第四話 再会2
アルはリサの手を取り、三十二層へ転移した。場所はマットの店の奥にある寝室だ。
気配を察して、工房で魔法薬を作り始めているヒカリがやって来た。
「アル様、お戻りですか」
その姿はどこから見てもマットと同じであるが、それを見てもリサは不思議とアルのイメージは湧かない。見た目は同じでも、完全に別人であるとわかる。
「ああ、このまま明日は店を開けてほしい。今夜このリサがここへやって来るから、奥の魔法陣を使って俺の所へ送ってくれ」
「承知しました」
ヒカリは、冷たい目でリサを見る。まるでそこには人がいないかのように、リサの存在をスルーしている。
「リサです。よろしくお願いいたします」
ヒカリは、にこりともせずに頷く。
「では、今夜お待ちしております」
あくまでも事務的に処理するだけ、という感じである。
リサはヒカリに導かれて店を出て、皆の待つ宿へ帰った。
アルは再び転移して最下層へ戻り、さてどうしたものかと頭を悩ませる。
それにしても、リサの眼力にはお手上げだった。
ナタリアもケイティも、その他多くの冒険者たちがマットとアルを結び付けて考えることはなかった。
危険なのでアントンには近付いていなかったが、それは賢明だったのだろう。
ナタリアとケイティは半ば気付いたような場面もあったが、その後ヒカリとの連携でうまく誤魔化し切ることができている。
しかしリサは見事に、一刀両断有無を言わさず正体を見抜いて断定した。
これは今後のことを考えても、味方に引き込む以外の道はあるまい。
それは、いずれはアントンが言うファミリーの中へリサにも加わってもらうことを意味する。既にアルには、このままリサから離れたくないという強烈な思いが生まれている。今まで必死に見ないようにしてきた真実が、突然目の前に突き付けられているのだった。
そう思うと今夜のリサとの会合は楽しみでもあるが、憂鬱でもある。突然追い込まれた窮地に、アルは頭を抱えた。
勿論アルはリサのことが忘れられず、会えなかったこの三か月は図らずも自分の気持ちを再確認させられた。
二人になって思わず抱きしめてしまった時には、そのままもう離したくないという気持ちと葛藤したほどだ。
だが同じように思ってアルから離れようとしなかったリサが、逆にアルを冷静にさせた。
ぎりぎりでアルが踏み留まれたのは、ヒカリの闖入のおかげでもある。
だとするとヒカリのいない今夜は、大変に危険な夜になりそうだった。
だがその前に、この状況をリサにどう説明するのか、だろう。
ここまで来たら、全てを話す以外にないのだろうが、それは気が重かった。
アルはマットの扮装を完全に解いて、シャワーを浴びる。シャワールームや寝室、キッチンやリビングの家具も含めて、土魔法で間取りを造り、木製の家具や道具も魔法のスキルを駆使して自分で作った。
無駄な防具のない楽な服に着替えて、黒く偽装していた髪の色も元の銀髪に戻した。
「さて、どうしようか?」
地上から運んで魔法の保管箱へ大量にストックしてある食材で簡単な夕食を済ませ、あとは夜が更けるのを待つだけだった。
基本的に迷宮の一日は、地上の一日とリンクしている。
階層によっては日の沈まぬ場所や夜の闇に沈んだままの場所もあるが、ほぼ地上の一日に合わせて空間はその明るさを変化させている。
アルの暮らす部屋の中では特に一日の明るさの変化もないのだが、迷宮の王には外の時間も感じることができた。
せっかくなのでお茶と甘いお菓子を用意して、三十二層で始まっている二度目のゴーレム戦の準備を、迷宮の目を通して覗き見しながら時間をつぶしていた。
やがて部屋の隅の魔法陣が輝くと、不安そうな顔をしたリサが一人で現れた。
急いで湖の水で体を洗い、服も着替えてさっぱりした姿になっている。
普段迷宮への遠征では、こんな街着のような着替えを用意することはない。しかし今回は新しい迷宮村へ到達できれば、そこに少し滞在したいと思っていた。それがまさか、こんな形で役に立つとは。
冷たい聖なる水をたたえた湖のおかげで、三十二層は涼しく過ごしやすい気温を維持している。
全身を防具で覆った冒険者にとっては有り難い気候だ。
迷宮村では冷たい湖の水を引き込んで生活用水として使うが、リサの泊まる宿屋では魔法で温めた湯を使う設備も用意されていた。専用のシャワールームと湯浴み所を持ち、村で共有する共同浴場よりも立派だった。
さすがに迷宮の中なので、リサは簡単な防具と剣だけ帯びて、動きやすい軽い服で歩いている。
少し気まずそうに、やあ、と片手を上げてアルに挨拶すると、アルの座っている長椅子の方へやってきた。
アルは向かいの椅子へ座るように片手で案内をしたが、リサはそれを無視してアルの隣に腰を下ろす。
思わずアルが横を見ると、リサは既に半分泣き出しそうな顔でアルを見つめる。
昨年の秋休みに二人で歩いた祭りの日から急速に縮まった二人の距離は、結局そのまま宙に浮いたまま春を迎えた。
二人は長い時間、そうして黙って座っていた。
「何となく、三十二層へ行けばアルと会えるような気がしていたんだ」
我慢できなくなったリサが、先に口を開く。
「俺は、びっくりした」
アルはまだ心の準備が追いつかず、簡単に言葉が出ない。
「でも、他の皆にも教えてあげたいよぅ」
「それは、もう少し待ってくれ」
「ここはどこなの?」
「どこだと思う?」
「迷宮の中だよね」
「ここは迷宮九十三階層。テネレの迷宮最下層にある、迷宮王の間だ」
「九十三階層だって?」
リサはからかわれているのだと思い、困惑の笑顔を見せる。
アルはソファーから立ち上がり、リサの手を引いた。
昼間ヒカリが入って来た、部屋の入口へ向かう。
扉を抜けて廊下を進むと、広い空間へ出た。
目の前には、魔物の巨大な足がある。
それがゆっくりと動いて赤い巨体が振り向くと、リサは恐怖に凍り付く。
腰を抜かしそうなほどに恐れおののき、隣にいるアルの腕にしがみついた。
「オレオン、紹介しよう。リサ・パールだ」
赤いドラゴンはアルの言葉に反応して、低い唸り声を上げて首を下げた。
「リサ、こいつは迷宮王の代理を務めているレッドドラゴンのオレオンだ。こう見えてとても賢いし、意外と大人しい奴だから怖がることはない」
リサはアルの腕から離れて、オレオンを見上げる。
「リサです。よろしく」
オレオンはもう一度低く唸ってさらに低く首を下げ、リサに挨拶をした。
「オレオンも、よろしくってさ」
リサは接近するドラゴンの巨大な顔を手で撫でて、その目を見つめる。
「きれいな目をしているのね」
オレオンは、嬉しそうにリサの手に顔を寄せる。
「目がきれいなんて褒められたのは初めてなので、照れているらしい」
そしてアルは次にファロスト王家の秘宝を納めた部屋へ案内をして、そこでファロスト王国とオルセン王家にまつわる物語を、百年前まで遡って話し始めた。
途中で二人はもう一度アルの部屋へ戻り、用意してあった菓子を食べながら、アルの長い長い話が続いた。
今度は、二人が低いテーブルを挟んで向かい合いで座っている。
リサは最初から無茶苦茶な話だと思っていたが、聞けば聞くほど更に出鱈目な内容になり、突っ込みどころが多すぎて何も言えない。
最後の最後でやっと迷宮の冒険者が登場し、テネレのギルド長やファロストの誓いの二人が登場し、学園生活やストーンゴーレムとの闘いに至るまで、不思議な現実味を帯びたまま最後まで黙って聞いた。
ナタリアとケイティ、そしてメリッサとの微妙な関係や、ヒカリという謎の女についても、ある程度は正直に話すしかなかった。
リサの顔がやや引きつっていたが、とりあえず黙って最後まで聞いてくれたのは有り難かった。
これでいいのだろうかと、アルの頭には一瞬疑問符が浮かぶ。
だが、その疑問は留まることなくどこかへ消え去り、後には自分が危うく失くしてしまいそうだった大切なものを取り戻す機会を与えてくれた運命に感謝するだけだった。
一通りの話が終わり呆然としているリサに向かって、アルがポツリと言う。
「さて、俺の話はこれで終わりだ。リサはどう思う?」
「うーん、アルは変わった人だと思っていたけど、実はかなり頭がおかしい人だった。だからすぐにでもここから逃げ出したいかも……」
「やはり、そうだよなぁ?」
「でも、あのオレオンと会って、私の頭もおかしくなったのかもしれない……」
そうしてリサは立ち上がり、再びアルの隣へ腰を下ろす。
「怖くないのか?」
「何で?」
「俺はこの街の冒険者を殺戮し続ける迷宮の魔物たちの王だぞ。何もかも知られたからには、お前をこのまま地上へ帰すわけにはいかない」
「はは、それいいね。じゃあ、私もここで暮らそう」
リサは、そのままアルに抱き着く。
「本当に、それでいいのか?」
アルが小さく呟く。
「え、何か言った?」
「いや、なにも」
リサが聞こえないふりをするのなら、自分もこれ以上は迷わない。アルはそう決めた。
「もう逃がさないからね」
「ああ、さすがにここより下へは逃げる場所はないからな」
「もう、そういう意味じゃない!」
学園でリサと出会わなかったら、自分は今頃どうしていただろうか、とアルは思う。
きっとあのまま何気ない顔をしてアントンの家へ戻り、流れに任せて暮らしていたのではないだろうか。
あの家へ帰らなかった理由はただ一つ、こうしてリサと二人きりになりたかったからなのだと、今頃になって気が付く愚か者だった。
「ねえ、アルが生まれたこの迷宮について、もっと教えて。迷宮の中で暮らすのは、どんな感じなの?」
そう問われて、アルが懐かしく思い出すのは、迷宮下層での魔物との死闘の日々ではない。
そんな毎日を送ることになる前、まだ幼いころに湖の畔で暮らした穏やかな日々であった。




