第二十一話 魔剣
それから出発までに、アルはできる限りの回復薬や、防御と攻撃用の魔道具を作った。
テネレの冒険者ギルドでは、魔法の苦手な者が遠距離攻撃するための強力な魔道具は数少ない。しかし迷宮で長く暮らしたクレンツ村で生み出された技術を利用すれば、より多くの可能性が生まれる。今ではアルしか知らない、貴重な知識だった。
その幾つかを惜しげもなくギルドに公開し、アントンが街中で生産作業に当たらせた。
学園内部でも、ナタリアとケイティによる特別授業が始まる。
本番の攻略戦では、学園の生徒たちは後方からの支援に徹することになる。そのための支援魔法や長距離攻撃のスキルを上げることを中心に学ぶことになるだろう思っていた生徒たちは、完全に意表を突かれた。
Sランクの二人が行う授業は、個人の戦闘能力を鍛え、迷宮内で生き抜く底力を上げることを主題にしていた。経験のない深い階層で万が一にも戦線が崩壊した時に、各自が生き延びて帰還する力を少しでも上げるための授業だった。
そこに出現する魔物についての情報を、もう一度復習する。そしてその対処法を一つずつ、個人的な能力に合わせて学ぶ。
二人を仮想敵としてパーティ単位で実践的な訓練を積み、その後は個人技を徹底的に鍛え上げる。毎日何度も繰り返して激しい戦闘訓練を積み、生徒たちはみるみるうちに逞しく鍛え上げられた。
さすがに、Sランクに昇格した二人の能力は際立っていた。この二人が組んで戦えば、アントンともいい勝負ができるのではないかと、アルも思う。まあアントンの底力はまだまだこの二人を軽く凌ぐだろうが、いつかあのじじいを超えることもあるのではないかと期待させるほどの腕前だった。
訓練中に、アルは二人と一度だけ直接手合わせをした。
ナタリアは攻撃重視のスピード型で、アルのタイプに近い。それだけに相性は悪く、どんなに速い攻撃も軽く見切るアルには何も通用せずに空回りし続けるが、最後はアルが派手に攻撃を受けて吹っ飛んでくれて、何とか格好がついた。
ケイティは防御力重視で、そこから繰り出すカウンター攻撃が得意なタイプだった。両手剣から発する魔法も得意で、攻撃魔法や補助魔法など多彩な技を使い分ける。
しかしこの戦い方はアルに本気で攻め込まれると、一撃で終わってしまう。だからアルは、最初から緩い攻撃を送ってみる。それに対してケイティが完璧なカウンターを合わせるのだが、それも簡単に受け切られてしまう。逆に追撃で放った魔法までカウンターで返されるという経験のない事態に慌てて、危うく無様にひっくり返るところだった。
苦し紛れに放った魔法をアルが大袈裟に受けて吹き飛んでくれたおかげで、何とか面目を保てたのだが、ケイティは冷や汗をかいた。
二人は初めてアルの底知れぬ強さを体感し、アントンの言葉が嘘ではなかったことを肌で感じた。
学園では、そんな充実した激しい訓練の日々が続いていた。
そんなある日、日が暮れるまで訓練に励んで一日の授業が終わり解散となった後、教員用の官舎へ戻るためにとぼとぼと歩いているナタリアとケイティに、アルが後ろから声をかけた。
「ちょっとお二人さん、後でもう少しだけ付き合ってくれないか?」
連日の厳しい訓練で大勢の生徒を指導している二人は、アルに絡む余裕もなく疲労困憊の様子だ。おかげでアルは穏やかな学園生活を送れている。
「あら、珍しい。アル君とならいくらでもお付き合いするわよ……」
「うーん、ちょっとシャワーを浴びる時間が欲しいかな……」
二人は笑顔で近寄ろうとする。
「いや、ちょっと待て、違うんだ。着替えた後でいいから、家に帰る前に俺の工房へ寄ってくれないか。二人に渡したい物がある」
アルはそう言って後ずさりながら、二人の接近を許さずに走って逃げた。
二人はその後姿を、呆然と見送る。
「なーんだ、あれ」
「なんか感じ悪いね」
「でも何かくれるっていうから」
「そうだね。工房って、アル君がいつも引きこもってるあの物置よね」
二人は、教員用の官舎でシャワーを浴びて着替えてから、学園の教室棟の隅にアルが借りている部屋へやって来た。
学園のある辺りは、迷宮が発見されて町が拡張される以前は、街の外にある農場だった場所だ。広大な農地の中に元からあったレンガ造りの大きな穀物倉庫や家畜小屋を利用して、学園の教室や寮が作られている。
アルが使っている教室棟の隅の部屋は、以前彼女たちが学んでいた頃にはまだ整理されていない古い農具が詰まった、汚い倉庫だったように記憶している。
扉をノックすると、中からどうぞと答える小さな声が聞こえた。
日もすっかり落ちて暗い校舎の中は、ただでさえ肌寒くて気味が悪い。恐る恐る、二人は重い木の扉を開けた。
魔道具の明かりが煌々と灯るその部屋は、確かに工房と呼ぶにふさわしい雑多な機器が並んでいた。
奥の窓は暗幕で塞がれ、左の外壁をぶち抜いて、巨大な炉と煙突のようなものが突き出ている。
手前に置かれた長机が店のカウンターのように部屋を仕切っていて、奥にアルが腰を下ろし、銅の鍋に入った不気味な液体を慎重にかき混ぜていた。部屋に充満する刺激臭は、その鍋から立ち上っているのだろう。
「ああ、姉ちゃんたち、来てくれたか」
アルは座ったまま目を上げると、窓際に手を伸ばして二本の長い布包みを取った。
そのまま歩いて二人の前のカウンターテーブルに並べる。
長い包みをケイティの前に、短い方の包みがナタリアの前に置かれた。
「姉ちゃんたちに、プレゼントだよ。開けてみて」
二人は黙って布の包みを開ける。
ずっしりと重い包みは、二本の剣だった。
「これは……」
剣を手に取り、二人は鞘から抜く。輝く刀身を見て、言葉を失う。
「Sランクに昇格したお祝いだよ。使ってくれると嬉しい」
「で、でもこれは……」
「こんな高価なもの……」
ケイティの剣は肉厚の両手剣。やや重いが、今の能力なら十分に振れる。ナタリアのはもっと軽い細身の剣だった。
どちらも触ったことがないような高価な装飾が施された、立派な拵えである。
「ファロストの誓いを名乗るのなら、それに見合う剣を持たないとね。これは本物の、ファロスト王国の宝物だよ」
「い、いいの、アル君?」
「もちろん」
「これは王家の宝物でしょ。家臣へ下さるにはちょっと立派過ぎるような……」
「いいんだよ。百年以上宝物箱に眠っていただけのものだ。それに、それはただの剣じゃない。ちょっと振って、魔力を流してみて」
二人は下がって、それぞれが軽く剣を振ってみた。
二人の剣が、赤と白とに輝く。
「普通の魔剣と違って、属性も付与できるんだ。単なる強化だけでなく、魔法効果を与えることができる。アントンが使っているナイフと同じだな。今、赤と白に輝いたのは、二人の得意な属性魔法が自然に付加されたからさ。今度は違う属性を与えるように振ってみて」
再び二人が振ると、今度は赤白が逆になって光を放つ。
「ここの工房で、古い剣に新しい力を与えてみた。どうやら上手く使えそうだね」
「つまり、赤く光った時には斬撃に炎の効果が追加されると……」
ケイティの持つ剣が、赤く輝きを増す。
「そう。こんなところで振り回すと火事になるからね」
「この青白いのは冷気か……」
ナタリアの剣も、より強く、青い輝きを放つ。
「これは、アル君がやったの?」
「そうだよ。毎日ここで遊んでいるわけじゃない」
カウンターの向こうで、アルが胸を張る。
「うーん、ありがとう、アル君、大好き!」
「嬉しい。ありがとう。もうっ、抱きしめたい!」
「そのカウンターからこっち側には、絶対に来るなよ!」
「でも、こんなの貰ったら、あたしら完全にアル君の家臣だよね」
「え、もしかして第二夫人にしてくれるの?」
「何言ってんの、あんたは第三夫人でしょ」
「うーん、やっぱり正妻にして~」
二人の話は、終わりそうにない。
「もういいから、早く帰って休んだ方がいい。じじいはどうでもいいが、メリッサにはよろしく伝えてくれ」
「うっ、まさかメリッサが第一夫人なの?」
「やっぱり胸かっ。あの胸と色気に負けたのかぁ!」
「違う! いいから早く帰れ!」
「わかった。今日はこのまま帰るよ。また、ゆっくり家に来てね」
「約束よ、アル君!」
「はい、はい、そのうちな」
アルは降参したように、両手を上げる。はい、とは答えたが、それは簡単に実行できそうにない。
アルはアントンの家にいた二週間を思い出し、苦笑する。
アントンは、アルの卒業後にはあの家の二階に住めと言うけれど、それだけは勘弁してほしいと願う。
その前に、このまま無事に学園を卒業できれば、の話だけれど。
そして二人は、無邪気に喜びながら元のように剣を鞘に納めて布でくるんで大事に抱えると、うきうきと部屋から出て行った。
二人が大人しく帰ってくれて、アルはほっと息を深く吐いて、仕事に戻った。




