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第三話 再会1

 


「くそ、蜘蛛にてこずっているうちに、芋虫に囲まれたぞ!」

 地蜘蛛の巣を囲むように、大きな青虫の群れが蠢いている。


「先ずは蜘蛛どもをやるぞ」

 メルビンの魔法が、子蜘蛛の動きを遅くさせる。

 たちまち剣で切り刻まれる蜘蛛たち。


 親蜘蛛はレイが盾で大きく弾いたところをリディアが大剣で脚を切り落とす。

 動きが鈍ったところをレイが止めを刺した。


「次、行くわよ」

 最後方から放たれたニコルの風魔法が周囲を囲んだクロウラーの群れを切り裂き、生き残りには各人が飛び掛かって殲滅する。


「助かったよ、ニコル」

「風魔法で草を払ってくれると、こんなに戦いやすいんだな」

 前衛のレイとリディアが感謝の声を上げる。


「この調子なら来週にでも三十二層へ行けるんじゃない?」

 リサも、久しぶりに明るい声を上げた。


「ああ、この層の虫どももずいぶん削ったからな」

「レイ、右から別の群れが来ているぞ」

「任せておけ。またリディアと時間稼ぎをするから、ニコルは備えてくれ」

「わかった。魔法の準備ができたら声をかけるから、ちゃんと避けてよね」

 ニコルも今は、自信を持ってパーティに溶け込んでいた。


「特にパオロ、前に出過ぎるなよ!」

「わかってる。メルビン、また素早さを上げるエンチャントを頼む」

「これ以上早くしてどうするんだよ!」


「今度はニコルの呪文が準備できる前に片付けてやるぜ。切り裂き姫には負けない」

「わたしより、ラッセの方を何とかしてよ。バトルアックス振り回すなら、もっと離れてよね。危ないんだから」

 パオロとリサの後ろで斧を振るラッセは、闘いが長引くと見境が付かなくなりがちだ。


「ふん、どうせお前は後ろにも目がついているんだ。当たりっこないだろ」

「冗談じゃない。魔物の攻撃を避けても味方に後ろから斬られるのは御免だからね」

「相変わらずラッセは斧を振り回すと周りが見えなくなるんだな」

 このメンバーで戦うのは久しぶりの、レイが笑う。


「笑ってる場合じゃないよ。本当に危ないんだから……」

 リサは、リディアの逞しい腕に縋りつく。


「大丈夫、メルビンがすぐ治療してくれるさ」

「うん、今日はまだまだ魔力に余裕があるから安心していいよ」

「こら、俺が人を斬る前提で話を進めるな!」



 一応は村に店を構えたこともあって、マットが次のゴーレム戦に参加するつもりは全くない。


 ただクレンツ村に冒険者たちが集結して戦闘に臨むとなれば、ある程度の協力は不可欠となる。戦闘に必要となる魔道具や魔法薬製造のピッチを上げて、店の奥に作った工房で作業を続けて備蓄を始めた。


 ヒカリにも一通りの作業は教えているが、アルがやった方が何倍も速い。ヒカリは久しぶりに最下層で留守番をしている。



 そんな折に、ついにチーム〈アル〉がクレンツ村へやって来た。


 その日、魔法薬造りに飽きたアルは早めに店を閉めて、マットの扮装でいつものように湖に張り出した岩の上から釣り糸を垂れていた。


 その間にリサのパーティは村の宿屋に入って荷物を降ろし、水場で手足や顔を洗って一息ついた。食堂で一緒にお茶を飲んだ後は夕飯まで時間があるので、やっと足を踏み入れることができた迷宮村や美しい湖の畔を見ようと、それぞれが好きなように散策していた。


 リサの足は何かに呼ばれているように、真っすぐ湖畔へ向かった。

 湖に向かって歩きながら、美しい湖水よりも遥かに心惹かれている何かを探す。

 そして、見つけた。


 それは、背中を見せて座っている一人の冒険者の姿だった。


 岩の上で半分居眠りをしていたアルは、突然背後からかけられた声に飛び起きた。

「アル、アルじゃない。やっぱり生きてたんだ!」

 その後姿を一目見ただけで、リサが駆け寄る。


 振り返ったアルは、そこに三か月ぶりに会う少女の姿を見つけて狼狽した。


「悪いが人違いだ」

 いつものようにフードを深くかぶった仮面の男が陰気な声で否定するが、興奮しているリサには届かない。


「何言ってんの。どこからどう見たってアルでしょ。おかしな変装は止めてよ……」

 そう言いながら近付き、手を伸ばしてフードを後ろへ引きずりおろした。


 明らかにアルとは違う黒髪が露わになるが、そんなことは気にした様子もない。

 岩から引きずり降ろされて驚き立ち上がるマットの胸に、リサが飛び込んで抱き着いた。


 二人の冒険者の武骨な防具がぶつかり合ってロマンのかけらもない鈍い音を立てるが、顔を上げたリサは笑いながら、やっぱりアルだ、と仮面の奥の目を見た。


 驚いたアルはリサの口に手を当ててそれ以上声を上げないようにして、村から見えない岩陰に引き寄せた。


「わかった。何でもいいからちょっと静かにしてくれ」

 突然隠している正体を大きな声で呼ばれて、アルは慌てていた。


 それでも何か言おうとするリサがアルの手を口から外して、大声を上げようとする。


「学園のみんなも一緒に来ているの。みんなアルのことを……」

 リサの言葉は止まらず、アルはその体ごと引き寄せて、話している口を自分の口で塞いだ。


 これにはリサの方もさすがに一瞬硬直して、すぐに体の力が抜ける。

 その瞬間を逃さず、アルはリサと共に最下層の自分の住処へと転移した。



 最下層に転移して、もうどんな大声を出されても大丈夫と思ったアルがリサから体を離そうとしたが、今度はリサがしっかりとアルを捕まえたまま離そうとしない。


 やっとリサを引きはがしたアルは、自分の手で仮面を取る。


「ほら、やっぱりアル君だ」

 リサの目に涙が浮かぶ。


「どうしてわかった?」


「元々、ここへ来ればアルに会えそうな気がしていたんだ。いや、最初はアルが行方不明になったあの三十層の現場を目指していたんだ。でも、あそこへ行ってみて、それが間違いだとわかったの」


「ああ、今はもうあそこは何もなかったように元通りだからな」


 リサは大きく頷く。

「それでも、まだ下から呼ばれているような気がして、やっぱり三十二層なんだ、って思った。きっと、アルが私を呼んでくれてるんだった」


「まさか……」

 確かに、毎日ここで後悔の日々を送っている間にも、アルはリサに会えないことが一番辛いのかもしれないと思い始めていた。その心の声が届いていたのかと思うと、顔が赤くなる。


「それでやっとここまで来て、みんなと別れて呼ばれるままに歩いて来たら、遠くの岩の上に座っている後姿が見えた。もう一目見ただけで、すぐにアルだってわかったもん。近くに来たら変な格好をしているんで驚いたけど」


 当たり前のようにリサは言うが、アルには納得がいかない。

「うーん、あれから三か月、ずっとこの姿でいるが、誰にも正体がばれなかったというのに……」

 アルの自信は粉々に砕かれる。


「その人たちの目はきっと節穴なんだよ」

「そうか……」

 それでもまだ、アルは信じられない。


「でも、よかった。絶対アルは生きているって信じてたから……」

 リサはアルにもう一度抱き着いて、離れようとしない。


「ああ、俺も会いたかった……」

 アルの呟きに、リサが顔を上げる。


「本当に?」

「うん、本当だ」



「ねえ、もう一度」

「えっ?」

 今度はリサが背伸びして、アルに顔を近付ける。


 だがすぐにリサは人の気配を感じて、慌てて体を離し振り向いた。


「アル様、その侵入者はどこから入り込みました?」

 声の主は氷のような視線を向ける長い黒髪に黒いロングドレスを纏った若く美しい女だった。


「侵入した異物はすぐに我が排除いたしますので、お任せください」

 女の冷徹な声が、部屋の中へ響く。


 その時になって初めて、リサは自分が湖畔の岩陰でなく白い石壁に囲まれた部屋の中にいることに気付いた。


「えっ、ここはどこ?」

 辺りをきょろきょろと見回す。


 広い部屋の隅には木製の簡素な寝台や長椅子とテーブルが並び、明らかにここが住居の一角であることがわかる。


「この人は俺の客人だ。少し話があるので、その間にヒカリはクレンツ村で魔法薬の仕込みでもしていてくれ」

「それよりも、侵入者の排除が優先と思われますが?」


「何度も言わせるな。この人は大事な客だから、手を出すな。お前は道具屋の奥で仕込みをしていろ」

「はい、承りました」


 アルがヒカリと呼んだ若い女は恭しく礼をして、部屋の奥に向かって歩いて行く。

 部屋の隅まで行くとこちらを振り向いた。その一瞬で彼女の姿は先ほどまでアルが変装していた男と同じ姿になっている。


 足元の魔法陣が輝いてすぐに消えると、そこにいた男の姿も消えていた。



「誰なの、あの人は? なんでアルと同じ姿に? しかも、突然消えたし……」

 リサの疑問は尽きない。


「さて、何から話せばいいのか……」

 頭を抱えるアルの隣で我に返ったリサは、急に落ち着かない様子になる。


「あのさ……アルに会えて嬉しいんだけど、わたしちょっと前にうちのパーティと一緒に三十二層へ着いたばかりで、もう何日も野営して魔物と戦った後だから、ちょっと一度宿に戻りたいかな、なんて……」


 宿に入り簡単に顔や手足を洗ったくらいですぐに出てきてしまったことを、リサは後悔している。

 明らかに全身から漂う異臭にアルも困っているのではなかろうか。そう思うと、これ以上アルの近くにいるだけで恥ずかしい。


 迷宮育ちのアルにはお馴染みの体臭であり、リサの体臭ならもっと嗅いでいたいと思うが、それを口に出せば変態扱いされるであろうことはこの一年間でどうにか学習済みだ。

 それに、先ほど抱きしめた時にそれは十分堪能したし……


「ここは俺の住処なので遠慮することはないが、仲間が心配するだろうから一度戻った方がいいだろう」


「うん。わたしたち、学園の仲間でパーティを組んでるんだ。今日はいつものチーム〈アル〉にリディアとレイも一緒なんだ」


「リサ、一つだけ約束してほしい」

「アルのお願いなら、なんだって聞いちゃうよ」


「俺は今、仮面の男マット・レザクとして活動し、この迷宮にいる。マットの正体がアル・オルセンだとわかると非常に面倒なことになるんだ。だから、ここで見たことは全て秘密にしてほしい」

 いつになく真剣なアルの言葉に、いいも悪いもなかった。


「いいよ。アルがいいって言うまで、誰にも言わない。でもその代わり、もう一度ここへ連れて来て。そしてその時には、アルの秘密を教えて!」


 それはなかなか厳しい条件だが、ここまで知られている以上、何も説明をしないわけにはいかないだろう。


「わかった。いつかちゃんと話そう」

「いつかじゃダメ。またどこかに逃げる気でしょ?」

「そんなことはない」

 即座に否定するが、そんなことはあった。


 いくらリサがマットのことをアルだと言い張っても、当分身代わりのヒカリに対応させておけば大丈夫だろうと思っていた。


 その間にストーンゴーレムが復活すれば、三十二層は簡単に出入りできなくなる。リサも当分それどころではなくなるだろう。


 そうして時間稼ぎをしつつ、ゆっくりと対策を考えるつもりだった。


「今夜、また来るから。ちゃんと迎えに来てよ。じゃないと、みんなに話しちゃうからね」

 リサのひと睨みに、アルはあっさりと負けた。


「仕方ない。じゃあ一度村へ戻ろう」



 


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