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第二十話 軍部

 


 その夜、夕食後にアルは寮長の呼び出しを受けた。

 寮長は小太りの温和な中年女性で、生徒たちからの信頼も厚い。


 寮長室へ行くと、寮長からは丁寧な言葉で告げられる。

「あなたがギルド長のお孫さんで、あの人たちもギルド長の遠い親戚だと聞いています」


 あの人たちというのは、今日来たお気楽姉ちゃんズのことだろうと、アルは理解する。


「確かに、彼女たちが入学する時にアントンはそう言っていました」


 確かに、アントンは平気で嘘ばかりつくインチキ野郎であると、アルは再び理解を深めた。


「あなたもよくやっていますが、彼女たちの学園時代はそれはそれは優秀で、本当に彼女たちの将来が光り輝いて見えましたよ」

 寮長は遠くを見るような、うっとりとした表情になる。


「だから今また彼女たちが学園に戻って来てくれて、私はとても嬉しい」


 だが自分はあまり嬉しくない、とアルは思う。


「あなたも彼女たちを目標にして、もっと精進せねばダメですよ。一番後ろで応援しているだけでは、ランクアップできませんからね」

「はい。努力します」


 アルは、素直に頭を下げた。この寮長には、日ごろから大変お世話になっている。学園で魔法薬や魔道具作成のための部屋を特別に都合してもらえたのも、この寮長の口添えのおかげだった。


「では、あなたを待っている人がいるので、中庭のこぶしの木の下へ行きなさい」


 中庭のこぶしの木の下とはこの学園が共有する隠語の一つで、西棟の外れにある空き部屋のことだ。

 そもそも、この学園に中庭はない。


 だが何かの緊急事態が起きた時のために、幾つか共通の隠語や暗号が定められている。

 アルが西棟の外れにある部屋に隠された狭く長い抜け道を辿ると、町中のある場所へ出る。


 そこは迷宮広場に面した、一軒の目立たない食堂だった。

 食堂の地下室から厨房の裏に隠された客室へ上がると、中ではギルマスとその秘書、それにお気楽姉ちゃんズの面々が揃っていた。


「皆さんお揃いで、どうしたんですか?」

 このメンバー全員が揃うのは、あの秋の休暇以来のことである。

 そこでこれだけ言えるようになっただけでも、アルにとっては大きな進歩だった。


「お前も知っての通り、このなんちゃらの誓いの姉ちゃんたちが迷宮攻略隊に復帰してな、二十九層までは何とかなりそうな目途が立った」


「なんちゃらの誓いって、酷い扱いですね」

 二人が抗議するが、アントンの目は笑っていない。


「問題はその下の、三十層だ」

 そこで、アントンが上目遣いにアルを睨む。


「いるんだろ、強ええのが」

「それは教えられない」

 アルはアントンの目を正面から見て、頑なに言う。


「まあどんな奴がいるかは、だいたいわかっている。俺は見て来たからな。だが無事にあいつを倒せるかって言うと、正直今の戦力では怪しい」

 そこでアントンはもう一度、アルを見る。


「そうだろ?」

「どうして俺が全部知っていることになっているんですか?」

 アルも、真面目な顔でアントンを見返して抗議する。


「ああ、そりゃすまねえ、全部しゃべっちまった」

「ええっ……」

 アルは、久しぶりに絶句した。



 本当にこの連中といると、寿命が縮む。しばらくしてから気を取り直して、アントンに問いかける。


「ど、どの辺まで?」

「全部って言ったら、全部だろ」


「嘘でしょ?」

「馬鹿野郎、ここに集まっている俺たちはもう同じファミリーだろ。他の連中にはこれっぱかりも話しちゃいねえ」


 アルは目を丸くして、三人の女性を見る。

 訳知り顔でうんうんと三人は頷いている。

 アルはがっくりと肩を落とした。


「で、俺が魔物側の人間だと、ここにいるみんなは知っていると……」

 ふてくされた声で、アルは呟いた。


「いつからですか?」

 アルは、あの秋祭りの日々を思い返す。


「俺がしゃべったのは、つい最近だ。まあ、そういう事態になっちまったんだよ」

「もう俺は、この街にはいられないってことなんですか?」


「ふん。お前も学園で随分と人間社会に慣れたようだな。だがまあ、待て。まだ話が残っている。最後まで聞いてから、判断してくれ」

 判断というのは、いったい何のことだろうかと、アルは怪しがる。

 困惑するアルを尻目に、アントンは軽い言葉を続けた。


「このなんちゃらの誓いの姉ちゃんたちの名前を聞いて、お前は気付かなかったか?」

「いや、よく聞いてなかったもんで……」


「こいつらの出身地は、北の谷間にあるルミル村だ。俺は行ったことがないが、とんでもない山の中だそうだ。だが、その村は元々違う名前で呼ばれていた」


 ナタリアとケイティは、じっとアルの様子をうかがっている。一転して緊張した雰囲気の中、アントンが続ける。


「七十二年前に、元の村が地震と洪水で流されるまではな。その元の村の名前は……」

「クレンツ村といいます」

 ナタリアとケイティが口を揃えて言った。


「あっ」

 アルが呆然とする。


「冒険者ギルドにあるお前のプロフィールによると、出身地は北方のクレンツ村となっているな」

「……クレンツ村は、滅びていなかったのか」


「そう、ただそこがファロスト王国の末裔であるという証も、ほぼ失っていた。だから生き残った村人はルミル村と名を改め、最近まで北の谷間で細々と暮らしていた」

「最近まで?」


「ああ、ルミル村は、今はもうない。こいつら二人が最後の村人さ」

 アルは改めて、ナタリアとケイティをじっと見る。


 アルの記憶にある村人たちの面影が、幽かにそこにある……とは全く思えない。


「お前、ファロストの名を聞いてもわからなかったようだな、ひでえ奴だ」

「そんなこと言っても、もう国の再興なんて微塵も考えていないし」


「ところでお前の名は何と言ったっけ?」

「アル・オルセン。オルセン王家最後の生き残りで、ファロスト王国十五代目の当主だ」


「お前はこの前、ファロスト王国の残された財宝を俺に見せたよな。この二人はファロスト王国を再興しようと志した村人の、最後の生き残りだ」

「いや、お家再興なんてまるで考えてないから、ほんと」


「そうそう」

 ナタリアとケイティが口々に言う。


「ま、それはお前ら三人でゆっくり話し合えばいい」

「え、それが言いたいんじゃなかったの?」


「違う」


 アントンは、次に隣のメリッサへ目をやる。

 メリッサはやや顔を伏せて、力なく笑う。


「もう一つの問題があるんだ。俺のところへ、アムンゼウスの軍部から通達があった」

 アムンゼウスはメリッサの出身地である、南方の大都市だ。


「メリッサがここのギルドで働いていることを、嗅ぎつけたのだろう」

 メリッサは訳あって故郷を離れ、身を隠すようにしてアントンの秘書を務めていた。


「連中から届いた文書には、俺たち冒険者ギルドの迷宮攻略が進まないのなら、アムンゼウスの軍をこちらへ向けようとの提案が記されていた」


「差出人は、私の兄なんです。今は父の下で、アムンゼウス軍の副官をしています」

 思いつめたように、メリッサが語る。


「私が黙ってアムンゼウスへ帰ればいいだけなんです。兄は、それだけのために、軍を動かそうとしているんです」


「迷惑な話だが、一介の民間人である俺にはそれを断ることができない」

 アントンは、片手で髪のない頭を撫でる。


「ただ、アムンゼウスの軍隊が迷宮へ入っても、いたずらに戦死者を増やすだけだろうとメリッサが言う。魔物相手の戦闘訓練を受けていない軍隊を迷宮へ放り込めば、犬死にするだけだと」


「そういうものなのか?」

 アルには、この国の軍隊というものがよくわからない。


「確かだ。そういう悲惨な歴史を背景にして、今の冒険者ギルドが誕生したのだからな」

「その割には、弱いけど」

「うるさい、お前が非常識なんだ」

 アントンは咳ばらいをして、仕切り直す。


「だが、彼らの進攻を止めるにはメリッサをアムンゼウスへ帰すか、こちらが迷宮の攻略で急激な成果を上げて、連中の出る幕がないことを示す必要がある」


「だから、いいんです。本当に、ごめんなさい。私が兄と一緒に帰れば、皆さんを危険な目に合わせずにすみますから」


 だが、ナタリアとケイティは黙っていはいない。

「冗談じゃないわよ。私たちギルドを馬鹿にしないでほしい。軍隊なんか無用だってところを、見せてやるわ」

「そうよ。メリッサは返さない。ここは私たち冒険者だけで守る。絶対に、負けないんだから」


 この二人は引かないだろうなぁと、アルも色々な意味で諦める。

「ああ、そこでアルへの相談だ」


 だが、アントンの言葉にアルは同調しない。それとこれとは、全く別の話である。冷たく聞こえようが、今の自分は迷宮の王として、妥協はできない。

「俺は絶対に手抜きはしないぞ」

 アルの口調が先ほどまでと変わっていることに皆が気付いて、緊張感が高まる。


「判ってる、それでいい。逆に、お前が特別に魔物を強化していないことも理解している」

 手を上げてアルの言葉に応じるアントンの頭に血管が浮き上がり、少し赤くなった。


「以前のまま、あのレッドドラゴンに迷宮内のことは全て任せているだけなんだろ」

「ああ、そうだ」


「だから、せめて遠征隊のしんがりで、パーティの者たちが死なないように支援してほしい。可能な限り、この戦いでは誰も失いたくない。結果的に破れて、撤退しても仕方がないと考えている。甘いようだが、何とか無事にこの無茶で不毛な戦いを生き延びて、全員が生還できるように、手を貸してほしい。俺たちギルドのために」

 アントンが頭を下げる。


「甘いな」

 アルはそう言いながらも、アントンの言いたいことは理解している。この戦いで誰かが傷つけば、メリッサの心も深く傷つくことだろう。その傷は、場合によっては再び立ち直れぬほどに広がる。そのために、手を貸せということだ。


「ああ、お前ならそう言うと思ったよ。だけどな、その遠征には、このなんちゃらの誓い率いる学園組も参加することが決まってしまった」


「何だって?」

 事情は理解したつもりだったが、いくら何でも無謀すぎる。アルは人間社会の異常さに底知れぬ不安を感じる。


「それだけ、これは重要な戦いなんだ」

「まさか、俺だけじゃなくナタリアとケイティをこの戦いに参加させるために、学園の生徒まで巻き込むつもりなのか?」


「まあ、その前に二十九層の攻略が上手くいけば、の話だが」

「無茶だ。あんたらは何を考えているんだ?」


「俺たちはそれくらい追い詰められている。これは、メリッサの問題だけではないんだ。例え今回メリッサをアムンゼウスへ帰しても、軍は今後も迷宮への干渉を続けるだろう。そのためにも、俺たちはここへ来る軍隊幹部の心が折れるような、圧倒的な戦力を示して勝利するしかない。それには、お前の力が必要だ。頼む、協力してほしい」


 自分の協力を得るために学園の生徒を巻き込むとは。アルは怒りに震える。

「卑怯なやり方だな、じいさん」


「ああ、わかってるさ。でも俺はこの街と、ここで暮らすこいつらを守るためなら、何でもやるぞ」

「あんたが、自分で迷宮に行って戦えばいい」


「それはできんのだ。俺は、その頃にここへ来るメリッサの兄上の相手をせねばならん。戦闘には手出しできない場所で、一緒に見守ることしかできないのだ」


「ごめんなさい、アル」

「国王様、頼むよ。お家再興はどうでもいいからさ」

「私たち家臣も精一杯頑張るから……」


 ここまで言われれば、アルも断り切れない。というより、結局は女性に頼まれた時点で断れないアルだ。


「仕方がない。迷宮の力を使わず、俺個人の力で守れるだけは守る。だが、魔物の制御は一切しないぞ。魔物たちも、俺の可愛い仲間だからな」


「それでいい」

「まあ、魔物はそのうち復活するが、人間は復活できない。それが手を貸す理由だ」

 アルは、唇をかみしめる。


「じじい、この貸しは高くつくぞ」


「後でたっぷりねぎらってやるから、へへへ」

「じじいのねぎらいは気味が悪いから、不要だ」


「では私からも、お返しをしますから」

 メリッサの潤んだ瞳が、アルにはもっと怖かった。



 


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