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第二十五話 犠牲

 


 学園の生徒には、軽微な怪我人しか出なかった。

 攻略部隊の怪我人も、回復魔法と魔法薬で順次治療されていた。

 ただ一人の例外を除けば。


 前線基地にいた軍人たちも傷一つ負わずに難を逃れ、彼らは合流した学園部隊と護衛のギルド幹部と共に、地上へと向かう。


 戦闘を終えた本隊は当初の予定通りその勢いのまま三十一層を超えて、三十二層を目指した。


 事前にアルからアントンへもたらされていた情報に従い、湖畔の安全地帯へとパーティは誘導された。


 本隊の後方で孤軍奮闘し学園生と前線基地を守ったアル・オルセン行方不明の一報は、パーティ全体に深い悲しみをもたらした。三十層攻略の歓喜は悲痛な報告により半減している。


 葬列のような行進が三十二層の湖畔まで到達すると、一同はその美しい景色に息を呑んだ。

 予定通り、今夜はここで野営をして明日地上へ帰還する。


 手持ちの食糧と湖で釣り上げた魚で豪華な夕飯を食べると、アルを失った悲しみと同時に、ここまでの戦いを完遂した儚い喜びも満ちてくる。


 学園の生徒といえども、アルはギルドが認定したEランクの冒険者だった。ひとたび迷宮の中に入れば、常に死は己の隣にある。


 一人の若者の命と引き換えに手にした束の間の勝利だが、迷宮では犠牲失くして得られるトロフィーは数少ない。


 それが、冒険者の定めなのだ。



 ナタリアは与えられた食事を手にして、泣き腫らした目で周囲を見る。

 ふと、集団から離れて岩陰で食事をしている、一人の男の姿が目に入った。


 何も考えず、ただ自然と下り坂を降りるような足取りで、ナタリアはその男の隣へ歩いて行った。


「ここ、いいかい」

「ああ」

 ナタリアは、男の隣の岩陰に腰を下ろした。


「あんたも、参加してたのか」

「まあな」


「イグナトでは一匹狼だって評判だったけど」

「たまには、気が向く時もある」


「そうか」

「恩人に誘われたのでな」


「最近Bランクになった、ロイドさんだろ」

「知っているのか?」


「ああ、学園を出たての頃に何度か世話になった」

 ナタリアは魚のフライを挟んだ黒パンを齧ったが、何の味も感じなかった。

 沈黙が続く。


「あんたは、他の皆と一緒に騒がないのか」


 ひょっとすると、この男は一人になりたいのかもしれない。ナタリアはそう思ったが、そこから動く気にはなれなかった。

「今は、そんな気分じゃない」


「死んだガキとは知り合いだったのか?」

「そうだよ」


「悪かったな。余計なことを聞いた」

「いいんだ」


 それから二人は静かな湖面を眺めながら、何も言わず手にした食料を口に運んだ。



 ナタリアを探していたケイティも、湖岸に並ぶ二人の姿を見つけた。

 ナタリアの隣にいる男には、見覚えがあった。

 顔の上半分を仮面で隠し、いつもフードを深く被っている陰気な冒険者だ。


 だがその男の様子を改めて見ていると、ケイティの心に不思議と熱いものがこみ上げるのを感じた。


 アルのように時折牙を剥く獣のような熱ではなく、もっと小さく密度の濃い何かが彼の奥深くで息を潜めているように見えた。

 ためらいながらも結局ケイティは二人に歩み寄り、男に挨拶をする。


「ああ、あんたら、なんちゃらの誓いの二人だったのか」

 アントン以外に、こんな失礼なことを言う奴はいなかった。


「まさかあんた、あのじじいの知り合いか?」

 気色ばむ二人の言葉を耳にしても、男の沈んだ声は変わらない。


「すまない、何のことだかわからん」

「そうか、それならいいけどね」


 だが男の隣に腰を下ろしたケイティは、不愛想な口調とは裏腹にその男の口元が微かに笑ったように見えた。


 そこにアルの面影を見つけて思わず凝視すると、男は顔を背けて立ち上がる。

 その背中を見上げて、二人はぎくりとした。

 やはりこの男は、アルなのか?


 慌てて二人も立ち上がる。

 だがこの男は二人の記憶の中のアルよりも明らかに十センチは背が高く、胸板も厚い。


 しかも、ケイティはこの男が今日の戦闘に加わっていた場面を記憶していた。

 アルが最後方で学園の生徒と一緒に主力部隊へ支援魔法をかけていたその時に、確かにこの男は前線でゴーレムの足を止めるべく、剣を振るっていた。


 アルには、兄がいたのだろうか?



 


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