな。いったいどのくらいの血が流れることやら」
「うーん、それがわかっているのに、誰にも助言ができないの?」
「俺は魔物の大将だぞ」
「困ったなぁ、複雑な心境。では、わたしは人類に対する裏切り者なの?」
二人の立ち位置は、微妙に違う。アルは、魔物側の代表だ。ではリサは人間側の代表として、今後の人間界との調整を担うことになるのだろうか。
それともアルと共に、ヒカリやオレオンたち魔物の側に立つことになるのだろうか?
「ああ。もうお前は戻れない。ただ、間違ってナタリアたちがあそこへ一番に辿り着かないように祈るよ。大人数のパーティで呑気に行ったら、まず全滅だろうな。ここから先は、個人の能力を上げるしかない」
「わたしも、ヒカリに殺されないよう頑張らないとね」
「まあ、そういうことだ」
「なんて酷い所へ来てしまったんだろうな」
「いいんだぞ、帰っても。ヒカリに頼んでここの記憶を消してもらおう」
「そんなことができるの?」
「嘘だ。そんなことはできない。でも口をつぐんでいてくれるのなら、いつでも帰れる」
「嫌だ。帰らない」
「まだ時間はたっぷりあるから、無理はするなよ」
「そこは、やっぱり出て行かないで、と言ってほしいところなんだけど」
「そうか。俺を置いていかないでくれ~」
「うん、よく言えたよ。偉い偉い」
アルは頭を撫でてもらった後、水を浴びに部屋の奥へ消える。
リサはアルが作った部屋の照明を調節する器具で広い部屋の明かりを落とし、自分のために新しく用意されたベッドの上でアルを待っているうちに疲労に負けて、眠り込んでしまった。
三日後、ストーンゴーレムが復活した。
既に三十二層へ運び込んだ道具や材料はこの村で加工して準備するが、それ以外は十五層のイグナト村で進められている。
アルはリサの訓練をほとんどヒカリに任せきりで、自分は湖の村で機会を伺っている。
初めは心配したが、何故かリサとヒカリは気が合うようで、虫だの獣だの罵倒しあいながらも一日中一緒にいて飽きないようだ。
アントンが攻略戦に加わるのは間違いないようだが、その時のメリッサの行動が読めないことには接触が難しい。
そろそろ攻略戦が実行に移される日が決まり、残すところ数日となった。アルはマットの姿で密かに一人で迷宮の外へ出て、気配を殺してアントンの屋敷に近付いた。
元々魔物から身を隠して生きてきたアルだが、暗殺者として気配を消す能力に長けたヒカリの技からも学んで、最近は隠密行動にかなり自信を深めている。
迷宮から連れてきた羽のある魔虫を何匹か家の中へ放ち、夕食の食卓を監視した。
この日は、四人が夕飯の食卓に揃っている。
「なんだ、お前たちの新しい男は攻略戦に参加しないのか?」
いきなりアントンがそんなことを言い出したので、アルは吹きそうになった。
「だから、そういうんじゃないから」
「あの人は、戦うのが好きじゃないみたいですし」
「まあいい。今度は少数精鋭で確実に仕留めるさ」
アントンの計画には、支障がない。
「ささっと終わらせてすぐに帰ってくるから、その日の晩には皆で祝杯を挙げよう」
アントンは気楽なことを言っているが、そこは優秀な秘書にたしなめられる。
「無理ですよ、アントン。攻略に成功すれば、その日はメンバー全員で三十二層のクレンツ村まで行って祝宴の予定です。私は一人で留守番できますから、祝杯は次の日でも」
「そうか、面倒だなぁ。わしは早くメリッサの元へ帰りたいのだが。そうか、メリッサも一緒に迷宮へ行くか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ、じじい。遊びに行くんじゃないんだ」
「そうよ。メリッサの身に何かあったら、アルに顔向けできないでしょ」
うん、さすがにケイティはいいことを言う。アルは一人で深く頷く。
「まあ仕方がない。この家なら、メリッサが一人でも安全だろう。ここで吉報を待っていてくれ」
アントンが残念そうに言うのを聞いて、アルは羽虫を回収しその場を静かに立ち去る。
これで、アルの準備も整った。




