第二十三話 決戦
ついに、三十層の主との決戦の日がやって来た。
入念な準備により切り開かれたルートを辿り、テネレの冒険者ギルドの精鋭が三十層に結集する。
体力のあるボスとの戦いは、かなりの長期戦が予想されている。前線基地を三十層の入口近くへ置き、補給線を確保した。大量の物資が、前線基地に整然と並べられる。
そして冒険者に有利な地形を利用するため斥候が放たれ、決戦の場にボスを誘導し、そこで迎え撃った。
最前線は迷宮攻略を担うSとAランクの冒険者を中心にして、BCランクの有力者が与えられた役割毎に適宜配置されている。
窪地の底にボスの巨体を誘導し、取り囲むのが第一のポイントだった。
後方には長距離攻撃と支援魔法の部隊が控える。更に後ろの高台には学園の生徒たちが陣取り、その後ろに前線基地が置かれている。
前線基地ではメリッサの兄が率いるアムンゼウス軍の幹部が観戦している。彼らの安全を守るのが、ギルドマスターたるアントンの最重要任務であった。
アントンの前方には、学園の最後方で戦局を見ながら密かに前線へ支援魔法をかけ続けるアルの姿が見えていた。
ナタリアとケイティは、学園の生徒から離れて最前線の戦いに加わっている。
三十層の主は、石の巨人ストーンゴーレムだった。
身長は五メートルを超える巨体で、重く硬い手足を振り回す物理攻撃が主体だ。
問題はその直接攻撃力よりも、防御力にあった。
石の巨人はあらゆる攻撃を跳ね返し、酒樽のように巨大な石の拳は、一撃で完全装備の冒険者数名を盾ごとまとめて吹き飛ばすだけの威力を持つ。重い巨体に似合わぬ素早さも合わせ持ち、接近することすら容易ではない。
アルが育った三十二層の村では、村のすぐ上層部にいる最強のモンスターとして君臨していた。
これを単独で撃破できるようになれば、村より上層部に強敵はいない。
それが、かつて村より上層への出入りを自由に許されるための、試金石であった。
「ま、俺は七歳の時に一人で撃破したけどな」
アルは余裕で呟く。だが、それが決して簡単な相手ではないことも承知している。
今ではアルも、冒険者ギルドの嘘偽りのない実力をよく知っている。この戦いは厳しくなるだろう。ギルドの総力戦でも、勝利を得るには幸運の助けが必要かもしれない。
パーティは、魔法や魔石による上半身への攻撃でかく乱し、直接攻撃は両足の関節部分を徹底的に狙った。頭部への魔法攻撃は有効だが、腕でブロックするために簡単には当たらない。
防御力、持久力の高い敵との戦いは、長く苦しい消耗戦になるだろう。
水や食料は元より、予備の武器や防具に魔石や回復薬・傷薬など各種物資の補給と、ゴーレムの頭を狙った長距離援護攻撃が、学園の生徒たちの与えられた役割だった。
頭部を狙った間断ない遠距離攻撃は、それを防ごうとする両腕の動きを抑える効果が期待される。
ゴーレムに腕を自由に動かされては、そのパワーによる攻撃に長時間耐え切れない。
硬い岩を砕かんと叩きつけられる剣や斧の音と、ゴーレムの上半身に炸裂する爆発音が止めどなく響き続ける。傷ついた者が後方へ下がると交代でまだ体力のある者が最前線へ上がる。
魔力の尽きた者は後方へ下がり学園の生徒による介護を受け、魔力回復薬を飲んで十分ほど休めばまた前線へ戻り、魔力を込めた一撃を放つ。
そうして重なる攻撃が続き、やや動きが重くなったゴーレムは、新たな力を解放する。
慎重に地形を選んでおびき寄せた筈のすり鉢の底が突然せり上がり、低い小山となってゴーレムを持ち上げる。地形をも変える、強力な土魔法の力を隠していたのだ。
地形の優位を失った冒険者たちは、小山を見上げて絶望的な思いを巡らせた。
どうしても、下から上へと攻めるのは難しい。ゴーレムを囲んだ最前線は、小山の下で攻めあぐねる。
だが、悪い事ばかりではない。学園の生徒による遠距離攻撃は、的が浮き上がり周囲の味方と距離が離れたので、かえって強い攻撃を当てやすくなっていた。
そこからは、遠距離魔法と魔石が爆裂する弓矢の攻勢が激しさを増す。
「おお、支援攻撃が激しくなったぞ!」
「我らも負けてはいられない!」
「包囲を狭めて、攻撃するよっ!」
ゴーレムを囲んだ冒険者たちの、意気が上がった。
しかし当然ながら、ゴーレム揉む策ではない。小山の上から、次の攻勢が始まる。
小山の上に大量の巨大な岩が浮き上がり、登ろうと身構えた冒険者目掛けて転げ落ちる。
ナタリアとケイティが危機を察知して前衛を跳び越え、幾つかの岩に迫り魔力に光る剣で強引に切り刻んだ。
しかし、幾つかの岩はそれをすり抜けて、逃げる前衛の男たちに襲い掛かる。
並みの体力では耐えきれないほどの大岩が坂を加速しながら落下して、パーティを圧し潰そうと迫る。
その時、逃げる男たちの背後で地面が陥没し、抉られた穴に岩が飛び込んで止まった。危機一髪、パーティの目前で起きた奇跡に安堵の息が漏れる。
思わずナタリアとケイティが、学園の生徒たちがいる後方の丘を振り向く。
「今の穴は土魔法ね!」
「アル君だ!」
丘の上で、アルが右手の拳を振り上げて、行け、と合図した。
大きく頷いて剣を握り直した二人を先頭に、退避していた前衛が再び岩を乗り越えて前進を始めた。
再びゴーレムの足元へ達した冒険者はその下半身に攻撃を集中して、容赦ない打撃が浴びせられた。
ゴーレムの硬い岩が欠けて飛び散り、細かなひびが幾筋も走る。
ついに膝をついたゴーレムの足元からは、新しい巨岩がゆっくりとせり出す。
ゴーレムは地面から湧き上がる岩を持ち上げて、周囲へ出鱈目に投げつけた。
まともに当たれば、怪我ではすまないサイズだった。
予測の難しい無差別攻撃に、前衛は避けながら再び後方へ下がる。
こうして、一進一退の攻防が続いた。
再び遠距離攻撃が主体となるが、接近戦と違い大きなダメージを与えることが難しい。
ナタリアとケイティが先頭になり、かなりの無理を押して精鋭部隊が接近し、足を狙って一撃離脱を繰り返した。
岩の露出した小山を登るだけでも一苦労で、積み重なった岩は非常に不安定で崩れやすい。それを越えて決死の一撃を与え、ゴーレムの反撃を躱して離脱する。
「転がる大岩を切り刻んだ時の要領で、魔力を研ぎ澄ました刃で手脚を切り飛ばす!」
膠着状態を打破しようと、ナタリアが叫ぶ。
前衛の繰り出す一撃一撃は、より強さと鋭さを増して、普通の魔物であれば何十体も倒しきるような攻撃が、忍耐強く続けられた。
ナタリアとケイティは常に最前線で剣を振るい、速く重い攻撃を回避しつつ、ゴーレムの硬い体に少しずつ傷を刻む作業を機械のように根気よく続けていた。
終わりのない戦いに疲れ、前線の力がやや弱り始めたのだが、ゴーレムの体にも積み重なるダメージが形になって現れて、ついに戦いの終わりが見えた。
後半から左足だけを狙って削りまくった前衛の技と後方から頭部を狙う魔法攻撃が奏功し、ゴーレムの動きが目に見えて遅くなり、反撃も緩慢になっている。
岩を投げ、腕で頭を防御する動きにも精度が荒くなって、頭部へ攻撃が直撃する回数が増える。ケイティの魔法が後頭部を直撃して棒立ちになった一瞬を逃さず、ナタリアの剣がついにゴーレムの右肘から先を切断した。
続けざまに前衛の重いハンマーが左膝を砕いて、ゴーレムはその場に崩れ、歩けなくなった。
片手片足を失い動きの遅くなった怪物に向け、パーティの総攻撃が放たれる。
手足の関節や頭の弱点を的確に狙う慎重な攻撃により、ゴーレムの攻撃は更に力を失い、低く蹲って防御姿勢を取った。
ここぞとばかりに畳みかけるパーティだが、ゴーレムは最後の力を溜めて反撃を狙っているのだとアルは知っている。
アルは最後の一撃に備えて、背中に背負った折り畳み式の盾を手に取り身構えた。
ストーンゴーレムの渾身の一撃は内部に宿した魔力を高熱に変えて、自らの体を小さな火山と化して爆発する。
その破壊力は凄まじく、高速で飛来する溶岩の一片は数人を一撃で葬り去る威力を持つ。
しかし冒険者たちも、最後に強力な捨て身の攻撃が来ることを予測していた。
前衛が密集して盾を並べ、防御陣形を整える。
更に後衛がその後ろへ隠れて、魔法で防御障壁を張った。
だが、最後方にいるアルは、ゴーレムが最後に秘めている力の、ただならぬ気配を感じていた。
あの日、アルは魔物の力を弱めることはしない代わりに、強化もしない、と言った。
アルにとっては、嘘偽りのない本心である。
しかし目の前のゴーレムは今日の戦いの中で学び、考え、新しい迷宮王の目前で己の存在価値を証明すべく、新たな技を準備していた。
迷宮の主が敗れ新たな迷宮王が誕生した瞬間から、この迷宮もまた、独自の新たな進化を始めていたのだった。




